« すけべ心が… | トップページ | 塾長の逆襲 »

2011年10月13日 (木)

母の決断

泣くももを前に「集団塾は辞めさせる」と昨晩、宣言しました。
決断の早い私も、ももの「やりたい、やらせてほしい」という言葉にゆれにゆれて
決断を引き伸ばしていましたが、潮時だと感じました。

学習の基本は、「見る」「聞く」「読む」だと思っています。
これがしっかり出来ていかないと、学習は積み重なってゆきません。
この基本のきの字が全て欠落気味なのがももです。

なので、出来るだけ余分なものをそぎ落として物事の要点だけをシンプルに
見える形で提示し、オーバーに注目すべき要点を言って聞かせを
繰り返しするような形にしないと、脳がスルーして入ってゆきません。

興味のある事は別ですが、興味のないものをももに、「見る」「聞く」「読む」
させるのは至難の業なのです。

それでも本人、やる!と言い切るし、思春期に突入しはじめている事もあり、
プロにお任せしてみたのですがやっぱりこの子は無理だと思いました。

私がずっとついて読み聞かせ、要点を絵に書いたり、記憶に残るように
工夫したりした時は点数がとれるのですが、「自分でやる」というので
やり方を説明し、物凄い時間をかけて真面目にやっていましたが、ダメ。
全体(目的)が見えないまま ただやみくもにやっている。
歴史漫画もただ見ただけになっていて、何も記憶に残っていないし
要点を書き出して何度も漢字で書けるように繰り返すも、書写になっている。
とどめに塾で授業を受けた直後に「鎌倉時代ってどういう話だった?」と
聞いて、「なんか武士~って感じ」としか答えられなくて、ブチ切れたのでした。
たぶん、塾の授業も先生の話よりも板書に一生懸命で、聞けてないのでしょう。
全くもって本末転倒です。

算数も板書を写すだけで、理解したつもりになっていて、肝心の目的が
すっぽ抜けている。わからないところは、塾でじゃなく、私に聞いてくる。
説明するも、最後まで聞かずに「わかった、わかった」とパターンで解いて
本質を理解しようとしない態度。
まさに全体が見えていないために、全て「つもり」になっていて
「見る」「聞く」「読む」を自ら放棄し、時間だけ無駄に使ってさらに「つもり」になって
理解をまったくしようとしない、屁理屈娘に我慢の限界が来て爆発してしまいました。

でも、悲しいかな、どれだけ話しても伝わらない。

一年生の時に他の選択肢を考えず「ぜったいに普通級で」と押し切ったのはパパで、
その後の破綻で「他の学校や学級に行くのは絶対に嫌。頑張るから普通級にいさせてほしい」と言ったもも。その意思を尊重して、その都度応援する事を最優先して生きてきた。

ただ、物事が上手くいかなくなると、パパももも も「ママがそうさせた」とか
「最初から無理だったんだよ」と後付に文句を言う。
私が一番、嫌いで、腹が立つ事だ。「じゃあ、勝手にしろ」と言いたいが
それが出来ない、どーしても出来ないから苦しむ。

おそらくパパももも も「勝手にしろ」とあきらめて放置したら、自暴自棄になって、
一線を踏み外すところがあるから。

ありのままで楽したいけど、ありのままで、わからないまま遅れをとるのは
受け入れられないという相反する事を言う。

ちゃんと所属する居場所があって、みんなよりも遅れがあってもそこにいられる
事がももにとっては、とても大きな意味があるのだと思えるから。

今が第三次産業中心(これさえも崩壊してきている)の下克上の世の中で
ももが成人する頃はおそらく、もっと酷い状態になると予想している私は
たらればで「ももがもっと昔に産まれていたら」なんて考える暇があったら
今やれる事をやっておきたいと考えてしまう人。

勉強以外にも問題は山積みだけれども、今の時代、少しでも先の選択肢を
残しておくには、やっぱりここ(勉強)ははずせないのが現実で、
もものような子達は、社会的な現実的なサポートは全く期待出来ずに
自力しかないのだから、余計にそう思わずにはいられない。

また、本人が自分のありのままに満足しないのだから余計に。

中学受験自体継続するか?個別塾で継続させるか?それも悩むんだろうな、自分。
とにもかくにも、基本のきの字を本人が自覚して全体が見えないと
無駄、無理に終わるのは明らかだから。

本人の「やる気」じゃなく、根本的な部分が欠落しているのって、辛い。
その根本は、LD的なものではなく、物事の本質というか全体を理解しないという
もっと深い部分だから、母の落ち込みも深くなってしまう。

|

« すけべ心が… | トップページ | 塾長の逆襲 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« すけべ心が… | トップページ | 塾長の逆襲 »