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2009年8月 3日 (月)

以前も書いたが、私の母は、何をするのも遅い人だった。
夕飯の支度を3時頃からはじめて、出来上がるのは夜の9時とか…。
しかも出来上がったものは、食べれるようなものではなく、
〔さんまの焼き具合が心配になって、電子レンジでチンして、化石みたいとか〕
しかも段取りが悪いので、台所はぐちゃぐちゃ。。。。。

煮物をしながらとか、下ごしらえをして、味を染込ませている間に
ちゃちゃっと、洗い物を片付けておくとか、お皿を出しておくとか、
時間配分と、全体像を理解しながら、物事をすすめるという事が
全く出来ない人だった。

しかも、ひとつ何かをしたら、ぼーっとして、
「エンジンがかかるのに時間がかかるのん」って
小さな女の子みたいに困って返事する。

先日のももを見ていると、嫌でもこのおばあちゃん〔母〕を
思い出さずにはいられない。

正直、思春期の頃は、母が嫌で悩んだし、
母のした事でいつも頭を下げて罵倒され、家事もやって、
一体、私の人生って何だろうと、よく考えた。
成人してからは、母から逃げたくて、家も出た。

私が行き倒れになっている夢を見たといっては泣いて
電話してきて、毎週、どこでも買えるようなものをダンボール
いっぱいにつめて送ってくる。
母だけは、自分の存在を自分の事以上に大切に思って
くれているだろう事が嫌でも伝わってきた。

そして、家を出てみて、母の存在のありがたみを実感して
家に戻った。
いてくれるだけでいい、生きててくれるだけでありがたい。
家族ってそういうもんなんだと思った。

母と入れ替わりにももが産まれて、
しかも同じ誕生日、同じ血液型で、
なんだか嫌な予感はしてたけど、当たった〔笑〕

母で悩むのが終わったら、ももで悩む日々。
正直、自分の事よりも、家族の事で悩む人生がずっと
続いていると、ふと我に返った時に、
「疲れた、逃げたい…」って思うことがある。

でもたぶん、逃げても、逃げても、
家族を捨てて、自分だけ楽しく暮らすなんて事は
出来ないのだろうと思う。

昔、ももの癇癪に限界を感じて、パパにももを託して
家を飛び出したことがあった。
街中を歩きながら、小さいももと同じくらいの女の子を
見かけると、目で追ってしまう自分がいた。

嫌で逃げたのに、頭の中はももの事だらけで、
自分の洋服は探さずに、ももに似合う洋服や小物、
喜びそうなおもちゃなんかを、知らず知らずに
捜してしまう自分がいた。

ひとりで、お昼を食べていても、
「今頃、ももは泣いてないだろうか?
ちゃんと食べれてるのかな?」などと
心配になり、
いてもいられない気持ちになって、
ももへのお土産をいっぱい買い込んだ袋を
抱いて、家路についた。

今でも、日々、ももの癇癪と暴言が続くと、
「逃げたい、もう無理」と思う。
たぶん、自分のイライラをぶつけやすい相手なんだと思うし、
ぶつけずにはいられないももの辛さもわかる。
小さい頃は、まだ我慢できた事も、つい
もうこんなに大きいのだからと思ってしまって、
受け入れられなくなってきている部分もあるのかな?と思う。

昨日も、習字の清書をしてて、大喧嘩になった。
しばらく教えていなかったので、筆の使い方がすぐに駄目に
なって、横についてやっていた。
最後の名前を書く段階で、ひょろひょろのお化けみたいな文字を
書くので、「名前もちゃんと力入れて、丁寧にね」と声かけ
したとたん、「出来ない!」といって、私に向かって墨を投げた!
頭から墨をかぶったとたん、ももに平手打ちをしていた。

せっかく頑張って積み上げてきて、あと少しというところで、
癇癪を起こして、ぶち壊す事が多いもも。
そんなことをしたら、また、最初からやらなくてはならなくて
もも自身も損だし、それにつきあっている人も困る。

