« もものペース | トップページ | テンプルグラディンさん、ありがとう 1 »

2010年6月 8日 (火)

抽象概念

4年生になり、急激な抽象概念への言葉の移行に
苦戦しているももであります。

eduのバックナンバーを人待ちの時間に図書館で見ていて
ああ!そうなんだ!と思った事があったので記録しておきます。

俵 万智さんの連載エッセイの中にこんなお話がのっていました。

以下抜粋

息子の通う幼稚園はキリスト教系で、聖ドミニコの名前を冠している。
園で聖の話を聞いてきたというので、何気なくこう言った。
「幼稚園はね、その聖ドミニコさんから、名前をもらったのよ」
すると息子は、心底驚いた顔をした。
「えっ!?じゃあ、聖ドミニコさんは、何ていう名前になったの?」
「だから、聖ドミニコさんは聖ドミニコさんだってば」
「でも、お名前を、あげちゃったんでしょ?」

もらってしまったからには、あげたほうは無くなる…と考えているらしい。
確かに、チョコレートとかおもちゃとかは、そうだけど。
名前は別に、減るものではない。

子どもってカワイイこと言うなぁと思っていたら、先日、
このことを言語学的に理解する機会に恵まれた。
金田一秀穂先生が講演の中で「人間は、物理的にとらえにくい概念を
メタファー(比喩)で表現する」というお話をされた。
たとえば時間が流れるというのは、水のメタファー(比喩)だ。
息が切れるだって、実際に何かが切れるわけではない。
話が飛ぶのも、そう。みな、メタファーを使っての表現だ。

同じように名前を「もらう」というのも、抽象的な概念を比喩的に
表しているわけで、子どもには、そこがまだ理解しづらいのだろう。

以上終わり

漢字の組み合わせにしても、この比喩という抽象概念の根本を
呑み込めていないと、4年生以降の漢字は難しいなぁと思う。
逆にこれが呑み込めれば、推測で習っていない漢字も読めるし
この法則に当てはめて漢字を効率よく覚えていける。

が、ももやお仲間ちゃん達は、ここの理解が難しかったりする。

逆を言えば物理的な理解はよく出来るという事なのかもしれない。

過去に抽象的な物語のももの解釈で頭を抱えた事があった。
その時にネットの翻訳ツールじゃないけど、まさに直訳すぎて
まるでコンピュータみたいだなぁと思った事があった。

コンピュータは上手く使えば、正確だし、処理速度も速い。
けれども、コンピュータでは表現出来ないし、計算出来ないゆらぎと
いうものがあって、建築でもデザインでも情報処理でも
コンピュータをツールとして使っていて、そのゆらぎの微調整を
しつつ人間の脳との違いを感じる。

ひと昔前、デパートでお客様の声を聞かせてくださいの箱に
向かって あーっ!と叫んだエピソードを自閉的と言われ、
だから療育が必要と言われたけれども、
日本語のこういった抽象概念の理解って、果たして昔読んだ
本に書いてあったように3歳とか5歳で完成してないんじゃないの!?
とも思ったりした。
と、同時にあの時ももは小学校低学年だったけど、そのエピソードを
素直にカワイイと楽しめなかった自分がくやしいなぁと思ったりもした。

|

« もものペース | トップページ | テンプルグラディンさん、ありがとう 1 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« もものペース | トップページ | テンプルグラディンさん、ありがとう 1 »