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2009年11月30日 (月)

もも研究の為の本

あたし研究 小道モコ著
http://www.amazon.co.jp/dp/4863420331?tag=danchanseikou-22&camp=1027&creative=7407&linkCode=as4&creativeASIN=4863420331&adid=1V0SJRJ6MDZDGZ22V1CK&

この本を読みたくて週末ももを遊びの塾に預けた後に
大きな書店に行ったのですが、売り切れ?なのか
手にとる事が出来ず、仕方なくアマゾンで注文しました。

なんというか、言語の理解の部分で、非常にももに近い共通する部分を
この本の中に発見したので、是非読んでみたいと思っていたのです。

手に入り次第、感想を書きたいと思います。

余談☆何故か、主治医の本が大量に平積みされていて、立ち読みしてしまいました。
心理職への苦言と、行動療法を支持すると書かれていましたが私的には意外でした!?
正確に言うと、認知行動療法と書かれてあったのですが、、、そう思うのであれば、
行動療法の諸先生方と連携をもっととって欲しいです。。。
行動療法の先生は主治医に対して連携を望んでいましたから。。。



日本人の知らない日本語

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E-%E8%9B%87%E8%94%B5-%E6%B5%B7%E9%87%8E%E5%87%AA%E5%AD%90/dp/4840126739/ref=sr_1_3?ie=UTF8&s=books&qid=1259576846&sr=1-3

この本は、近くの本屋に平積みになっていて少し前に立ち読みして
大笑いしちゃった本です。

外人さんに日本語を教えている教師のお話ですが、
日本人なのにネイティブじゃない娘を持つ親として
あるある~の連続で、非常に興味深い内容になっています。

例えば、先生が「立って言ってください。」と話したところ、
生徒さんは、おもむろに「た!」って叫んだ場面など、我が家では
日常的に見られる光景だったりするのですから。。。

この例え話のどうしてそうなっちゃうの?という答えが
上記の小道さんの本に書かれているわけで、
ももに日本語を教える上でのヒントがなんとも鋭く書かれているのですよね。

話を戻して、日本語の語源や、現代人が間違えてよく使っている
日本語などの内容も興味深かったです。

外人さんは、日本の漫画で日本語を習得しているとか。。。。
(絵が中心なので、概念や意味を理解しやすく結果言葉も覚えやすいとか)

日本人よりも正しく美しい日本語を話す優等生が、アルバイトをした為に
間違った日本語(スラング?)に影響されて、酷い日本語を話すように
なったとか、日本人の友達に宿題をやってもらったら、全部間違えてたとか
笑うに笑えない、でも笑っちゃうし、勉強になるそんな本です。

アマゾンで立ち読みもちらっと出来るのでまだ読まれてない方は
一度見てみてください。

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2009年11月27日 (金)

読めない…

もも、宿題の教科書ノート一式、プリント、全て学校にお忘れに
なったまま、お友達の家へすっ飛んで行きました。

友達の家からスイミングにそのまま直行するので、
仕方なく私がかわりに取りに行きました。

机の中は、「ちゃんと生理整頓してるよ!」と豪語していましたので
いつもよりはマシになっていましたが、テストやプリント(9月のお便りや
運動会のプログラムも…)がぐちゃぐちゃになって押し込まれていました。

そのぐちゃぐちゃのテストを見つつ、西日の当る教室で
うーーーーんと考え込んでしまいました。
超苦手な国語はいつもよりもマシな点数だったんですが、
得意な理科が???の点数で、
確かその単元の同じ問題を、家でやった時(学研の問題)は
ちゃんと正解していたのに???ってなりました。
問題に線も引いてありますし、なんなんでしょうねぇ。

ももは日によって、全く問題文が読めない日があります。
なんというか文字が言葉として入っていかない。
頭の中で変換出来ないモードになっているようにしか
思えない日があるのです。
そういう日は代わりに読んであげて、答えさせていますが、
疲れている日は読めなくなるように見えます。

たぶん、ももなりに精一杯力を振り絞って集中してやってるんでしょう。

一緒に勉強をしているからこそ、内容が理解出来ていないのではなく
問題文が読めないから出来ないのだという事がよくわかります。

それでも去年に比べれば随分成長はしていると思うので
ももにあった彼女を助ける方法を模索しつつ、成長を待ってあげたいなぁと
思うのでした。

もも、間違えた箇所をちゃんと赤で訂正してありました。
ももなりに一生懸命取り組んでいる様子が伺えます。
今は点数にダイレクトに繋げる事は難しいでしょうが、
自分なりに頑張れるようになったももを誉めてあげたいなぁと
思いました。

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2009年11月24日 (火)

立場を理解する

先日見たテレビ番組の続きですが、
子供に「ヒロシ」と名前で呼ばれている友達のようなお父さんと 片や
昔の頑固親父以上の怖さで、我が家ルールを通し、お父さんの
顔色を伺いながら食事する子供達…というお父さんが出てきました。

正直両極端すぎて、「あなたはどちらですか?」と言われても
どちらでもない…という答えになってしまいましたが、
究極の選択で、なおかつ親の立場で考えると、私は
怖いお父さんのほうを指示すると考えました。

子供に名前で呼ばれ(語尾が今どきな感じ)、
料理をつくってくれる父親に感謝の言葉も態度もない娘達、
友達というよりも僕のように見えてしまいました。。。
口では、お父さんが大好きといいますが、
これはあり得ないなぁと正直思ってしまいました。

やっぱり親は親ですし、先生は先生なんですよね。
その立場を無視した態度は許しちゃいけないと私は思うのです。
親が必要以上に子供を私物化するのもいけないですが、
子供が親を同等もしくはそれ以下にみなす態度をとるのも
おかしなものだと思うのです。

そう言いつつ、我が家のパパは、ももが普段
親を親とも思わない態度をしてもニコニコしながら
かわいいかわいいをしてしまっているので、
時に、私のももに対する注意が飛ぶことがあります。

そして、ももは、この立場の違いを理解するのが
もっとも苦手なようにも見えます。

先日の授業参観の時の担任への口調がまさにソレでした。
去年までは、授業についてゆこうという気持も放棄していましたので
担任に話しかける事自体が少なかったのでしょう。
また、切羽詰まって焦る気持が余計に口調にまで気がまわらなく
させているだろうことは、見ていてよくわかります。

ただ、集団の中で、そういったももの態度が許されてしまうと、
それは周囲にも伝染し、そういう雰囲気が出来上がってしまう。
それは、非常にマズイ事であるので、
連休中に敬語について、再度学習しなおして約束をしました。

にもかかわらず、朝、「それは親に対するもの言いではない」という
ような言い方をしたので、たしなめました。

そうしたら、泣き出し、気持だけ明後日の方向へ暴走してしまいました。
もう被害妄想の極みです。。。
そうなっちゃう理由もよくわかるのですが、なんとか自分の辛さと
その場の事実を分けて処理できんものかとため息が出ました。

