2013年4月22日 (月)

momoの中学生活スタート☆

不安一杯の(母が不安bearing)中学生活スタートでしたが、なんとかお友達も出来て
今のところは楽しく通えているようです。

ただ、いつも2学期くらいに問題が勃発してきて…なパターンなので
気は抜けないなぁと思っております。

このところ体調がイマイチでmomoの事は必要最小限しか関わっていなかったのですが
そろそろちゃんとしないとマズイな思い、昨日は配布された補助教材の問題集を
大量にコピーしつつ、見ていました。
中学の先取りは少しは出来ているので楽かおもいきや、問題集の量(何冊もある!?)
と質(難しい!)がやっぱり私立なんだと思えて、こりゃたるんだ気分をひきしめて
かからないと、ただでさえ処理速度が亀なmomoはヤバイ事になりそうだと
思ってしまいました。

またノートも何冊もあって、どの教科もフォーマットがかっちり決まっていて
複雑なため、慣れるまで色々あるかもなぁ~と思っています。
また、せっかく教科ごとにファイルケースに入れてわけても、すでにバラバラ状態で
ロッカーの中に混沌とした状態でぶち込まれていて、くらくらしてしまいましたcoldsweats01

提出も今は、先生がその都度プリントに詳細を書いて配ってくださいますが
口頭で…となった場合、こんな込み入った事を聞き漏らさずメモできるのか!?
と不安いっぱいになりました。

感想文など、やはり苦戦しているらしく「ちょっと?かなり?のんびりさん?」と
担任に聞かれたので、ディスレクシアの事を伝えておきましたが、
特別な配慮はないでしょうから、なんとか対策を考えねばなぁと今更ながら思いました。
読むは、受験勉強で巨人の☆したせいで、初見の長文もかなり読めるようになったの
ですが、物語文などの感想がいったいどこをどう読んだらそんな感想になるの???
な不思議な感想と、稚拙すぎる文章で…。しかも恐ろしく遅い!bearing

担任いわく、簡単な自己紹介文でさえ、恐ろしく時間がかかっていたらしく
周囲のお友達が心配してましたー!との事。
ただ、本人は至って平気そう…というかケロッとしてたようで…。

国語の記述などは、テクニックを教えたので、何とかなる部分は何とか解くように
なったのですが、まるっと感想と言われると、異星人さん度がまるわかりになってしまう
ようで、こればかりは慣れと、本人が自覚してどうにかしようと思わない限り
どうにもならんかも。。。。と考えています。

なにせ、飛行機の中で、「ママ、トイレに行きたいけど、化粧室しかないの」とか
浮世離れした事をあれこれ言ったりしたりが、まだまだ多いですし、
緊急対策とらの巻を書いて持たせているものの、予想外の「え!そんな事で!?」
という事で泣いて電話がかかってくるし、ほーんとに幼くてどうしましょう!?と
思わずにはいられない日々ですわ。

遅くに産んだ子ですし、
年々、私の気力も体力もなくなっていく中、どこまでフォローが続くのか!?
考えると、少々気が重いです。

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2012年3月26日 (月)

泣いたら、前を向いて頑張るもも

momoの中学受験を考えた一番の理由。
それは中学の内申制度と高校受験が、momoにとって不利で
私にとってもかなり神経をすり減らすだろうものであるから。

同じ障碍を持つ子のママ達が、
上のしっかりしたお勉強もそこそこ出来るお兄ちゃんおねえちゃんでも
先生の匙加減で内申が思うようにもらえなくて、実力はあっても受験出来ない
(一校の受験人数枠がある)下の子どうしよ~。
という話を随分前にしていた。

限りなく内申もらえなさそうな我が娘。
得意の図工さえ、外部の展覧会で高い評価をいただく前(学校から夏休みの宿題で強制的に出展する)
は、3段階評価でオール2の時も多かった。

他の教科も、なんら他の子と変わらないテストの点数をとっても評価される事はなし。
さすがに高学年になり、勉強が少し難しくなり、他の子がテストでミスをする中100点を多く
とれてた一学期ははじめて納得のいく評価をもらえた。

