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2010年7月30日 (金)

猫が犬を散歩させる!??@@

先日、車の中から衝撃的な光景を目撃した。

ミニチュアダックスの前にキジトラのノーリードの猫がいて
犬と猫が一緒に散歩していた。

しかし、猫がノーリードで犬と散歩するのは、
以前住んでいたところでは、普通だったので、別段驚かない。

じゃあ、何が衝撃的なのさ?というと…
マーキング&くんくんに夢中すぎる犬を猫がたしなめ、
待ちつつ、様子を見て「歩くよ!」と即し、根気よく待ち
教育していたのが衝撃的だった。
猫は、社会性はあまり発達していないと言われているが
なかなかどうして、大したものだと感心してしまった。

交通量の激しい道路脇の歩道で、堂々と犬をしつけて
飼い主さんにも配慮して、凄い猫ちゃんだわ~と感動した。

ももと入れ替わりに天国にめされた我が家のトラくんは
いつでも自由なのに、人間を散歩に誘うし、お見送りお迎えする
猫だった。(ビデオに撮って残してあるけど、思い出すので見れない…)

※実家のミィちゃん(24歳?25歳?)が2日帰ってこなくて
ついに…とおもいきや、今しがた帰ってきたとメールが来た。
じいちゃんが余命宣告を受け、ぼけた老猫を万が一の時に
どうするか?を話し合ったのを察知したかのように…。
ミィちゃんは、最後の最後まで自由がいいんだろうなぁ。

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もも、ボーリング大会で優勝する。

Kkjpg

画像は、育ちすぎたきゅうりを収穫してくれたももです。
(浅漬けにするしかない)
きゅうりとトマト、食べるのが追いつかない…。
大葉は、やっこにそうめんにと毎日大活躍だけど…。

もも、子供会のボーリング大会で優勝したそうです。
2ゲームで256のスコアなので、大した事はないのですが、
先日町内会のボーリング大会でガーターばかりで
あまりに出来ない自分に打ちのめされて、大泣きしていたので
母が、コツを入れ知恵したのです(笑)

そうは言っても、私は、もも以下のスコアしか出せません。
めっちゃ、下手です。

ずっと前に偶然観た、すいエンさー という番組の
ボーリングが上手くなるコツという特集を
動画サイトで探して、それを見せただけなんですけどね。

それを朝、いく寸前に見せ、
熱心にメモまで取りながら観て、即実践したんだと思います。

おそるべし、動画!

※夏休みの宿題は、半分以上終えましたが
力仕事がいくつも残っていて、憂鬱です~。
特に☆の観察は、一学期の単元なのに、まだやっていないくて
コラショで自主学習しただけなので、家庭で教え直さないといけないわで
ひと苦労~。
お家の人に手伝ってもらえない子は、学校で学習していない単元の
研究をするって、果たして出来るのか!とつい、思ってしまいました。

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2010年7月26日 (月)

それにしても…暑い!

Kori2_2

買ったばかりの冷蔵庫がおかしくなり…
人間の頭もおかしくなりそう…。

数年前に買った電動かき氷機がフル活動!
引っ越してきた年に、毎日近くのショッピングセンター内の
フードコートにかき氷を食べに行くのがこだわりになって
しまった為に買ったかき氷機。

棒アイスよりもかき氷のほうがあっさりしていて
経済的にも助かるのでおすすめです。

昼と、おふろあがりに毎日食べて身体を冷やしています。

今日も朝から学校のクラブ活動でプールにでも浸かったのか?
というほど汗だくになって帰ってきたので
かき氷を食べて身体を冷やしました。

シロップは、市販のものよりもカルピスや梅シロップが
おいしいです。

それにしても、夏休みの宿題、多すぎ!
夏休みの友のほかに、感想文(大、小あり)4つ
工作2つ、絵が2つ、習字2つ、環境問題についての研究レポート、
環境問題体験(エコクッキング、工作、リサイクル商品調べ等)レポート
暑中見舞いのハガキ、星の観察日誌、環境問題のポスター、
算数の計算プリントの束、漢字100問テストのプリント
そのほとんどを2日と19日の出校日に提出…

遊べません!
物事を調べ、自分の頭で考える土台をちゃんとつくっていない
というか教えてももらわずに、ゆとりない中やるのか…とか、
いろいろ想う事はたくさんあるのですが、
とりあえずやっつけちゃうのと、じっくり考えるのと分けて
時間を区切ってやらないと…と頭を抱えています。

ももは夏休みの半分くらいは、クラブ活動が半日ありますし、
夏休みのそろばん特訓もあり、忙しいです。

同じ市内でも他の小学校は、水泳特訓が一週間くらいある
学校もあって、自由な夏休みからはほど遠い夏休みだなぁと
思ってしまいます。。。
※もも達は、25メートル泳げない子だけ特訓があるみたいです。

急がせすぎずに、ゆったりじっくり子供のペースで
考えたり感じたりする時間を捻出したいと思いつつ、
気がつくと時間に追われ、スケージュールをこなす事が
目的になってしまうやり切れなさみたいなものを感じてしまいました。

世の中がそうなっているのだから、仕方ないという想いと、
子供時代くらいもっとゆったりとした時間を…という想いが
複雑に絡み合っています。

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2010年7月24日 (土)

佐藤初女さんのお話し メモ eduより

今を真実に生きると 必ず希望に つながります

佐藤初女

振り返ってみますと、戦後は能力ということに期待をかけて、
寝ても覚めても勉強、勉強という社会になりました。
勉強している子供が、雰囲気を変えたくて台所へ行っても
「手伝わなくていいから勉強しなさい」と母親から言われたものです。
つまり能力、能率に基点をおいたのが、現代の社会なのですね。

 しかし、それで子どもの本当の芽が育ったのかどうか、
そのお答えが今出ているのではないでしょうか。
私は格差という言葉をあまり好きではありません。
よい学校に入っても、仕事の能率がよくても、人としての道ができて
いなければ、結局さまざまな問題が出てきます。
やはり人としてどう生きるか、その人その人が持っているものを
どう生かすか、私はここが大切だと思っています。