自閉者は、事実に対してとりあえず謝罪するというのが苦手に思えます。
真っ先に、自分の気持やいい訳をはじめてしまうのです。
それは、社会に出たら通用しない考え方なのです。
まず事実に対して謝ってから、事情を話すという順番ならかろうじて
許される場合もあるでしょうし、
会社では、言い訳さえもその場は言ってはいけない場面もあるでしょう。

そう、ほとんどの社会では、能力<立場を理解出来る、集団のルールを優先出来る
なのだと思います。

ですから、そもそも立場を理解するベースの微弱なももには前述の
完璧に子供に寄り添ったお友達のような親はあり得ないとさえ思うのです。
どうしても出来ない事を譲歩してもらうには、もも も最低限のルールや
相手の立場を損なわない努力は必要です。
それとこれをごっちゃにしたくないという気持があるのです。

だから、ももを一人の人間として認め、向かい合う以上、
私も親の譲れない立場というものがあり、その立場をなかなか理解出来ない
ももがいて、いろいろ葛藤があります。

親の立場を振りかざしすぎず(ももは追い詰められると逆走しますからね。。)
ももに理解できるようにそれを伝える工夫をしなければなりませんね。

ひとしきり、ももの言い分をただ聞いて、
〔私は、何が間違っているのかわからない。それなのに周囲に突然叱られたり
また、ももちゃんが…と言われたりして辛い、その辛さがずっと小さい頃から
続いているから、泣きすぎちゃうんだ…云々かんぬん〕
その気持を受け止めつつ、プラスに転化する方法を話し合いつつ、
ガス抜きさせて、なおかつ敬語について念押しして送り出したのでした。

ももだけでなく、近所のBくんも、親には敬語を使うけど、
私には「お前」だし、先生にも暴言を吐いているし、その場だけの理解に
終始しちゃって難しいなぁと思います。

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2009年11月23日 (月)

子供を取り巻く環境

昨日テレビで、現代家庭のびっくりな新事実についてやっていまして、
半分やらせ!?と思いつつ、半分は本当なんだろうなぁと思いながら
見ていました。

昨今の運動会では、手づくりのお弁当を持参せずに、
ファーストフードでテイクアウトしたものを持参したり、
コンビニ弁当や、はたまた学校までビザの宅配を
頼むご家庭があるらしい。。。。

最後のピザの宅配は非常識すぎると思ってかなりびっくりした。。。

学校近くの喫茶店で食事しながら、お父さんが
「こっちのほうが、合理的でいい」と言っていたのもたまげた。

それを見つつ、パパが「こんなのやらせじゃないのか?」って
言ったんですけどね、私、現実に見たんですよ。
ももの学校の運動会で、学校近くのファーストフードで買って
テイクアウトしたものを手に持って歩く集団を。。。。

その時は、お弁当にプラスして食べる為に買ったのかなぁ~と
勝手に想像してましたが、違ってたかもです。。。┐(´д`)┌

確かに家に来る子供の中には、共働きの為に、学校が半ドンの日は
自分でコンビニで弁当等を買って食べてくるとか、お菓子でお腹を
膨らませるっていう子もいます。
それはそれで、お家の事情っていうものもあるでしょうし、
他人があれこれ言えるものではないとは思うのですが、
なんだか、日本もここまで様変わりしているのかぁという現実を
目の当たりにすると、さみしいというか複雑な気持になりました。

どうしても弁当をつくれないのであれば、せめて買った惣菜や
弁当を詰め替えるとか、そういう感性もないのでしょうか?

私は、大学を卒業後、とある小さな絵の学校へ通いましたが、
そこのダンディな校長(セツさん)は、校内でペットボトルや
缶のお茶やジュースを飲む行為を野蛮として禁止してしいて、
人間だったら、コップについで飲むものだと力説していたのを
思い出してしまいました。

食=生きること だと思うので、食が雑という事は生きる事自体を
いい加減にしているような気がしてしまうのです。。。

そういう私も、出汁が既製品にしちゃったり、忙しさを理由に
なまけているなぁと反省するし、
農作物もちゃんと作るところから手を抜かずにやっている人達に
対して尊敬と憧れを抱いていたりします。

改めて、想像以上に日本人の豊かさの質というものが
大きく変化しているのだなぁと感じました。
そして、それは人事ではなく、ももや私たちに密接に関係している
変化なんだと思いました。

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2009年11月20日 (金)

幼児検診 ☆気になること☆

後輩と、後輩の友達と一緒にお茶する機会があって、
その時に乳幼児検診の話になりました。

たぶん全国的な動きだと思われるのですが、発達障がいの早期発見に
向けてかなり細かなスクリーニングと対応がなされている様子です。
それはそれでいい事ですが、肝心の対応する側にいろいろと問題が
あるようで、1歳とか2歳で言葉の多少の遅れなりがある子供などに
対して「発達障がい疑い」として、何度も心理士との面談が行われるとの事。
でもって、不用意な言葉でお母さんを追い詰めていくような対応が
結構されていて、軽い気持で心理相談に応じたが為に、なんでもない
小さな変化にも過剰に反応してしまうようになり育児が楽しめず
何事にも悲観してしまいがちになり、ノイローゼの一歩手前まで追い詰められた…と。。。

ももの時は「心配しすぎ」と取り合ってもらえませんでしたが、今は逆なようです。

子供第一目線はいいのですが、ずっと側にいて育てる人の気持を
潰してしまっては、本末転倒になっちゃいます。

その後、後輩は、実母や義母にも相談した為に、かえって
「子供との関わり方がまずいんじゃないか」とかさんざん周囲から責められて
自分でも不必要に反省しちゃったりで、大混乱したようです。
でもって、心理相談前までは、日常のささいな事も楽しくうれしかったのが、
どんどんと遅れている部分だけに意識が集中しちゃって…
「どうしてこんな事も言えないの!」とか「出来ないの!」って子供を責めて
しまう事が多かったとか。
責めてしまった後は、なんとも言えない辛さでひとり泣いてしまったと…。
そんな日々が続き、これではダメだと思い、心理相談を断ったと聞きました。

断って正解です。

早期発見→早期対応はいい事もありますが、その前に家族の納得というか
気持の整理が必要ですし、その気持を無視して先に進めてはいけないと
思うのです。

いくら素晴らしい療育があったとしても、養育者が育児ノイローゼになって
しまっては療育もへったくれもありません。

それに診断されたとしても、その後のフォローはまだまだ立ち遅れていて
診断だけ確定したまま宙ぶらりんになる問題もあります。

それにいきなり「障がい疑い」とかっていう風にパキっと振り分けてしまう
のではなく、いきなり療育とかに行ってしまうのではなく、
「どんな子育ての心配でも相談にのるよ~」とか「そういう場合は、こんな事や
あんな事をしてみるといいかもね~」みたいに振り分けの壁をとっぱらって
気軽に利用できるような仕組みにすべきであり、
肩書きだけでなく、不用意すぎる発言をしない心理士なり、相談員の質の
向上を願わずにはいられません。
知識取得の為の勉強だけでなく、その前に相談役のスキルを…と思ってしまいます。

