2008年7月24日 (木)

補修授業

もも、学校の補修授業に通っています。

通級の新しい先生〔通常はTTとして、高学年に入っている〕に、
お会いしていないので挨拶がてら、少し、話もしましたが、
支援の必要な子供たちの事をいまいち理解されてないような
感じがありました。

担任に、漢字がまるで駄目なので、補修を受けてくださいと言われた
と言うと「えっ!?そうなんですか?今日は何のプリントしようかと
思ってたんですが」と言われました。

で、ももが持ち帰った漢字のプリントは、通常の授業で使うような
何の工夫もないようなもので、そこに、かわりばえのないももの
くずれた文字が書いてあり、その文字にぐるぐる三十丸がつけて
ありました。。。。。

うひょー、これよりもマトモな書き方で、ペケになっているのに、
これで三十丸しちゃったら意味ないじゃん!!!

一体全体、学校の中で、指導の統一というか、コミュニケーション
がとれてるんかい!
と思わず、突っ込みを入れたくなりました。

ももは、この汚い字で、ぐるぐる三十丸もらえて、誉めまくられて、
ご褒美に折り紙の遊びをたくさん出来たと、喜んでましたが、
うーん、これでは、補修授業の意味は、丸でないように思えました。

他のお子さんたちは、自分の担任に教えてもらってたみたいですが、
もも も担任に教えてもらったほうが、まだ、いいんじゃないかと
そう思えてしまった補修授業でした。

多くは望んでないつもりですが、目的とか、ポイントがずれている
のは、ホント、つらいんですよねぇ。

民間ではありえないとつくづく思ってしまう。
公は公なりのよさがあり、民にはなりえないのかもしれませんが、
それを差し引いても、おかしいと思えるんですよね。

一応サービスなのですから、自己満足で、サービスを受ける側が
需要を満たされることがないっていうのは、やっぱりおかしい。

特別支援っていうから、一応、体裁だけやってみただけで、
まるで、内容がないっていうのは、本末転倒でしょ。

形じゃなく中身を、人数じゃなく、一人一人のレベルを高めて
欲しいです。

というか、特別支援とか以前の問題のような気がして、ため息が
出てしまいました。

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2008年7月18日 (金)

発達の視点

担任から、夏休み、補修をすすめられました。
通級を担当するTTの先生に漢字の補修を受けます。

最初は、お断りしようかなとも思っていたのですが、
先生との繋がりを持つ、よい機会かもと思い、お願いする事に
しました。

ももは、丁寧ではありませんし、きたないですが、
一応、漢字は、それなりに覚えて書くんです。

でも、一度に、丁寧にとか、とめ、はね、はらいをきっちりとを
要求すると、そっちに意識がいってしまい、
まるで、漢字を覚えられなくなります。

なので、第一段階で、とりあえずの形を覚えて、

第二段階で、書き順を補正し、

第三段階でとめ、はね、はらい、と文字のバランスを補正、

第四段階で、丁寧にきれいに書く

という風に分けて練習しないと、混乱して
かえって、何も習得できないのです。

これも、何度か繰り返すうちに、一度に全てを意識しつつ、
出来るようになるとは思いますが、今は、まだ無理なのです。

家では、第三段階の途中までで、精一杯で、
時間のある夏休みにと考えてました。
ある意味、ある程度書けてるから、たいしたものだくらいに
認識してたら、懇談会の時に
「漢字がまるで、駄目ですね」と言われ、びっくりしました。

私には、許容範囲に思えるものが、担任は気に入らないようです。

新しい漢字を、はじめて書くというのに、
この段階を一度で全てクリアしなければならないのかなぁと
そう感じてしまいました。

もう少し、長い視点で、出来るように導いてくださるといいのになぁと
そう思いました。

一度に完璧に出来る子も半数以上いるかもしれませんが、
それをももに当てはめると、出来るものも出来なくなるのは自明です。
例えば、今年度中に、3段階、もしくは4段階まで、そこそこいけると
いいですねぇ。それには、こんな風に少しフォローしようと思います。
みたいな話がしたいですわ。

小学校にあがって、思うことは、子供の発達に対する視点が欠けている
大人目線の先生が多いなぁと思う事です。

話の通じる先生は、ご自分も子育てで、苦労した経験のある先生が
多いようにも感じられます。
少し長い視点でもって、子供を見て、じっくり待てる先生が増えて欲しいと
願わずにはいられません。

ただ、見えてないものを見えるように伝えるというのは、とても大変な
事だとも感じます。
先生の大人の視点を、子供の視点に近づけるというか、視点を育てる
為の手立てが欲しいです。

ただ、これも、保護者の立場から、視点について話すのは、角も立ちます。
ですので、やはり、特別支援の軸足として、全ての学校の全ての先生
対象に、そういった視点を育てる為のセミナーなりを義務づけるような
システムが欲しいです。

ある意味、保育園時代が、楽だったのは、子供というものはどういうものか?
という発達の視点の育った保育師さん達が多かったので、
かえって、親のほうが、長い発達の視点を持つ重要さを学んだくらいでした。
こういうのは、はやり、経験からくるものなんでしょうね。
特に、発達のばらつきが大きい幼児期は、自然と、そういった視点が
育つのかもしれません。

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2008年7月17日 (木)

困り感に気づく

担任は、自腹を切って、障害児教育について、学びに行くほど、
熱心な先生です。
授業も、そういった自腹学習から得た技術を取り入れて運営されています。

長時間椅子に座っているのが困難な子供や集中が続かない子供の為に
授業の前に散歩に出掛けてから、授業を集中してやったり、
七田式のフラッシュカードを使って、ゲーム感覚で子供たちを引き付けて
上手く授業を行っています。
指導要領をきっちり抑えて、ただ、こなすだけの授業ではないので、
どうしても、授業が遅れがちのところがありました。
私は、それは、それで素晴らしい授業なので、遅れなど気にしていませんでした。

しかし、そういった工夫はあるが、ももの困り感は、昨年よりも
酷くなっているように見えました。

フラッシュカードも、ルールが呑み込めないまま参加して、周囲の楽しそうな
様子を上目で眺めつつ、どうしていいか困りはてて、俯いたまま、
ゴムを噛み続け、イライラしている様子のももの姿がありました。

ほんの少し、ルールを噛み砕いて、説明するだけで、困らずに楽しく参加
できたのになぁと思いながら、切ない気持ちになりました。
学校でそれを補う事が不可能ならば、家にふってくださいと、再三再度
お願いしてきたはずです。

一昨日のパニックの件も、ももの説明だけを信じるのは危険なので、
きちんと担任に状況を説明してもらいました。
担任いわく、「学期末で、この2週間ほど、追い込みで、かつかつの授業を
行っていた。いつもよりも多い量を、倍速でこなすような授業が続いていた。
それで、漢字ドリルも、最後までやれる人はやるように言い、ももちゃんには
出来るところまででいいよと言った。
数人の先生最後まで出来たよ!の声の中、自分は全然ページが進まず
最後までやらなくてはならないと、勘違いしたのかもしれない。
その授業の後、パニックになっていた。」と話を伺いました。

漢字ドリル、最後までやらせるのに、6時間半ほどかかったんです。
決して、書くのが遅いほうでもありませんが、苦手なはらいなどを書き直し
しつつ、きれいに書くを意識してやったら、このくらいかかりました。
家では、泣き言いわずに、でもへとへとになりながら、やってました。
少しの無理は、あえてさせるし、学校で無理を強いられたほうが、かえって
ラッキーぐらいに考えてますが、これは、いくら、なんでもな量です。

ももは、プリントの最初に難しい問題があると、それを一旦おいておいて、
出来るところからやるという発想が出来にくい脳みそをしています。
それは、一ヶ月程、ももと付き合っていれば、気づけるような特性です。
律儀に最初から順番にやらないといけないと、思い込むのです。

担任は、特学を何年も受け持って、自閉症の特性は、知り尽くしていると
豪語していました。
見通しをつけてやる事が大事ですよねぇって最初に私に話してくれました。
でも、実際は、些細な困り感にも気づけずに、見通しをつけられずに
困る事が続いています。
たまたま表面化している部分だけでも、これだけあるのなら、さぞ、
日常的に困っているのではないかと、思わずにはいられません。

ももいわく、最初に言われた最後までという言葉しか覚えてないと
言っていました。
強い印象のものに引っ張られて、他が見えなくなっているというのは
よくある事です。

担任の見通しをつける配慮は、朝、時間割を視覚的に提示するという
ものです。
いわば、教科書通りの、見通しの一例ですね。
でも、本当は、そういった知識なんてなくても、その子供自身をきちんと
見ている中で、あれ?って気づくような、小さな困り感への対応というか
見通しが一番、欲しいのですよね。

それは忙しい学期末だから、気づけなかったとか、そういうレベルのものではなく、
呼吸をするように、自然に、気がついて、支援という意識もなく
行われていいような、そんなレベルの話にも思えるのですが、
そういった気付きが、自然に出来にくいんだろうなぁと推測されます。

なんというか、そういった基本がないと、いくら知識があっても、もものような
ほんの少しの無理を乗り越える力の弱い子供は、辛いです。

いっそ、知識などなくとも、子供をきちんと見て、自然に対応できる先生が
一番、ありがたいのかもしれないと、考えるようになりました。

まあ、そんな事をいっても、仕方がありませんので、打てる作戦を
考えています。

昨年の県のセミナーの講師をしていた先生は、
「いろんな先生がいますが、それもひとつの環境要因と割り切って、その中で
出来る手立てを考えるように」とおっしゃっていましたが、
まさに、そういう事だと、思います。