しかし、3学期、ほとんど100点続きなのにもかかわらず評価は、物凄く辛口。
見せあいこしたお友達は70点とか60点とかの点数をとっていたのに、◎が自分より多かった。
提出物も出す場所を間違えたり、そういう事はあったが、ちゃんと出した
(母も神経すり減らす程
チェックしていた)。これ以上ないくらいに頑張った。
苦手な音楽も(ディスレキシア故、五線譜を読んだり書いたりは物凄く大変)凄く頑張って100点とった
早朝5時おきしてリコーダーも練習した。なのにひとつも◎がない!
体育だって、走るのは遅いし、体力もないけど、跳び箱も鉄棒も一輪車も得意。水泳も長い距離を泳いだ。
なのに、一年生の時から、4項目あるのに、◎をもらえない。
普通は、よほど苦手とかじゃない限り、みんな一項目くらい◎があるのに…、私だけ○!

と大泣きして腹を立てていた。

なので、そんなに納得がいかないなら、担任の先生に理由を教えてもらいなさい!と言い、
電話するも、「テストの裏がミスしていた時があった」とか納得のいかない事を言われ
じゃあ☆くんや★ちゃんは裏も表も酷いミスしまくりだったのに◎だよ!」と言ったら
人と比べてはダメです!ももちゃんなりに頑張ってるんだから!」とわけのわからん言葉で
ねじ伏せられて…。
余計にもやもやが大きくなってしまったももでした。

自分の時と比較して、確かに辛口すぎる評価といつも思う。
私はももとは逆に失敗しても「それはmomoははちゃんの実力じゃないから」と本当の実力以上に
評価されていて、ももとは逆の匙加減をされていたのだろうなぁとつくづく思う。

正直、今のももは、当時の私よりも算数など出来るようになっている。
当時の私とは比べ物にならないくらい、努力をしている。

私立に言っても、成績に不利な傾向は続くかもしれないけど、それで受験出来ないとか
人生を左右されるほどダメージを受ける事がないのと、そんな事ばかりに力を注いで
ヘトヘトになってしまうのは、本末転倒だ!という事からは逃れられるだろう。

授業態度等が本人はちゃんと出来ているつもりでも、そうは見えないとか
いつぞやみたいに、本人のどうしようもない障碍特性からくる耳塞ぎを理由にCとか
小さな子供にこんな酷な評価されても、よくなるはずなんかひとつもないのに…と心底思う。
しかも態度とか関係のない項目も…。

子供の頑張ろうという気持ちをこれでもかと痛めつけるような評価。
子ども自身がどんなに差し引いても納得がいなかくて「もう、何もかも頑張らない」と
言わせてしまう評価。

こんなの気にしなくてもいいのよ!」は公立中学ではいよいよ通用しなくなる。

今で、こんなに神経張り詰めながら、とりこぼしがないようにやっているのに
こんな評価しかもらえないなら確実に中学の内申はもらえないだろう。

そんな事で受験出来ないとか、これ以上強い挫折感を子供に味あわせたくない。

先生に気に入られる為に神経をすり減らして、ボロボロになるなら
実力勝負でごまかしのきかない中学受験をがんばったほうが、まだマシだ。

心の底からそう思う。

ももの母になってはじめて体験する気持ちがたくさんある。

思い切り泣いたら、すっきりして
笑顔で塾の模試に向けて気持ちを切り替えてもくもくと頑張るもも。

今回の事に限らず心が折れそうになる事がいっぱいあるのに
あきらめずに前を向いて頑張ろうとするもも。根性あるなぁ~。

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2011年4月11日 (月)

N先生ありがとうございました

教務主任のN先生が転任されることに…。
新聞で確認していたはずなのに、見落としてしまっていたらしく
始業式の日に、ももから聞いてショック…。

いつかは来る別れなのだけれども
いざそれが来ると、なかなかどうして悲しいものですね。

一番辛い時期に、率先して支えてくださった先生。
この先生のお陰で、今日があるといっても過言ではない程
深くかかわり続けてくださいました。

親も相手の立場を考えると言いたい事の10分の一も伝えられない
のですが、N先生は率先して言いたい事を胸の内から
引き出すように聞き出してくださって、橋渡しをしてくださいました。