例え、誰がどう見ても黒であっても、親がそれを受け止めれる土壌をつくれる
まで見守りながら待って欲しいなと思います。

そして、必要以上に発達障がい児をつくりだそうとしているかに見える現状に
対して声を出していきたいです。

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授業参観~覚え書き~

今まで見た授業参観の中で、一番ちゃんと授業に参加してる感が
ありました。
といっても、ひとりだけ、問題の意味が理解出来ない、書きながら聞くが
出来ないので、書く事に集中しちゃってる時は、全く先生の方を見ていない等
いろいろありましたが、それでも ももなりに授業をちゃんと聞いて
ついていっている様子が伺えました。

担任、いつもこういう授業なのかわかりませんが、視覚要素満載で
自作の裏にマグネットがついた絵や図、目立つ文字等を多様していて
視覚優位のももにも比較的ついていきやすいと思われる授業でした。

忙しい中、毎回、教材を手作りしているとしたら、担任凄いです!

ただ、そうは言っても聞く力や同時進行する処理能力に欠けるももには、
まだまだ話言葉(ゆっくりゆっくり話してくれてます)が多く、頭の中に???が
いっぱい見える時や、ペースについてゆけなくて、
「まだ出来てない~!わかんない!えーっ!待ってー!」等 半泣きで、
かつきつい口調で先生に食って掛かってる風な言葉を吐いてました、、、。
(先生すいません、、、。)

でも、やんわり~と、失礼な言葉にも反応することなく、
その都度、ちゃんと説明してくれていました。(ありがたい…。)

たぶん、こうやってちゃんと教えてくれる安心感があるので
ももなりに授業を受けれているんだろうなぁと思いました。

言葉の力が弱く、なおかつ聞く力も弱いのんびりペースのももには、
まだまだ個別対応の通級ははずせないなぁと思ってしまいました。

担任と、支えて下さっている通級の先生に深く感謝します。

校長もいつもマメに巡回されていて、落ち着いたクラスの様子を微笑み
ながら見ていかれていました。

展示物も含め、非常にきっちり完璧に取り組まれている感がありました。
担任の丁寧で細やかな性格が垣間見られた学級の様子でした。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ももは、どんなに成長しても、はやり集団の中で見ると、外見もしぐさも
全てが幼いと、今回も感じずにはいられませんでしたが、
休み時間も以前のように意外と、ぽつんとしていなくて、いろんなお友達に
囲まれていて、少し安心しました。

が、ももが一年生の春に仲良くなった電車オタクの☆くん
(その後お仲間くんと判明)が、休み時間、どうしていいかわからず
ぽつんとしていたのが、非常に気になってしまった私です。

昨年までは、☆くん、放課後もお友達に囲まれて走り回っていたと記憶
していますが、今年はクラスの男子の中で孤立しちゃってるんでしょうか。。。

ももと同じ積極奇異型で元気いっぱいだった子が、なんだかおとなしく
なっちゃって、少しさみしい気分になってしまいました。
ママさんも今回は、来ていませんでしたし…。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今朝、ももは、ヘアスタイルをアップにして、服装はおねえ系がいいから
黒ね…とか言いつつ、時間をかけていましたが、
そんな事よりも猫背の姿勢とか、先生に対する言葉遣いとかを
気にしなさい!と思った私でありました。

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予習よりも先に進む授業

昨年までは、予習用に使っていたコラショ。
今年は、授業の進度がはやくて、月半ばにして、予習をしようと
コラショを捜すも、まだ届いていない来月号分に授業では突入しており、
仕方ないので放置プレーにしました。

明日は参観日。
こくごの内容は、ももがもっとも苦手とする、自由度が大きい文章を書く。
教科書だけでは、私もいまいち、どうすればいいのかわからなくて、
放置プレーに…。
理科は、例の動画教材で間に合わせましたが…。

算数も、いきなり三桁、四桁の掛け算をやったと思ったら、どんどん
進んでそれを暗算で…ってなってるのを見た時は正直びっくりしたし…。
〔私的には、筆算をいっぱいいっぱい体験した後で暗算でいいと思う
んだけど、それをせずに暗算なのか…という想い。大人でも繰り上がりが
ある桁数の大きな暗算ってすぐには出来ないもの〕

今年度からゆとりから詰め込みに変わって、時間にゆとりがないので
しょうし、今までの過去2年間よりもちゃんと授業は聞けてるし、
わからない事は、聞けば丁寧に教えてくれていただけいるので
よいのですが、それでもその早さに少しついてゆけなさを感じてしまう
事は正直あります。

でもって、これはどのクラスも同じかと思いきや、お隣のクラスのBくんが
我が家で一緒に宿題をしたりする時に、漢字ドリルがもものクラスの半分の
進度とか、その他の授業の進度もゆったりだったりして、
あれー?と思ったり。

もも自身も「授業の進み方が早すぎて、頭が疲れるー」と言う事もあり、
ついてゆくだけでやっと…とか、丸呑みしたけど、全部忘れちゃった…
とかにならないといいけどなぁと思う。

ただ、これはもも自身の成長なのか?お薬のお陰なのか、先生の力なのか
全部の理由なのか、はたまた違うのかさっぱりわからないけれども、
去年までとは比べ物にならないくらい、先生の話を聞けてたり、頭にも
入っている感じは、会話をしていて感じる。

ただ、やっぱり早すぎる。

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2009年11月17日 (火)

介護疲れ

テレビで清水由紀子さんの自殺について改めて報道されているのを見ました。
いつも思うのですが、死に至るまで追い込まれていく状況というのは、
実際近い経験をした者しか実感を伴って理解出来るものではないのかも
しれません。

私は小学校4年生の時に祖母の介護をしていますが、祖母が携帯用トイレは
嫌と泣くのでトイレ(当時はぼっとん…でした)へおぶって連れて行き、そこで
転んで私は穴の中へ、祖母は顔面を強打して大怪我し、二人でなんとも
いえない絶望感でもって大泣きした事がありました。
(当時は、家で介護をするのが常識でした。さすがにこの事件以降、父は
祖母を全介護の病院へ入院させましたが、その事で私達家族は親戚中から
酷い非難をされました。)
そして、その時の絶望感だけは色あせる事無く記憶に残っています。

由紀子さんの気持や状況がわかるか?と言えば、完全に理解は出来ない
けれども、なんとなくわかる気がする、気になってニュースから目を逸らせない
のは自分の中に同じ種類の経験があるからかもしれません。