去年の学年主任の先生など、あまり進んで障碍理解をしようとする姿は
見受けられませんでしたが、バランスのとれた先生で、
皆に迷惑かけるようなパニックをおこすももに、時にはびしっと叱りつける
こともありました。
まあ、大声で叱るのは、もものような子供には禁じ手とされていますが、
私は、かえって、いけないを適切に教えてくれて、泣き止んだら、笑顔で
受け止めて、送ってくださるこの先生をありがたく思ったものです。

ある意味、なんでもかんでも障碍だから、特性だからといって、配慮を望む
つもりはさらさらありません。

子供を見て、臨機応変に対応してくださればいいだけなんですが、
それが一番難しいようです。

どうしようもないところをごり押しして無駄なエネルギーを消費して
怒るよりも、視点を変えて、どう工夫すれば、困り感を緩和させられるか
その手立てを考えようと思います。

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2008年7月15日 (火)

通級は、取り出し授業

本日、漢字ドリルをやる時間にパニックになったとの事で、
その後、終日、通級教室でみてもらったとの事。

ももに事情を聞くと、キャパを超えるページ数をやりましょうと
言われ、パニックになったそうだ。

書字障害とまではいかなくとも、視機能に困難のあるももは、
漢字ドリルや書写が苦手だ。
でも、我慢できる量を、少しづつ頑張るのは可能だ。

しかし、いくら頑張っても、しんにょうが上手く書けなかったり、
はらいが上手くできなかったりする。

担任は、几帳面らしく、厳密にとめ、はね、はらいに赤を入れてある。
このくらいは、許容範囲じゃないの?って思えるものにもきっちり赤が
入っているので、まっ赤っかだし、漢字のテストなども厳密に丸を
付けるので、だいたいあっているけど、細かい部分が出来てないももは
点数をもらえない。

人の何倍も、漢字練習してても、点数につなげられない。
でも、それも、仕方がないと、あえて、先生に何か言う事はなかった。
ももが、きちんと、書けるようになるかもしれないし、と見ないことに
していた。

が、先生に謝りにいかせた後、家で補習させたが、
午後3時から9時までかかって書き終えたくらいのページ数だった。
これは、泣きもパニックも入って当然の量。
担任は、皆にわかるように非常に丁寧に授業をやっている為、
大幅に授業が遅れている。
その為、追い込みをかけたのかもしれないが、ももにしてみれば、
律儀に、これを時間内にやり切らなくてはならないと思ったらしく、
オーバーフローをおこしてしまったのだ。

特別に小分けしなくても、ある程度の量はこなせる気力も能力も
あるが、苦手なところを注意されまくりながら、この量をこなすと
思っただけで、萎えて当然の量だ。

「発達障害関連の本は、すべて読み切りました!任せてください!」
と言ってたわりには、なーんにも配慮がなさすぎるじゃん!

一言、「出来るところまででいいんだよ」とか声賭けがあるだけでも
パニックなんかおこさなかっただろうに。。。。
別にももにだけ、特別に、プリントを用意するとか、そんな事は
お願いしていないし、必要もない。

で、結局、教室内で、出来るように、説明するとかの努力もなく、
パニックをおこしたら即、別室に連れていかれる為の、通級なら
いらん!

勉強なら、家庭で、十分、予習している。
通級では、特別、先生が苦労して教える事もなく、さっさとプリントを
やり終えて、折り紙や工作をしていると聞く。

結局のところ、通級は、決められた日時に行われるのではなく、
親の許可なしに、勝手きままに、取り出されているだけだ。
一学期で、3人も通級の担任が変わった。他のお子さんは、
日替わりで先生が変わったらしい。

あまりにもずさんすぎる。。。。。。

邪魔な子供を隔離するための通級なら、いらん!

何を言われても、頭を下げて、感謝をして、少しの事は、見ないように
してきたけど、いい加減、頭に来た!

面談では、「自己表現力があるから、そういうところを伸ばしてあげては
どうでしょうか?」と言われた。
「失礼かと思いますが、今、ほら、今いろんなタレントさんがいるでしょう?
自己表現が豊かなら、そういう方面も向いているんじゃないかと思うんです」
と言われた。
今、流行の「おバカタレント」の事を指してるのかな?と思いつつ、
聞き流したものの、いろんな事がつもりに積もってくると、一気に塞いでおいた
嫌な気持ちが、吹き出てきてしまう。

結局さ、こちらの望むような手立ては打ってもらえなくて、
手に負えなくなっからって、そんな薦めようなないと思うんだけど。

長さのテストも、0.5ミリの違いですべてペケにする先生ってどうよ?
買った条規をすぐなくしてきたので、100均で、間に合わせたら
それが0.5ミリずれてたようで、すべてペケだった。
でもさ、鉄の条規じゃない限り、規格の条規だって、温度差で簡単に
誤差が生じるもの。
0.5ミリの差で30点になってたよ。でも、ももの条規ではあっている。
勉強は理解をきちんとしていく為に必要で、厳密さを追求する先生の
趣味の世界で、子供を潰されたくないよ。

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2008年7月 4日 (金)

ノートに写す。

2年生になって、問題集の何ページの計算問題をノートに写して計算する。
といったような宿題が多く出るようになりました。

ももは、このノートに問題を写すのが、極端に苦手なようです。

20問~30問あると、必ず、どこかで間違えて〔抜かしたり、数字を写し間違える〕
最後まで写し終わる段階で、気がつき、消しゴムで全部消すというのを
繰り返し、計算をするという本題に入る前に、へトヘトになっています。

最初は、見かねて書き写してあげる事もありましたが、
今は、横について、写すが苦手でも、間違えずに、書き写せる方法を、
口を挟むようにしています。
定規や、下敷きで隠しながら、写すという方法です。
また、いちいち全部消していちから書き直すなんて、非効率なやり方をせず、
間違えた箇所をえんぴつでマルをして、そこまで消して書き直したほうが
よい場合は、そこまで消し、
抜けた部分のみ、後ろに付け足して、書いたほうがいい場合は、
そうしなさいと、アドバイスしています。

そういう機転が効かないのが、イタいなぁと思うのですが。。。。。。。。
10回くらい全部消して書き直していれば、気がつくだろうと思うのですが、
気がつかないですからねぇ。
ノートぼろぼろですし、きれいに消しきれなくて、数字が判別できないし、
こりゃ、あかん!と、いつ、気づくか、親なりに辛抱強く、見守ってましたが、
無理でした。

本人、泣きべそかきながらやってますが、「出来ない!じゃなくて、どうすれば
出来るようになるか?やり方を工夫すればいい問題だ」と鬼母は、一喝してます。
あまり困り感というか、子の出来ない心情に親が同化しすぎても、
子供は、かえって、出来ない自分を自覚してしまうように思えるから。

本読みもかなり上手くなってきましたが、横書きのものが、とても苦手だと
いう事が先日わかりました。
算数の問題も横書きなので、目で追うのが困難なようです。

夏休み、横書きのものの、視線移動の訓練をしたいと思います。

また、機転が効く、見えるようになるのは、ちょっとやそっとの訓練では
簡単に改善されないですから、気長に、気づけるように
働きかけてみるしかないですねぇ。

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2008年6月26日 (木)

授業参観

今日は、授業参観日であった。
2年に入ってすぐの授業参観は、主治医の検診があり、無理やり予定を
あけてもらっての受診だった為、休んだ。
なので、今年はじめての参観日であった。

メモがわりに、ももの様子を書き留めたいと思う。
授業態度が酷かった。
一年の時と比較して、酷くなっているように思えた。
授業開始に遅れて、教室に戻る。〔トイレにでも行ってたのか。。。〕
用意もなかなか出来ないので、見かねた男の子が手を貸してくれてた。
拾ったゴムを授業中、ずっと噛んでいた。。。。
椅子にちゃんと座っている事が出来ず、始終、ぐらぐらしていた。

まあ、5時間目という時間も関係しているのかもしれない。
計算は得意なので、家でプリントをやっている時は、筆算にしなくても
頭で処理して、さっさと解いている。
だが、教室内では、集中が難しいのが、質問の意味やルールが読み取れず
授業に集中できず、不安な様子が伝わってくる。

集中力を高める為に、フラッシュカードを使って、ゲームみたいに
計算をするのだが、1+1=2ではなく、□+1=2の□部分を答えるなど、
通常やっていないパターンだと、質問の意図が全くわからず、
静かにパニックになり、それで、ゴムを噛んだりが激しくなっている
ようにも思えた。

もうひとつ、○くんは、最近、ももと激しくやりあいになることがなく、
二人は、放課後も仲良く遊んでいる。
ひろったゴムを持ったももに、○くんが近づいてきて、
「拾ったゴムは汚いんだよ。犬のおしっこがついてるかもしんないよ。」
と言った。
まあ、正論だよね。
ももは、そう言われて少し拗ねている感じだった。

そのやりとりの最中、担任が来て、「○くん、ももちゃんいじめちゃ駄目だよ」
と言った。
当然○くんは、「全然、いじめてないよ」と言った。

確かに、全然いじめてない。普通に注意してくれただけだ。

私は、やっぱり、主治医の伝言とはいえ、担任に伝えた事を
やっぱり後悔した。

Hちゃんも、私のとことに来て、怒った顔で、
「ももちゃん、目が悪いなら、眼鏡かければいいんじゃないって言うの。」
と私に訴えた。

????
「目が悪いって、Hちゃんが、ももに言ったんだよね?
で、そう聞いたももが、眼鏡かけたらって返事するのって、何かおかしいの?」
と私は、聞いた。

Hちゃんいわく、「だって、眼鏡かければって言われると、辛いの」だそうだ。

続けてこうも言った。
「どうして、ももちゃん、○くんとは遊ぶのに、私が、遊びたいって言っても
遊べないって言うの?」

一生遊ぼうと言わないで宣言をももに言い渡した事も、約束して待ち合わせを
幾度もすっぽかした事も、忘れて、自分に都合のいい事しか言ってないんだけど、
まあ、低学年なんて、そんなものかもしれない。

