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2010年6月27日 (日)

今日は家でまったり

M・ジャクソンさん 思い出の地で追悼ダンス 佐世保http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1277609517

昨日、ももを集合場所の駅まで迎えに行ったら
マイケル風味な人がざっと100人くらい?集まっていて
スリラーやビートイットなどをみんなで踊っていた。

若い人から年配のおじさんまで、幅広い年齢層が集まって
踊っている姿は圧巻!だった。

上記のニュースを見て、マイケルジャクソンの命日だったと知る。

全国各地で、追悼ダンスが行われていたのかな?

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

今、週末しか出来ない勉強をやっている。
ちょうどバーゲンなので、人混みや並ぶのが大嫌いな我が家は
ショッピングセンターへも行かず。

連絡帳にテストの範囲が書いてある。
教科書p○~p○と。
でも、ももいわく、「先生が教科書集めて管理してるから」で
手許にない!
どうやってテスト勉強するんやねん!(笑)
しかも、テスト予告をしつつ、変更なども多く
それって、この前やったんじゃないの?っていうパターンなど
私のほうが、プチ混乱しちゃう…。

ま、仕方ないか!と流しつつも続くと妙なストレスが…。

学年、しょっぱなに
明日の持ち物:べんとう箱
って書いてきて、空のべんとう箱を持たせたら
道具箱と間違えて担任が書いたらしい事がわかり…
子供達、大爆笑!だった事もあった。
ももいわく、「うちらのクラスだけ弁当箱持ってきてあほみたい!
どんだけ、お腹すいてたんや~って思ったわ!ありえーん!」
で、「面白い先生ね~!」で笑ってたんだけど。

まあ、対策を考えましょうかね。

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2010年6月26日 (土)

ひとりで電車

今日はももの遊びの教室の日。
なのに…、出掛ける時間に目覚めてしまった!
遅刻!@*☆Σ(゚д゚;)

で、5分で用意し、おきぬけのまま
駅までダッシュし、来た電車にももだけを乗せ
ひとりで行かせてしまった…。

ももは元気に集合場所に着いたようだ…。
ほっ…。

もし私立に行くのであれば、電車通学は必至なので
今から慣れてもうのに、いい機会なのかもしれない…。
滅多にダイヤも乱れない路線なので混乱する
こともないだろうし、切手を落とした、手荷物をなくした等の
イレギュラーな事にも自分で対処出来るように
そうならない工夫を自分で思考出来るように、
かわいい子には、どんどん旅をしてもらおうかな…。

近所の美容室へも一年生の時から自分で行き
要望を自分で伝え…して、母は予約するだけなんだけど、
「低学年でひとりで来るお子さんはももちゃんだけです」と
言われ、ひとりで自分で決めた習い事に行くのも
「ひとりで行かせてるの~!」と驚かれちゃうので
これも非難されるのかなぁ…。

でも、自分は一年生の時から、バスや電車で
絵画教室へ行ってたけどなぁ。。。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

話は変わって、最近、眠れないし、体調がすぐれない。
実は年明けに、血糖値を測ったら、ほぼ糖尿病の数値!?だったので
食事療法、ダイエットをしている。
こんにゃく米も玄米も、ダイエットお菓子も、おいしくなーいっ!
普通の検診では出ない隠れ遺伝性のものらしい。。。
それと、年のせいか更年期?みたいな自覚症状もある。

お布団に入って一分で熟睡出来るのが自慢だったのに
眠れなくなって、パパがうれしそうに「ぼくの苦しみがやっとわかるように
なったね!」って言うけど、うれしくない…。

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2010年6月23日 (水)

テンプルさん ありがとう 2

先日のテンプルグラディンさんの講演は素直に
我々親子にとってはほっとした気持ちになれて、楽しいものでした。

圧倒的に自己を肯定できる気分にさせてもらえる事が少ない我々親子には
今を楽しんで生きる為にも、必要なメッセージだったと思います。
実際は同じ障碍名であっても100人100通りでひとりとして同じ人間は
存在しないし、違うさまざまな現実が壁として存在していると思いますが
あえていいところに注目出来たほうが楽しく生きれて得なんじゃないかとも
思いました。

ももはIQも高くないし天才予備軍でもありませんが
それでも違いや得意を生かすことで、少しだけ生きやすくなる事は
これまでもありましたし、得意な部分を伸ばす事で、不得意な部分を頑張る気持を
育てたり必要以上に苦しまずに不得意な部分の習得が出来るのかもしれない
という点において、共感します。