 親が子どもに対して「よい学校に入れたい」「いい成績をとらせたい」
と思うのは、親の見栄もあるのでしょうね。
隣の子と比べたりして、言葉に出さなくても気持ちにあると、なんとなくでてきます。
戦争中は、何もかも忍耐で、やりたくてもやれないことがすべてでした。
それが敗戦とともに欧米から新しい文化が流れるように入ってきました。
そこで自分がやれなかったことを子どもにしてほしい、つまり親の願望ですね。
それは現代でも同じなんだと思います。

 親はよかれと思ってやっていても、でもそれは間違った愛情なんですよ。
親自身が自分の中に子どもの理想像を描いているわけです。
それを追求していくから、子どもは苦しくなっていくのでしょう。
親は自分の願望でなく、子どもの心の芽が育つよう、子どもと心を通わせ、
そしてサポートしていくこと。言葉ではなく親の生き方、姿そのものが教えに
なりますから、親がはっきりと信念を持つことだと思っております。

 そして最後に申し上げておきたいのは、先を急がないでほしいということです。
今の若い人たちはとても急いでいますね。遅れをとるのはいやだから急ぐのでしょうか。
でも先というのは、一瞬先のこともわかりません。
10分後のこともわからない。わからないことを考えるから、もっとわからなくなる。
でも、“今”ほど確実なことはないのですよ。
今をみんなで考えて、今というこのときを感謝して生きる。
今を真実に生きていると、この先の喜びや希望に必ずつながります。
今を満足しないと、先は不安のみになります。
お母さんたちは“今”を満足して生きてほしい、切にそう願っています。

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2010年7月23日 (金)

モチモチの木

子供の頃に読んだ絵本。賢治の世界に通じる世界観があるお話という
イメージが私の中にあって、偶然手に取って読み返してみた。

モチモチの木に火がともる光景だけが記憶に残っていたが
読み返してみると、全く違った世界観がそこにあって感動した。


じさまと猟師小屋に2人で暮らす豆太は、5歳になっても
ひとりでおしっこに行けない程臆病である。
そんな豆太も、じさまを助けたい一心で真夜中にひとり裸足で
山道を駆け下りて医者さまのところへ行く。

山の神様のおまつりでモチモチの木に火がともるのを見られるのは
ゆうきのあるひとりの子供だけ。
その晩、豆太はモチモチの木に火がともっているのを見る。

元気になったじさまが豆太に言う。
「おまえは ひとりで よみちを いしゃさまよびに
いけるほど ゆうきのある こどもだったんだからな。
じぶんで じぶんを よわむしだなんて おもうな。
にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、
きっと やるもんだ。」


弱虫で手のかかる豆太をじさまは、
「女ゴみたいに いろばっかりナマッ白くて、
こんなに おくびょうなんだろうか…。」と思いつつも
「豆太は、そうしなくっちゃ ダメなんだ。」と愛情を
持って手をかける。


最後の太字部分が、何度も心に甦ってくる。

また、この絵本の挿絵は、かつての朝日新聞の日曜版の切り絵で
有名な滝平さんのもので、とても素晴らしい。


後書きにこんな一文があった。
滝平さんはションベンたれのおくびょう豆太が、爺さまへの愛情を
テコにして夢中で思わぬ勇気をふるい起こして、意外やモチモチの木に
灯がともるすばらしい光景を見ることが出来た…というこの話が好きなのだ。
「にんげんやさしささえあれば」という爺さまの言葉を
「やさしさだけあればいいのか」なんて見当違いな屁りくつを
言う種類の人間ではないのだ。

滝平さんが自ら押し絵をやりたいと申し出ただけあって
絵と言葉が上手く融合して、心に響いてくる。

夏休みの宿題に、読書感想文が4つ?5つ?もあるので
図書館通いをしていろんな童話を読んでいるが
子供よりもむしろ大人が魅了されるような童話がたくさんあって
面白い。

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2010年7月14日 (水)

☆動物感覚を読んで☆ メモ 5

奇妙な記憶

記憶でじつに興味深いのは、「意志的記憶」が「無意識的記憶」
とくらべて、はるかにもろいことだ。…
意識的記憶は、学校の勉強と呼ばれるようなものや、事実、数字、日付、名前
などをつかさどる。
学校で勉強したことをどれだけ忘れてしまったかを考えると、意識的記憶が
いかにもろいか、よくわかる。
無意識的記憶は、はるかに安定していて長持ちする。自転車のこぎ方は
絶対に忘れないと昔から言われているのは、まさにそのものずばり、真実だ。
自転車のこぎ方は、一度おぼえたらぜったいに忘れない。
脳卒中で脳に重要な損傷を受けても、自転車のこぎ方はおぼえている可能性がある。
無意識の記憶を消すのはとても大変なことなのだ。


一方、恐怖の学習は一生忘れないらしい。学習した恐怖は、学習した事実や
日付や名前をたえまなく忘れていくのとは正反対で、けっして忘れない。
それどころか、とても強力で、時間がたつにつれ強烈になり、くり返し恐怖に
さらされるというような「復讐」をする必要はない。

以下PTSDの症例についての記述あり

本当に、意識的記憶?な興味ない学校の勉強を記憶するのは
もものような子供にはさらにひと際困難だと日々実感する。
ざるにひたすら水を注いでいるかのような…。
もしかしたら一生ざるのまま?注いでも溜まらない?と思いながらも
ひたすら思考錯誤しつつも注ぎ方を工夫し、沈激のくり返しなんだよね~。

いかに無意識に訴えるような方法で覚えるか?なんだろうなぁ。。。

全然関係ないけど、私たち親子の好きなねこちゃんの動画
http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/animal_pet/p304b6b9a84cd207e7e9e4c2496d1a2a4

このしゃべるねこ しおちゃんの飼い主さんが
ねこちゃんに言葉を教える?しゃべってもらうコツとして
動物学の権威から学んだ秘訣を教えてくれている動画がありました。
そこで、学習の基本はくり返しだと言われているけれども、
そうじゃなく全く関係のない意外性のある何かと組み合わせる事で
学習が成り立つとおっしゃっていました。
http://theoshio.blog63.fc2.com/blog-entry-345.html

ねこちゃんに、くり返ししゃべってもらいたい言葉を繰り返しても
あきっぽい猫ちゃんは、「勝手に言ってろ!」とばかり
どこかへ行ってしまいますよね。(笑)
しかし、意図せずに話しかけていたり、遊んでいる時に
しゃべる。

この連想をももに話したらきっと、「私は猫なんか!?」と
突っ込まれそうなんだけど(笑)
苦手な漢字も尻文字や言葉遊びやいろーんなパターンで覚えると
本当にざるじゃなくなるのよねっ!!
でも、普通に根性にノートにくり返し書く勉強では次の日テストで点数
とれてもすぐにきれいさっぱり忘れるのよね~!

