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2011年4月28日 (木)

ぼくがラーメンたべてるとき

以前、夏休みの読書感想文用にももと一緒に読んだ絵本です。
昔の日記にも少し書きましたが、ひと月程前からこの絵本の事が頭に浮かんで
離れないでいます。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%8C%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%81%9F%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%8D-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E7%BE%A9%E5%8F%B2/dp/4774610577

ぼくがラーメンを食べている時、世界の様々な場所でどんな現実が起きているかを
淡々と力強く訴えています。
ラーメンを食べている側でミケがあくびをしている同じ時間軸で学校に行けずに働いている子供がいたり砂漠で子供が餓死していたり…。

この絵本を一緒に読んだ時、ももは「よくわからない…」と言いました。
ある意味 真理なのだと思います。大人だって想像力でもって想像しますが
本当の意味でその現実を共感というか実感する事は出来ないだろうと思います。

今回、同じ日本国内で大きな災害が起きて、たくさんの人や動物の命が失われました。
そして、今もそれは続いている。

一ヶ月かけていろんな想いが私の中に湧き上がってきましたが
なんだかその想いを公言してはいけないようなそんな気分の中で
日々、過ごしていました。

子供の頃に「世界のどこかの国では食べたくでも食べれない人がいる」
「戦争中は食べたくても食べるものがなかったのよ」などと言われ
好き嫌いを言ったり、食事を残す事を諌められたが、当時の私も
「そんな事を言われても、体験していないのだから理解できない」でした。

本当の意味で相手の立場に立つ事って出来るのだろうか?
いろんな方々の信じがたい現実に涙があふれたり、何かしなければといった
焦燥感にかられつつ、遠くから募金などしか出来ない自分の無力さに
苦しんだり…。
その一方で、いよいよ日本の国の本当の危機が来た事を実感したり、
日本全国同じだろうが、必死に絶えていたところにとどめを刺されたような
経済的なショックも身近に感じたり…。

私は、今、本当の意味で相手の立場に立つ事は出来ない。
募金も物資を送ることも、突き詰めると自分の為な気がした。
でも、偽善でもなんでもいいから行動したかった。

そして私が一番苦しかった事は、友達と友達の子供を守れなかった事。
普段は一線を越えて誰かに強く自分の意見を押し付ける事はしないが
今回は「命」が関係する事、「有事」であるが故、
「政府の発表を信じずに今すぐその場所を離れて欲しい」と懇願した。
すでにパニックになっている友人をさらに追い込んでしまうかもしれない
事も予想していたが、はやり「人事だと思って!そんなデマ、煽らないで」
と怒鳴られた。

現実を受容するって、言葉でいう程、簡単じゃない事くらい身にしみて
わかっている。頭でわかっていても心が納得しない。
どれだけ正論であっても、心がそれを受け入れられない時は
相手のよかれと思った善意も正論も素直に受け入れられない事もある。
結局は、自分で納得出来ないと人って行動出来ない。
普段なら、その人の気持ちがそう思えるまで待とうと思えるし
仕方がないと思えるのだけれども、今回はすんなりそう思えなかった。

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