特に、日常的に嫌でも違い=マイナス面を突きつけられる事が多いので
こういう前向きなお話は心のコリをほぐしてくれて、
気持を明るくしてくれるので、ありがたかったです。

また、犯罪者予備軍としてのよくないイメージ報道が多い中、
違いを世の中に受け入れてもらえやすくする為のきっかけとしても
プラスだと思いました。

ただ、これが極端な方向へ走ってしまったりすると、別の困り事が
出てきてしまうだろうと思いますし、昨今の幼児教育ブームみたいに
ギフテッド教育が脚光を浴びすぎて、皆がひとつの方向へわーっと
走っていってしまうのも子供が犠牲になるので、やめて欲しいなぁとは
思いますし、ギフテッド=◎、その他大勢の自閉者=×みたいな
認識が広まってしまうのも困るだろうなぁとは思いました。


ゲド戦記を観て以来、いかに今を生きる事に気持を向けられるか?
今を楽しめるように自分の意識を変えるか?という事をずっと考えていたので
余計にいい所取りの解釈で楽しめたのかもしれません。


診断後、いかに普通に近づけるべく頑張るか?といった
視点でのアドバイスが多く、親子共に辛かったように思います。
小さい頃得意だったパズルも診断がつくまでは
パパなど素直に手放しで、ももの他の子との違いを
楽しめていたのが、診断とともに、
「それは自閉症児に多くみられる特性のひとつです」と
言われ、子育てを楽しんでいちゃいけない?ような追い詰められた
気分になっていたのを思い出したりもしました。

夜眠らずに、折り紙を折り、他の子が○や△を描いている時に
しかっかりした絵を描いていた事も、
「それは脳の破損によるただの発達の偏り」と言われ
何もかもを否定され、いちから別のももを作り直す事が
ももが生きていく為に一番必要なことであり
それをしてやるのが親の役目だと言われた事もありました。

先を見越して、マイナス面を教えてくれるのはありがたい事でも
あるのですが、一番大事な自尊心を育て守る事を忘れて
そこにフォーカスしてしまうのは、逆にどちらも潰す事になりかねず
親も子供も、一番に必要なのは自分や自分の子供を肯定できて
今を楽しめる事なのかもしれないと思ったりしました。

テンプルさんの講演内容はひとつの例として、どうせなら希望を持って楽しみながら
生きましょうという明るい気分にさせてくれるものでした。

そもそも、ギフテッド=アスペルガーという括りで論じる事には無理があるかもしれない
とも思いますし、私自身はバイアスのかかった教育というものに興味はありません。
純粋にアスペルガー者のひとつのパターン、一例として、プラスに利用させてもらおう
とそんな風に思いました。

ただ、くどいようですが、経済学的に見て、違いはプラスになる確立は高いです。
それとその人の幸せは必ずしも=にはなりませんが…。

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2010年6月16日 (水)

忘れ物(反則技)

ももが登校した朝、突然電話が鳴った。
受話器を取ると、ももの声で
ママ~、ゴーグル忘れたから持ってきて~」と…。
今、どこからかけてるの???」
職員室
ガチャリ…。

うーーーーん。と唸ってしまった。

忘れ物をして怒られたり、
忘れ物何回で用事を言い渡されたりする子もいる中、
職員室から家に電話して持ってこいって
そ、そんな反則技が通用していいのか!???

先生方も朝の準備等で忙しく
話半分で電話をかしてくれたのかもしれないが
これは、ダメでしょう。
持っていくのやめようかと散々考えて
今日は無駄にパニック起こされても困るから
持っていくとして、厳重注意しようと
思いながら学校へ届けた。

パパにこの事を話したら、
人と同じ事をしてちゃいかん!
ももは大ものになるぞ!大器晩成型だ
」と
おちゃらけて返事され、
大器かもしれないけど、器の底に
穴が空いてるからなぁ。。。


はずかしながら4年生になってから
完全に時間割をももに任せるようになった。
それまでは、時間割の途中でももが
寝てしまったりで、半分くらい私がやっていた。

ももいわく、声に出して「こくごよーし!」
見直し確認を真面目にやっているが
何故か?何故か?何度見直ししても
毎日何か入れ忘れている。

見て見ぬふりしようと思っても、教室で
ないー!」とパニックになっているももの姿が
思い浮かんで、つい、あれはちゃんと入れた?
これは忘れてない?
と、口うるさくチェックを入れ
その様子にパパがいらつくという日常になっていた。