「どうして遊べないってHちゃんに言うのか、おばさんはわからないから、
ももに直接聞いてね。言われたくない事も、溜めておばさんに言うよりも
直接、やめてねって言えたほうが、その場ですっきりして、Hちゃんもいいことない?」
と言って帰ってきた。

ももは、今のクラスになってから、クラスの女の子から孤立しているらしく、
一緒に遊んだりする女の子のクラスメイトがいないようだ。
大抵、男の子と、おにごっことかして、遊んでいるらしい。

それでも、去年同じクラスで、仲がよかった子が、ももちゃんと遊びたいと
言ってくれるようで、それは、それでいいのかなとも思う。

新しく、近所の集団にもまざって遊びに行ったりもしているし、
無理にクラスに仲のいいお友達がいなくても、相性のあわない子と無理して
つきあうよりも、自然に、ももが遊びたいように遊べはいいかなと、
そう思っている。

高学年になって、孤立して、悩む時が来るかもしれないけど、
その時は、別の安心できる場所をたくさん用意してあげるとかして
支えてあげられればいいかなと、思う。

まずは、ももの授業態度を改善する訓練を、考えなくてはね、、、、、。

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2008年6月 7日 (土)

頭も胃も痛い

週中、検診でした。

主治医に最近の様子を伝えると、
「ももちゃんみたいな子供は、我慢させずぎて、爆発するのを繰りかえさせない
ようにしないと、5年後くらいに、酷いフラッシュバックに悩まされるよ。
先生に、主治医からの指示という事で、ももちゃんが他害行為に走ってしまう
特定の子供と少し離すような教育的配慮をお願いしてください。」
そう言われたので、気はすすみませんでしたが、担任に伝えました。

ももが他害行為を繰り返してしまう相手は、そこそこ仲がよいけど、
相手からの刺激に我慢しつづけて、その結果という事が実際多いです。
5月に叩いてしまったお友達は、ももだけでなく、他のお子さんに対しても
意識せずに、意地悪をしたり言ったりする子なんですね。
家に遊びに来てというので遊びに行くと、ももだけ、どのおもちゃも貸して
くれなくて、泣いて帰ってきたり。
遊んでいる途中で仲のよいお友達に出会い、「ももちゃんと遊んでもつまらないから
バイバイ」と置き去りにされたり、我が家に遊びに来ていて、もうひとりのお友達が
「今日、ママ6時にしか帰ってこないから、それまでももちゃん家にいたい」と言えば、
その子が「家に来て!あ、でも、ももちゃんと○ちゃんは、絶対来ないでよ!」みたいな
言い方を悪気なくしまくる子なんですね。
ある意味、幼いんですね。
でも、時々、困っている時に、かばってくれたりもするので、ももいわく
嫌いになれないらしいです。
ただ、振り回されまくるももをずっと見続けていて、先日、さすがにこれは、、、、と
思ったので、
「相性ってわかる?嫌いじゃないけど、いつも喧嘩になって悲しい思いが続くのは、
辛いよね?辛いのに、毎日、一緒にいる必要はないのよ。
嫌な気持ちがたまってきたら、たまには、遊ばないと言ってもいいのよ。」みたいな
感じで、距離をとることを説明しました。
それ以来、「遊ぼうと言われたけど、嫌だったので、断った」と距離を保ててます。
もちろん、それを決めるのは、ももに託してます。
少し距離を保てるようになってきたら、せっかくとったドッチボールの玉を
奪われて、投げられて悔しかったけど、我慢できたと、やり返す事もなくなって
きています。

担任は、どの子もみんな仲良くという教育方針です。
親の立場としては、先生の教育方針に対して、あれこれ言いたくはない。
でも、今回は、主治医の指示という事で、伝えました。

担任は、私が今まで生きてきた中で、出合った事がないくらいの
純粋で、いい人です。
通院後、遅刻して、学校へ行った時も
「よく来たね~。先生、うれしいよ。」と、クラスの皆も巻き込んで
あたたかく迎えてくれるような先生です。
子供が追い込まれていたら、涙ながして、身を呈して守ろうとする
そんな熱い先生なんですね。

でも、何かがずれている。。。。。。。。。。

普通、少し距離をあけて欲しいという教育的配慮という要望に対して、
担任は、ももが他害行為に走ってしまう特定の2人のお子さんを
わざわざ呼んで、話をしたと、連絡帳に書いてありました。。。。。

私も、パパも、おそらく主治医も、配慮とは、
「席を離すとか、同じグループにならないようにする」といった事を
頭に思い浮かべてましたので、
「話した」事に対して、非常に驚くと、ともに、ショックを受けてしまいました。

何を話したのか知りませんが、
話すというのは、それもダイレクトに本人に話すというのは
違った影響もあるかもしれません。

こんなこと、学校で、先生に呼ばれて、言われたとお家に帰って
お母さんに伝えた時に、誤解が産まれたりもするかもしれない。

今、担任は、上から指導が入ったりして、少し辛い状況なのが
透けて見えてたので、私としては、逆に担任を助けたいと思ってた。
それなのに、こういう事が続くと、何も話せなくなる。

子供を守るという事は、担任も守るという事に直結しているようにも
思えるので、私としては、極力、担任を責めるような事はしたくない。

ここ最近、N先生も、かなり配慮してくださって、ももの教室に
連日入って、サポートしてくださっているのに、
また、相談して、負担を背負わせないといけなくなるのを考えると、
辛くて仕方がない。

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2008年5月30日 (金)

道徳

2年生になってからの心配事をN先生に相談した後、
担任から、どうとくの時間に「いじめについて」話し合ったと聞かされました。

「いじめについて」話しあうのは、いいのですが、
ももから、その時間中、○○くんに対して、クラス中が、あーしたこーしたと告発
合戦になったと聞いた時は、ぎょっとなりました。

「ももちゃんも、反省するんだけど、してしまう悪い行動があるよね?
それを、みんなでよってたかって、先生に言いつけられたり、責められたりしたら、
どんな気持ち?」

「悲しくなる。悲しくなって、怒れてくるかな?」

「そうでしょう?皆で責めるみたいなのはよくないよね?
それからね、嫌な事をされて我慢しすぎて爆発するのはよくないから、
先生に言うのはいいけど、こっそり言えないかな?」

「こっそりは、、、、難しい。」

うーーーーーーーーーん。


つくづく学校でいじめについて対処するという事の難しさを思い知りました。

なんというか、何か問題が起こった時に何度も子供に事情を話させ、
誰が悪いかの犯人探しに一生懸命になるのも、
クラス全員の前で、いくらその子が悪くても、個人攻撃になるような事は、
ある意味、逆のいじめでもあって、ももは無邪気に、自分の主張に皆が
賛同してくれたと言う事に対しても、憤りを感じてしまう。

昔の帰りの会での光景が思い浮かびます。
ある一定の男子が毎日のように槍玉にあげられ、それが呼び水となって
別の子までもが、どうでもいいような事をいいつけるという光景。

だってね、事の善悪は理解しているわけですよ、彼らも、ももも、、、、。
そりゃあ、やった事をやってないとか嘘つく、陰でやる等、陰湿なところに、
正直、むかついたりもしてますが、
でも、それを叱るとか言い聞かせるだけでは、やめられないんですよ。
彼らも、頭では理解して、その場はごめんなさいと謝るけど、
一時間もしないうちに同じ事を繰り返してしまうのは、もっと他にも
理由があるわけで、できないから、やめれないんですよ。

どうとくを否定はしないし、必要な場合もあると思うけど、
もう、それだけでは、何も解決しないと、私は、思ってます。

ソーシャルスキルトレーニングも、ちゃんと体系的に学んだ専門家が
道筋に沿って、きちんとやっていかないと、全く効果がないと聞いています。
情緒的な部分を多く含む、どうとく的アプローチで、どれだけ効果が
あるのか?または、やり方間違えれば、どうなるのか?と考えてしまいます。

今は、今なんですよね。昔とは違う社会的背景がある。
今の時代に即した、そして、言い聞かせが通用しない子供に理解してもらう
のに必要なスキルとアイデアが必要なんだと思う。

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2008年4月 8日 (火)

もも、2年生!

今日は始業式。桜は、すでに葉桜。

一緒のクラスを希望するお友達がいれば教えて下さいと
言われたので、希望したお友達は、誰も一緒ではなく、
仲がよいが、似たもの同士なので、つい大事に発展しがちな
くんと同じクラスだった。
二人とも距離を上手くとれないので、近づきすぎちゃうのよね~。
ももの事を大好きだと言ってくれたお友達も、
いつも遊んでいるお友達も、近所のお友達も、
誰も同じクラスにならなかったようで、
知らない子ばかりで、明日からどうしよう?と
少し困惑してました。

また、以前から、話した事もないのに、いつも近寄ってきて
嫌な事ばかりする他のクラスの苦手な男の子がいたと
教えてくれました。
他にも前のクラスで、問題のあった子が勢ぞろいだそうで、
こりゃ、ある意味、刺激のきつい環境になったのかも?