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☆動物感覚を読んで☆ メモ4

動物感覚より抜粋

情動を使って将来を予測する

健康な動物は、情動薄弱とは正反対で、つねに、情動にもとづく健全な
決断をする。そうでなければならない。でないと生きのびることはできない。
情動が動物のためにする、なによりも重要な役割は、将来を予測させることだ。
昔はそんなことは知られていなかったが、今では研究の結果からわかっている。
 動物行動主義者は、情動は飢えとよく似たはたらきをすると学んできた。
飢えのなによりも重要な仕事は、人を生かして行動させることだと、すぐにわかる。
おなかがすくから、快適なソファーから立ち上がって、あるいはほら穴の中にある
居心地のいい岩から立ち上がって、なにか食べるものを探しにいく。
けれども、飢えが行動の動機づけだけでなく、将来を予測するものになっている
こと
は、たいていの人が知らない。体は、飢えに耐えられる最後の最後まで待ったりは
しない。それどころか、おなかがすくのは、食べ物を見つけて食べるために
必要なエネルギーがつきはてて、危険な状態になるずっと前だ。
飢えは早期警報システムといえる。

私たちの体の働き方を考えると、コンサルタントが問題に対処する時期を会社に
訪ねる質問を思い出す。問題に対処するのは、問題が発生したときなのか、
それとも手に負えなくなったときなのか。正解は、「問題が発生したとき」だ。
最後の最後になって問題に取り組む会社は、問題があるときに即座に解決
しなかったため、ふくれあがってしまった問題に直面することになる。


自然についても同じようなことが言える。ただし、自然は管理コンサルタントに
もう一歩先を行かせる。母なる大自然は、なによりも、私たちが困らないようにしている。
これは憶測ではない。情動は動物に将来を予測させるようにはたらく。


※省略部分 ねずみが猫を嗅覚で察知する実験。ねずみは猫が少し近くに
いるくらいでは逃げない。すぐ近くに感じないと逃げないし、恐怖も感じないらしい。

恐怖は動物にとって圧倒的な情動なので、進化は、おそらく恐怖を抑制する
脳のシステムを選択したのだ。種を増やすには、猫に食べられないようにする
だけではすまない。どんな生き物も、食べ、眠り、つがい、子をもうけ、幼い子が
自分で身を守れるほどの成長するまで餌をやって保護する必要がある。
このすべてをするために、ネズミは猫のことを忘れている時間が必要だ。


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☆動物感覚を読んで☆ メモ3 生き残る

動物感覚から抜き出し

正常な情動は、動物が生存する為にきわめて重要なものである。

私たち人間はえてして、情動は危険な力だから理性や論理できびしく
管理される必要があると考える。
ところが脳はそういう働きかたをしない。脳内では、論理と理性は
情動からけっして切り離されていない。意味をなさない音節でさえ、
肯定的か否定的かどちらかの情動的な意味がある。
中間のものはひとつもない。これは覚えておかなくてはならない。
 このような考え方は、動物にとって恐怖がどういうものかを理解するうえで
重要なので、もう少し説明しよう。
論理は感情よりも重要だとほとんどの人が考えるのは、私達がふだんは
このふたつの結びつきを意識していないからだ。
たいていの場合、ほとんどの人の情動生活は無意識で、とりわけ
なにかを静かにじっくり考えているときは、情動を意識しない。
論理だけを使っているような気がするが、実際には情動に導かれた論理を
使っている。そればかりか、たまに情動を意識しているときには、
ある問題や人物について感情的になっているので決定を誤り、その結果
情動を悪者にする。そして当然ながら、たいていの人は他の人が情動で
くだした決定をおろかだと決めつける。

以上は全て、半分は正しい。たいていの場合、あきらかに情動でくだされた
決定は、愚にもつかないことが多いだろう。ところが、問題は情動が
かかわっていたことではない。決定をくだすときには、だれでも情動を使う
からだ。脳の情動システムに損傷のある人は、なにを決定するにも
おそろしく時間がかかり、決定しても、たいていは間違っている。
問題は、使われている情動がおろかなことだ。

情動や直感、意思決定に関心のある向きには、「生存する脳」をおすすめする。
著者のダマシオ博士は、前頭葉に問題があって、いわゆる「直感力」を失った
患者について膨大な研究をおこなった。
患者たちは、知能指数と論理的な理由づけ能力はまったく正常だったにも
かかわらず、正常なおとなとして生活出来なかった。他の人に世話をしてもらう
必要があり、ある患者は博士が法廷で証言をして、終身障害年金の受給が認められた。


博士は、エリオットにできないことがなにかを見つけるのに長い時間が
かかった。発見したものは、動物の情動に直接関連していた。エリオットは
日常のものごとに適切な情動反応を示す事が出来なかったのだ。…
エリオットが失っていたものは、恐怖や怒りなどの大きな情動だけでは
なかった。本能的な情動も失っていた。悲惨な事故現場やけがをした動物の写真
あるいは、幸せそうな子どもや夕日の写真を見たときに感じるたぐいの情動だ。
エリオットはおもに情動薄弱だった。

それが、どうして、そんなに大問題だったのだろうか。人間と動物は情動を
使って将来を予測し、どうするかを決定するからだ。エリオットは思案の底なし沼
にはまってしまう。あるとき博士が、来週は何曜日に診察に来たいかと尋ねると
予定表を取り出し、たっぷり30分かけて、博士が提案した2日のそれぞれについて
賛成と反対の理由をひとつ残らず調べあげた。延々と考えつづけ、どちらかを
選択した時に考えられるすべてを書き出しても、なかなか結論が出せない。
とうとう博士が適当に選んだ。…