離任式前に最後の挨拶に行ってきます。

先生、今までありがとうございました。

心の体調が優れず、新しい担任と教務主任の先生方には
まだ挨拶等していないのですが、
ご挨拶&お願いをしなければ…と思っています。

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2011年3月10日 (木)

ルールがわからない

「今日の漢字テスの範囲が違ってた」と泣きそうな顔でももが言う。
「また?」と思う私。。。。
ノートに練習した範囲が翌日漢字テストの範囲になる
というルールなのだが、今日は時間がないからと、ずれる場合もあり、
前回のノートの部分がまだテストになっていなかったから
そこをももは一生懸命勉強していた。

ももは事前に用意しておかないと、「初めて」が苦手で「臨機応変」も
効かなくて、あわわわ…となり、プチパニックになる為に事前準備が必要だ。
また、ルールがわかりにくいところがあり、聞き漏らしが多いので
重要な事は黒板に連絡として書いて欲しいとお願いをしてきました。

で、黒板に書いていただいているのですが、
先生自身忘れちゃう事も多くて、時間通りなのに身体測定やら
時間変更が多くて、ももには大変な一年でした。

ももいわく「忘れてました。が多すぎ!」だそうですが
「わざとじゃないから怒れないよね。」なんです。

ももだってわさとじゃないけど…な事で周囲を困った気持ちにさせてしまう事も
あるので、反面教師にと思っていました。

が、宿題にプリントと書かれているのに、そのプリントが渡されてなくて
学校にもらいに行ったたら、「みんなにも渡してないので宿題なしにしました」
とか言われて帰ってくるとか
習字なんかも練習していくわけですが、他のお子さんの道具の忘れ物が
多いので習字の時間なし!とか、学年通信と違う課題だったり、
テストも範囲がずれているとか、肝心の教科書を先生が集めて持っているので
勉強出来ないとか…。
一体、何をやっているのやら…な、がっくり疲れ果てる事が山ほどあったのです。

まあ、2年前なら確実にパニックで飛び出していたはずなのに、
よく泣き言だけで我慢出来ているなぁと思いますし、

そういう先生にあわせた自分の対応も「先生、ルールがわからないので、その都度
教えてくれませんか?」とお願いするなど、本人の成長に繋げるしかないですね。

一番のパニックは、日記の宿題でした。
最初は毎日、毎日はきついという意見が出れば「週3日分」に変更になり
いつの間にか一日分書けていればよいに変化してたのですが、
暗黙の了解がわからないももと、その変化を知らない私は、日記ごときで
どれが本当なの?でパニックになりました。
先生いわく、書ければ書く…と言われましたが、
最初にお願いした事を読んでないのか忘れているのか?な
曖昧でアバウトな指示の連続に、どこまでお願いしていいのか?
どこまで我慢すればいいのか?
悩んだ一年でした。

まあ、中学になれば、もっと複雑になりますから…
今のうちから…と思う事にします。

授業も3年生の時は、授業の進みが速く、学研の教材を早く送ってもらうように
お願いをしていたのですが、
今年度は、2ヶ月3ヶ月遅れで、予習をしていると、間が空きすぎて忘れてしまって
予習にならない事も続きました。

普通のお子さんだと、このくらいの事は何のストレスにもならないんでしょうかね?
相手にあわせる事が自然に出来ないってストレスだなぁと思いました。

それでも自分なりに「年度末で一気にドリルを片付けよう」は無理だからと
先生が宿題といわずとも先を見越してやっちゃうとか、
今までは「みんなと一緒じゃないと駄目!」「先生が宿題って言ってないのにできない」
でしたから、少しは進歩しているのかもしれません。

なんか無理やり自分に言い聞かせている(爆)みたいな文章になっちゃってるかも…。

私も、ももの事を自分の事と切り離して客観視できるようにならないと駄目ですね。。。

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2011年3月 9日 (水)