新しい担任は、療育先が一緒のNさんの息子さんの
担任をしてた先生でした。
支援クラスの先生を何年もされていたようで、
療育先の先生と連携がすでにとれているので、話が
早いかもしれないのが、少しだけうれしい。

去年のように、最初の印象で、ぬか喜びしすぎて、
後で、苦しい展開も嫌なので、あまりよかったと思い込み
すぎないように気をつけつつ、

先程、電話で数分、話しただけなんだけれども、
きちんと目標設定をして、計画書も作り、やっていこうと
言われ、びっくりしました。
だって、去年など、支援計画書なんて、雲の上の話で
口に出した日には、特別扱いできませんって!言われて、
険悪になりそうで、そんな事、考えもしてなかったので、
非常に、びっくりしました。

隣の小学校は、校長先生の受け入れ態勢もよく、
保護者交えての校内委員会が開かれ、常に前向きと聞いていますが、
我が校は、保護者交えての校内委員会など考えられない環境なんですよ。
と言ったら、私達で変えていきましょう!って、、、、。
前向きすぎて、私の方が、「先生、焦らず、牛歩でいきましょうね!」
「無理やり突撃はいけませんよ!」と言ってしまう始末。
ウォーリーさんの公演にも来てらしたようで、体験を学校にずっと
お願いしてるんですけれどもね、難しいんですよ。と話したら、
僕と明日、校長先生にお願いしに行きましょうって言われて、
「もう、くどいくらい、あの手この手で、人も変え、お願いしてますが、
ハードル高いので、これ以上、正面切って、ごり押しは、よけい
壁をつくりそうなので、やめたいです。」と私のほうが引き気味です。

担任は、やる気いっぱいで、発達障碍に詳しい先生ですが、
いまひとつ周囲との調整能力はどうなっているのか?ちと不安がありますし、
自分はとても勉強していると自信満々なのが、すこ~し引っかかりますので、
少し距離を置きつつ、お願いにあがろうかと考えています。

それでも、我が子を理解したいと言ってくださるのは、ありがたいです。
学校間の格差も、先生間の格差も、差がありすぎて、戸惑いますね。

前の担任は、今年も一年生の担任らしく、去年と同じクラスだったよ。
と、ももが教えてくれました。
頑張れ一年○組のみんな!

ももは、新しい担任の事をやさしそうないい先生だったと話しています。
去年は、書いてるうちに、気分が落ち込んで、ここに書けずにいたような
エピソードが満載で、気が休まる事がなかった一年でしたが、
今年は、なんとか安定した一年を過ごせるんでしょうか?

もも以上に、私のほうが、期待と不安が高まる新学期なのでした。

最後に、
私の心の支えでもある担当のN先生、どうか今年も我が校にいてね。
他の先生方だと、問題がついつい大きくなってしまいがちなのですが、
N先生は事を小さく、上手く納めるのが、とても上手。
先生がいないと、困るよぉ~!

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2008年4月 7日 (月)

犬山北小の校長先生の話

確か、犬山北小の校長先生はこの3月で定年になられたと思います。

先週、姉が、犬山北小の校長は凄いねって言うので、理由を聞いたら、

最近、テレビに出演されたようで、その時の様子を教えてくれました。

とにかく、公立の小学校の先生達は、一体なんの為?という程の

無意味に思える文科省への提出書類があるらしいのです。

それを、校長先生は、こんなものいらないと、破り捨ててたらしいですわ。

その提出書類書いている時間を、生徒と向き合う時間にまわせ!

ということらしいです。

侍ですわ。自分の進退かけて、腹を括らないと、出来ないですよね。

この校長先生の発言を見て、他の自治体の先生方からいっせいに

うらやましい~の声があがったそうで、大変なんですな、現場の先生は。

学校だけでなく、いろんなお役所の部署が、誰の為?という一番大事な部分が

どこかへ忘れ去られて、ひたすら業務という名の元で、誰が見ても必要に

思えない事が重要視され、血税が無駄遣いされていく。

皆、それに気付いていても、誰も、怖くて、そういった部分に踏み込んでいけない。

そこを踏み込んで行くというのは、誰にでも出来る事ではありません。

校長先生を支えた裏方さん達もさぞ、大変だったと思いますが、

犬山北小の校長先生は、たくさんのものを私達に残していって下さったと

そう思います。

一方、蒲郡にトヨタなどの企業がつくった、エリート製造学校?、

海陽中等教育学校が開校になりました。全寮制で、年間280万+α

かかるそうです。。。。

私が、もし、勉強の出来る男の子だとして、絶対、入りたくないと、見ていて

思いました。。。

この環境が子供にあっていて、伸びるお子さんもいるでしょうが、

まだ、自分の意思や、目標設定もないまま、全く、自由がなく、管理された生活で

余白のない、逃げ場のない、ぎちぎちの生活をするっていうのが、

自分には、想像できないんですよね。

なにか確固たる目的を子供が持っていて、その目的達成の為に、あえて

そういうストイックな生活をするというのは悪くないとは思うのですが。


DSも持ち込み禁止らしいです。もっとも、ゲームなどしている時間はなさそうです。

人生のある時期には、寄り道が時には必要だと、そう思っているのですが、

もし、子供が途中で、自分にはむいていないと思って進路変更したいと

なった場合、年間300万円近くかけて我が子の将来を信じ切ってる親は、

それを受け止める事は可能なのかな?とも、思いました。


地域密着型の教育改革を推進されてきた校長先生が、定年を迎えられ、

名古屋を中心として、反対側に、全くタイプの異なるエリート製造学校が出来る

というのも、何か時代の変化を示唆しているように思えました。

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2008年3月28日 (金)

メモ~ニュース記事より

表現力育て荒れた言葉なくす 「死ね」と言わせない…2小学校の取り組み

 ◇児童の表現力育て、荒れた言葉なくす

 「うざい」「死ね」を頻発する。友達に迎合しがちで自分の意見を言わない。子どもの表現力が乏しくなったといわれる。言語力の育成に乗り出した小学校から、荒れた言葉と戦う取り組みを紹介する。【山本紀子】

 ◆見つかった落書き

 「死ね」。そんな落書きが広島県呉市立昭和南小学校の教室で見つかったのは、2年前の4月末だった。2週間後、女子トイレの扉の裏側に「○○死ね」と、児童の名前と一緒に記されているのが見つかり、教室内でも「死ね」と書かれた紙片が落ちていた。

 「死ね」は日常会話でもよく飛びかっていた。これを危惧(きぐ)した曽川昇造校長は、年度目標に「『死ね』などの言葉のない学校」を掲げることにした。この言葉が人の心を深く傷つけること、落書きが器物損壊罪の犯罪であることを児童に教えた。保護者向けの通信でも、わが子が死ねと落書きされたらどんな気持ちになるかを、子に伝えてほしいと呼びかけた。

 「消えろ」も多発していた。「この世で一番消えてほしい人は?」。ある担任はそんな会話が交わされているのを耳にした。曽川校長は「ばか、あほと同じ感覚で今の子どもは軽く『死ね』と言い放つ。簡単に人が死んだり殺し合いをしたりするゲームの影響で、口にするようになったと思うが、本来は使うべき言葉ではないことを、分かってもらいたかった」と話す。

 落書きの発見から間もなく、いじめや中傷による自殺が全国で起き始めた。06年11月、昭和南小は言葉による中傷の実態を調べるアンケートを行った。相手を傷つける発言をしたことのある子は52・2%だったが、5・6年生で8割を超え、高学年ほど日常化していることが分かった=グラフ。

 「うざっ」「死ね」をどんな気持ちで言っているのか尋ねると「冗談」が最も多かった。しかし、自分が実際に言われた時は「いやだった」が「平気」の2倍近くあり、不快感を持つ子が多いことが分かった。

 ◆言葉の重み考える

 このため2学期末から、「死ね」の言葉をなくすための授業に、各学年が取り組んだ。2年生では自分が生まれた時の気持ちを親に書いてもらい、祝福されたことを実感させた。5年生では「キモイ」といわれて自殺した北海道滝川市の小学6年生の女児の遺書を読み、言葉の重みについて全員で考えた。

 それでも曽川校長は数回の授業だけでは定着しないと考え、「死ねなどのことばのない学校・宣言」と書いたステッカーを作り、各教室の正面に張った。「黒板を見ればいやでも目に飛び込んでくる。刺激の強い言葉なので渋る担任もいなくはなかったが、日々意識することが大切だと思った」。曽川校長は強調した。

 ステッカーが張られて1年以上になる。「死ね」の言葉は根絶されたわけではないが、あまり耳にすることはなくなった。5年生の高松遼さんは「肩をこづかれたりした時、むかっとして言ってしまうこともある。なるべく言わないようにしているし、自分の兄弟には使わない」と話す。同じクラスの濱田美月さんは「ふざけている時は許せるけど、陰で言われるのはイヤ。相手の気持ちを思いやることが大切だと学んだ」。

 昨年、3年生を指導した今村佐稚恵教諭は「何気ない一言が人の命をも奪うことを、わかってもらえたと思う」と振り返った。

 ◇スピーチやゲーム使って、コミュニケーション力育成

 横浜市立下野谷小は、言葉の乱れから児童の人間関係がぎくしゃくしがちなことを懸念し、今年度、言語力を培う独自の授業を始めた。新科目は「コミュニケーション科」と名づけ、年35時間を確保。朝の15分間を使って週3回、短いスピーチをしたり、学年全員で声を出して本を読んだりする。

 ある朝、3年2組では言葉を使わず、しぐさや表情を読み取るゲームを楽しんだ。互いの目を見つめてコミュニケーションしその重要性を学ぶ。担任の奈良明子教諭は、全員の背中に▽キリン▽はさみ▽バレーボール--などと書いたラベルを張った。何が書いてあるか自分ではわからない。友達のラベルを読み、身ぶり手ぶりで伝え合った。

 「はさみ」と張られた女の子は、2本の指をチョキチョキ動かす友達を見て、うれしそうにうなずいた。「のり」と書かれた子は、何かをこすりつけるしぐさをする友達の手元を見つめ、首をかしげたままだ。どの子のまなざしも真剣で、教室は不思議な熱気に包まれた。自分が何か分かった後は「文房具」「動物」など同じグループごとにまとまる。

 最後までわからず不安そうな表情の男児がいたが、女児が歩み寄り、肩を押して「楽器」のグループに導いた。終了後、迷っていた男児に奈良教諭が「友達が助けてくれましたね」と呼びかけると、拍手が自然に起きた。