やがて博士の弟子の大学院生が、エリオットと正常な脳を持つ人の違いを
見つけるテストを開発した。検査はギャンブリングテストと呼ばれた。…

プレーヤーは、トランプのAとBの山が、もうける額は大きいが損する額も
大きいことを知らない。CとDの山は、もうけも損も小さい。ゆっくり座って計算が
できるなら、CとDの山からカードを引けば最後には得をすることがわかるだろう。
けれどもそれは許されていない。ギャン部リングテストは人生になぞらえられている。
人生は不確実だ。なにが起こるかわからない。直感に頼らざるを得ない。
どの山がいいのかがわかる勘をきたえなければならないのだ。

それをするのが情動だ。情動のお陰で勘が発達する。

エリオットはテストに失敗した。元でのお金が底をつきかけているのに
気付いてもCとDの山に乗り換えなかった。脳が正常な人と脳にほかの種類の破損
がある人はすぐに、AとBの山にいやな感じがしはじめる。

つづく

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☆動物感覚☆を読んで 2  メモ

動物と自閉症の人に共通する恐怖の感覚についてのメモ
※…は省略を表す


人間の場合   痛み>恐怖・不安
自閉症、動物   痛み<恐怖・不安
※とりわけ恐怖を抑制する力がない

前頭葉の違い

自閉症、動物の恐怖記憶は意図して忘れることができない
(スイッチのない映像記憶)
生まれつき恐怖と不安がたくさんある(前頭葉のブレーキがない)。

普通の人は恐怖を抑制する力や、恐怖を前にして決断を下す力が
前者に比べて強い。→ストレスホルモンを抑制するブレーキがついている。
さらに、前頭葉(ブレーキ)+言語を使って自分自身に語りかけ抑制する。

まとめると
人間の場合  前頭葉のブレーキシステムが作動する、言語で落ちつかせる
自閉症・動物 前頭葉のブレーキシステムがない、止まらない映像

言葉がかかわる恐怖はレベルが低い。これは「百聞は一見にしかず」
ということわざにもあらわれている。怖いものを描いた絵は、
言葉で述べた説明よりもはるかにおそろしい。
動物と自閉症の人は絵に頼らざるをえないので、恐怖を抑制するとなると
大きな不利をこうむっている。

自閉症の子どもが「あつかいにくい」ように見える最大の理由は、
おびえる対象があまりにも多いからだ。…
 自閉症の人の恐怖システムは、ふつうの人とはちがう形で
「誘発」される。恐怖は荒れ狂う。
私の場合、思春期に怒濤のような不安に襲われた。
11歳から、抗うつ剤療法を見つけた33歳まで、…
不安をいつも感じていた。その不安は来る日も来る日も
朝から晩までとぎれることがなかった。
毎日が非常事態で、惨憺たるものだった。薬のお世話になって
いなかったら、人生などまったくなかったかもしれない。
仕事などもてなかったことはたしかだ。

※ももの思春期は荒れ狂うのかなぁ。。。
テンプルさんは馬で紛らわせて乗り切ったそうだけれども
仕組みをこんな風に紐解いて見せられると、
一筋縄ではいかないのかもなぁと想像した。




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2010年7月12日 (月)

ガミガミ

井上先生のブログで以下の記事を読んで、苦笑いしてしまいました。
同じ子供でも男の子だと気にならない事が、同性であるが故に気になってしまって
結果きびしくなってしまう…というお母さんは多いです。
私もその傾向にあり、反省する事は山ほどあります。
以下抜粋
 発達障害のある女の子を持つお母さんからの相談が多くなってきました。
気になるのは特に思春期手前のお子さん場合で、「かたづけ」や「身支度」や
「マナー」での要求水準が男の子よりかなり高いように思えることです。
女の子だからということで親心としては自然と厳しくなるのでしょうが、
母から子への会話がつねに小言になってしまうのは避けなければなりません。
 自分で努力することだけでなく、困ったときに相談する行動を特に母子の間で
強化してほしいのです。
年齢があがれば同性同士でしか話せないことも増えてきます。
その中で、子どもさんが「相談してもしかられない」と思える関係は大切なことです。
 年齢があがるとほめられることは減っていきます。
子どもさんの日々の小さな努力をみとめることから始めてほしいと思います。
年齢があがってくると、いわゆる「ほめことば」だけでなく「びっくりしたよ!」「ありがと!」
「たすかるよ!」などの言葉も強化になるのです。
以上

今朝も冷蔵庫から出したジュースがそのまま出しっぱなし、
昨日中に入れておくと約束した筆箱はランドセルに入っていない、
で、挙げ句、ソファのクッションの下に大量の脱いだままの靴下を
見つけて、爆発しそうになりました。
(ももは、少しでもぬれたり、汚れが気になると着替えます…)

ベットやももの部屋などを点検し、靴下を手もみ洗いした後に
洗濯機に放り込んだ後だったので、余計に…。

ここで感情的に小言を言っても、何も行動は改善されません。
怒った分、感情が高ぶって嫌な気持ちになるだけ損です。

なので井上先生の師匠であるK先生のアイデアである
悪女の深情け技法を使ってみました。

なんの事はない、自分でやった事は自分で始末してね!
という事です。
これを笑顔で、「まあ!お洗濯した後に、こんなところから靴下が…!
ベットの分はママやっておいたけど、この分は今日お風呂に
入った時にでも自分で洗ってね!happy01」と言ってみました。

そもそも脱衣かごに入れてないものは洗濯しないという
基本ルールが我が家にはあります。

素直に「わかった!洗うね!」と納得してくれました。

これを怒りながら私が洗っちゃうと、お互いによくありません。

ももだって、ママに後々まで機嫌悪くされ、小言を言われるよりも
余程いいでしょう。



それから消費者センターに来る発達障害傾向のある人達の多くが
どうにもならないくらい物事が悪化してから来るそうで、
小さい頃から叱られてばかりだったので、親には相談出来ずに…
というパターンがとても多い事など姉から聞いています。

もも も本当の事は親には話さなくなる時期が来るかもしれませんが
些細な日常の会話が出来ていると、そこからなんだか変だな?と
わかる事はあるかもしれないと思いました。
話してもらえる母親になりたいです。

最後のところは、今のところクリア出来ていると思いました。
ただ、昨日など網戸を破損(無理矢理乱暴に閉めようとして冊子がゆがみ
欠けた…)したまま、空いていて蚊がどんどこ入ってくるわ
冷房入れているのに空いたままだわで、キィーと頭に角がはえたまま
ももを睨んだら、そこには野菜をいっぱい抱えたかわいいももがいて
「野菜が大きくなりすぎると大変!と思ってとってたの…」と…。

気をきかせて野菜を雨の降る前にとりこんでくれた事を感謝し
サッシの破損等は、やさしく教えるにとどめました。

腕力がついてきて、最近ドアの開け閉めが「壊れる!」ってくらいに
乱暴になってきているのは、目立つふせんを貼るなどして
注意をうながしましょうかね?