なので、覚悟を決めて、見ないふりをしたら…これだ…。

いちいち口であれこれ言うのは、もの凄く疲れるというか
参るし、やっちゃうと出来ないままだし、
見ないと学校から電話をかけてくる…。

パパがテレビをつける前の早い時間。
(ももはテレビを無視出来ないので…)
注意事項と作業の順番を自分で書いて時間割ボックスに貼りつけ
それを読み上げつつ、確認する。。。。
にしてみたが、果たしてどうなる事やら。

本人、非常に前向きで超真面目に努力しているんだけどねぇ。

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話し合い

このところ、いろんな失敗が続いて
つい声を荒げてしまうことがありました。

ものには限度というものがある…と。

高学年になったという事もあり、今までは大目に見れていた事も
少し厳しい視点で見るようになったこともあります。

ももに普通を押しつけるつもりも、否定するつもりもないのですが
結果的には押しつけて否定しちゃっているのかもしれません。

私の地雷は「人様に迷惑をかけたのを申し訳なかった」と
反省出来ないというもので、

4月のコートに落書き事件も、
ももの話を丁寧に聞いてくれた忙しい先生の負担や
クラス全体に原因究明の為の負担をかけた事などを
「私はやられただけで、少しも悪くない!」と言い、
自分の管理のずさんさから何度も同様な事件を引き起こし
その度にいろんな人に迷惑をかけているという事や
聞く耳を持たないその態度に、つい声を荒げてしまいました。

先週末も、いつもトラブルが絶えない★ちゃんと一緒に遊びに行って帰らず、
パパから「ももが怪我したらしいけど、携帯にかけて本人に聞いても話が通じなくて
心配だからすぐに帰ってこい
」と電話があり
買い物をあきらめてダッシュで戻り、ももの携帯に電話し事情を聞こうとするも
上手く説明出来ない事に癇癪を起こしてぶち切る有様。。。
そんなこんなで「なんだか大変!?かもしれないけど
何が大変なのかさっぱりわからないから余計不安!」状態に…。

会話になっていない会話を整理すると、
●遊具から落ちて怪我をしたらしい→お友達の家で手当してもらった
お友達が心配して我が家に電話→パパがももに電話するも
話がわけわかめでブチ切られる
●遊具から落ちた時に頭を打ったらしい
●手当をしてもらったお友達の家でおもらしをして、パンツを借りた。
●現在は近くの公園にいるらしい

携帯で「家に戻ってきなさい」と言っても、泣きわめくだけなので
ももと★ちゃんを見つけ、そのまま車にのせてとりあえず先方の家へ菓子折と
パンツの代替えを持って謝りに行き、そのまま連れ帰る。

その時点で大パニック!

まずは、落ちつかせて話をひとつひとつ引き出す。

頭を打ったけど、大した事はない。
頭を打ったのと、おもらしは関連がない。
なので病院には行かなくても大丈夫だ。

ほっとするパパと私。

ももいわく、
「私は、いつもそんなつもりはないのに、気がついたら大変な事に
なっちゃってる事が多い。私は、もうダメだ。ダメな子なんだ。」
と泣く。

ももちゃんは、急に説明とか答えを言うのが苦手なんだよね。
で、早くしなきゃ、上手く話さなきゃと思うと余計に混乱するんだよね?


うなづくもも…。

でもさ、いつもいつもお友達の家や学校から電話がかかってきて
怪我したとか、泣いてるとか聞かされたらパパもママもどうしよー!
って凄く心配になっちゃうのよ。

でね、心配しているのに、説明が苦手だから話さないとか
癇癪起こしてどうでもいいじゃんとか言われると、余計心配が大きく
なっちゃって、怒れちゃうのよね。

ももちゃんは、いつも自分はこんなにパニックになっているから仕方ないとか
わざとじゃないとか言って、怒る相手を一方的に非難するよね?

でもね、同じなのよ。怒っている人も、ももちゃんの言動に追い詰められて
どうしていいかわからなくなってパニックになってるのよ。


ももちゃんが説明が苦手なのを怒るつもりはない。それにみんなだって
失敗はする。ももちゃんは、失敗しちゃった後の言動が間違っているから
大ごとになっちゃうし、損をするだけなの。


どこが間違っているかを、責められると悲しくなりすぎて聞かない!に
しちゃうと、何度も何度も同じ悲しい思いをするから言ってるの。

それに、ももちゃんは自分で苦手を克服する努力もせずに周りのせいに
ばかりしているから余計にママは怒れちゃうのよ。

ももちゃんがどうでもいい子だったら、怒りもしない。
パパもももが嫌いだから怒っているのではなく、心配だからそうなるの

そう話しました。

★ちゃんは、ももの数倍、他動な女の子で、
いつも、ももは★ちゃんに振り回されて、トイレに行きたいと言う隙さえ
与えてもらえないようで、それはももが言うよりも先に
お家の方が、多分そうに違いない。ももちゃんを振り回してしまって
申し訳ないとお話ししてくださいました。