 ◆語彙乏しく問題も

 「ニュアンスの伝わらない携帯電話のメールに頼りがちな今こそ、面と向かったやりとりが大切」。教務主任の高橋義成教諭は訴える。高橋教諭は児童指導コーディネーターの肩書を持ち、担任を持たずに子どもの生活指導に専念する。コーディネーターは横浜市が今年度から、市内18区に1人ずつ配置した。子どもの心身を観察し、指導ノウハウを他校に伝える。

 高橋教諭は、最近の子どもは心と言葉の崩壊が進んでいる、とみる。「語彙(ごい)や表現力が乏しいので、子ども同士でトラブルになる。人を信じることができず、自分を理解してもらおうともしない。傷つくことを恐れて『言っても無駄』と思っているのです」

 交流の楽しさを知るためのプログラムは多彩だ。たとえば低学年は自分の宝物を友達に説明したり、高学年では携帯電話を持つことの是非について論じ合う。志方英雄校長は「人前で話すことに抵抗がなくなり、気持ちを表現できるようになってきた」という。

 年度末に行ったアンケートでは、「友達のよいところを見つけられるようになったと感じますか」という問いに「はい」と答えた児童は6割強、教員は9割強に上った。「自ら話し人の話にも耳を傾けることで、相手を尊重する気持ちが育ちつつある」と教員の一人は分析する。

 課題もある。「無理」「イヤダ」などの単語で話したり、孤立を恐れて口を開かない傾向がまだある。下野谷小は来年度もコミュニケーション科を続け、安心して心を開ける場所を確保していく予定だ。

毎日新聞 2008年3月24日 東京朝刊

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2008年3月24日 (月)

成績表

激動の一年間が終わりました。
4月から2年生になります。

成績表ももらってきました。
3学期は、2学期によくあったうっかりミスもなくなって、
テストはほとんど100点でした。

なのに、成績は下がってます。。。。

2学期も、結構、辛めの成績だと思ったのに、
そこから頑張って、何故下がる?

小学生のうちの成績なんてと思ってましたが、
頑張って、結果を出しているのに、
下がるのであれば、何を基準に子供は頑張ればいいのか?

よく挨拶しているし、ももが得意なところも
な~んも見てくれてなかったのか、、、と思わずには
いられない成績表。

いつも挨拶が元気でいいねとご近所の方に評判のももが
挨拶ができないという評価なら、
それは、担任の声が小さいとか、
担任に負不備があるんじゃないの?

ルールがわかりにくい子供にわかるような説明もせず、
放置しておいて、ルールがわからない、、、ってそりゃ、
子供の責任なんですかね?

成績表は、担任のストレス度や好き嫌いを見る為の
もんじゃないのかって気さえする、非常に嫌な感じの
成績表でした。

来年は、おそらく担任ともおさらばです。

確かに、担任なりに努力はしてもらったことに感謝はしてますが、
担任は、教師を辞めたほうがいい!
全評価C!そういう成績表を、担任に渡したい気分。

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2008年3月21日 (金)

もも、脱走する

学校から、電話をもらうのは、日常茶飯事なんですが、
今日は、ももが、学校からいなくなったとの連絡がありました。

金曜の給食の時間は、校内放送でクイズ問題が出されるらしいのですが、
放送の時に、ももが大きな声で話してたので、
スピーカーの前に集まっていた数人が、もものほうに向かって
「うるさい!」と大きな声で怒鳴ったらしいんですね。

ももは、大きな声、攻撃的な言葉が苦手ですから、
すぐに、テンぱってしまって、、、、。

何故自分がうるさいと怒鳴られたかという状況判断など
できないまま、
家に帰りたいと、半泣きになったそうです。

それなりにその場は、過ごしたらしいのですが、
給食が終わって気が付くと、ももがいなくなっていたらしく、
担任から、帰ってないですか?と電話がありました。

おそらく、このところ続いてる、心配しすぎるツボにも
嵌ってたと思われ、
後で、うるさいと言われた理由がわかって、
お友達を怒らせちゃった、もう教室に戻れない、
となったのかもしれません、、、、。

そこから、小一時間、捜索し、とある公園で
ももと追いかけっこしたっぽい、息を切らし、疲れ切った教頭先生と
教務主任にあい、ももが校長と担当の先生によって身柄を確保され、
学校に戻ったと聞かされました。

ももが、学校の下校門近くの階段にいるのを見つけた、
校長と、担当の先生が、ももに声をかけたらしいのですが、
ももは、声を掛けられて、びっくりして逃げ、
追いかければ追いかけるほど、逃げて、
なんだか大事になってしまったようでした。

これには理由があって、

怒れたり、悲しすぎたりした時は、その場を一旦離れなさいと、
私も、療育先の心理士の先生も、教えていたからだと思うんです。

ももは、怒りや悲しみがピークに達すると、
その感情が数時間に渡って、続いてしまうらしく、
自分でどうしていいかわからなくなるそうです。

気持ちの切り替えや、客観視など、出来るはずがありませんので、
とにかく、その場を離れて、気持ちをしずめる事を覚えないと、
他傷行為につながってしまいますから、
その方法を、強く刷り込んだ結果が、この脱走なんだと
思うのです。

保健室に行ったり、他の先生に助けを求めるなどがまだ出来ない為、
一生懸命に、誰もいない場所で、自分の気持ちを沈めていたのは、
とても進歩だとも思えるのですが、、、

学校から、何も言わずにいなくなるのはいけないから
逃げ方も、教えてあげないといけませんでしたね。

でも、失敗しながらも、進歩していってくれるといいなと思います。

療育先の先生には、2年生になって仲のよいお友達ができたら、
ももちゃんの苦手〔大きな声、きつい言葉など〕について話して
助けてあげてねと理解を求めるとよいと助言頂きましたが、
その方法は、すでにもうしている方法であり、
ももよりも大人っぽい子にはお願い出来ても、
トラブルの元である、同じくらい子供っぽい子にそれを言っても
なんで?って反発されるだけで、理解してくれませんからね。

ももには、人は本心とはかけ離れた強調表現をよくするんだけど、
その言葉をそのまま受け取らずに、分けて考えられるようにと
説明したんですが、まだまだ難しいようです。

まあ、一歩一歩ですな。

ももには、その場を離れて、クールダウンできたことは誉めつつ、
いけなかった行動の説明と、別の代替行動をお話しときました。

ももの為に、駈けずり回っていただいた先生方には、
申し訳なかったです。

でも、入学した時のように、ももの問題行動の表面だけを見て
責めるような対応は皆無になり、どの先生も、お忙しい中、嫌な顔せずに
対応してくださるようになりました。
保健の先生も、時々、ひとりでクールダウンしているももを見掛けて、
何も聞かずに、一緒に行こうと、さりげなく誘ってくださり、
ももの好きな話をして、気持ちを和ませてくれたりがあったそうです。

もも、いわく、気持ちが楽になれて、助かったと話してくれました。

ももを知って、静かに見守ってくれる先生方が増えるだけで、
ももはとても救われて、安心できるんだとそう思います。

2年生も、いろいろありそうですが、
去年の時よりも、環境はよくなっていると信じて頑張ろうと思います。

半年前は、保育園時代は、よかったと愚痴を言ってた私が懐かしい〔笑〕
母子、揃って、少し、成長できたのかもね。

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2008年2月27日 (水)

学校との連携の仕方について

セミナーに出席してきました。
今回は、学校との連携をへたこいた~私にとっては、とても有益な
お話満載のセミナーでした。

まず、きちんと、ひとりひとりのニーズにあった教育をしていこうと
学校が腹を括るのは、気持ちの上でも大変だというお話し。
お話ししてくださったのは、現在、小学校の現役先生。
ご自分は、特別支援教育の特別の部分が気に入らないから
支援教育と呼んでいて、子供はもちろん、親や、そして自分達も
支援が必要で、誰かに一方的に負荷がかかるのではなく、
抱え込まずに、皆で助け合う、助け合い教育だとお話しくださいました。
自分も、パニックをおこした生徒を後ろから抱きかかえつつ、
誰か来てーと呼んでも大概、人手もなく困ったと思うから、
自分も助けられたい、支援が欲しいと正直にお話しくださる様子が
とても好感の持てる先生でした。

子供にとって必要なのは安心感。
〔そうですよね。安心感のある環境でなら、出来ないことも頑張れて
乗り越えられるもんねぇ〕
「工夫すれば何とかできる」という気持ちを育てる。

その安心感を得られるためには。
情報の共有。
立場の違いを理解すること。
協働していることを実感すること。

先生側は、上手くいかなかった時の情報よりも
こうすれば上手くいったという情報が欲しい。

気付いた事の共有。
いつでも連絡をとりあえる。
自分〔または相手〕のやるべき支援が分かっている。
ルールやマナーを守る。
相手にまかせっきりにしない。
当たり前のことを誉める余裕を持つ。
子供自身の自己理解を目指す
〔自分は皆に愛されいる。必要な存在なんだ。〕



十人十色の子供達にあった目標を立てる
それぞれの状況にあった場所ややり方を考える


達成感のある能力にあった課題の設定の話。
2年生で漢字100問テストとかあるが、こんなの私が子供でも嫌になっちゃうなって思う。
で、そんなテストでも、凄く頑張って99点とかとっちゃう子がいる。
その99点の子は100点とれなかった!って落ち込む。
ましてや、他の子供はもっと酷い点数。その能力にあってなくて
敗北感を味あわせるようなテストを何回かおこなったらどうなるか?
もう、努力してもダメだから、嫌になっちゃう。もう勉強が嫌いになっちゃう。
それよりも、皆が少し頑張れば、100点撮れるテストにすれば、
達成感も味わえて、頑張ろうと思える。でも、先生も十人十色で違う。
先生ひとりひとりで、受け止め方も違うし、キャパなんかも違う。
それは仕方がないことなので、そういう先生も含めて環境の一部として
受け止めて、その中で、別の先生に頼んだり、目先を変えてやりくりして
いくというのが現実的〕


