2011年1月21日 (金)

障害告知

数ヶ月前の「ももちゃんは、馬鹿だから通級行ってるの?」
「障害なんでしょ?」というクラスメイトの発言以降
「私は、絶対に障害じゃない!」と拒絶感を強めていたもも。

それは、うっすらと自分が障害であると気付いているからの
拒絶ともとれ…、全体をミスリードせずに受け取る能力にまだ欠ける
という私の考えもあり、告知はまだまだ先と考えていた。

しかし、ももが拒否感を強めると同時に
「自分は普通。出来ている」感を勘違いでもって強め
それによる弊害が強まっていく事をこのところ懸念していた。

また、この先、中学受験も含め、いくつもの選択を迫られる岐路に
立ちつつあり、どうしても本人に自覚を持たせる為にも
まずは自分を知る事が必要に思えてきた。

また、他の当事者の方の「障害を知る権利がある」
「早ければ早いほうがいい」という声をいくつも目し、
苦手と得意で伝えるやり方では到底伝わらないのだと
いう事も知り、告知を秋くらいから考えはじめて迷っていた。

10歳になる前日、些細な事で言い合いになった。
客観視が出来ていない、否、自分を知る事を拒否しているかの
ような態度に「嗚呼、潮時かも…」と思い。
今までの遠まわしなアプローチではなく、はっきりと
そう告げた。

当然、「障害じゃないもーん。嫌だ。」の大泣き。
当分、現実を受け入れられない様子。

いくつもの障害が重複していて、個性として
やり過ごすには度合いもきついもも。

自分の居場所、自分の生きていく道を作っていくには
まずは自分の事を知らなければ、
今後は、ママがしてくれる工夫だけではしのいでいけないはずで、
自分はこういう苦手や特徴がある。
だから、どうしようともも自身で決断してもらわない事には
前に進めない。

人にはそれぞれ運命というものがある。
皆、わざわざ自分の運命を表にさらさないだけで
後々、偶然聞いてびっくり!な事はたくさんある。

人は、つい「自分だけが不幸」な感覚に陥ってしまうが、
実はそうではない事。
変えられない運命もあれば、変えていける運命もあり
半分は運、半分は自分次第なんだって事をももには
認識してもらいたい。

その最中は否定的になっても構わない。
でも、それを乗り越えない限り、成長は出来ないのよ。
ママが頑張っても、何にもならない。

それから、障害名があるお陰で今まで守ってもらえてきた事や
障害名があってもひとりとして同じ人間はいない事。
障害名に依存してはならない事などを話した。

一年くらいかけて、毎日、伝えていこうと思う。

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2011年1月19日 (水)

momo 10歳!

Momo10sai_2

10年前ももが産まれた日も雪が積もっていました。

あの小さかったももがもう10歳。
もう10年も経ったのね~。

お誕生日ケーキは今年はポケモンのイーブィの
キャラクターケーキを注文していたのですが
雪道で怪我をしたケーキ職人のご主人からキャンセルの
電話をもらい…大慌てで私が作りました。。。

真ん中のイーブィはチョコで書きました。
なにせ初めてだったので下手糞ですが。。。
※キャラ弁作りなれてるママさんとかが見たら笑われそうなレベル。

10代は10代なりに乗り越えなければいけないハードルが
あるのだと思いますが、上手く進化していけたらいいなぁと思います。
もものペースで…。

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2007年7月 4日 (水)

昔のももの事

就学前のお子さんを持つお母さんの話を聞いて
そうだなぁと改めて想った事がありましたので、書いてみようと
思います。

その男の子は自閉症で、地域の幼稚園に通っていたそうですが、
親が、子供を理解して対応してもらえるように、いろんな本なりを
園側に渡して、対応をお願いしてきたにもかかわらず、
パニックをおこしている男の子に対して、力づくで押さえ込んで
叱りつける対応を続けたらしいです。
(ある意味、虐待ですね。。。。。)
わかってもらえず、間違った対応を続けられてどんどんパニックは
酷くなり、転園をする事になりました。
転園先の保育園では、すでに全ての保育士さんが自閉症に対しての
知識なりを持っていて、その子にあった対応をすぐにしてくれたそうです。
すると、特別な配慮などなくとも、その男の子はトラブルもパニックも
おこすことなく、毎日穏やかに過ごすようになったそうです。

