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2009年6月21日 (日)

距離感

今日は、ももを遊びの塾に託して、私は、とある小学校の先生のところへ
遊びに行きました。
この方は、発達障碍児の対応を追求されている先生で、ももに関する事で
ご相談をしたかったので、お時間をとっていただきました。

本題を相談し終え、学校の中での、もも達のような普通クラスに在籍する
発達障害児の話になりました。
ほとんどの先生は、日々の業務に終われ、特別支援を前向きに考える
余裕がないとの事。
「でも、ほんのちょっとの事、そのために、多くの準備時間や、人員配置など
必要がない、簡単な事からでも意識をユニバーサルな方向へ持っていく事は
可能ではないだろうか、、、」と問いかけた時の事。

「ほとんどの学校長は、金太郎飴のような授業を望んでいます。
クラスごとに工夫があって違いが大きくなると、保護者から不満の声も
あがって、それに対応するのに、苦慮する。
だから、余計な事はしてくれるなと、先生達に指導する。」とおっしゃっていました。

「ある程度、実力も年齢もあって、校長の指導が入りにくいような自分は
じっくり教えたいところに焦点をしぼったような工夫も出来るが、
まだひよっこの先生などは、自分の考えなど切り捨てさせられる。」

また、こんな事もおっしゃっていました。
「学校の先生というのは、保護者が想像するよりも立派な人格者が少ない。
先生との折り合いが悪く、子供の状態が悪くなってという確立のほうが実は
高くて、よい先生に巡り会う確立のほうがはるかに低い」との事。

保護者には、そういった先生も育てていくような気持ちで、環境を丸ごと
受け入れて欲しいと話されましたが、「それは、無理です。場合によっては、
私達の子供は、その時の傷を一生引きずるわけですし、10まで積み上げるのに
スモールステップで積み上げてきた事が、そういった教師の対応で、一瞬の
うちに崩れてしまうのを何度も耐えろというのは、無理です」と反論させて
いただきました。

どうも、ももは、一年生の時にいろいろあった経緯から、特別に校長の
配慮で、いろんな先生に手厚く見てもらえているようです。

ほとんどの学校では、通級も通えないし、支援員もつかない、TTもない、
ひたすら放置プレーで、なにか事が起きなければ、何も配慮も支援も
してもらえないのが普通なようです。

もものように、コーディネーターの先生がつき、他の特別支援チームの
先生達がついて、チームで支援を望むなら、特別支援学級にいくしかない
そうなんですね。。。。

特別支援級に入れば、例えば、学習面は優秀で、集団行動に問題がある
ような子供でも、個別指導書を作成してもらい、チームで見てもらえるし、
算数の才能があれば、一年生でも6年生の算数の勉強をさせてもらえて、
伸ばしてもらえるというような事も可能であるとの事。

しかし、現実は、知的障害を持つ子供の保護者達からは、
「標準以上の知能があるのに、支援級に来てもらいたくない。
自分の子の支援が薄くなる。迷惑だ。」という声もあちこちで聞き、
実際陰湿なママ同士の確執というか、いじめみたいなものも聞くし、
私は、もも達のような子供の居場所がないと感じる。

また、ももは、特別支援学校の主事の心理士に関わってもいただいているが、
特別支援学校の先生のやり方考え方は、普通の学校には受け入れられない、
通用しない場合が多く、指導を受けても、ほとんどの先生は、
「いいお話だけれども、現実離れしてて、、、、」と流して終わりだそうだ。。。

つい、「それでも、なんとかしないと、先生自身も困るじゃないですか!
最初から出来ないと決めつけてしまわずに、なんとかならないか?と
考えてもらえないんでしょうか?組織のしばりの件は理解出来ますが、
あまりにも大人目線すぎて、子供にあわせろばかりでは辛すぎる。」と
食い下がりましたが、

外部との連携も、よほど、校長が意を決してやろうと思わないと難しいし、
やっても、先生個々の意識や気持ちの違いによって、やるだけで
終わってしまう事が多いとか。。。

少しづつ、特別支援は普及していると思っていましたが、現実は
私が想像するよりも、厳しいようです。

私達がよくテレビで見るようなユニバーサルな支援教育を実施出来ている
ような学校、すなわち、特別支援推進校だったりは、その時だけよい
らしいですわ、、、、。

いろいろショックでしたが、現実がわかったという事は、それだけ+になる事も
あると考えて、再度、自分たちの立ち位置を考えていかなくてはならないなぁと
感じました。

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コメント

何度かコメントしようとして途中で止めていたのですが、長くおかれているので、ちょっとだけ。

先生と呼ばれるお仕事をする方(特に自分は他の先生より力があるとお考えの方)の中には、自分を特別に見せようとする気持の強い方がかなりの割合いでいらっしゃいます。
そういう方は、(おそらく本心でそう思われているのでしょうが)周りの先生方がいかに力が無いかということを実態以上に膨らませる傾向があります。

