« 睡眠障害 | トップページ | りんごは赤じゃない »

2010年10月18日 (月)

りんごは丸くなんかない!

「りんご」を言葉で表現してください。

と言われたら、「赤い」「丸い」「果物である」「食べると甘ずっぱい」
などと、ある人は答えるかもしれない。
というか私達が植え付けられた共通理解は上記のイメージが多いだろう。
※こういうの、幼児期の知能テストにありましたね。。。

でも現実は
「黄色くて」「ハート型」だったり

「小さくて」「青い」「酸味が強い」だったりする。

また、
「winよりも好きだ」だったり
※アップル社

「彼女の曲は今でも好きだなぁ」だったり
※椎名林檎

色々な答えがあって当然なのだ。


また、実際のりんご(赤だったり青かったり黄色かったり…)を
実際に観察しつつ、どの視点から描くか?
と一般概念化されたりんごを描くのと、より現実に近いのは
実際のりんごだったりするだろう。

何が言いたいか?というと、

一般概念化された「りんご」を想像出来なくても悲観する事はない。
という事。

ただ、面倒な事に世の中、この一般化概念=常識となり
この認識がずれていたり、一般化された概念を受け付けられないと
その社会では生きづらくなるという事実がある。

でもって、ももは、この概念化、一般化に困難を持っている。

ともすると、二つの概念(自分の感じ方と一般化概念との間で又裂状態に
なって、強迫観念や分裂を起こす。。。。)

でもフラットな視点で物事を見ると、「りんごは丸なんかじゃないよ!」という
もも的な発言は、とても正確で正しいし、
漫画的なりんごを皆が描く中で、より写実的なりんごを描けるのに
それを矯正するのは果たして得なのか?とも思ったりする。
※あくまでも例え話

要は、ただ一般化された概念を正解とする一部の世界があると認識し、
本当の本当は全然正解じゃないしでもそういう視点もあるというだけの事と、
自分の感じ方を肯定しつつ、一般化された概念を否定する事なく
ありのままにすんなりと受け入れられたら…と思うのですが

これが想像を絶する程難しい。。。

特に母親という立場で、ももの気持ちを受け止めつつ、上手く
そこへ導いていくのは本当に…と思う。

祖母が生きていてくれたら、どんな風に言うかなぁと想像してみる。

祖母はよく私の気持ちを上手く受け止めつつ、上手く世の中の仕組み
とその距離の取り方について遠回しに教えてくれた。

その時は、「そんなのかわんない~!」でも、だんだん「そうか!」と
思う時はいつかはやってくるような気はする。

「りんごは赤じゃない」という本もあるが、日本の教育はこの一般化された共通認識の
変なしばりがきつすぎる。。。と感じる。

|

« 睡眠障害 | トップページ | りんごは赤じゃない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 睡眠障害 | トップページ | りんごは赤じゃない »