環境の折り合いが上手くいくように、皆で工夫、配慮しあう。

まず、入学したら、校長室と保健室へ両親揃って行って挨拶すべし。

いろんな先生と仲良くなる→情報の共有がし易い環境をつくる

通訳して理解を深めていく為に、核になる人が必要。

共感できない部分があっても、全部否定しないこと。

どうしてもお願いしたい事は、主治医が○○○と言ったのでと言うと
学校側も無視しにくくなる。〔例え、主治医がそう言ってなくても
そういう風に付け加えるだけで、そうですかぁとなるからって、、、爆〕

担任のキャパを考えて物を言おう。
〔一度にあれこれ言うのはマイナス。様子を見ながら小出しでいこう〕

連絡帳は考えて活用する。
〔担任が保護者から密度の高い情報を欲している場合はいいが、
毎日、ものすごく長い日記のようなことを書いてこられると負担になる
場合もある。〕

子供の事はなるべく学校に親が来てくれて話すほうが上手く進む。
電話や手紙などは、小さな行き違いを生み、かえって問題を思わぬ
方向へ悪化させる場合が多い。

先生は、今の子供の状況を見て、ある程度、来年など、先の見通しが
持てたりするものだ。なので、学年が変わる時には、担任にお願いを
して、現状からみて、来年どういう事に気をつけてどうすればいいか
話してもらうなどの引継ぎをお願いしたほうがよい。

どうしても学校と連携が上手くとれずに、八方塞がりな場合は、
支援学校の先生や、発達のわかるスクールカウンセラーに相談するべし。
〔ここで、校長に特別支援学校の指導を受けたいと要請したけれども、
拒否されたという保護者が、ほぼ会場の半数???ばかり??から
声があがり、手があがり、、、、その先生、びっくり!??
そんな拒否なんてできないはずなのに?そんなのことあるのぉ???
っておっしゃってました。〕
セミナー終了後、ほとんどの保護者さんが、セミナーで特別支援の現状に
ついて聞いてると、どこの国の現状なの????そんなにすすんでるの?
ええええーっ?ってびっくりしてたんだけど、と皆口を揃えておっしゃってました。

その先生は、我が県の特別支援の核になるような先生なので、
そういう事実、もっと言って言って~!!!大きな話し合いの場なんかで
問題定義するからねっ!っておっしゃってくださいました。
ありがたや~。

まだね、多くの親子は、最初の掴みの部分も確立できないで、
見えないから知らない、知ろうとしてもらえない、進む以前の状況なのよね。
でも、こんなところからでも、こんなふうにとっかかりが出来ることは
ラッキーなのだ。。。。うしししし。。。。

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2008年2月 7日 (木)

一日学校公開

今日は学校公開日で一日、学校で子供たちの様子を
見せてもらいました。
まあ、まだ一年生、皆、落ち着きなどありません。
3学期で慣れて安心感があるぶん、教室もざわついてました。
一年生、皆、手がゆるいのか、ひっきりなしに鉛筆を落として
拾ったり、筆箱ごと、ひっくりかえしたりで、なかなか集中できにくい
環境だなぁと感じました。
鉛筆と消しゴムだけ机の上に出して、後はしまうなど出来ないものか
と思ってしまいました。

ももは、担任のひいきとも思える程の手厚いサポートで
授業を楽しんでいるようでしたが、
サポートのないやや問題のある子達は、授業についてゆずに、
あきらめて、落書きとかおしゃべりしてやり過ごしているようでした。

一年生にも補助がひとり欲しい。
5時間も毎日拷問に耐えているようなもんじゃないですか、
授業がわからない子は。

皆、素直でかわいい、いい子ばかりです。

一学期から授業についていけないDくんが、私に折り紙を
プレゼントしてくれました。

ももと毎日喧嘩するけど、不思議と仲のよいTくんは、
頭は凄くよいので、配られたプリントを一瞬で全てやってしまい
遊んでしまうので、先生にこっぴどく叱られるものの懲りてない。
離席して遊んでいるうちに、筆記具をいろいろなくしてしまって
帰りの会の時に一人、焦って捜しているので、
ついつい、一緒に探してしまいました。
4月は、挨拶がわりにいきなり顔面パンチとか、胸を鷲掴みしてくる
子だったのですが、今は、かなり自分を抑える事が出来てきて、
自分なりに、自己コントロールができなくなる自分を気にして苦悩
しているのを知っているので、担任にはもう少し、理解を示す対応
してくれると、この子も反抗的な態度をとらずに済むのになぁ~と。

そして、Dくんのプリントがごみ化して、机からはみ出して
出し入れ不可能な机の中を、一緒に整理しようねと言って
整理して、返ってきました。

担任は、一学期の時とは別人のように怖い?というかヒステリックな
先生になってました。
まあ、それでもこたえてない感じの子供達でしたが、、、、。

こくごの時間、プリントを配ってすぐに、担任が、教科書の音読を
してくださいと指示を出しましたが、
クラスの半数が、配られたプリントに気をとられて、音読の支持を
きけてませんでした。
それを、ヒステリックに音読って言ったのに、違うことしちゃだめでしょ!
と皆を叱ってるのをみて、半数以上の子供が指示を聞けてないのは
子供のせいなの????って思ってしまいました。

ももには、うるさい親がついてるせいか、物凄くやさしい言葉掛けです。
なのでももはいい気になって、ずっと担任に受け持ってもらいたいと
言う始末。。。。。

秋に特別支援学校への要請を出したら養護学校へ行かなくては
ならなくなると言った件と、知らない間に取り出し授業の件で
そのまま縁が切れてたコーディネーターの先生に声を掛けていただけて
「担当は変わってしまいましたが、私は私なりにももちゃんを
ずっと見守っていきたいと思っています」と言っていただけたのは
とてもうれしく、ありがたかったです。
私に声を掛けるのはとても勇気がいったと思うと、その気持ちを
大切にしたいな、ありがたいなと思えて、思わず、両手を握り締めて
お礼を言ってる自分がいました。

いろいろ課題はありますが、いろんな先生方の歩みよりで半歩でも
進めていることに感謝したいと思います。
いつまでも過去にとらわれていては前に進めないですもんね。

担任も、なんだか方向性が違ってて、う~んと頭を抱えるものの、
手のかかるももを一生懸命、担任なりに見てもらっている事には
深く感謝しています。

ただ、特別支援の趣旨は、ひとりの子供を特別扱いするのではなく
学級運営を工夫する中で、困り感のある子供も上手くついてゆけるように
するというのが本道だと思うのですが、、、、。
そんなことを考える余裕も気力もないのに、いろいろ言っても仕方ない
ですからね。

皆、ももちゃんのママ~と言って寄って来てくれて、いろいろお話ししてくれました。
別のクラスのもものお友達も、皆手を振って駆け寄って来てくれます。
なんだか皆、人なつこい、かわいい子犬ちゃんみたいでした。
子供達の元気いっぱいの笑顔をたくさん見て、子供達からパワーを
もらいました。
先生方にも深く感謝します。

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2008年2月 6日 (水)

宿題

ももの宿題、一年生ですが、結構たくさんあると
感じる時がありました。
一学期、計算300問とか、、、。
数こなす前に、さんすうが嫌いになっちゃうんじゃないかって
見てて思ってました。
が、我がクラスはまだ宿題が少ないらしいのです。
他のクラスは例えば、プリント3枚に、音読に、書写に、、、。
と毎日もりだくさんとのこと。

パパはももの宿題に対して、宿題なんかするな!と言います。
パパは一切宿題をやったことがないらしいです。。。
せっかくやる気になってるのに、なんてこと言ってくれるんだと
その事でバトルになる事が度々あったのですが、
他のクラス並みに多かったら、、、、、。
覚える前に疲れて嫌になっちゃうのなら、やるな!って
パパと同じことを言うかもしれないと思いました。
ただ、自分で宿題をきちんとすると決めてその通りにやると
いう事は、自分で自分を好きになることだと思っています。
どうしても疲れて出来ない時はしなくてもよいと言ってますので
最初から、約束をやぶって楽していいと思われるのは
ママ的にはよしとしないのです。

今日は、漢字ノート10ページだったかな?
文章を自分で考えてつくったりするので、結構時間かかってた。
いつもは宿題を先に終えてから遊びに行くのだけれども、
今日は、ママ、帰ってからやるからと途中で断念してた。

お隣の仲良しのAくんは、宿題やってたら、夕方になっちゃって
遊びにいけなかったと言ってたもんなぁ。

これが一年生の宿題なの?

他に毎日習い事に、塾に行ってる子供はいつ遊んでるのかな?