次年度の話し合い

先日、来学年の話し合いを学校でして来た。
一昨年は、学校側(教務主任)から話し合いについての連絡があり、
昨年は、担任から連絡があった。

今年は、落ち着いて過ごせている事もあり、学校側からは
何の連絡もないので、こちらでお願いをした。

2年生の時はあったIEPも、スクールカウンセラーの同席も
いつの間にかない状態。
まあ、それは形式だけ優先ならば、なくても構わない。

が、どんどん基本の理念や概念が抜けていっているような
そんな気がするのがひっかかってしまった。

先生達の置かれた状況もわかる。
わが子だけじゃない状況もわかる。

でもね…。

通級も気がつくと、時間の関係で全く困り感のツボや度合いの違う
子とセットにされていたり…。
困り感を伝えても「他のお子さんもそういうところはあるし…」という返事が多い。

確かにスペクトラムな障碍だから、健常児にも当てはまる箇所は多いだろう。
しかし、その度合いがまったく違う事を肌で感じるが故の特別支援なのだ。

その根本の部分を見極められない「支援」なら、いらない…と思ってしまう。
通級まで他の生徒にあわせるや先生の都合にあわせる必要ないはずなのだ。

そうはいってもこれを他者にわかれというのは無理があるだろうし、
まあ、仕方がないと思って黙るしかないのだ。

限りなく「一見普通」に見える子供の困り感に気付いて支援するという事は
言葉で言う以上に難しい部分があるとも感じるから。


また、来年度のクラス替えの配慮についても、
そんなものはお願いしないでいいならしないほうがいいに決まっているし
少しのいじめ程度なら、基本、自分で解決しようね。で傍観している。

ただ、今のももの力ではどうにも乗り越えられないだろう事、
先生方でも悪化した場合は、止められなかった事を前提に話をしている。


しかし、どうしても「過保護な親」「心配性な母親」と思っている相手の気持ちが
細かな表情や言葉の端々から透けて見えて…落ち込むのであった。

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保育園時代の先生(保育士さん)は、「子供ありき」だった。
「子供ありき」の視点なので、親と意見があわない時など、
真剣に言い合いになる事もあった。

私も「ももちゃんは、白いご飯が好きなんです。お弁当にふりかけは、やめて
あげてください!」とけんか腰で注意してくる先生に最初は???になったけれども、
その真剣な想いがよく伝わってきて、とてもありがたかった事を思い出す。

集団に無理に早くなじませようと焦る私に、園長先生は
「今はももちゃんの興味や好きを一番に考えてあげるほうがいいはず。」と
取り合わず、思う存分、水遊びや泥遊びをさせてくれた。
そうしてももを尊重してくれていたら、自然とももは、集団のやらなければ
ならない事に自発的に参加するようになっていった。

どんな話し合いも親に対する厳しい言葉も根底に「愛情」と「子供への視点」
があったので、心にもやもやが残る事がなかった。

※※※※☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*※※※※


小学校は、保育園と違い、「集団生活の場」「勉強の場」なのであって
一番に重きを置くところが違うのはわかる。
ただ、どんな事も、「人ありき」で、小学校も保育園同様にまず「子供ありき」
であってしかるべきだと思う。

なのに、まず学校の予算が削減されるだとか、先生方の大人の都合や
親のエゴが優先されてはいけないのだ。

先生全てに理想の先生を求める事は無理だけど、
「教える事が好き」で「子供が好き」な人に教師になってほしいなぁと思ってしまう。
生活の為に嫌々やっているとか、やらされている感のあるなしは
自然と、子供にも親にも伝わるのだ。

今年度の担任は、わかりやす授業をする先生ではあったけれども、
どこか話していて本心が違う気がいつもしていて、
それはももやもものお友達も何もいわずとも、同じ事を感じており
ちゃんとその子自身、その人自身を見るという事をしないと皆同じ意見だった。

「ももちゃんは、馬鹿だから障碍だから通級に行くの?」と言った女の子は
今だ、事あるごとくしつこく日々からかってくるそうだ。
ただ、その子単独なからかいなので、「それ以上しつこくすると、先生に
言うよ」とか「親に言うよ」って自分でつっぱねなさいと言っている。
しかしながら、担任自身がはなから「ももちゃんの思い込み、過剰反応」だと
決め付けて話を聞かないならば、その子の言動はエスカレートするだろう。
ももは、確かに認知の歪みがあるけれども、
少なくとも悪意があるかないかの判断は理解できる。
その変の機微をちゃんと感じ取る心を先生には持っていて欲しいと願う。