年寄りや病人の介護だけでなく、障がいを持つ子供を育てるのも
同じような状況に追い込まれやすいです。

「自分から何故助けを求めなかったのか?」という声もなにげにいつも
聞こえてきたりもしますが、
死を考えるほど追い込まれている人に「助け」を求める余裕も気力も
残っていないでしょう。

また由紀子さんは、家族想いであり、自分を捨てて家族に尽くしてきた。
真面目で家族の為に購入した自宅の25年ローンを10年で身をこなにして
働いて返し、糖尿の母親の食事管理を、医者に任せず、薬に頼らず
自分で完璧にしようとしたというくだりが引っかかりました。

周囲が薬に頼ろうと助言しても、自分で頑張ると言って、少しでもお母さんの
血糖値があがると目の色を替えて、自然食の食材を厳選し、よりよい食事を
つくっていたと…。
でもって、そこまで頑張って作った食事も、認知症のあるお母さんは
なかなかすっと食べてくれず、心配と焦燥で毎食の食事をとらせるのに、
消耗していったのかなぁ…と。

決して家族を捨てない、苦しい事から逃げない彼女の強さが、逆に
彼女を追い込んでしまった。

元マネージャーさんが、「彼女の遺体を見た時、両手はにぎり拳をつくり
ぐっと何かを我慢するような顔で死んでいた」そうで、
最後の最後までひとりで背負って我慢しづづけたようなその姿が今も脳裏に
焼きついて離れないと言っていたのが印象的でした。

テレビでは、利用しやすい行政サービスのあり方が叫ばれていました。
ただ私は漠然と行政サービスでは救えないのではないかと考えてしまいました。
余程、行政サービスの担当者が気がつく頼れる人であれば別ですが…。

介護だけでなく、同じ障がいを持った子供のお母さん達が、
このような結末を選ばなくてすむように、行政サービスという形ではなく、
お互い様精神の消えつつある現代において、うるさがられようが
時にはおせっかいも必要であり、地域でゆるやかに繋がっていけるような
土壌を作れるようになんとかなりたいなぁと思うのでした。
(これが結構むつかしい…)

ただ、よその子供を預かる(数時間家に迎え入れる)のも、自分の子供を
預けるのも嫌なお母さんがたくさんいてびっくりした事が最近あったのですが、
そういった自分は自分、人は人の強烈な意識がある地域で、
どれだけ繋がれるのか?という別の問題も考えてしまいます。

どんな境遇であっても、どこかに安心できる逃げ込める場所があるとか、
手をさしのべる人がいる世の中になりますように。
誰も追い込まれてはいけないと、テレビを見ながら強く思いました。

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冬支度

Kotatu パパとももとに「早くコタツを出して!」と言われつつ半月経ち、
その要求は脅迫に近い感じにまで達し、いよいよ重い腰をあげて、
こたつを出しました。


このこたつを出すという作業は、カウチソファーセットを専用クリーナーで
擦りつつ拭き、分解し掃除し、移動させ、床にワックスをかけ
(床の溝を爪楊枝で掘る→掃除機→拭き掃除→ワックスかけ→から拭き)
2階の納戸からコタツを運び、カーペットを運び、干しておいた布団を
こたつ布団にセットしと、一連の作業を朝8時から3時まで続けなければ
ならない作業なので、気合がいるわけで…。

しかも前日は、朝7時から3時まで、神社でしめ縄を作る作業をしていて
その後も欲張って、リビング以外の場所を拭き掃除→ワックスかけを
過集中気味にやっていたら…腕がコムラかえりみたいなのを起こしちゃって
痛くて動けなくなってしまった…。

過集中と、完璧にしたい気持とで、やり過ぎてしまう…。

ほどほど…とかって普段ももに言っているわりに、自分がほどほどが
出来てなくて笑っちゃう私です。

でも集中して何かをやっている最中っていうのは、幸せだったりするんですがね…。

ももが心配して飛んできて、腕をいっぱい揉んでくれて湿布まで貼ってくれました。
やさしくて、よく気がつくももに助けられてます~。

☆画像は14年?前に8500円で買ったこたつと、12年くらい前に買ったヨレヨレの
コタツカバーの画像。理想のこたつカバーってないのよね~。
当時、使い捨てにするはずだったバーゲン品のこたつを今も結局使っている
貧乏性の私達。
おしゃれなソファよりも、畳にこたつが落ち着くmomo家なのでありました。

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2009年11月14日 (土)

あなどれない…

小さい頃から、大人びた発言をしたかと思うと、びっくりするくらい幼かったりで
いろんな意味で掴み所がないももです。

昨日の放課後「遊ぼうって自分から誘わなかったらどうなるか実験してみた」との事。
結果は「誰も遊ぼうと誘ってくれなかった」との事。
笑えないけど、笑っちゃう!?母でありました。
ももなりに、周囲の状況を観察し、いろいろ考えてるんだなぁという事が
よくわかって、私的には成長が感じられてなおかつ面白かったです。

ももは、学校の休み時間に友達と遊ぶよりも自分のしたい事を優先しすぎちゃって
いるらしく、それではなかなか誘われないだろうなぁと思うわけで…。

それから昨日アップしたインタビュー記事を読んでいろいろ思うところが
あり、心を入れ替えて…と思っていた矢先、その雰囲気を察知したももが
「ママ何かあったの?」と聞いてきた。
でもって、「何か映画を見たとか、本やパソコンのサイトを見て感動したとか?」
と言われてしまいました。

図★です!(爆)

図星だと白状したら、「ママって影響されやすいから、すぐわかる」と
言われちゃいました(笑)

仙人なみに達観しちゃってるようなところがあるかと思えば、
とても簡単なところが見えてなかったりで、そのギャップにびっくりしたり、
笑ったりであります。

ももの前で嘘はつけないですね。
ちゃんと向き合わないといけないなぁと改めて思いました。

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2009年11月13日 (金)

おすすめインタビュー記事

第8回「自立援助ホーム『憩いの家』元寮母 三好洋子さん

http://www.nhk.or.jp/kodomo-blog/interview/23344.html

http://www.nhk.or.jp/kodomo-blog/interview/23347.html

──釣り糸が切れてしまう瞬間とはどんなときですか?

三好
「変に力を入れすぎてしまったとき。互いに力を入れて引っ張り合うと糸は切れますよね。ゴムのように緩い糸だと刃物が当たっても切れないけれど、ピンと張りつめた糸は刃物でなくても、尖った物が当たっただけでもパチンッと切れてしまう」

「自立」と「孤立」

──三好さんはおよそ30年の間、子どもたちを見続けてこられたわけですが、現在の子どもたちを取り巻く環境をどうご覧になっていますか?