私の時代はたぶん、低学年の時は、宿題なんてなかったように
記憶してるんだけど。

繰り返し→定着で、たくさん宿題なんだろうけれども、
見てて、うんざりしてきちゃう。

子供がストレスが溜まりやすいのも仕方がないのかなと
思えたりしました。

なんだか高学年の子供の話を聞いてると、ももたちよりも
健常の子達の心が病んでいるなぁと思わずにはいられません。
死ねとか、消えろとか、上靴や持ち物に油性マジックで落書き
したりが当たり前になっているとのこと。陰湿ないじめの数々。
しっかりした明るいお子さんさえも、そういったいじめに
あったりしてると聞くと、ナーバスになってしまいました。

いじめられている子はもちろん、いじめている子のケアも必要なはず。
どなたかが、軽度発達障害児の数が飛躍的に増えている背景は
社会的構造の大きな変化〔家庭のあり方〕だけでなく、もっといろんな
要因が複雑にからんで、子供が育つ環境を阻害しているんじゃないかと
話してましたが、まさに、適応していける子供でさえ、こんな状況であれば
適応能力に不具合のある子供は、影響を強く受けてしまいますねぇ。

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2008年1月10日 (木)

いじめについて

自分自身の過去の体験を踏まえて少し書いてみたいと思います。
いじめというのは人間の根源的な欲望のひとつの形なのかもしれません。
なので、完全になくすというのは出来ないでしょうが、
陰湿ないじめについては、環境による働きかけでなんとかなるのではないかと
そう考えています。

いじめに加担しないから、いじめられるという事を昔経験しました。
いじめの標的にあっていた友達は、勉強のよく出来る
学級員タイプの女の子でした。
それは突然、ゲームのようにはじまりました。
その子の机や持ち物を、その子の菌がついているから触らないとか、
投げて遊ぶとか、そういう事が突然はじまりました。
誰も、そのゲームの中核の人物に対して注意もしません。
ある日、いじめの輪に入ってと言われましたが、私はどうしても嫌で
拒否しました。
と、同時に、それまで心の中で溜めておいた想いがあふれて、
その卑怯ないじめに対して抗議しました。
クラスをまとめる役目で、先生にもいじめられている子を助けてあげるように
言われていましたので、誰も注意できないのなら、自分がと思ったのです。

しかし、その行動は裏目に出ました。
次の日、自分の持ち物がぐちゃぐちゃにされていて、その日から
自分がいじめゲームの標的にかわったのでした。
一番、ショックだったのは、自分がかばった子が、いじめの中心人物に
命じられて、率先していじめをしてきたことです。
それは数ヶ月、執拗に続きました。
助けるようにと言っていた先生も、その中心人物に仕返しをされるのが
怖くて、助けるどころか、その生徒のご機嫌をとっていました。
なにをされても極力無視を通し、動じないように必死に自分に言い聞かせ
ました。
そのうちに、クラスの何人かが「自分は、標的になるのが怖くて、嫌と言え
なかったけれども、ずっと辛かった」と心のうちを話して、助けてくれる
友達が増えていき、そのうちにいじめは収まりました。
まあ、それ以外にも、中心人物と共通の知り合いの先輩に相談して
先輩がその子にいじめるな!と忠告してくれたとか、
カッターで切りつけられた時の傷やその他の証拠物を持って警察に駆け込む
と中心人物に言ったりした事が、収まるきっかけのひとつになったと思います。
今のいじめは、当時よりもずっと陰湿なものと伝え聞いていますので、
自分で解決の手段が考えられなければ、死に逃げるというのも容易に理解できます。

後になって、父親にその時の事と、先生の対応を話したら、
「学校に殴りこんでいくぞ!いじめた奴は俺が…」と怒り狂ってましたが、、、。
強いものに巻かれ、弱いものに対して冷淡な、その時の担任の事は
今でもよく覚えていて、大人のずるさを嫌というほど、学習させて
もらいました。
のちに、その担任は、二枚舌、好かれようと子供にこびる先生とみんなに
嫌われていました。

ある意味、いじめをかばって自分がいじめにあうというのは、
自分の不器用さが招いた結果なんですが、
大人になった今であれば、もう少し、助けてくれそうな大人を見つけて
密告するとか、いろいろ方法も思いつくんですが、ね。
というか、今でも、不器用にまっすぐ体当たりしてしまう癖は
完全になおってないのですが、
いじめの中心人物が抱える心の闇と、それに加担している子供達の
心の傷も考えると、はやり、たくさんの大人で見守ることなんだと思います。

いじめ自殺があった中学では、休み時間も先生が教室にいて、次の教科
の先生に教室で引継ぎして、子供だけの時間をつくらない努力をしていましたし、
地域全体で子供達を見守り、気になる子供には注意をうながしたり、
助けになるように積極的に活動している様子をテレビでみました。

いじめじゃないけど、仲良しならいつも手をつないでいるとか、
持ち物をおそろいにするとか、トイレも自分がしたくなくても
「行ってくれる?」と聞いて、どこへでも一緒に行動するというのを
暗黙の了解で強要された女子校時代も、つらかったなぁ。
ある意味、そういう友達関係というかグループみたいなものが凄く苦手でした。
男に産まれてきたかった!と何度おもったことか!
ですので、大人になって、そういったことから開放されて、すごく楽に
なったんですが、あれも必然だったんでしょうか?

日本社会は村社会なんですよね。
村という集団でその村のならわしに従わないものを村八分にしたわけですから
今でもそういった同じが安心という記憶がDNAレベルで受け継がれているのかも
しれませんね。
昔は、村長なりが村をまとめ管理するかわりに、仲裁に入ったり、村全体で
支えあう機能もあったのでしょうが、
今は、他人に対してある意味無関心ですので、問題が表面化、深刻化
しているのかもしれません。
小さい子供でも、産まれながらに、違いを敏感に察知して、差別するのを
何度も見ましたが、育て方というよりも本能みたいなものに映りました。

脳ある鷹は爪を隠すじゃないですが、日本で上手く生きてゆくには
お金持ちであっても、それを隠して生きないと足を引っ張られる。
というのは、いろんな有名な企業家が語り継いでますが、
それだけ、日本人のねたみそねみは激しいということなんだと思います。
よくも悪くも、同じじゃないものを差別しようとするんだと思います。
我が家はお金持ちではありませんが、母が不器用が故にあってきた
いろんな痛い目にあわない術も、学んでいって欲しいと思うのですが、
本人の特性もあるし、母譲りの頑固さもあるかと思うと、
波の多い人生なのかもなぁと思ったりしています。
私は、自分は自分を通してきましたが、それには痛みも伴いますので
上手に、痛むことなく、自分を通せる術を見つけて生きてほしいですね。
ある意味、上手くが出来なくても、そういう自分を受け入れて
開き直ることで強くなれる場合もありますし、常に否定を肯定に変えて
ゆけるような言葉かけなりをしてあげたいですね。

また、人には強要しないけれども、自分なりに、地域の子供達を守って
いきたいとは考えています。
電車で席をぶんどって宴会しているような高校生にも、感情を煽るような
言い方をしなければ、皆、すいませーんって聞いてくれますがねぇ。
話して理解してくれて、ありがとうねって言えば皆、いい笑顔を返してくれます。
大人が自分の保身ばかり気にして、注意してくれないのを彼らはよく
わかってやっているのかな?と思う時もあります。

なんだか言いたい事がまとまらない文になってしまいました。

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2007年12月26日 (水)

予防医学

またまた医療での例えです。
先日は医療過誤のお話しでしたが、今回は予防医学についてです。
昨今、小~大までの学校で、対応が後手、後手にまわったつけが
大きく最悪の形で出てしまうという事件が後を絶ちません。
子供の命にも直結するような事件があちこちでおきていて、
まさに、人事じゃなく、危機感を持ってみています。

特別支援というものが名前だけ先行し、実際は????な現在、
なにかあれば対応するという姿勢の学校や教師は多いのだろうなぁと
思います。
それは、余裕のない学校の体制にも問題があるでしょうし、
学校批判ばかりしていても、子供達は救われません。
つまるところ、親と学校、地域や専門機関などが連携し、
たくさんの大人の目でもって見守っていくしかないのだと思います。
ただ、それさえも、ままならないのが現実です。
教師だけ、学校だけで抱え込んでしまって、隠蔽し、それがどうにも
自分達だけでは抱えきれなくなると、わっと出す。
ももが2次障碍になった時もそうですが、ためてためて最悪な状況に
なってから、こうなんですと現実を突きつけられるのは非常に困るし、
事が悪化してから、前の状態に戻す事がどれほど大変なのか
冷静に考えていただきたいと感じます。
これは、全てに通じることだと思っています。

学級崩壊がおきてしまってから、大慌てする、いじめで自殺者が出てから
大慌てするのではなく、事前に予防することで、無駄なエネルギーもかけずに
すむような気がするのですが。
その為には互いの積極的な対話、歩み寄りが必要です。
学校と家庭、地域との距離があきすぎているからこそ、こういう事件が
おきてしまうのでしょう。
互いにもっと気楽に話し合いが持たれる日常があれば、親が一方的に
学校や教師を責めることもないですし、学校も必要以上に抱え込むことも
ないのかなぁと。。。。

社会が国が不安定な昨今であればこそ、大人みんなで子供を
支えてゆかないと大変なことになるように思います。

特別支援の理念と予防医学の理念は共通項が多いと感じます。
先送りや隠蔽、偏見や差別することで問題はより悪化します。

どうしたら、学校と保護者がよい信頼関係を築くことができるんだろう?

どこへ、どんな形で訴えていけばいいのか?
親としてできることは何なのか?