学び方が違うももが、あわないやり方で我慢する必要がどこまであるのか?
夫婦でよく議論というか喧嘩になる。

パパは学校なんて行かなくても大人になれると言う。
一方、私は、学校に行かなくても大人になれるけど、親には与えてやれない
ものが学校には存在しているし、ももが行きたくないもしくは行けなく
なってしまったなら仕方がないけど、そうでないのに親が行かなくていい
というのは納得出来ないと反論する。

こんな喧嘩も、「まず子供ありき」で「選択肢の幅がもう少し学校にあれば」
しなくても済むのに…と思う。
それは制度ありきではなく、やろうと思えばすぐにでも明日から出来る事な
はずなのだけれども、それに気付いて実行している先生は少ないのかもしれない。

昨年度の担任の授業は、楽しかった。
集団で学ぶ楽しさをはじめてももに教えてくれた。
そして、飛びぬけて出来る早い子には、お手製のプリントのおかわりが
用意され、ゆっくりさんでも焦らずにいられる工夫をしてくれていた。
学年を離れても、今だ尚、愛情を注いでくれていて、よく見ていてくださっている
のが会話の端々から伝わってくる。

「ももちゃん、一昨年までは嫌々だったけど、今は進んであれもこれも
出来るようになりましたね~」と小さなエピソードをいつも話してくださる。
親は、その1,2分の立ち話で物凄く安心するのだ。

多くは望んでいないつもりだが、私は多くを望んでいるのだろうか?

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2010年12月21日 (火)

雑感

このところ、パパの事やら、実家のじいちゃんの事から、姉の介護鬱やら
いろいろありすぎて、それに巻き込まれているももは、とても疲れている様子。

なにせ、皆が皆、追い込まれて感情的になっているから、感情的な大きな声や
雰囲気が極端に苦手なももは、直接関係なくても影響を受けすぎてしまう。。。

お仲間ちゃんの集団の中でもひと際、過敏だと言われる(薬を服用していても…)
ももが、さらに過敏になっている気がする。

いつもなら我慢出来る事が我慢出来ずに騒いだり、
聴覚も視覚も過敏になって、いつもなら気にならない日差しが
絶えられず、コートを頭からすっぽりかぶって蹲っていたり…
(電車の中で…)

指吸いも復活しつつあるし…

そんな中で、連日行われるテストとその返却を見て
注意力もがくんと落ちているなぁ…、でもよく頑張っているなぁと
思いながら見ていると、
泣きながら、頑張っても頑張ってもミスをしちゃう私の頭を治して~!
と訴えるもも。

確かにわかっているのに、書き忘れているとか
くやしいけど、気をつけていてこれなんだから仕方ないじゃんね~。
らくがきしてる余裕があったら、見直すとか
紙に書いて自分に言い聞かせるとか、工夫を一緒に考えようね~
となだめた。

理科も超簡単なチャンス問題のところをやり忘れて
(視覚に問題があるので、そこが問題だと見えていないのと、注意欠陥のダブル
での見落とし)失点していたり…

試験の前には、このように、ももが陥りやすいケアレスミスを
箇条書きしたものを見せて、注意のスイッチをオンしてあげているのだが
ここのところ、それどころではなくて、放置プレーだったのも影響している
のかも…。
※去年の担任は、皆に気付かれないようにこっそり、見落としを試験中に
指摘してくれたりで、随分配慮してくれていたが…。

今の担任には、こんなにも頑張っているんです!
でも、頑張っても頑張ってもつまづいてしまうし、工夫にも限界がある
という事を一応アピールしてみたせいか、三角で点はくれているので
それを励みに頑張るしかないのかなぁ。
※3点と書いて5点に増やしてくれている。。。

私にしてみれば、以前の100か0かの極端さがなくなくなって
不注意はあるもののそこそこ頑張れていると思うのだが…


もものような子供は、わからない ではなく、
思考の仕方や感覚が違うので学び方が違うだけなのだ。
普通学級の中で、わかりにくい教科書とやり方で苦労して
できないを不要に強めないといけない事からなるべく守れるようにと
思ってきたけど、やっぱり限界も感じる。