三好
「何年か前から『自立』という言葉が流行だした気がするんですけど、その頃から『孤立』が深まった気がします。自立と孤立は対極にある言葉だと思うけど、『人の世話にはならん』というのは孤立で、自立とは強いて言葉にすれば『お互い様というところで人とつながっていける』ということのような気がしています。人の世話にはならない、人に迷惑をかけない、というのは孤立にすぎないというか」

──なるほど、これは大人にも言えることですね。

三好
「今は大人が孤立しているから、子どもが自立できるわけがないと思います。安心して赤ちゃん時代を過ごせた子は、歳が幼児さんになれば心も幼児さんになれる、安心して幼児期を過ごせた子は、歳が小学生になれば心も小学生になれる。どこかで安心できない状況だから、心の成長が止まってしまう、身体と心がアンバランスになってしまうんだと思う」

──それはつまり、親が安心できれば子どもも安心できるということでしょうか?

三好
「そうだと思います。今の大人は不安だらけで安心して生きていない気がします。例えば少年法の厳罰化なんかを見ていても、大の大人が赤子の手をねじるようなことを言っている。大人があんなに子どもを恐れているというか。子どもは子どもだよ、と思う。なんでこんなに大人が自信をなくしてしまったのか……。
被害感を強く持つ大人が増えて、許さない社会になったというのも感じています。弱いところをギュウギュウ絞めている。弱い立場の人たちが生きづらいということは、強い立場の人たちも決して生きやすいわけではないと思うんです。にもかかわらず、大人はたまたま地位や名誉やお金で守っているから、辛さをそういうものでごまかせちゃう。でも弱い立場の人や子どもというのは、そういうものを持っていないからもろに波をかぶる。たまたま子どもは反乱という形で大人にそれを見せてくれている。そこに大人が気づかなかったらマズいというかね。だって大人のツケを全部子どもが背負ってることになる。なのに、背負わされた子どものことを加害者だ!と大人が責めて……。ほんとの加害者は大人でしょ、と思うんです」

──子どもの生きづらさは大人の生きづらさの何倍にも濃縮されたものなんですね。

三好
「さっきの話と同じで子どもがこれだけ生きづらいということは、大人も絶対に生きづらいはずです。ただ、大人はそれを見なかったことに、感じなかったことにしている。その術を大人は知っているから。でも子どもはそれができないから辛いんです」

第5回「NPO法人 ふれあいの家 おばちゃんち」

http://www.nhk.or.jp/kodomo-blog/interview/18010.html

「支援」ではなく「共に生きる

──支援する」という言い方に違和感をお持ちだとか。

渡辺 「今は子育て支援というと、サービス型・お客様対応のものが多くて、"してもらうことが当たり前"という空気があるでしょ。それがよく使われる「支援する側・される側」という言い方にも表れていると思う。
でもここでは、やってあげる・やってもらう、どちらか一方という関係ではなく、みんなが水平な関係。だから私は「支援する」ではなく、「共に生きる」って言ってるの。みんな「この町で共に生きる仲間」なのよ」

第9回「川崎市子ども夢パーク『フリースペースえん』スタッフのみなさん」

http://www.nhk.or.jp/kodomo-blog/interview/26570.html

アヤ「学校でも家でもそうなんですが、子どもと大人が混在する場所で子どもが安心して過ごすには、大人同士の関係性が大事なんだと思います。大人同士が信頼しあっていれば、その場所は落ち着くというか。例えば学校でも※1、職員室の中が落ち着いていると子どもたちも自然に落ち着くけれど、職員室で先生同士仲が悪かったりいじめがあったりすると、どんなに取り繕っても子どもたちは荒れていく。その点ここでは、だれがエラいとか先輩だとか後輩だとか、そういう上下関係も特になく、スタッフ同士いろんな話をしてお互いのことをよく知っています。私自身、子どもとの関わりについてはもちろんいろいろ考えるけれど、スタッフのみんなとどう繋がっていけるかということも大事にしています」
※1:アヤさんは学校のスクールカウンセラーでもある


ユウキ「子どもたちは大人より圧倒的に選択肢が少ないから、孤独にもなりやすいだろうし、孤立もしやすいだろうし…やっぱり大変だと思う。
大人は子どもより倍生きている中で出会ってきた自分なりの逃げ方みたいなものがあるけれど、子どもは逃げ場所が家庭しかなくて、その家庭がダメならどうするんだ?って。家庭じゃなかったらどこに彼らの居場所があるんだ?って。むしろ無いのが当然かなと思う中で、そういう場をどう用意していくかっていうのは社会としては大事なんだと思う。
地域社会もだんだん薄れて、大人たちも余裕を持って子どもたちを受け入れられないなか、すべてを子どものせいにしていいのか?と。いずれ一緒に社会を作っていく仲間になる子どもたちを、今どう支えていけるかというのは、自分たちの社会を支えるということも含めて、やっぱり大人が考えるべきだろうなと思う。子どもの選択肢の少なさを大人はわかってあげなきゃいけないし、引きこもる子どもが悪いのか、学校に行けない子どもがわるいのかっていう前に、むしろそれくらいしか用意されていない社会だっていうことを、大人も理解すべきときに来ているのかなと思います」

アイコウ「子どもから無理に言葉を引き出さなくてもいいような気がするというか……。子どものちょっと出ちゃったため息に『そのため息はどうしたの?おうちで何かあったの?お母さんにつらいこと言われたの?』っていうようにする必要はなくて、『ため息出ちゃったかー。私もー。ハーァ……』っていうような、そういうつながりがあるってことで気が済んじゃうことってけっこうある気がするんです。なんかそういうような距離感でいたいなと思う」


感想
その他にもたくさん、心にずしりとくるインタビュー連載記事がありました。
是非、全文読んでいただきたいなぁと思いました。
本当に子供は、大人を写す鏡ですよね。そして、自分の醜さや弱さを再認識しつつ、
どうやっていい関係を築いてゆくべきか考えさせられ、反省もたくさんしました。
人(子供)とちゃんと向き合うには、まず、自分に打ち勝たなければいけないなぁと
思うところがたくさんあって、でも力が入りすぎれば糸は切れやすくもなるし、
そういうバランスも含めて、たくさんの気付きをもらえました。感謝!