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momo達の未来

ここは、主に娘の成育を記す為の日記故、
政治な事には意識的にふれずに来ました。

ただ、今日本は、ギリシャよりも酷い状況の中で
政治が子供の将来に及ぼす影響を考え
書きたいと思いました。

今回、管総理が10%の消費税を出してきたその意味を
私は、「実質、官僚に丸め込まれた」
「将来、日本が経済破綻した時に、あの時国民が
消費税反対したから破綻したんだという言い訳をする為の
伏線にすぎない」
「消費税10%という数字では、焼け石に水だ。
結局30%くらいまではあげていかないといけなくなる。
その為のワンステップか?」
などという想像が頭を駆けめぐりました。

そのように考えていくと、消去法でみんなの党しか残りません。
政策には賛成ですが、これを実現する前にかなりの確立で
潰される可能性があるのではないか?とか…
いろいろ考えます。

ただ言える事は、ギリシャのようになりたくなかったら
増税を我慢しろ!痛み分けだ…というのは大嘘だという事です。

民主がやっている事業仕分けはただのパフォーマンスにしか
見えませんでしたし、まるっと官僚天国のままです。
消費税増税するという事は官僚のやけ太りを増長するだけ
なのではないかと思います。

ただ、官僚も人間です。生き物です。
意思を持ち、勝手に動いているようで、実は宇宙の影響を
少なからず受けていますので、自然の原理からして
いつかは自滅するしかなくなるだろうと想像します。


みんなの党が言うように、本当に官僚を切って無駄を省けるので
あれば、増税なんて必要ないと思います。
国民が、マスメディア等に洗脳されて痛み分けだと信じ込まされている
ほうが問題なんだと思わずにはいられません。

下記は河村たかし名古屋市長がそのからくりについて話している
動画です。
この方は、飲み屋でサラリーマンのおじさんが愚痴を言っている風な
話し方で、あまりよいイメージはありませんが、
言ってる事はもの凄くまともで、びっくりしました。

http://www.youtube.com/watch?v=4s-ID7y2Rv4&NR=1


子供の達の将来を守る意味でも、情報を鵜呑みする事なく
自分の頭で考え、正しいと思う人達を応援したいと思います。

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2010年7月10日 (土)

個人懇談会

はじめて一番最後じゃない順番でした。

懇談内容も「お友達関係も順調ですし、授業も意欲的に受けています。
大きな問題はないです。」
で終了な感じでした。

あえて言えば完璧主義なのか?神経質なのか?というところが気になります。
時間内にやれるところまでやればいいよ!と言っても、
最後までやれなかったりすると癇癪を起こしています。」

と言われたので、
それは、完璧主義というよりも曖昧な指示が苦手で
混乱しちゃうのだと思います。
やれるところまで…だと、やれなかった分はどうなるの?っていう
後の部分が想像出来なくて、しかも周囲が出来た~!出来た!って
言い出したら、予測が出来ない分 追い詰められてしまうのかと…」


宿題の日記もやれたらやる、やれなくてもいいよ。と言ってくださると
助かると思う子もいるのでしょうが、うちの子は宿題の量が多い少ない
ではなく、曖昧な指示に凄く混乱します。
多少の事は、今後の事も考えると、慣れていく為にも必要な事だと
思いますが、あまりにそれが続くと、まだ乗り越えるだけの経験も
ないので、不安定が募ってプチ爆発(癇癪)起こす事は過去にありました。


と通訳しつつ、小道さんの本をお時間のある時にちらっと目を通して
いただくだけでいいので…と置いてきました。

前の人が時間オーバーだったので、きっかり10分で懇談終了です。

担任の先生、あまり余裕がない(広い意味で)ご様子だったので
多くはお願い出来ないなぁと思い帰ってきました。

その後、校長先生のところに挨拶に行きました。
パパから今年いっぱいで定年だと聞いたので行ってきたのですが
まだもうあと一年残っとる!失礼な!」と怒られました。
パパ情報を鵜呑みにした私が馬鹿でした…。

いじめに対しては校長が朝礼で話を何度もするなど
学校をあげて取り組んでいる事も聞きました。
私の要望を聞き入れてというよりも、自発的に必要を感じるから
そうしてるんだとおっしゃっていました。
動機はどうであれ、ありがたいことです。
と同時に、「2年前と違って、ももは本当にしっかりしたし、成長した。
この前、本人にそう言ったら、ありがとうございます。と返事したぞ!
十分育ったから、今度は親が成長しなきゃならんな!
」と言われたので
子離れしろ!という事ですか。多少の事は見て見ぬふりをしろと
いう事ですかね。
」と言ったら「そうだ!お前等が成長しろ!」
言われました。
口は悪いし、相変わらずオレ流な(体育会系な)思い込みはありますが
基本は子供想いで本当によくしていただいているので、今は笑って返せます。
まあ、一人っ子なので、ついつい手をかけすぎちゃうところは
確かにありますし、2年前は無理でも今は成長しましたから
まあ手や口は出さす、でも目は離さず、手綱はがっちり握りつつ…。

でも、肝心の時間割を揃えるを、口も手も出さずに完全に手を離そうと
思い、担任に「忘れ物が多くなるかもしれませんが…」と言おうとしたら
「困ります。忘れ物は、怒れちゃいます。」と言われてしまいました。