パパも怪我したと電話をもらった事や、4年生になっておもらししちゃった事などが
ショックで、それがももとのやり取りで余計膨らんじゃっただけなんですけど、
こんな風にボタンの掛け違えのように小さな物事がたちまち大事に発展して
しまいがちなんですよね。いつも…。

私は、パパの気持ちも ももの気持ちも両方わかるし、
感情的に叱ってもしょうがない事くらい私よりも理解しているパパなんだけど、
人間そんなに頭で考える通りにいかないし、時に大人が理不尽に
怒る事も仕方ない時があると考えています。

誰だって頭ごなしに叱られたり、感情的に怒られるのは嫌に決まっています。
ただ、そこまで人を追い詰めてしまった原因を自分で作っている事を
前向きに認識し、自分はどうしたいか?失敗を成功に変える為には
どうしたらいいか?意識を変えるという事を常に話し合う日々です。

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2010年6月15日 (火)

言葉で的確に表現する力

指導要領の改訂により今年度からは「生きる力を伸ばす」という事で
教科全般において言語力の育成を重視するようになったと読んだ記憶が
あります。

そんなわけで、算数でさえ数式を言葉で説明する回答欄があったり
グラフのところでも言葉で的確に説明する覧がたくさん出てきています。

現在そこに、思いっきり躓いているももであります。

ももが書いた答えを見ると、理解しているだろう事はすぐにわかります。
でも、説明として成り立っていない。。。

口答で答えさせると、一応いろんな視点にも気付いていて理解
出来ているなぁとわかるのだが、
いざ書かせてみると、混乱するらしく…
ああ!こんがらがってわからん!となりひと言で済ませようと
する為に、頓珍漢な答えになってしまう。

わずか数行の日記に「何日、何時間かけるんじゃい!」となっている
ももには、すぐに出来るようになるわけがないので、
企画書を書く方法を覚えるみたいな感じで、こつを細分化して
学習しているところであります。。。


高度経済成長とその前後の時代は、
自分の頭で深く思考する学習はかえって弊害になるため
平均的で基本的な知識をつけるような指導が重視されたのが
時代の変化に伴って、自分の頭で深く思考するタイプの人材が
求められるようになったという事なんでしょう。

今や、工場のラインは工賃の安い海外からの労働者と派遣社員で
しめられる時代になり、ロボット化や工場の海外移転も進み
均一で思考しない人材は必要がなくなったのでしょう。

冷戦時代と違って、世界がグローバル化された今
この傾向はさらに進むのだろうと思われます。

また、生きる力を育てるという文科省のキャッチフレーズが
政府に頼らず自力でサバイバルしていってね~!と
言っているようにも聞こえたり…。


就労関係なく、今の時代
言葉で説明が上手く出来ないという事は
日常生活にも影響が大きいですし、就労云々の前に、
誤解され社会から排除されてしまう可能性も高いわけで
ありのままじゃ生き残ってゆけないという危機感を抱く
母なのであります。

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授業参観

今回の授業参観は道徳の授業でした。

ちゃんと座って、教科書を開いて担任の話に耳を傾けている。
凄いじゃん!ちゃんと授業受けれてるじゃん!と感動する自分に
笑ってしまいました。

今回はじめて知りましたが、同じクラスにおそらく自閉症であろう
女の子がいました。
チャイムが鳴って皆着席しているのに、教室に戻っていなくて担任が
捜しに行っていました。

担任は「いつもと違う時間だから、わからなかったよね。
大丈夫?」と彼女の立場が悪くならないようにさりげなく
その子をフォローしていて、ほっとしました。

もも も同じような経験がありますが、皆さんの前で
大げさに早く!とかどこに行っていたの!?と聞かれたりすると
他のクラスメイトへの影響プラス保護者の方の目が一気に…で
親は頭が真っ白になりますからね…。
ちょっとした担任の配慮は、他のお子さんであっても
ほっとします。。。

ももは積極的に手を挙げ、たくさん発言していましたが…。
最初の当たり障りのない時に当てて貰わず、深い内容になってから
当てられすぎ…なくらい当ててもらってました。。。(;;;´Д`)
お隣の男の子と競ってどちらが面白くて笑える答えを言えるか
手を挙げて発言していて…、
最前列の2人だけ異様に盛り上がっていて、他の子達はどん引きで
思わず教室の前に移動して目ビーム(睨むとも言う…)を送ってしまいました。