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2007年12月12日 (水)

個人懇談会

もう2学期も終わりなんですねぇ。
個人懇談会の時期になりました。
今年は、少し前に支援学校の先生を交えての懇談をしましたので、
特別、話しあう事も少なくて、穏やかな懇談会でした。
一学期の懇談会は顔面蒼白でしたが、、、、。

懇談会前日にお友達から
「ももちゃん、また一学期に戻ってたよ。Aくんと授業中立ち歩いてたよ」
と聞いてたので、
「ちゃんと報告してよ!担任!」と思ってたのですが、
もも本人いわく、勉強はちゃんとしてるし、今回はAくんに話かけられて
うれしかったので、つい、ちょっとだけ、、、、という事らしいですし、
深~く反省してましたので、話題にはしませんでした。
まあ、時々、授業なり、様子を見に行け、自分!ってことですか。

問題はてんこもりなはずですが、
担任いわく、問題もなく、大変よい状況ですとの事でした。
担任の問題ないという言葉は、あまり間に受けてないのですが、
時計の針を見て、時間内にテストも終えられるようになったそうで、
大人買いした、タイムタイマーをどうしようか、、、、って感じです。
苦手なはずの季節や時間の概念のテストもとてもよく出来ていたそうで、
一年生レベルは、とりあえずクリアしているんでしょうか???
苦手だった生活も、2学期の記録は、とてもよく書いてありました。
他の子供よりもたくさん、みっちり感想なり、気がついた事が書いて
あって、ちょっとびっくりしました。
中には、みんなカタカナだったりして、ももらしさが前面に出てたのも
ありましたが、たいしたものです。
担任も、飛躍的に成長した2学期と言ってくれました。
おそらく、いろんなきまりが、飲み込めてきて、慣れてきたんでしょうね。
担任もようやく2学期終わりになって、少しづつ、もものことがわかってきたの
かもしれません。
担任なりに配慮をしてくださっている様子が伝わってきましたので、
お礼を言って帰ってきました。

ただ、不適切な行動は、びしっと、叱ってくださいとは念を押してきました。
担任は、もものパニックが余程苦手なようで、、、生返事でしたが、
本人にいけないがわかるように叱ってもらえば、変なパニックはおきないはずです。
いけない事をそのままにされるよりは、ももの為にも担任の為にもよいと
思えます。

今、思い返せば、飛躍的に伸びたのは、夏休みにいろんな事を集中して
やった成果かなぁと漠然と思います。
ワーキングメモリプログラムも、ある程度、集中して過酷なプログラムを
こなすと、脳の普段は活性化しない箇所が、活性化するとの事なので、
それに近い成果があったのかもしれないと思ったりしました。
朝おきて、ご飯を食べて、好きなテレビを少し観て、
午前中はみっちり勉強&療育。午後はみっちりプールや外遊び。
夕方は1時間ほど補足勉強。
やるべき事と、楽しい事のバランスがよかったのかもしれません。
特別、強化子も使いませんでした。
おそらく、午後の遊びと、言葉掛けが強化子だったのかもしれません。

それと、4歳の時から一歩ずつ、努力して出来る事が増えていく喜びを
知っていましたので、過酷な課題も抵抗なくこなしてくれたのかもしれません。

人間、遊びはとっても大事ですね。
ももの希望で、習い事はせずに、毎日、宿題やったら、5時までみっちり
遊びですが、
お友達と遊びたいという気持ちがあるから、何も言わずとも、物凄く集中して
宿題をこなします。
遊びと宿題は、彼女の中でセットになってるんでしょうね。
ただ、急ぐので、字は走り書き状態ですが、、、、。

私など、子供時代 勉強など一切家でやりませんでした。
お日様が沈むまで毎日遊んでました。
建築家の安藤忠雄が、自分の基礎は子供時代にあると書いてました。
子供時代、自然の中で、めいっぱい遊んでた時の感覚が今日のベースに
なっていると。
遊びがなくて塾通いで偏差値はよくても、感受性が育たず、偏った人間に
育つよりは、科学でも美術でもなんでもいいから、物事に興味を持って
取り組めるベースを今は育てて欲しいと思います。
もの事を掘り下げて研究なり、勉強していくのには、はやり興味を持てたり
、想像したりが大切なように思えます。

携帯やゲームよりもずっと面白く興味深いものが、この世にはたくさんあります。
私は、なかなか携帯やゲームに嵌れないんですが、
今の子供は携帯やゲームが全てっていうの多いですよね。
携帯やゲームを否定しませんが、もっと生きる力を高めるような遊びというか
経験をたくさんしてほしいとそう願います。

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2007年11月28日 (水)

うれしい報告

一時は、特別支援学校の先生に入っていただくのは
無理だと、あきらめていましたが、
雨降って、地、固まる。じゃないですが、
新しい担当の先生の尽力と、校長の理解があって
やっと、現実とあいなりました。

計5人で、支援についての話し合いの場を設けてもらい
話し合うことができました。

担任からは、テストを時間内に終わらせることができないもも
を皆と同じ時間内で終わるということをしたいという話がありました。
時計の針が6まできたら終わりみたいにしたい、、、と。

私としては、出来る限り、皆と同じようにしていこうと思っているので
それには同意するが、明日からすぐというのは無理なので、
少し猶予の時間をもらって、時間にあわせて問題を解く練習をしたいと
申し出ました。
ももは時間の観念が希薄です。同級生達もまだ、時間の観念が
弱いですし、時計もちゃんと読める子は少ないように思えます。
ですので、タイムタイマーのように、考えなくとも目で見て一瞬でわかる
ものを時計の観念ができるまで使っていいですか?と聞きました。
たぶん、時間を気にするあまり、問題を解くどころではなくなりそうです。

とにかく、枠から少しでもはみ出すことが生理的に受け付けない
感じが伝わってくる担任は、返事をしぶってました。
ももの窓口になってくれている先生が戻ってみえるのを待って
再度話し合おうということで、その先生を待って、聞いていただいたら、
あっさりと、「そのくらいいいですよねぇ?担任の名前 先生?」と
おっしゃられ、4対1で、固まる担任の様子が、、、、、。

こういう大人数の話し合いでないと、タイムタイマーひとつとっても
前例がありませんのでとか言われてお終いだったと思いました。

私からの細かいお願いは、先日、窓口の先生にお願いしたばかりですので、

「発達障碍のあるもも、ではなく、ももという人間の一部分に発達障碍があるだけで
問題行動=ももの人格というように捉えて接するのではなく、ひとりの人間として
きちんと向き合って接して欲しい」とお願いしました。

支援学校の先生には視覚支援など、細かいアドバイスもしていただいた
ようです。

最初の一歩ですので、シンプルな話し合いにとどめ、徐々に具体的な
支援方法について話し合いが進めてゆければと思います。

校長からは、わざわざ、電話をいただき、今後も継続して、来ていただきましょうと
前向きなお話をいただきました。
文句ばかり言ってた自分を恥ずかしくおもうほどのありがたいお言葉を
たくさんいただきました。

また、今までのどの先生とも違って、非常に熱心で前向きな先生で
子供目線で物事を考えてくれる方を窓口にしていただけたことで、
いろんなとっかかりが出来たようにも思えます。
ももだけでなく、他の困っている子供達にも支援が上手く行き届く
ように、このご縁を大切にして、つなげてゆきたいです。

そうそう、担任がももを学習指導発表の場で、皆の前で発表させて
くれた時の成功体験が、ももの自信につながって、嫌いだった音読も
頑張るようになり、こくごが大好きになってきた~と楽しそうに話してた
ことを伝え、御礼を言いました。
どこまで効果があるかわかりませんが、、、前向きに捉えて協力
いただきたいですね。


とにもかくにも、いろんな方に深く感謝いたします。

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2007年11月21日 (水)

組織文化

東京女子医科大学病院での医療過誤を訴える家族との
新しい解決方法についてのあれこれをテレビで観ました。
ようするに、民事裁判などで、代理人を立てて法的に争うと、
法的に判決は下されて真実もわかるが、
両者の間には、憎しみしか残らず、思うほど、よい結果に結びつかない。
それよりも、代理人同士が話し合うのではなく、当事者同士が
話し合いを持つ事で、問題の根本にあるものをあぶり出し、
お互いに理解し、問題点は、繰り返さないように改善していくことで、
家族は、医療現場の直面している現実をきちんと理解し、
医師は医師で、自分達が当たり前と思っていた事が実は当たり前では
なく、意識の改善が必要だったと、自ら深く反省する事ができ、
今後の医療へと、お互いが前向きに経験を生かしていける。
というお話しでした。

最後に自ら東京女子医科大学病院で勤務し、過去に同病院にて
医療過誤で子供を失ったという女性で、家族と病院の間に入って
コーディネイトする仕事をされている方が出てらして、
近視眼的になりがちな組織を、こういった試みを前向きに行うことで
医師という技術をもった専門家という前に、人間として患者とどう向き合う必要が
あるのかというような基本的なことに気付き、マイナスの経験もプラスに転化
していけるような組織文化を育てていく、、、というお話をされていました。

実際、東京女子医科大学病院でのこの話しあいのデータを元に
東京女子医大で、「病気と向き合う前に、人間と向き合う」という
話し合いというか講義が行われていて、凄く素晴らしいと感じました。

そして、これは、そっくりそのまま学校にも当てはまるのではないかと
そう思いながら観ました。

教師という勉強を教える専門職である前に、一人の人間として
教える生徒とどう向き合えるか?
その基本があって、専門性が生きてくる。

また、同じ自治体でも、人としての基本を踏まえて一生懸命何事にも
前向きに取り組んで行く教員の多い学校は、保護者や地域やいろんな人を
巻き込んで、よい組織文化がそこに芽生えている。
しかし、自分の専門性に固執しすぎるあまり、外部との対話を拒否し、
上手くいかない事は誰かのせいにする組織文化が根づいちゃってる学校で
どうその文化をよい方向へ変えてゆけるか?
これは、もう気長に話し合いを働きかけて、時間をかけてほぐしてゆくしか
ないんでしょうかね。いろんな人を巻き込んで、、、、。

また、さらに、やはり感情に走るのはよくないと再確認させられました。
力づくで、無理やりイエスを言わせたところで、なにも今後につながっていかない
わけで、起きてしまった事について、誰が悪いかという魔女裁判的な話に
終始しても、憎しみしか両者に残らないのは、よくないよね。
やはり、それをどうプラスにつなげてゆくか、そこに焦点をあてて、
互いに客観的にそれぞれの立場を考えたり、自発的に気付く事がないと
なかなかよい結果には結びつかないのは、明白だもんねぇ。

この話し合いも、まれに話し合いを拒否する出頭医もいるそうです。
でも、少しでも多くの医師が患者の声に耳を貸すことで、それを今後に
きちんと生かしていってくれている現実があるというのは、
命を落とした当事者遺族も、凄く救われるし、今まさに病と闘っている
人達も救われる。

人間