もも も、年少の頃は、ももの事を大好きな保育士さんが、
ももにあった対応でもって日々接してくれていました。
ももの好きなこと、嫌いなこと、得意、苦手、ほんとうによくももを
見て、わかってた保育士さんで、親の私が知らないような
ももの特徴も、たくさん教えてくれました。
ある時、キティちゃんの顔にのりとふりかけで顔を描いたおにぎりを
入れたお弁当を持たせた時も凄い剣幕で
「ももちゃんは、白いご飯じゃないとダメなんです。ふりかけやめて
あげてください!」と叱られてびっくりした事もありました。
ももが白いご飯にこだわっているのは知っていましたが、
ほんの少しなら、かわいいし、いいだろうと思ってつくったのですが、
保育士さんのほうが、ももの事をわかっていたんでしょうね。
毎日、こんな事ができた、あんな事ができたと、うれしい報告を
帰りにしてもらっていました。
もも もその頃はパニックはありましたが、
割と落ち着いていましたので、親もももの障碍に気付く事無く
穏やかに過ごしていました。
年中になり、人数も爆発的に増えて、あまり子供の事が好きではない
ように見える保育士さんが担任になりました。
とたんに、連日のパニック。
スムーズにいっていたトイレトレーニングも頓挫。しかも後退。
毎日、毎日、親の躾がなっていないと、クレームをつけられて
親も精神的に追い込まれていきました。
この保育士さんは年配で、お母さん達の中には、自分が子供の時に
同じ保育士さんにみてもらって、酷いいじめ?られかたをしたという
お母さんが何人かいて、
逆にその時は、昔の恨みの倍返しのようないじめ?に先生が
あってました。
今思い返せば、このまずい対応があったので、ももの障碍に気付けた
と考えると、これも必然と思えるのですが、
いかに、子供に関わる周囲の環境で、子供は大きく変わるか
いう事実があるかという事です。
ももの障碍を知らずとも、ちゃんと向き合って対応してくれた
保育士さんと、ももを知ろうとせずにただ責めた保育士さんとの差。
それでも、ももは、自ら自分の得意である絵や工作を武器に
周りのお友達を応援団につけ、お友達に助けてもらいながら
日々一生懸命、皆にあわせる事を学んでいったように思います。

ももちゃんは、絵が上手、図工が上手と、皆が一目置いて
くれたのも、ももの自尊心を守るのに、助け船になっていたのかもしれません。
お迎えに行くと、ももがつくった折り紙の携帯やら、ネックレスやらを
身に付けたお友達でいっぱいだった時もあったなぁ。

特別支援というけれども、実は、特別な事はなんにもないんじゃないのか?
人と人との基本的な事に気付けるかどうかんじゃないかと再認識したのでした。

また、最後に補足すると、その関わる保育士さんや先生のおかれている環境も重要です。
人間余裕がないと、人の事など考えられませんからね。
年少の保育士や、転園した先の保育園は、ひとクラスの人数が少なかった。
しかし、年長の時や、もとの幼稚園では、ひとクラスの人数がとても多かった。
親としては、ただ、関わる相手を責めるのはよくない。相手のおかれた状況が
悪いのであれば、なんとか余裕をつくれるような努力を親もするなど考えなくては
ならないのかもしれません。
自分に置き換えて考えてみると、腑に落ちる人は多いと思います。

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2006年5月23日 (火)

momo4~5歳

momo4歳になってすぐに、はまっているプリキュアのおねえさんパンツを
買って欲しいとアピタでごねる。
「ちゃんとトイレでおしっこ出来ないと買えない」と私が言うと
「ちゃんとトイレでおしっこする」と言う。
半信半疑でその日からおねえさんぱんつを履かせたら。。。。
一度も失敗する事なく、おむつを卒業!母、感涙!