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大きな変化

服巻智子先生のブログに TEACCH部の憂鬱 という題名の
一連の記事が掲載されているのを見ました。
あのTEACCH部が存亡の危機にさらされているとのショッキングな内容。

背景には、政治的なものがあるのか?それとも経済危機に起因する
財政の問題なのか?両方+αなのか?私にはわかりませんが、
対岸の火事ではなく、明日は我が身ではないですが、日本でも
弱いところから、カットしやすいところからしわ寄せがどんどん来る状況に
なるのではないか?変化の前の前兆のような気がしてなりません。

カリフォルニア州は、かなり前から破綻宣言をしていますし、
日本だって第2第3の夕張のような事がいつ起こるか…と思います。
過度に悲観しすぎる必要もないですが、何が起きても動じないように
心の準備はじめ、備えたい気分です。

ただTEACCH部が様々な理由でなくなっても、その理念の素晴らしさから
時代を経て復活する日が来るのではないかとも思っています。
繁栄と衰退は、宇宙の自然のリズムだと私は思っています。
いろんな意味で淘汰の時がやってきているのだと思います。

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2009年11月11日 (水)

心の扉

偶然目にしたうりもろこころさんのおれの心の扉という4コマ漫画。
あまりにもツボで、心当たりがありすぎて大笑いしてしまった。
(勝手にリンクなど貼らないで下さいとの事なので、感想だけ書かせてね♪)

基本的に、ももと私は、心の扉を意味不明に開きすぎだと自覚している。
ももは、どんなに酷い事をされても簡単に相手を許し受け入れすぎてしまう。
それはもものいいところでもあり、また弱点でもある。

今日も放課後、Bくんと遊ぶと言っていたが、毎日あれほど殴る蹴るされて、
一生残るであろう深い噛み傷をいくつもつけらられているのに何故遊ぶ気に
なれるのか?私には理解不能である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

母の場合は、心の一番奥の小さな扉はきっちり閉めたままなので
打ちのめされて人間不信に陥って抜け出せない程傷付く事もないけど、
基本的にみんないい人と決めてかかるというか、思い込んでしまうので玉に
実は裏で酷い噂を流されてたとかなると、ハンマーで頭を強打されたような
ショックを味わう事になる。

でも、基本的に人を傷つけるよりは、自分が傷つくほうがいいとも
思っていて、へんな処世術でガチガチになるよりは、自然体のほうが
楽なので、バリアがなさすぎると言われようが我が道を行こうと思っている。

それもこれも今まで、私は人に恵まれすぎて人を警戒する術を持つ必要が
あまりなかったし、引っ越す前の地域の人は私以上に心の扉がどーんと
開いていて、私はその大らかさに物凄く救われてきた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

3年生にもなると周囲の女の子は皆大勢ではなく二人で遊びたがるようになる。
だけれども、基本的に人は好きだけれども、執着はしないももは、その輪の中
からはずれた形になっている。
ようするに、ももと遊ぶ時は大勢か、約束をぶっちされて仕方なくもものところに
来るかみたいなパターンが多い。
そうやってみんな勝手な時は自分の都合で「遊ぼう!」と来るのに、
ももが突然仲間に入れてというと、「無理無理無理~!」と言う。
でもって、それに対して文句も言わず、来るものは拒まず、去るものは追わずなもも。

そんなももでも、あまりに馬鹿にしたような事をされるとさすがに凹むらしい。
先日遊ぶ約束をしていたのに、突然断られ、理由があるなら仕方ないと
思っていたのに、別の子と遊んでいるのを発見!
自分との約束を簡単に反故にして、嘘ついて別の子と遊ぶなんて、悲しい~!と
泣いていた。☆ちゃんだけは、そういう事しないと思っていたのに~って。


でも私から見れば、「ももちゃんは何をしても怒らない」とお友達に思わせちゃう
態度をしているももにも原因があり、そうやって悲しい気持ちをひとりで膨らませて
悶々としているくらいなら、その気持をちゃんとお友達に伝えればいいじゃない?
って言ってみた。

☆ちゃんの忘れ物を届けながら、自分の気持をちゃんと伝えたら、
☆ちゃんなりの理由と謝罪をしてくれたそうで、すっきりした顔で帰ってきた。

あまり子供のうちから損得勘定に長けているもの、嫌だし、
ももらしさは大事にしては欲しいものの、最低限自分の心を守る術を
持ってほしいとは思う。
心の扉をバーンと開け放すか、ドンと閉め切って人間不信に
陥るのかの両極端にならないようにと願う。

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2009年11月10日 (火)

てっぽう玉もも

今日はふんだりけったりな日でした。

夕方、もものスイミングのお迎えに行く用意をしていたら、パパがいきなり
帰ってきて、○×の☆☆って、どこにある?って聞いてきた。
私は知らないと逃げようとしたところを捕まり、「ママが隠した」だの
「勝手に仕舞い込んだに決まっている」と追い詰められた時のいつもの
パターンで私に責任転嫁しつつ、捜せと迫られ、仕方なく捜し出したものを
ひっつかんで、部屋中ひっかき回したままお出かけになられました。。。

これだけでもダメージがあるのに、スイミングの帰り、小腹がすいた、
飲み物が飲みたいという事で、駅ビルのマックへ移動して休憩。
そして100均で文具を買い、いざ帰ろうとした時、ももが手にもっていた
傘をどこかに置いてきた!と叫んで、そのまま鉄砲玉のようにどこかに
行ってしまった。。。。

「待ちなさい!」という私の声も届かず、エスカレーターを駆け上がって
行ってしまい仕方なく待つも10分経っても20分経っても戻ってこない、
もうすぐ30分という時にさすがに心配になって、行き違いになるかもと
思いながら、ショッピングセンター内を駆け足で捜すもどこにもももの
姿は見あたらない。
2周くらいしたところで警備員に出会い、聞くと、先ほどまで一緒に
なくなった傘を捜していて、あきらめてお母さんのところへ向かったと。。。

そこからはずかしいけど、声を出してももを呼びながら捜す。
しかし、ももは呼び声の方向がわからない人なので、反対側へ
走っていったと思われ、ぐるぐるとセンター内を追いかけっこしつつ、
もう限界、はずかしいけど、迷子の呼び出しを…と思った所でももに遭遇。
(近所なので、こんなところで迷子の呼び出しをかけたら、学校でいじめに
あうと思って我慢してた。)

やっと遭遇するも、傘が見つからなかった事で怒られると思ったのか
また逃走しようとして、周囲の失笑を買いつつ、ひっつかまえる。
たぶんあそこにあるのでは?という場所へ念の為、捜しに行ったら、
当たり前のように傘はそこにあった。

パパといい、ももといい、目の前にあるものを見つけられない。

ももの勝手にどんどん行動するところは、ある意味+であるけれども、
今回のように捜しまわらなくてはいけなくなるなんて事は-であり、
こういう事件は過去にもたくさんあって、その都度どれほど行方しれずの
ももを捜して心配した事か。

まずは、なくしものをしない工夫をし、
次に、ひと呼吸置いて、行動出来るように工夫をしなければ…。

上島竜兵じゃないけれども、
「ママを殺す気かぁー!」って叫びたい気分。

ヘトヘトに疲れた。

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勝手にクリスマスパーティー

Ona 昨日、いきなり「ももちゃん家でクリスマスパーティーするから」と
ももとお友達数人に宣告されました。。。coldsweats02

というか、何の事前連絡もなしに、大勢のお友達を呼ぶのは
勘弁して欲しい。いきなり家の前に車が数台とまって、
お友達のママに揃って「5時半に迎えにきますので…」って
言われて、状況を呑み込めないままプチパニック。
ももは、連れてきちゃえば、ママはお友達の前では怒れないし、こっちのもの!
と考えている様子。