担任も途中で無視してくれればいいものの、
2人を交互に当て続け、調子に乗って2人はエスカレートし…。

まあ、子供らしいといえば、それまでですが
あいかわらず、母をドキドキさせてくれました。

それとは別に、一年生の時に一緒に教室離脱していたメンバーは、
あいかわらず教科書も開いていなかったし、
同じ学年にいる9人の自閉ちゃんの中では一番自閉症が重そうに
見えた女の子は、ずっと視線が宙をさまよっていて
ずっとゆらゆらロッキングしつつ指吸いしていました。

その彼女が担任の問いかけに反応して挙手した時があったのですが
担任は最後まで彼女を当てる事はありませんでした。

親御さんとの話し合いがあったのか、はたまた担任の考えなのか
わかりませんが、
例え彼女が当てられて答えられないのであっても
挙手しているのに当てられない光景というのはなんだか
心に引っかかるものがありました。
ただ、最初のフォローが出来る担任なので、彼女を
思いやっての事だとういうのは想像出来ましたが…。

参観の後は恒例のお弁当ですが、
今年は例のお友達と一緒に食べれてほっとしました。

お友達のママいわく、ゆっくりペースなのと空想好きが度を
超しているのでなかなか親しいお友達が出来なかったのだけれども
今回momoちゃんと仲良くなれてよかったです
と言ってくださり、こちらもほっとしました。

ゆっくりペース、空想好きはお互い様なので、
お互い無理せずつきあえる相手が出来て本当によかった。

2人でペットボトルで釣り道具をどう作れるか?真剣に
話していたりで、去年までのお友達だったら
「馬鹿じゃないの!つり道具買えばいいじゃん!」って一括されていた
ような話を真剣に語れるのって幸せだよね☆と思ったのでした。
空想したり、実際に考えた事を実験したり…という体験は
机上の理論よりも大事に思えるので、
塾通いよりもボーイスカウトなんかで体験をたくさんするほうに
力を入れてらっしゃるママさんとそのお子さんは
希有で大切な存在だと実感しました。

周囲は、かなり受験の話や進学塾の話で盛り上がっているらしく
そんな中で、逆の方針を貫くのは勇気がいるよねというお話もしました。

お受験まっしぐらの子供達も、本質は変わらないのだと思います。
実際一年生の時は、いろんな石を集めて割ってどうなるか?とか
どの石は粉になりやすいとか、そんな原始的な遊びをももが考えて
みんなで嬉々としてやっていたのですが、
「危ないとか、野蛮な遊びは禁止!」と言われ、やれなくなっているだけ
なんだと思います。

石を割る遊びを禁止するのではなく、どうすれば危なくないかを
教えればいいだけな気がするのですがね。

ももには 人に迷惑をかけないのと危険を回避すに注意して
思う存分空想して、体験しなさい!と思う母なのであります。

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2010年6月13日 (日)

絵で考える人

ももは第一言語が絵です。
絵で考える人なので、レゴで何かをつくる時も最初に完成図が頭に
浮かんでその通りに手を動かすだけなので、もの凄いスピードで
作り上げます。

その様子を見ながら、これを将来上手くいかせれるように
どこを伸ばせばいいか?とよく考えたものでした。

比較的簡単なものをつくる場合は、通用しますが
複雑かついろんな知識が必要なものは、全体像を作れるまでに
根気や集中力やすぐに立ち直れるタフさなんかも必要になってくる
だろうと思います。

そして粘り強く研究なり勉強して
上手く脳内にシステムを構築出来るところまでくれば
頭の中に浮かんだ事を実現化し成功する事で得られる至福の
喜び…といった境地まで達する事が出来るだろう思うのです。

脳の特性も半分くらいあると思いますが
あと半分はその境地に達するくらいに過集中気味に途中で
投げ出さずに続けられる事だと思います。

私は以前、母が私に内緒で私の貯金を株式投資にぶち込んで
10分の1にした時に、それを取り戻すべく一年間ほどんど寝ずに
夜中勉強しつづけた事があって、
そうして勉強していたらある日突然、見ているチャートが
こんな風にこの先動くというのが映像で見えるようになりました。

計算ではこうなるけど、でも実際はこうなるはず…というのが
強い確信を伴って映像で見えるようになったのです。

今は損を取り戻し、利益もあげてその世界から遠ざかっていますが
たぶん誰でも同じように勉強し、毎日いろんなデータを調べて分析して…と
やっていたら見えるようになるのかもしれないと思いました。