じゃあ好きにしなさい!と突き放すと、それは、それで
「ママは冷たい。私なんていなくてもいいんだ。」とか言い出して
自分のした事は棚にあげて、ごねる。。。。

こういう被害妄想で頭がいっぱいになって、冷静に
自分自身を振り返れないところも母そっくりだ。

母は、自分の葬式の時まで親戚中から、悪口を言われていた。
母のきょうだいは、誰一人として来なかった。
母と折り合いの悪かった姉〔私の姉〕も、やっと母から開放されると
晴れ晴れとした表情で話していた。

自分の子供にまで葬式の時に、そんな事を言われてしまう母の人生
ってなんだろうとせつなくなった。せつなくて、涙があふれてとまらなかった。
ある意味、最後まで連れ添って、母の死に涙してた父でよかった。

離婚され、自分の子供からも縁を切られ、路上生活者になった挙句
軽犯罪を犯して受刑してた年配の女性のドキュメンタリーを以前見たが、
母だって、そういう人生を送る確立も高かったはずだ。

ももには、どうしても、そんな人生は送ってもらいたくない。

これからも何度もこういう事を繰り返しながら、あきらめずに
正しい方向を教えていくしかないんだろうなぁ。


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コメント

あなたのブログを見ていますと涙がでます。私の母も相当変わった人でしたが、まずは常識範囲の人だったとおもいます。
 ある日あなたには自分が変わっているという自覚があるかと問うと、自覚はあるとの答えがかえってきました。自覚がありながらどうにも自分を制御しがたいのは私も同じです。そしてわたしの子供たちも同じです。
 今は子どもたちはそれぞれに家をでて、二人だけで生活しています。我が家では家内だけがノーマルなので、今も一緒に生活してくれている家内だけが被害者だとおもいます。幸い娘は良縁に恵まれてなんとか平穏な生活を送り息子は独身ながら、世の中には迷惑をかけずにくらしています。
 どのような星の下に生まれるかは自分の選択とは無関係で自分としてはせいぜい最大限に努力して運命と闘っていくしかないのです。それにしてもわたしは家内に感謝するのみです。友人たち、教え子たちに感謝するのみです。時には肩の力を抜いてのんびりと運命を甘受しましょう!又時々コメントします!

投稿: Don | 2009年8月 3日 (月) 10時25分

Don様 コメントありがとうございます。

私は、Don先生のお母様の話を読んで泣きました。

良いか悪いかではなく、お母様なりに一生懸命すぎたのだと思いました。昔は、母親という立場への風当たりも今とは比較できないほど、強かったでしょうし容易に追い込まれてしまう心境も私には痛いほど理解出来ます。

今も「お母さん、頑張って下さい」と頑張れない時に言わる事が日常的にあります。

そんな時に、ほんの少し、母親の荷物(負担)を、持ってくれるような具体的かつ直接的な支援があれば、追い込まれる事もなくなってくると思っています。

そういう意味において、Don先生のお陰で、救われている親子は、たくさんいると思います。また、いち早く、ブログなどで、有効な情報を発信してくださった事を心から感謝しています。

私も母の娘であり、ももの母親なので、十分、変わっているという自覚もありますし、スイッチが入ってしまうと自制が難しいのですが、ギリギリのところで、軌道修正しているだけだと思っています。

フェリーニの道じゃないですが、ジェルソミーナが死んでしまってから、ようやくなくしたものの大きさに気付く不器用さを、私は、愛おしいと思います。

Don先生が奥様や、お子さんや、周囲の人間関係に恵まれてらっしゃるのは、ひとえに、先生の人徳だと思います。

私も、ご先祖様や、家族に感謝しつつ、
なるべく、人がしてくれた良いことにだけ感謝して
生きてゆきたいとは思います。

愚痴みたいな記事を最後まで読んで下さり、
コメントまでいただき、心から感謝致します。

投稿: momo はは | 2009年8月 4日 (火) 02時13分

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