一年生の時の勝手に誕生日会からはじまって、ひなまつりに
先日のハロウィンパーティーまで、全部いきなり…です。
(ひなまつりだけは事前に相談あったかも…)
防災フェアで覚えた防災グッズをつくるエコパーティーや
ペットボトルに紙を砕いていれてすき紙をつくる絵葉書パーティーも
勝手にやってましたね~。

そりゃあびっくりします。
いきなり誕生日会の日は、当日十人以上のお友達が突然家に
来て、プチパニックになりました、母が…。
お友達も当日急いでプレゼントを買いに行ってくれる子もいたりで
申し訳ないやら、驚くやら。

いきなりはやめてほしいけど、自分達で何かを考えて実行すると
いうのは、とてもいい事なので、出来るだけ協力はしたいと思い、
企画を立てて、自分達で飾りつけ、ケーキづくりなどなど全部してね!
と言ったら、さっそくみんなで作戦会議を開いてました。

でもって、昨日は、クリスマスモビールを作りました。
丁寧に最後まで切り抜く子、1分であきてしまう子、オリジナルで
???なものをつくりはじめる子とさまざまでした。

その後は、公園にみんなで行き、木の上に秘密基地をつくったそうです。
週末ツリーハウスの体験に行ったので、さっそくそれを試そうと、ももが
提案したと思われます、、、。
突拍子もない事をするので、呼び出しをくらわないように、
口は出さず、でも目は離さずにいなければ…。

その行動力は、自分似なような気もするし、怒るに怒れない。

ゲームなど完成されたもので遊ぶよりも、こうやって自分達で
考えていろんな事にチャレンジする遊びのほうが、私は好きなので
巻き込まれて逆切れしない程度に、上手に線引きし、ルールを提示して
その中で自分達で遊んでもらえるように工夫したいと思います。

それにしても心の準備なしに、大人数で勝手にパーティーは
もの凄く慌てるので、やめて欲しい。

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2009年11月 9日 (月)

料理 

先週の忙しかった2週間ほどの間、買い物に行かずに
あるもので食いつないだ。

ももが産まれる前まで共働きで、連日終電で帰宅して、
食事の用意→片付け→翌朝の食事の用意→お弁当の用意をしてきた。
週末に買いだめし、一気に下ごしらえをしてしまい、小分けして冷凍。
それで一週間食いつなぐ。

毎日、買い物に行くよりもそちらのほうが時間も労力も無駄がなくて
好きだったりした。

でも、最近は、買い物に車を出してくれなくなったので、買い物に行けない
徒歩圏内にスーパーが数件あるが、忙しい時は主に、宅配に頼っている。
農家直売でおいしいお米がびっくりするくらい安いしね~。
ちょっとした野菜は庭の家庭菜園からとってくるしね。

ももは、夕方になると、
「ママ、今日のご飯なに?」とかわいい声で聞いてくる。
それに対して、「何かわからん」と答える私。

そう、夕食の献立はつくる寸前まで私の頭にないから…。
玉に、おでんが食べたい気分とか、そういう時もあるけれども。

これは、料理の出来ない祖母と母を持って、ももくらいの時から
家族の料理をつくってきたお陰なのかもしれない。

当時、材料と一緒に作り方が一緒に入った宅配?みたいなもので
姉妹で分担して料理をつくっていた。

今は、いろんな便利なものがあるから、本当に苦労せずに
短時間でいろんな事が出来るようになったなぁとつくづく思う。

冬場はシャトルシェルフがあれば、見張ってなくても
煮込み料理、おでんなど、勝手に出来てるし、
圧力鍋でチャシューなんてあっ!という間に出来るし、
バーミックスでポタージュスープもつみれも簡単に
出来ちゃうしねぇ~。

ももにも、そろそろ切るだけでなく、最初から最後まで
料理を作ってもらうようにしていこうかな。
料理は、時間配分と手順の組み立て、同時進行、分量感覚等、
いろんなスキルを必要とする故、将来ももが仕事をする上で
役立つスキルの基本がぎゅーっと詰まってるから、ね。

私は、小学低学年の頃から料理や掃除などの家事を嫌とか
考える余裕もなく当然としてやらされてきたお陰で、どんなに忙しくても
家事をするのは苦にならないようになれたと思う。
社会に出て、いくつもの仕事を同時進行で、手順を組み立てて進める
なんて事もそれ程苦労しなかったのはこのお陰かもしれないと思う。

若いうちの苦労は買ってでも…というけれども、
料理は、おいしいものが出来上がればそれだけで達成感というか
ご褒美の感動がある楽しい作業なので、
あまり食べる事に興味のない人には向いてないかもしれないけど、
もものようにおいしいものが好きな子にはいいのかなぁと思ってみる。

でもって、お菓子づくりのような自分の食べたいものをつくるのもいいけど
家族の為に食事をつくってもらいたいなぁと考えている。
家族という小さな社会の単位の中で、自分の役割があるという自覚を持つ
って大事な事のように思うから。

こんな事を言うと、昭和な考えと言われるかもしれないけど…。

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2009年11月 5日 (木)

心配しすぎ

つづきです。(愚痴です)

ももが小さい頃、総合病院の藪医者にただの風邪、心配しすぎと言われ、
その後ももの容態急変でその医者の誤診であった事が判明。
ひとつ間違えば命を落としていたかもしれない。非常にヒャッとした事があった。

その後、義母に「自閉症に見える」と言われ、かかりつけの小児科に相談
するも、「お母さん、心配しすぎ」と言われ、その後の各検診、児童相談所でも
同じような事を言い続けられた事。

結局、心配しすぎと言われ、一年以上病院につないでくれるのが遅れ、自分で
勝手に行くからと業を煮やしてやっと書類を書いてもらうも
たぶん、違うと思うから」と言われたにたにもかかわらず、診断がついた事。

小学校入学前、主治医〔その当時の〕市の教育相談の担当者、療育の心理士
全ての人がぜったいに普通級で大丈夫と言い、支援級からはじめるという
選択肢を検討するもの否定され、いざ入学後、2次障害が悪化したら、

手のひらをかえしたように、「ももちゃんには普通級は無理だった」とか言い始め
誰も助けてくれず、遠くの施設を紹介されたりで、まさに、
その大丈夫を信じた私達親子は、フリーホール状態の不安と恐怖の渦の中に
落ちていった事実があるのです。

どんだけ、この心配しすぎの言葉で、不用意にどん底に突き落とされてきたか…。

だから、この心配しすぎって言葉は、私にとっては地雷なんですね。

確かにわからない事に対して、過剰に心配しないように注意を促してくれるにしても、
もう少し言い方っていうものがあるんじゃないの?って思っちゃう。

我が家のペットのかかりつけ医師は、いつも笑われちゃうかもっていうような
事もなんでも聞いてねって先に言ってくれるし、すごく丁寧に説明してくれるから
大変な病気の時でも、安心して頼れた。
本人目線、クライアント目線のすばらしい医師。

獣医と人間の医者では、システムが違うと言われるかもしれないけど、
これって基本だと私は思う。

また、今回の主治医の心配しすぎは、先日書いた断った支援者の陰が
見えるから余計 (`、´) となる。

昔から「お前は、いい加減でいいなぁ~」とか「もう少し心配性になっても…」と
言われてきたこの私が、心配しすぎって言われるとは…。
心配性は一日にしてならず!心配なんかしなくてもいいならしたくないさっ!