私はひとつの事に全力投球をしたらあれもこれもと上手く
エネルギー配分が出来なくなるので、足を洗いました。
あんな風にデータ分析し、投資の歴史や経済額の基本など多くの事を
もう一度勉強するのは今はもう出来ないと思いますが…。

いろんな点と点のデータが蓄積されて繋がった瞬間は
たぶん一気にパズルが出来上がって全貌が映像として見えるような
感じになるのでしょう。

それが出来るようになるまでには、知識を蓄える事と
机上の勉強ではなく実践で経験を積む事が重要でそうやって続けている
間にネットワークがどんどん出来上がっていくのだと思います。

普通の人はもしかしたら、出来上がっていく段階で見えてくるのかも
しれませんが、自閉者は途中では何も見えない状態がずっと続き
ある日突然、一気に見えるようになるのではないかと…そのように
想像します。

それはテンプルさんがお話していたように細部に注目するという脳の
特性に起因しているのかもしれません。
普通は大雑把に全体の情報を選択し蓄積するので、段階的に成長している
ように見える。しかし細部の情報を蓄積していけば当然全体が繋がって
概念理解に至るまでに時間がかかるでしょう。
ただ、情報が蓄積されて繋がった時の理解はとても深いのかもしれません。

ももには大小含めて多くの回路が繋がってわかった!という
喜びをたくさん体験してほしいと思っています。

一度、何も見えないただ努力するだけの時期を乗り越えて
一気に視界が広がるような、わかった!を経験出来ると、
次からは自分でこつこつとやるようになるんだと見ていて思います。

それプラス、日本社会で生きていくには才能を伸ばすだけでは
その才能を生かす事も出来ないという事について書き直しています。

ここで言う才能は、多数派との違いという意味合いで使っています。

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テンプルグラディンさん、ありがとう 1

久しぶりに深い部分で面白い!と思える講演の動画を見て
興奮すると共に、少しほっとした気分になれました。

紹介してくださったしーたさんに感謝!です。

テンプル・グランディンさんの講演(動画)♪

http://ameblo.jp/yoko-yam/entry-10561285057.html


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ももを育てていて、日々違いを否定される事がこれでもかと続くと
自尊心を保つのに苦心する事がよくあります。

住んでいる地域性とか時代の変化もあいまって生きづらさが
加速しているような気さえする事もあります。

例えば、引っ越す前の田舎では、子供達は皆、公園に集まって
裸足で木に登ったり、遊具に登ったりしていました。
そんな環境で育ったももが、引っ越してきて公園で木登りしていたら
それを見たママ達が「キャー!野蛮!猿みたいよ」と騒いでいるのを
見て愕然とした記憶があります。
真冬でもタイツを脱いで素足で木に登ってるももは、
「あんな野蛮な子と遊んじゃダメよ!」なんて言われていたかもしれません…。
学校でも今は木登り禁止だそうで、仕方なくお金を払ってツリークライミング
に参加という形で木登りしたりしていました。

違いを受け入れるそもそもの社会の器が小さくなっていると感じます。

お仲間ちゃん達の合い言葉は「なんとか義務教育で潰されずにやり過ごそう」です。
今の管理され平均化された大人しい子供の中で、もも達が自己評価を下げずに
いるというのもなかなか大変だと感じます。

これも後で振り返れば必要な経験だったと思える日が来るのかもしれません。

ただ、渦中にいると、心が折れそうになることもあるわけで
自分で自分を言い聞かせられない気分の時にテンプルさんの言葉を
思い出して頑張ろうと思いました。


追記
余談ですが、テンプルさんとビルゲイツは友人なのですかね?
新エネルギー云々の話をしているのが気に掛かるというか、ちょっと
引っかかりました。
ビルゲイツは原発推進していますよね。その裏側は…という事が
頭に浮かんでしまいました。。。
ビルゲイツには昨今特に政治的な匂いが色濃くなってきていますから。
純粋な学者が騙されませんように…。

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2010年6月 8日 (火)

抽象概念

4年生になり、急激な抽象概念への言葉の移行に
苦戦しているももであります。

eduのバックナンバーを人待ちの時間に図書館で見ていて
ああ!そうなんだ!と思った事があったので記録しておきます。

俵 万智さんの連載エッセイの中にこんなお話がのっていました。

以下抜粋

息子の通う幼稚園はキリスト教系で、聖ドミニコの名前を冠している。
園で聖の話を聞いてきたというので、何気なくこう言った。
「幼稚園はね、その聖ドミニコさんから、名前をもらったのよ」
すると息子は、心底驚いた顔をした。
「えっ!?じゃあ、聖ドミニコさんは、何ていう名前になったの?」
「だから、聖ドミニコさんは聖ドミニコさんだってば」
「でも、お名前を、あげちゃったんでしょ?」