先日も筆箱まるっと入れ忘れていて、さすがに分度器とか三角定規とか
ないと、単元の勉強も出来ないだろうと思って、注意したのですが、
ももいわく、学校に忘れた子用の一式が用意されているから平気だと
全く意に介さずでした。

担任の怒りには少しも気付いていない様子で、
しかも担任は忘れ物が許せないと言っているし、余裕もなさげだし
まだまだ手もかけないといけないのかなぁと思いました。

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2010年7月 9日 (金)

作文王    ドリルの紹介

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これは、以前書店で見掛けて衝動買いしたドリルです。

クイズ感覚で学べますし、
内容がよく考えられていて、面白いです。

対象年齢 小学校2年生~4年生とありますが
去年のももには、まだまだ無理~!で、
寝かして最近取り出してきましたが、まだ全部は答えられない状況です。

去年、やった時は、奇想天外な答えのオンパレードで
話し合いになりませんでした。
でも、その発想の斬新さは、ある意味面白かったです。

見ることは考えること シリーズ
いろんな視点で物事を考えられるんだという事をいろんな場面やもので
考えてみようというシリーズで、
人の数だけ視点があって、ひとつのものを見る角度(人の場合立場)
が違うと、同じものや事でも全く違って見えるし、解釈出来るという
事がわかるので、とてもいいと思います。

最初はこぐま会レベルの問題も出てきて入りやすいと思います。

わけることはわかること シリーズ
これも物事を整理して、分類して考え、それを言葉にして伝える為に
とても重要なポイントだと思いました。

くらべて考えよう シリーズ
これは比較ですね。いろんな比較があります。
わけるもくらべるも物事を深く掘り下げて考える基本になります。

その他にも多彩なアプローチでもって、考え説明するという
問題が出てきます。

これを、朝の数分とか、そろばんのお迎え待ちの時間に
どう思う?などと話し合う形でやっています。

ももがひとつの図形が見え方によって「視覚マジック」
いろいろ見えるという問題をやっている時に
これって、言葉とか、他のものにも当てはまるよね!
前にやった一休さんの橋と端とか!」
と急に腑に落ちたように
叫んで目を輝かせました。

※さすがに、図形は一瞬で違いや正解がわかるようですねぇ。
私にはない能力なので、凄い~!って思っちゃいました。


そうそう、このはしわたるべからず のお話あったよね~
と相づちを打ちつつ、

最近ももが愚痴をこぼすお友達の話に持っていく母。。。

世の中ね、こういう視点の違いでけんかになっちゃう事って
あると思うのよね。同じりんごでも、見る位置が違えば
それを言葉にした時に全く違った表現になる。
AちゃんもBちゃんも本当の事を言ってるだけなのに
見え方が違っているまま、正しいのはひとつだけ!と言い張って
勝負をつけようとするから、喧嘩になる
。」

でも、いろんな見え方を知っていれば、私はこう見えるけど
別の人はこう見えてるのかもしれないと想像出来る。
そうすると、そんな事で怒っても…と思えるようになる
。」

ママも自分の見え方に固執しちゃう時がいっぱいあるけど、
一生懸命別の視点を捜すようにしてみる。
そうすると、自分の間違いや相手の視点がわかるから楽になれる


なんか少しだけママの言う事がわかるような気がする
そう言い残して、そろばんへ行きました。

少しだけ…というのが、ももらしいというか正直で笑いました。

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メモ1 動物を使ったセラピー ☆動物感覚を読んで☆

昨日、本が届いて、半分くらい読んだが、
とても面白い!
私の中でいろんなアイデアなり連想が浮かんで
とっちらかっていく。

その中のひとつ。

自閉症の子供は、動物に近いシンプルな感情を持っているので
動物(とりわけ社会性の高い犬や馬)などに社会性をはじめ
いろんな感情の基礎というかきっかけを
育ててもらうのが良いだろうと書かれている。

これは、その子の特性にもよるが(生理的に動物を受け付けない
感覚の過敏さがある子は無理かもなぁ)
比較的動物が好きな子供なら、いいアイデアだと思った。
かくいう、momoも飼い猫に主に感情面を育ててもらっている。

感情の成り立ちがシンプルで、言葉ではなく態度で
それを教えてくれる動物のほうが、同じ事を人間が教えるよりも
すんなりと伝わるのかもしれないなぁと思う。

人間の感情はシンプルではない。
それは環境が社会性を帯びる程、そうなるだろう。

全体を見る力の弱い自閉症の子供が、そんな複雑な中で
言語中心の方法で、それを理解するのは大変だろう。

近い感覚を持っていて、同じようなシンプルな感情を持つ
社会的動物に教わるという事は
余分な情報を排除してシンプルにしてわかりやすく伝えるという
事と近いのかもしれない。

例えば、人間は、子供が泣いたら、言葉で「大丈夫?」と
心配を告げ、慰め、抱きしめたりする。
パパなど、よくももを抱きしめて、余計に泣かせる事があるが
ぎゅっと抱きしめられるのは、ももにとっては拷問でしかない。

自分で抱きつきにいくのはいいが、抱きつかれるのは苦手なのだ。
いろんな面で、猫とよく似ている。

いかに人間は、固定観念に支配され、言葉で頭で物事を考えているか?

しかし、猫のチャムはしずかにももに近づいて寄り添うだけである。

そうすると、ももはチャムに近づき、背中やもふもふのお腹に
顔を埋めたりするが、多少乱暴でもチャムは身体をももに投げだし
静かにそこに佇み寄り添い、ももが落ちつくまで側にいる。

ももは、チャムが自分にあわせてくれているのを何度も感じ
チャムが好きになり、チャムの要求に応えてあげる事で
お互いの結びつきが強まっていくのを目の当たりにしてきた。

そういう意味で、私はいつもチャムに
「ももにやさしくしてくれて、ありがとう。」と感謝を伝え、なでている。

私も経験があるが、本当に参っている時には
言葉で「頑張ってね!」と言われる事も逆にしんどく思えるものだ。
そういう時に、いつもなら外に遊びに行くのに、行かずに
そっと寄り添ってくれたりすると、本当に心が癒されるのだ。