4歳になるとかなり成長の速度が速くなってる感じで、
3歳の時のような問題行動も少なくなり、
お友達ともそれなりに上手く協調しながら輪に入ってる感じだった。
長時間椅子に座ってお話を聞く事も出来るようになる。
ただ、それはよく見るとかなり努力をしてあわせているよう見受けられる。
他のお友達の行動を見て、ワンテンポ遅れて行動している。
言葉もあいからわず、何言ってるのかわからない時も多いのだけれども、
理路整然とした大人びた事も言うようになり、
人の顔色を見て、他人を気遣うなどいろんな面で成長したと感じた。

9月 名大病院で高機能自閉症と診断下る。
そこそこインターネットで知識を得ていたので、確信から現実へなっただけ・・・・。
とはいかず、病院での対応で健常児なみに治ると思ってた私とパパは
医師の「これは障害ですから、一生治りません。」の言葉に玉砕。
また、病院では二次的な障害に対する治療しか行ってなくて、
積極的な対応は、個人でやるという現実を突きつけられて母、一気にどん底へ。

ネットで情報を収集していくにつれ、そのきびしい現実を目の当たりにして、
電車に飛び込んで親子共々死のうかと頭をよぎる事も。。。。。。。

パパと義母に「私の血筋に障害を持った人がいるんじゃないの」の言葉に
また追い込まれ、家庭崩壊状態へ。

とにかく早期療育が大切だとわかり、その為にいろんなところへ相談に行く。
現在通っている発達障害児の専門塾のもえぎ教室に出会う。12月通いはじめる。

5歳 現在、保育園の年長さん。
ようやく、ひらがなが読み書き出来るようになり、数字の簡単なプリントをやりながら
数の概念を育てるところ。まだ発展途上。
得意なのは空間把握などの図形の知育教材。文字を覚えて言葉の守備範囲も
ぐんと広がってきている。
あたらしいパニックや、もろもろの爆弾は抱えるものの、日々泣き、笑いしながら、
親子そろって成長中。

momo年長さんへ

Nennchyo

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momo誕生~3歳

momoは2001年の雪の降る日に産まれました。
目をきょろきょろさせて、たくさんおっぱいを飲んですくすく育ちました。

1歳になった頃、テレビなどの音には反応するのですが、
名前を呼んでも振り向かない事が多く、パパが心配して「耳がきこえないのかな?」
と主治医に相談するも、異常なしと判断される。
1歳児検診でも、相談するが、特に異常なしと判断される。

なかなか言葉が出ないが、他の部分には著しい遅れなども見られず、
のんびりやさんなんだと思いあまり心配しない私に対して、
義母が「軽度の自閉症に見える」と。。。。。

2歳 保育園入園。
親がいなくても泣かない子供だったので比較的困る事もなく通園。
お友達に囲まれて集団生活をするうちに極端な食べず嫌いもなくなり、
言葉も増えてくる。
日々、今日はこんな事やあんな事が出来たと保育士の先生には
ほめてもらうばかりで、障害の事など考えもしない穏やかな日々。

3歳 ぱんだ組さんになって園の人数が爆発的に増える。
ひとクラス30人くらいで2クラスに。
今まで少人数でゆったりと保育だったのが、急に軍隊なみ!?の
集団行動が増える。
担任から連日「集団行動がまったく出来ません!」と
きぃきぃ言われて母へこむ。
今思えば、いきなり説明も十分なく、軍隊なみの集団行動を強いられても、
反発するよなって思う。
おむつもまだとれずに、momoだけおむつセット持参。
家でも漏らしてしまってから出たと申告する為、
毎日カーペットを洗濯機で洗う日々にへとへと。。。トレーニング断念。
3歳は本当に一番大変だった。
自我も出て、俺流炸裂。パニックも酷い時期だった。
言葉での言い聞かせが通用しない為、親もパニック!???
また聴覚過敏、視覚過敏も酷くなり、花火大会は大泣きなのは当然として、
テレビや人の声の大きさに対して耳を押さえてうったえるようになる。
視覚感覚が鋭い娘はまるで芸術家のように一日中絵を描き、
色紙を折ったり切ったりして日々作品づくりに没頭。
夜中に「折り紙がなくなった~」と大泣きされ、コンビニへ買いに走る母。。。
言葉も遅いし、運動能力もどんくさいが、
3歳とは思えないような絵や作品を多く産みだした年。

地元の保健センターへ相談へ。
数回の面談と、センターの医師の面接を経て、小児精神への診断予約。
一年待ちとの事。
テレビなどで、アスペルガーや高機能自閉の子が出てる
ドキュメンタリー番組をみる。
momoにそっくりな特徴をもった、これらの子供達。
「momoちゃんいくつ?」という質問に「momoちゃんいくつ」とオウム返ししか
出来ない娘に母はだんだん追い込まれていく。

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