もらってしまったからには、あげたほうは無くなる…と考えているらしい。
確かに、チョコレートとかおもちゃとかは、そうだけど。
名前は別に、減るものではない。

子どもってカワイイこと言うなぁと思っていたら、先日、
このことを言語学的に理解する機会に恵まれた。
金田一秀穂先生が講演の中で「人間は、物理的にとらえにくい概念を
メタファー(比喩)で表現する」というお話をされた。
たとえば時間が流れるというのは、水のメタファー(比喩)だ。
息が切れるだって、実際に何かが切れるわけではない。
話が飛ぶのも、そう。みな、メタファーを使っての表現だ。

同じように名前を「もらう」というのも、抽象的な概念を比喩的に
表しているわけで、子どもには、そこがまだ理解しづらいのだろう。

以上終わり

漢字の組み合わせにしても、この比喩という抽象概念の根本を
呑み込めていないと、4年生以降の漢字は難しいなぁと思う。
逆にこれが呑み込めれば、推測で習っていない漢字も読めるし
この法則に当てはめて漢字を効率よく覚えていける。

が、ももやお仲間ちゃん達は、ここの理解が難しかったりする。

逆を言えば物理的な理解はよく出来るという事なのかもしれない。

過去に抽象的な物語のももの解釈で頭を抱えた事があった。
その時にネットの翻訳ツールじゃないけど、まさに直訳すぎて
まるでコンピュータみたいだなぁと思った事があった。

コンピュータは上手く使えば、正確だし、処理速度も速い。
けれども、コンピュータでは表現出来ないし、計算出来ないゆらぎと
いうものがあって、建築でもデザインでも情報処理でも
コンピュータをツールとして使っていて、そのゆらぎの微調整を
しつつ人間の脳との違いを感じる。

ひと昔前、デパートでお客様の声を聞かせてくださいの箱に
向かって あーっ!と叫んだエピソードを自閉的と言われ、
だから療育が必要と言われたけれども、
日本語のこういった抽象概念の理解って、果たして昔読んだ
本に書いてあったように3歳とか5歳で完成してないんじゃないの!?
とも思ったりした。
と、同時にあの時ももは小学校低学年だったけど、そのエピソードを
素直にカワイイと楽しめなかった自分がくやしいなぁと思ったりもした。

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もものペース

もも、ここ一週間程 毎日時間割をするも入れ忘れが続いています。
パパは、「放っておけばいい」と言いますが、教室で「ない!」となって
パニックってるももの姿が頭に浮かぶ私は放置出来ず…。

どうしたら忘れ物をしないか、話し合って
宿題をしたすぐ後、飯を食べる前に用意をする
(夕食後は眠気等で頭がぼーっとするはず)
見直しをする

としたものの、点検すると必ず毎日ひとつふたつ
入れ忘れているのです。

ももが、真剣な顔で、見直し確認していたのを何度か見て
こりゃダメだ bearing と思いました。

早くするも、なかなか思うように早く出来ない事も多いです。
ただ時間がない場合は、やむを得なく急かす場合も日常的にあります。

しかし、ももなりに工夫も努力もしていて、なおかつ
「早くしてっ!」と叱られている場合は、親のほうが堪えるというか
なんともいえない気持ちにもなります。

先日も、早くする為に20分も前から玄関先で待っているのに
「遅い!早くして!」と、毎回そろばんの先生に怒鳴られているももを
見て、「そろばんやめるか…」と思ってしまった私です。。。

ももが通っているそろばん教室は送迎をしてくださるのですが
ももは一番最後に拾ってもらう順番らしく、家に来る予定の時刻に
外で待っていてもなかなか来ないという事が何度かあり
雨が降っていたり、寒い日は外で20分待っていて風邪をひきかけた
事もあり、玄関先に待機させています。

玄関を開けて、階段を下り、車に乗る。
確かにのろいですが、一生懸命小走りしているのです。

週3日以上通うのが決まりで、歩いていける距離の教室は
いつくるかわからない車を待つのが苦痛なももは
少し距離はありますが歩いて通っていて、先生に迎えに
来て貰うのは一日だけなんですけどねぇ。

まあ、そうやって他人様に言われるのも本人の肥やしになると
思って、見て見ぬふりしつつ、
先生が「早く!」と言う前に「急いでるんですが、遅くてごめんなさい」と
嫌みっぽく先制攻撃をしつつ送り出す母なのでありました。