前半のほうのお話は、半分くらいで聞いておいていいのではないでしょうか。

私も、たいした経験があるわけではありませんが、校内で色んなクラスの先生のやり方を拝見し(こういう事、実は普通の先生がたはできないです。自分のクラスをほうっておいて他所の教室はのぞけませんから)、色んな先生の愚痴を聞きますけれど、
むしろ、管理職が何も指示、指導をしないことへの不満のほうを良く聞きます。

後半の、「特別支援の実態」に関しては、
私も、「いったいどういうことになってるのかなぁ??」
と思う事が多いです。
会議は開かれていて、「見守りたいこ」という形で、全校で情報の共有はされているようですが、教室内で見ている限りでは、これまでの6年間、特別な体制が組まれたり、特別な対応がされたりという様子はありませんでした。
診断を受けて、診断名をもらっているお子さんも複数いるのにです。

教室外では、通級(別の学校になります)したり、教育相談を受けたりというようなこともありますし、私の知らないところで何かやっているかもしれませんけれど・・・。


投稿: sei | 2009年6月28日 (日) 01時10分

コメントありがとうございます。
学校内の事、いろいろ教えて下さって、ありがとうございます。
>管理職が何も指示、指導をしないことへの不満のほうを良く聞きます。
<これも学校間で開きがあるようには感じますが、担任に一任されている事が多いという事なんでしょうか。

特別支援元年に入学したももですが、たまたま同市の他の学校での特別手厚い支援を最初に目にしたので、それが普通なんだと思っていましたが、逆のほうが多いのだと知りました。
法律通りの支援をお願いする(支援学校の指導等)も、まだまだそれを拒否する学校が多いようで、簡単に法律で決まった事が無視されてしまう現状が当たり前にあるように感じます。
通級も通えない、教育相談も圧力をかけられて受けられない、そんな親子が周りに多くいるものですから、同じ税金を払いながらも格差が広がる特別支援に疑問を抱き、
私に何か出来る事はないか?模索しているのですが、
難しいと感じています。

投稿: momo はは | 2009年6月28日 (日) 09時22分

私がわかるのは、勤務先の学校と娘たちの学校の事だけですが、
「校長先生や教頭先生が授業を身に来てた!」
なんていう事を頻繁に子どもから聞く親御さんは少ないのではないかと思います。(授業観察など、勤務先の学校の管理職はやっていますが、頻度はそれほど多くないし、授業も一枠を見るだけです)

教室の中を見ないで有効な指導は出来るはずもありませんので、大概の場合、教室内で起きている事は担任の先生に一任されているのではないでしょうか。
(親からのクレームとか、学級崩壊などの症状が顕著になれば管理職も頻繁に教室に入りますけれど・・)

「特別支援」といった形で外部とも繋がっていく時には、やはり管理職の積極的関与がひつようなわけで、ここに、スポーツ用語で言う「お見合い」のような状況が生まれているのではないかと感じています。
管理職は「担任が必要を強く感じるなら考えよう。」と思い、担任は「実態を報告しても管理職が動き出さないのだからこのままやっていけばいいのかな。」
といったすれ違いです。

誰がどう判断して、どんな風に動くのかというのがあいまいなので、結局何も動かないで「見守る」になっているケースも多いように思います。


でも、親が希望するのに、教育相談もうけられないなんていうのは異常ですね。教育相談は本来学校の先生にどうこうされるものではないと思うのですが、そんな事がまかり通るのですか?驚きました。

投稿: sei | 2009年6月28日 (日) 22時20分

そうなんですね。
我が校の校長は、忘れ物などを届けに行く度に、校内を巡回しているのに出会っていたので、そういうものなんだと思っていましたが、違うのですね。
我が校の校長は、校長なりに、いろいろと動いてくれたとは思います。ただ、なかなか具体的な支援には結びついていかないものがあります。

市内の別の学校では、管理職が先頭に立って、親御さん、外部の専門家、教職員全員でもって、会議を開いたり、勉強会などを開いたりしていましたし、特別支援についても、そういった事を明文化して、職員全員が共通理解出来るようにしていました。
ただ、こういうケースは稀で、この管理職は、校長会でつるし上げられたなんて事も耳にしました。
風通しのよい学校は、どんどん支援が進んでいく一方で、
そうでない学校では、追いつめられていく子供が後を絶たない現実があります。

見守るというのは、日本的な概念というか、実に、役所的な考えだなぁと思いました。

我が校ではありませんが、他校の保護者さんは、教育相談をするという事は、学校を敵に回す事だと言われたらしいです。そんな事を言われたら、子供を人質に捕らわれているような気持ちになって、親は動けませんよね。

いろいろ裏で、特別支援の長に直談判したり、裏で、理解の推進をお願いしたり、こそこそ動いて、そのお願いを聞き届けていただいてる感はあるのですが、それ以前の学校の体質みたいなものに、唖然とする事は多いです。

なんだかとりとめのない文章になってしまいました。
すいません、

投稿: momo はは | 2009年6月30日 (火) 00時24分

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