ケッ!

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インフルエンザとてんかん

主治医に聞いたところ、てんかんは小学校高学年くらいに出る。
IQの低いお子さんが多いので、ももは大丈夫と言われた。

でもって、先取りして心配しすぎだと笑われた。

が、私はソレを「ケッ!」と思って聞き流していた。

何故か?

一昨日病院で合併症の件で相談していた高学年男子2組は、同じ学校の
普通級でIQはどう見ても低くはなさそうだった事。

周囲のももと同じ成人子供の女子でIQがそれぞれ130と140超え
であってもてんかんを持っている人は結構いる事。
(でか、てんかんにIQ関係ないと思うんですけど…。ももはIQ高くないしねぇ)

今までどれだけ、この「お母さん、心配しすぎ」と言われ、
心配しすぎじゃなかった事が多かったかという事。

長くなるので、つづき…で書きます。

第一、少し聞いたくらいで、大げさとか心配しすぎとか言うほうが
おかしいと、私は思う。

ただ、聞いただけよ?大騒ぎしてないしねぇ。

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2009年11月 3日 (火)

インフルエンザと癲癇

昨日は、大嫌いな病院に3時間も缶詰、しかもその間暇づぶしにそこで
テスト勉強や病院に置いてある童話を読んだりしてたら〔ももは黙読が出来ないので
ブツブツと独り言を言う〕、それが気に入らないおばあちゃんにこっぴどく
注意というか厭味を言われるし、それだけで疲れ果ててしまった私です。

この待ち時間に、ひっきりなしに〔インフルエンザの予防注射〕の件で
電話や直接聞きに来て予約する人が来ていました。

その中で2人のお母さんが、このてんかんとインフルエンザについて質問を
していて、自閉ちゃんは癲癇を起こしやすいとかもともと持っているとか
聞いていたので、耳をダンボにして聞いていました。

癲癇発作を起こした事のあるお子さん〔小学生くらい〕が去年
季節性インフルエンザの合併症で髄膜炎を起こして、大変だったとか…。
なので、新型の予防注射も受けさせて欲しいのですがという
問い合わせでした。

結論からすると、小学校高学年のそのお子さんは、髄膜炎を起こして
入院した先の病院の証明書があれば、今すぐに新型の予防注射が
受けられるとの事でした。

そのお母さん以外にも癲癇持ちで季節性インフルエンザで合併症を起こした
というお子さんの相談に来て見えた方がいらっしゃいました。

ももは、義母、パパの遺伝で、今のところ生活に支障はないが、
24時間心電図をつけて調べた結果不整脈があると出た事があるので、
同じようにその診断を受けた医療機関で証明を出してもらうか、
そこで予防注射をしてもらうしかないようです。
ただ8歳は、来月になれば新型も打てるという事で悩みます。

心臓の件も心配ですが、実際合併症が起きたと同じ日に2人も相談に
来ているのを見た癲癇のほうが心配になってきました。

主治医〔小児精神〕に相談してみようと思います。

癲癇をお持ちの方は、一度、医療機関で確認されてもいいかもしれません。

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基本 けんか腰

ももを見ていて、真剣な時、余裕がない時など、
物言いが基本的にけんか腰になるんですよね。

敬老の日にじいちゃんにお祝いと手紙を渡しに行った時も
姉に「ももちゃん、じいちゃんが甘いものを食べないように
見張っててね。食べたら注意してあげてね。」って言われて、
真面目なももは、一日中、じいちゃんを叱りまくり〔笑〕

「じいちゃん、そんなもの食べたら死ぬよ!死んでもいいの!」
「ダメって言ってるでしょ!」
それは、注意を通り越して、喧嘩売ってるとしか思えないよ!
って感じの物言いになってて、
「もう少しやさしい言い方をしたほうがいいと思うよ」って
お話をしました。
が、ももは、全くけんか腰になっている自覚はありません。

じいちゃんも、いくらかわいい孫とはいえどもあまりのキツイ言い方に
逆切れして「ふくろう〔プレゼントのマスコット〕持って帰れ!」となってました。

思い起こせば、赤ちゃんの時から要求はけんか腰でした〔笑〕
ただ小学校入学後、放課後にお友達と遊ぶようになり、
好きなお友達に「もっとやさしい言い方をしてくれない?」って
言われたのがきっかけで、少しは言い方に気をつけるようには
なったんですよね。
ももは普通に話しているつもりなのに、口調が一本調子で
真剣になると表情も平坦なので、
お友達は怖いと思っちゃうんですよね。

この辺は、親よりもお友達や先生に言われたほうが
自覚が持てるようになるのかなぁと思えます。
なんというか、損なんですよね。
人間言い方ひとつで、相手の気持や行動を変えられる事は
たくさんあると思うのです。

私は、嘘はつきたくないし、演技して自分の本心を偽るのは嫌い…
とかじゃなくて、相手も自分もいい気持ちになれる工夫だと思ってほしい。

そういう私も余裕がない切羽詰まった時に、頭にきちゃう事があると、
どれだけ押さえたつもりでも感情的になって、言葉は選んでも
横柄な怒り口調で喧嘩売っちゃってるわー、ダメじゃん自分って
思う事はあります。
これをしちゃうと、自分も落ち込むし、相手も話をする余地がないから
素直に謝れなくなったり、逆切れされたり、とにかくいい結果は産まない。

でもスイッチが入っちゃうと、そういう口調になっちゃうのよね~。
仕事では、ある程度迅速にスイッチを切って、ビジネストークに切り替えられる
けど、気を抜いているところほど、失敗が多い。

そういう言い方の失敗は、100倍返しで自分に返ってくるから
なんとかももには、下手なコミュニケーションの見本市みたいな
一族を見て、ああなってはダメだと悟って欲しいし〔笑〕
少しづつ自覚が持てるようになるといいかなぁと思う。

※ももの風邪をもらってしまいました。気合で直すぞー!

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