ももいわく、後から入って来たクラスメイトが自分の級を追い越していく
そうですが、もものペースで楽しんでやればいいよと言っています。

今のうちは、まだ楽しく通えていますが、
こりゃ合わないわと思えば、やめればいいだけですからね。

あんまりマイペースすぎても孤立するし、
かといって、結果を急ぎすぎる目先だけの風習に流されると
親子揃って苦しくなるので、片目づぶってと思っています。

世間のペースと、もものペースの兼ね合いに悩みつつ、
ももは、もものペースでしか成長出来ないからなぁと
結果を急がずかといって迷惑もかけないようにと考えつつ
見守る事しか出来ない母であります。

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2010年6月 3日 (木)

途中で止まれません…

今年は、暑くなったと思ったらまた寒くなり…の繰り返しで
なかなかこたつを撤去出来ずにいました。
さすがに5月にはふとんは撤去しましたが、
パパとももに懇願され、本体は片付けられず。

やっと、先日こたつもラグも撤去し、
ワックス掛けをして、ソファと置き畳の夏バージョンへ
模様替え出来ました。

夏は裸族(素足でスリッパ・くつ下履かない族のこと)
が多い我が家では、一日置きくらいに水拭き→ワックス
をかけているのですが、これが結構な苦行で、今年は
楽をしたいが為に、こんなのを衝動買いしてしまいました。

スピンモップ スピン&ゴー

http://item.rakuten.co.jp/kenkoex/spinmop_spingo/#spinmop_spingo


私は、腕の力は強いのですが、手の力が極端に弱く、
瓶の蓋など、蓋明け用具がないと開けられません。
当然、雑巾を堅く絞るのも苦手です…。
そんなわけで、これで脱水かけちゃったくらいに
堅くモップが絞れているイメージで買いましたが、
使い方が悪いのか?ぜーんぜん絞れない…。

取説に書いてある通りに真っ直ぐにモップを設置し
勢いよくペダルを踏むも、手で絞ぼらないととても拭けない
くらいにしか仕上がらず、結局手で絞って掃除しました。

モップ自体は、回転しながら拭けるし、高いところも楽々拭けて
○スキンよりも快適だったりして気に入ったのですが、
肝心の絞る機能が…で、久々に失敗しました。

ももは、回る系のものが大好き☆です。洗濯機も回るのを
うれしそうに眺めていますし、野菜の水切り機をお風呂に持ち込んで
脱水ごっこをするほど…です。
なので、もも専用のお掃除用具か、おもちゃ?になりそうです…。

床の水拭きとワックス掛けのつもりが、試しに壁の高いところを
拭いてみたらこれが良いあんばいに拭ける…。
結局、家中の壁を水拭きしてしまい、ワックス掛けが終了する頃には
汗だくのヘトヘト状態でで夕飯作る力もないくらいに疲れ果ててしまいました。
やりはじめちゃうと、終われない…。ももと同じですね、私。
一日中モップを回してしまいました…。凄い筋肉痛。
暇なわけじゃなく、締め切りに終われた仕事だってあるのにねぇ。
「自分は馬鹿か!」と途中自己突っ込み入れつつも、
最後までやり切ってしまいました。

途中で、変なモードに突入しちゃってるなぁとか
日にちを区切ってやればいいのに…とか、冷静になる瞬間があるのですが
これが、倒れる寸前もしくは、本当に倒れるまでやっちゃうのがももなだけで、
基本は同じだわ~と思ってしまいました。

全てがこんな感じだとたぶん、燃え尽きて何も出来なくなるだろうなぁ。
と自分のあほさ加減にうんざりしつつ、スイッチ切れるように心がけようと
思いました。

自分でペース配分をしなきゃ自滅しちゃうんだけど、感覚がある私でさえ
やめられないとまらなくなるのに
疲労感とか、自分の身体の調子や気持ちが、ギリギリまでわからないももに
それに気付いてほどほどにしろなんて凄く難しいだろうなぁ…とか
じみじみ考えてしまいました。

ももの場合、周囲に自分の認知について理解してもらって
「ももちゃん、やばいよ!ほどほどにね!」ってストップかけてくれる
支援者をゲットする方法が一番現実的なのかもしれないと考えたりしました。

燃え尽きたその日は、ももが夕飯つくってくれました。
「ママ、手伝うよ~!大丈夫?」と言ってくれたので、「じゃあ、作って!」
って言ったら、「えっ!全部?」とか文句言いながらもやってくれました。

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