まだ、ももは通級で楽しみながらももにあった方法で学ぶ時間を
あたえられているだけ恵まれていると思うようにしているけど、
多くのお仲間ちゃん達が、ここでつぶれていかないような
そんな仕組みがほしいなぁと本当に思う。

※はるえもん先生のところを読んでいても、公教育のルールにかんじがらめ
人の何倍頑張っても…な子供達の学ぶ気持ちを壊しかねないなぁと思う。
特に内申重視な我が県では、公立中学から高校受験はハードルが高すぎるし…。
まあ、それでもそれを乗り越えられれば強靭な精神が持てるだろうが、
その前に壊れる不安のほうが大きい。。。
そんな大きすぎるリスクをとってまで、乗り越えさせたいとは私は思わない。

少しの事を、この世の終わりのように感じてしまうももの敏感さは
どうしようもない。
敏感故に、少しの事で、自己否定も強まってしまう。
周囲は、他のお子さんと比較していろいろ思ったり言ったりもする。
その狭間で、ももが乗り越えていく問題と、乗り越えさせずに
回避する問題とを選別するのが私の役目なんだけど、
そもそも生まれながらにない感覚をわかってもらうというのは
とてつもなく難しい。
そして公立の小中学校は、もも達にとって試練が多すぎるなぁと
乗り越えさせつつ、そう思う。

年齢があがれば、段階的に求められるハードルは高くなるだろう。
ただ、せめて小学校くらいはルールでがんじからめで
大人の都合優先ではなく子供の学ぶ楽しさや自己肯定感を
全ての子供が得られるような学びを与えて欲しいなぁと思ってしまう。

ただ、先生も昔とは違って相当忙しく余裕がないように見えるし
どんどんルールが増えていっているらしいから、望めないのかなぁとも
思ったり…。

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2010年12月 9日 (木)

個人懇談

ももの学校の個人懇談でした。
漢字がいつも一問、鏡文字やら、一本棒がたりないやらで
間違えてしまう事、
音読の時にどこを読んでいるかわからなくなり
隣の子に教えてもらってしのいでいる事、
答えはわかっているのに、設問の問い方をいつもと変えた
だけで「意味がわからない」となってしまって、
ほどんどの子が悩まず答えられるところで躓き、
難しい部分では答えられていて…不思議なところなど
先生なりによく見てわかっているなぁと思う話が出た。

ただ、そこはマックスに頑張っての現状故、
長い目で…と伝えて、終わり。

本題は人間関係の部分。
ただ、どうもこの先生、そこはあまり関心がないというか
気力がなさそうに思えて…。
去年の担任のように子供達とがっつり向き合って…は
期待出来ない雰囲気だった。
もものお友達も「先生に真剣に話しても聞いてくれない」と
言っていたが、そんな印象を持ってしまった。
確かに親には笑顔で「そうですよね~」「わかりました~」と
そんなそぶりも見せないけど、どうも言葉のはしばしや
ニュアンスがそう思わせるものがあるわけで…。

渡した本も返していただいたものの感想もないわ、
読んでいないのが今回の会話から透けて見えちゃって、
興味がないんだなぁ…と諦めモードで帰ってきました。
あまり負担にならない本なのですが…。

結構、時間がおしていて、待ち時間フラフラしていたら、
去年の担任が通りかかり、ももの成長の様子をいろいろ
詳しく教えてくださいました。
去年の担任いわく、もも達の学年は大変でいっぱい手も愛情も
かけてかかわってきたから、ひと際かわいい学年らしく
つい、目でみんなの成長を追ってしまうのだと
うれしい話をしてくださいました。

低学年時代のももを知る先生方は、「本当に成長したね~」と
目を細めて話しかけてくださいます。
ある意味、その当時は本当に大変でしたが、早くに問題行動が
出た事で手厚くみてもらえてラッキーだったのかもしれません。

時間がかなりずれて遅くなり、急いで帰ると
ももが家にいない…。
携帯に電話するも、家に置いたまま…。
捜しに行くと、なんと!学校の校長室でお菓子をいただいて
ビデオを観てくつろいでいました。。。