人間のように見返りを求める事もなく、
無償の愛情を静かに注いでくれる動物に私もたくさん助けられてきた。


しかし、じゃあ単純に動物を飼えばいいのか?というと
そうではないだろうと思う。

犬もいろいろ、猫もいろいろ…だ。
犬が皆、社会性が優れているわけでもないし、社会性が比較的
優れていると言われる犬種の同じ腹から産まれた子供も千差万別だ。
また、犬だって学習しないと育たない面もあるだろう。
セラピーに向いているもの、向いていないものがあるはずだ。

チャムはたまたま、頭は悪いけど、母性本能の強い猫で
猫本来の孤独を好む性質とは逆に、常に誰かに寄り添っていたい
仲間を強く求める性格をしていた。
ももが産まれる前に一緒に暮らしていたチャムを連れてきた
トラの性格や、私が時折拾ってきて、里子に出すまで面倒を
見ていた子猫達を、チャムが率先してみていたという経験も
あるのだろう。

実家のミィちゃんのような、子供大嫌い!狩りに出掛けて
戻らないわ、他の猫をいじめるわ…な猫ちゃんもいる。

また、本人の発達の度合いも深く関係すると思う。

テンプルさんが、馬が好きになったのは高校時代だそうだが、
動物も人間も「もの」だという認識の時代に、積極的に
動物による働きかけをしてもダメな場合はあるだろう。

ももは、小学校一年生の前半くらいまでは、確実に
生き物は「もの」だという認識しかなかったと思う。

それが成長と共に、ある日情動のスイッチが入った為に
チャムという感情を持った生き物の存在に気付き、
お互いに求め合い、好きになっていったように思える。

そして、今ではチャムを「お姉ちゃん」と呼ぶまでになり
チャムが死んじゃう事を想像して涙するまでになった。

数年前「死んだら、新しいの買えばいいじゃん」って言ってた
時とは、別人になったかのように思える。

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2010年7月 8日 (木)

momo5歳 ☆☆☆☆☆☆

Momo5sai1

のっぽさんリスペクト!で、自分のほしいものを
ひたすら紙で作ってました。
大きなスケッチブックの画用紙を破ってはテープで貼り合わせて
自分と同じ身長の着せ替え人形とかも作ってました。

ゲームボーイや、DSが欲しくて紙で大量に作ってました。
クラス中の子がももが作った紙のDSやら携帯(折りたためる)
を持ってました。
年少さんにはプリキュアのベルトをつくって~とか
囲まれてねだられていたもも。

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momo5歳 ☆☆☆☆☆

Momo5sai2

バレリーナですね。真ん中で折ってあり、グリィーティングカード
みたいに開くとスカートが広がるしかけになってます。
5歳児なりにアイデアが湧き上がって仕方ない…という感じでしたねぇ。

絵が上手?というよりも、アイデアが面白い!と
感心した親ばかなパパと私でした。

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momo5歳 ☆☆☆☆

これはうさぎとパンダを折り紙でおって、糸でつないでくれと言われ
私がつなぎました。
家の中にのれんのように、こういう折り紙作品がぶら下がっていました。
10歳年上の姉は「はえ取り紙思い出すわ~」と言ってましたが…。

Momo5sai3

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momo5歳 ☆☆☆

Momo5sai

旗になっています。5歳の終わり頃かなぁ。
なかむらくんの模倣。
この時期は作品をこんな風に旗にしてました。
オリジナルの絵ではなく、キャラクターの模倣をしていました。
後でアップしますが、キラりんレボリューションのもあります。

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momo5歳 ☆☆

Momo5sai4

Momo55

のおと?のうと?もこの時期たくさん作ってました。
中は罫線が引いてあります。

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momo5歳 ☆

Momo5sai5

フリーハンドでざくざく切って、あっと言う間に出来上がる!
これも量産してましたね~。

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momo4歳 ☆☆☆☆☆☆

Momo4sai8

足の部分は、保育園で教わってきて、しばらくはその手法でもって
いろいろ作ったものの中のひとつ
フリーハンドでざくさく切って、描いて…
他の動作は遅かったけれども、アイデアが浮かんでいる時は
もの凄いスピードで大量に作りつづけてましたねぇ。

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momo4歳 ☆☆☆☆☆

Momo4sai6

Momo4sai7

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momo4歳 ☆☆☆☆

Momo4sai4
これは、花と虫ですかねぇ。

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momo4歳 ☆☆☆

Momo4sai3

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momo4歳 ☆☆

Momo4sai2jpg

最初電車?と思ったのですが、よく見たら池に魚?イルカ?が
泳いでるようにも見えてきました。(笑)
手前は観客席なのかな?

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momo4歳 ☆

Momo4sai_2

この頃は、日々画風に変化が見られ、女の子も年長さんの描く絵を真似たり
で、女の子だけでもいろんな顔の女の子を描いていました。
文字が書きたいけど、まだ書けないので、絵に文字が登場していません。
文字を書けるようになったのは5歳でした。
早い子は3歳くらいからひらがなや数字を書いていました。
ももは、文字に対するあこがれはあるものの、実際の文字には興味なく
ひたすら象形文字?のようなオリジナル文字を書いていました。
このくまさん?の名札も象形文字になっていますね~。

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momo3歳  ゴン太くん

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できるかなのゴン太くんを描きました。
保育園で描いたものです。保育師さんが、「凄いの描けたよ!」と
興奮して見せてくれたのを覚えています。

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momo3歳 ☆☆☆☆

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momo3歳 ☆☆☆

Momo3sai3

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momo3歳 ☆☆

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momo3歳 ☆

Momo3sai1_2

この時期は睡眠障害?も酷く、一番芸術が爆発してた時期でした。
ももの作風は、自分で描いた絵をはさみで切って折り紙などを合体させ
コラージュみたいにするという斬新な?ものでした。

自分で描いたり作ったりしたものを、パパがベニヤ板でつくったもも専用の
アートコーナー?に自分で張り付けて、壮大な世界を作りあげていました。

その時の写真がどこかにあるはずなので、
また見つかったらアップしたいと思います。

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momo2歳後半~3歳 ☆☆☆

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2010年7月 7日 (水)

momo2歳 ☆☆

Momo2sai3

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momo2歳 ☆

納戸の整理をしていたら、懐かしいももの作品が出てきました。
ももの作品は大量にあるので、ほとんどが実家に保管してあり、
ほんの一部だけですが、記録としてアップします。

