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2009年12月 1日 (火)

母の後悔

Keshi 画像の消しゴム…。
なにげなく、カバーをはずしたら、「あたまがよくなりますように…」と
マジックで書かれた文字が目に飛び込んで来た。

母、沈撃…。

ももの障碍がわかった4歳の頃から、その凹をなんとか埋めて
平坦にしようと頑張ってきた。
が、それは人一倍敏感なももにしてみれば、自分の出来ない部分をより
意識することになってしまったのかもしれない。

敏感なももをこんな風に追い込まずにもっとスモールステップで
導けなかったのか?なんて事を自問自答してしまった。
(ただ、どんなに感情を隠してスモールステップでやっても、ももは
私の隠した感情を読み取るだろう…。)

ももはある面から見れば、十二分にかしこい子だと私は思っている。
主治医も、なぜか?もものことを「かしこい子」と言ってくれる。
(おそらく絵を描くテストで年齢以上の絵を描き上げた為と思われ…)

ただ、凹の部分がきっちり大胆かつ派手にあり、
誰もが教えずに覚えていく簡単な事が恐ろしく覚えられない等、
障碍を個性と捉えられない程の凹があるのだ。

小さい頃から集団の中にいて、常に敏感にそれを感じてきて
ここにきて更に集団の中での違いがはっきりしてきて、
「ももちゃんは、皆よりも得意な部分も持ってるよね?」と励ましたところで
もも自身がより神経質になっているので聞く耳を持たないのだ…。

どうしても凹のほうに意識が集中してしまうような環境にいて
「みんなちがってみんないい」と言っても実感が伴わないのでしょうね。

私や先生にしてみれば、物凄く成長しているし、頑張っているし
(学業的には)かしこくもなっていると思えるのに…。

一年生の時は、11+2=3なんて言ってたり、単位のところでつまづいてたり
それ以前は算数障碍かもしれないとも言われていた子が今は、家で友達数人と
宿題をしていると一番早く正確に算数のプリントをこなすまでに成長した。

根本の五感で数量および単位を理解するを草の根的に積み重ねてきた
結果ベースが育ったのかもしれないが、もも自身の自力の成長もあるの
だと思う。

そういうわけで学業は(言語以外)なんとかなりつつある程、伸びて来ているが、
いかんせん、常識的な事がわからなかったり、日常生活での些細な
困り感は、療育をずっと続けてきてもそんなに薄まっていない。

時々5年も同じ事を教え続けて覚えられないももに対して
絶望的な気持になったりもするし、ハイレベル問題集が解けて、こんな幼児用教材が
わからないというのはどういう事かと焦る。どこかで変化するのか?このままなのか?
判断がつかず、考え込んだりもする。

必要以上に囲い込みすぎず、なおかつその後の人生に陰を落とさないように
どう守るか?

消しゴムに書かれた ももの祈り を見つつ、悩む母なのであった。

私が、書かせちゃったんだよね。

今のももは十分いろんな事を乗り越えていく基礎体力は出来ていると
思ってきびしくする事もあるけど、ももの心の中はまだ昔の出来ないトラウマで
がんじがらめになっていて、ちょっとした励ましのつもりのひと言に
傷付いていたのかもしれない。

周囲がどんなに誉めてくれても、出来るようになっても
まだまだ自分は出来ないんだと思っているんだという事実は
母にはちょっとショックだった。

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