なんというか、まだまだ口頭だけでは話が伝わりませんね。

なんとか、このまま平和にあと2年とちょっと行けるといいなぁ。

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2010年11月17日 (水)

情報操作

去年のいじめからもうすぐ一年。
今のクラスは穏やかな子も多く、ももは比較的楽しく学校生活を
送れているようだ。
親友と、穏やかでやさしいグループのお友達に囲まれて
伸び伸びと生活出来ている。
しかし一方で去年のいじめの火種が燻りつづけているのを
この肌で感じる私。。。

昔から、そういう微妙な空気を感じるのは得意だった。
嘘とか詐欺とか、そういう事も割と本能的に最初の段階で
閃くように意志とは関係なく当ててしまうところがあって
嫌な予感もいい予感も割とはずれた事がない。。。

今回も運動会の時、参観日の時など…
一部の大人びた女の子グループに違和感を感じた。

どうやらその予感は当たっていたようで、
ももが言うには、学級委員の☆ちゃんが勝手に出席番号順ではなく
自分の好きな子を固めたり、嫌いな子をあからさまに分けるように
学級内の日々の行事で、ある行為をする…と。。。

ももは自分がはっきりと区別というか差別されているのを感じ
先生に言うが、改善されないと。。。
(ももいわく、みんなの目に見える形で公然とそれが行われているのが
傷付くと…)

しかも一部のクラスの女の子に面と向かって
「ももちゃんって通級行ってるんでしょ?通級って馬鹿が行くところなのよね?」
とみんなの前で大きな声で言われたり、
「☆ちゃんと、ももちゃんって同じに見えるよね」って言われたり
補足すると☆ちゃんは知的障害ありの自閉ちゃんで、同じに見える発言は
そこそこビンゴ!なんだけどね。
わざわざ、みんなの前でそれをしつこく聞いてくるという事に
悪意を感じるわけで…。
きっと裏でその直接聞いた子じゃない誰かが入れ知恵して
ある事ない事広めているようないや~な予感がするわけで…。

しかも、一度もクラスが一緒になった事がない子で
向こうから「ももちゃん仲良くしよ~」って近づいてきたと思ったら
手のひらを返したように何もしていないのにからかってくるようになったとか
アドレス帳の交換をしようと言われ、ももは相手に対して
いい事を書いたのに、急に手の平返したちゃんは、第一印象の覧に
サイアク… って書いてあるわけで…。
最初は、ももちゃんって元気でかわいいね。なんて言ってたのに…と
何かを感じてしまうわけで…。

別に好きになってもらおうとか、みんな仲良くなんて思わないけど
全然関係のない子まで裏でイメージ操作しないで欲しいと思うわけで…。
陰でコソコソになっていく5年6年に向けて、
他人の言動に簡単に操作されてしまう危うさも含めて
自分の言動に責任をもてるように、上手く導いてもらえないか…
お願いに行こうと思う。

ももなりに一生懸命友達関係を築いて、一生懸命苦手な事も
頑張って居場所を作っているのに、それを壊すような事はして欲しくない。

追記*相談しました。学校の話を聞くと自分の想像以上に
もも達の学年の女の子の早熟さと大変さがあり、
先生と一緒にうーん…となってしまいました。。。

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2010年10月 6日 (水)

「うざい、きもい、死ね」は、挨拶代わり?

「うざい、きもい」は、挨拶代わりで深い意味はない。
「死ね」は、言っちゃいけないって言われるけど、
ゲームで使っているし、深く考えずに言ってしまう。

ももが小学校に入学してから
一体何度、この説明を聞いただろうか?