年齢別にクリアボックスで保管していたものの中から

Momo2sai1

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2010年7月 6日 (火)

動物に近い人々

ももや義母を見ていて、いつも思う事があります。
多くの人間が、文明と共に進化する過程でなくしてきた感覚を
ももや義母は多く持っているのではないだろうか?と…

ももが4歳の時にはじめたこのブログの過去記事に
そのような想いを書いてもきましたので、今更な事でもあるのですが
先日のテンプルさんの動画をはじめて観て
同じタイプ、もしくは似ている人がそこにいるという事に
大変驚き、それが頭の中から離れずにいます。

正直にテンプルさんのお名前はなんとなく耳にしていましたが
著書は読んだ事もなく、
その中の動物感覚という本が気になって、住んでいる自治体を
含め、その周辺の市の図書館をくまなく探しましたが
テンプルさんの著書を発見出来ず、あきらめてアマゾンで
注文してしまいました。。。

届いて読んだから感想でも書きたいと思います。

大きな本屋も、取り寄せでどこも置いていなかったの

ももは小さい頃、パパが大好きで大好きで
パパと同じ車を見掛けただけで、「パパ~」と泣いて追いかける
かわいい(笑)子でした。

なので、パパが帰ってくる数分前になると「パパ!」と叫んで
帰ってくるのを予知?するかのような事があり、
あんたは、犬か?猫か?」とよく思ったものです。

義母に至っては、共感感覚というものを持っていると思われ
オーラをはじめ、得意分野は地震予知だったりします…。
自分の子供達に「お母さん、お願いだからそれを外で言わないで
とか、気持ち悪い事言わないで!きちがいと思われる」等々
言われてますが、

おそらく普通の人よりも敏感で
動物に近いなんらかの感覚があるだけの話なんだろうと
ずっと私自身は思っていました。

つまり、実際に当ててるし、お義母さんの言っている事は本当
なんだろうけど、お義母さん自身が言うような
霊能力とかそんな怪しげなものではなく、もっと別の動物感覚
なんだろうなぁ…と。

それを霊とか○○神とかが乗り移ってるの…
とか言うから、ややこしくなるし、変に思われるだけで…。

ももが、獣の奏者エリンと、飼い猫の影響で
エリンのような猫専門の獣医師になりたいと言い出したのも
なにかの縁というか、同種のなにかがあるのかな?という
興味が湧き上がってしまったわけです。
(獣の奏者エリンの王獣リランとももを重ね合わせて観ていた母です。
でもって、それをももに話したら「私は獣か!」って突っ込まれましたが…)


そういう私も人間よりも動物と一緒にいるほうが楽な人間なので(笑)
タイトルだけで、もう気になっちゃうわけで…(爆)

そういえば、くるねこ大和さんの自伝?を読んで
小学生の頃は水の中から世界を観ているようなそんな感覚の中にいました。
というような下りがあって、ももが私と一緒だ!うれしい~!と叫んだ事が
ありました。

気になって、斜め読みしたのですが、
なんつーか、くるねこ大和さんも、ももがリスペクトする猫専門病院の
先生もまさに、同じタイプの人間なのかも???って思ってしまうような
話が満載でした。

思うに、世の中的に適応のいい同じタイプの人って結構いるのかも
しれないなぁと考えるきっかけにもなりました。

そうそう、猫専門病院の先生は、「獣医師よりも動物学者のほうが向いていたかも」
って言ってましたね。
さすがに普通の獣医師ではわからない猫の状態がわかる先生だけの事は
あるかもしれません。
言葉と写真だけで、十分その濃さが伝わってくる先生でしたが(爆)。

こうやっていろんなパズルのピースをつなげるように妄想するのも
楽しいものですね。

でもって、私自身は、物事を深く掘り下げて考えるよりも、広く広~く果てしなく
興味が広がっていって収集つかなくなるADHDタイプの脳ミソかもなぁと
思ったのでした。

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ねむの木学園の子供たち

http://www.nemunoki.or.jp/index.html

ねむの木学園は、宮城まりこさんが運営されている養護施設です。
肢体不自由な子、知恵遅れの子、養育困難で育児放棄された子などの
受け入れ先として40数年前に創られました。

ここの子供たちの絵を最初に観たのは、ももが産まれる前で
偶然ここを友人の案内で訪れたパパが気に入って買ってきた
画集、ポストカード、カレンダーででした。

「☆ちゃん(私の名前)、今日凄い絵をたくさん見たんだ。
あまりにもよかったから、画集とかいっぱい買ってきちゃったよ」
と興奮気味に見せられたその画集は、本当に素晴らしいものでした。

まさに天才というか芸術って、こういうものだよね。
そんな風に感じたのでした。

障碍を持つが故に与えられたものがあるんだとそう思いました。

多くの巨匠と呼ばれる人達が、写実から入って、最後に行き着く先として
いかに物事を単純化し、魂や感性というものを凝縮した形に落とし込めるか
苦心してその境地に辿りついたのに、
この子達は、最初からその境地に達しているかのように見えました。

商業的な成功や、社会的名声とは一線を期した本物の世界。
観る者の魂を鷲掴みするかのような豊かな世界。

ここで、その絵が観られます。
画集は、その絵にまり子さんの詩というか素晴らしい言葉が
添えられていて、2重に素晴らしいものになっています。
http://www.nemunoki.or.jp/gallery/index.html


だめな子なんかひとりもいない

実感のこもった宮城まりこさんの言葉。
まり子さんだからこそ、より重みがあると思いました。

なんというか、

素晴らしい世界をみせてくれてありがとう。
描いてくれてありがとう。
存在してくれてありがとう。
ets

そんな気持ちがいっぱいこみあげてきた記憶があります。



☆余談
常に誕生日も忘れられてるし、ましてやプレゼントなど…というパパですが、
こういう私が一番喜ぶような素敵なプレゼントを不意にくれるんですよね~。
本当のところは、自分がほしかっただけ…なんでしょうが(笑)

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