他のママ達も
「そんなの気にしてられない」「気にするほうが神経質でおかしい」と言う。

先日、ももがフラッシュバックを起こして頭を抱えて
あわわ…となっていた。

理由を聞いたら、一年生の時からももに執拗にからんでくる
男の子が、毎日毎日、上記の言葉を連呼するらしく
その他にも一挙一動、重箱の隅をつっつくようにいちゃもんを
つけてくるのが、許容範囲を超えていると…。

「先生に相談した?」と聞いたら
「ずっと相談しているけど、聞いてくれない」と。。。

なので、連絡帳でお願いをしました。

先生も忙しく余裕がないのはわかるし、
無理な我が子贔屓なお願いはなるべくしないようにと
押さえてきた。

でもね、いくら悪気なく使っているとはいえ、
やっぱり、どーしても、私は上記の言葉は許せないのよね。

それを教師も容認して、「悪気ないから…」と放置するのは
納得がいかない。

言霊を信じる私としては、そういう事から悪い気が充満していって
人の心に影響を与えるとも思っていて、
これまでも何度か抗議してきたけど、どんどん逆方向に
物事が流れていっているのを感じてしまう。

神経質と言われようが、嫌なものは、嫌!
ダメなものは、ダメ!で通させてもらおうと思う。

「うざい、きもい、死ね」は、挨拶代わりなんていうふざけた暗黙の了解など無視!
あえて空気など読むものか!って心の中で叫んでしまう私がいる。

まあ、そうは言っても、正義を通しすぎて立場を悪くする事が多いももには
そんなママの信念はストレートに伝えられないし、
スルーする(出来ないんだよね…)術を身につけさせたほうがてっとり早い
のかもしれない…

私達の時代にも言葉の乱れや行動に対して「今の若い者は」と言われてきた。
でも、あきらかに許容してはいけない域に突入しているような危機感を持つ。

私の頭がかっちかちで、おかしいのか?

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2010年9月15日 (水)

先生へのお願い事

数日前、家に帰って来るなり半泣き状態でももが
「今日、宿題の範囲を間違えてやっていっちゃった。
でもって、その宿題の範囲がテストだったみたいで…」

一学期から、急な変更や途中での変更が多く
授業の流れの中でそれを告げられて、ももだけが
理解出来ていない…という事があった。

結果、やらなくてもいい事に時間を費やしたり、
逆な事もあり、右往左往してプチパニックになる事が多かった。

なので、その辺も含め、お願いしたのだが
どうしたものか…な結果になり、仕方ないので担任に電話し、
改めて「大事な事は口答ではなく黒板に…
連絡帳のチェックや口答での念押し確認…等」を
すいません~、ご迷惑お掛けします~と
再度、平に平にお願いをした。

すいませ~ん!てんぱってて、変更変更で辛い目に
あわせてごめんなさい!気をつけますね!
と言っていただいたものの、不安は残る。

普通ならば、こういう先生間のキャパの差などは子供に乗り越え
させる事で子供自身も成長するのだが、ももの場合、真逆になる
事もあるから。。。。

今年の担任は2,3年前に中学から来られた先生で
どちらかというと中学向け、高学年向けの先生で
小学校に慣れていない印象がある。
なにか事情があって小学校におりてこられたのか?
その辺もわからない。
ただ、数年前、あるアスペちゃんがいじめにあった時に
クラスのみんなに「○ちゃんのいけないところを教えてあげましょう」と
魔女裁判のような事をやった先生というのを聞いた記憶がある。
子供の事は、子供同士で解決と考えての事なのだろうが
あんまりな事だったので、印象に残っているのだ。
なので、私的には警戒もしている。

また、担任自身のキャパのなさを感じる一例として
黒板にわけのわからない連絡を書く事がよくある。

先日も不思議な日本語が書いてあったので
ももに確認したけど、たぶん、先生が焦って書いて
間違えたので意味不明と返事された。

運動会やら、会議やら、部活の顧問やら、かな~り
忙しくテンぱっている感じは伝わってきていた。

余裕がない先生ほど、低姿勢にお願いしても
お願いする事自体が負担になるように思えるから
呑み込める事は呑み込んで、ももに我慢させていた。

こんな感じで担任よる安定度合いが大きく違うと
果たしてももが言うように「5年生になったら通級やめる」事が
いいことなのかどうなのか?と考えてしまう。

大事な事は、口答でなく、黒板に書いて欲しい という
一見簡単でシンプルな事さえ、先生によって出来たり出来なかったりすると
今後のインクルーシブな特別支援は大混乱!にしか思えないけど…。

根本の問題が大きいように感じる。

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