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2009年6月30日 (火)

MJの死に想う

マイケルジャクソンの突然死。
特別、彼のファンだったわけでもないですが、一時代を築いた大物の死に
驚くと共に、彼の晩年について、私なりの想いを、言葉にしてみようと思います。

彼は、自分が黒人である事に強いコンプレックスを持ち、
肌の脱色にはじまり、元の顔がわからないくらいに整形を重ね、
それによる感染症に苦しみました。

また、スターダムにのぼり詰めた者の、孤独を、嫌というほど感じさせた
人でもあったと思います。

あまり人種差別というものが深刻でない単一民族の日本人には、
ぴんと来ない部分もありますが、
アメリカでの黒人差別は、黒人大統領が誕生した今でも、根深いものが
あると聞きます。

マイケルの悲劇は、彼が自分のありのままを受け入れられずに、
否定する事によって、見た目の肌の色が白人っぽくなっても、
本物の白人からは、馬鹿にされ、
また、同じ黒人からも、肌の色を変えた事で、非難を浴び、
孤立を深めていき、絶対になれない白人になるという事に
執着してしまった事だと思えます。

それは、見た目からはじまり、周りの人に対する猜疑心が高まるに
つれて、最後は、子供しか心を開く事が出来なくなっていくところなんか
からも、同じような悲哀を感じます。

マイケルの気持ちと、自閉者の気持ち。

とっても似たところがあるように思えて仕方がありません。

自閉者も、自分の脳をまるっきり定型者のように変えるなんて
事は、出来ませんし、
そういった療育は、自己否定感を強めるだけで、頑張れば頑張るほどに
敗北感に苛まれるような気がしてなりません。

自分というものを受け入れてからでないと、無理矢理変えるべきでない
大事なオリジナルの部分まで変えてしまおうとして、代えって、自分を
傷つけてしまう事になるのではないかと思うのです。

人種や障碍の有無に関係なく、誰もが、自分以外の誰かになるなんて
事は出来ないのです。

折り合いをつけるという事は、自分を丸ごと変えてしまう事ではありません。
納得いかない自分、嫌な自分を受け入れて、その上で、どう前を向いて
進んでいくかという事なんだと思います。

服巻智子先生のブログにモデルになるという夢が叶わず、拒食症になり、
苦しむ女の子のお話がかつて掲載されていました。

以下、抜粋させていただきます。

http://tomokoworkdiary.sagafan.jp/c2061.html

夢は叶うこともあれば、あきらめることを決断しなければならないこともある。

挫折 とか 評されることもある。

人は幼い頃から、ネガティブな強い感情を自分の中で処理し、感情を整理するスキルを生活の中で会得する。

あきらめる ということだ。

give up じゃなくて let go

欲しくてたまらない気持ち、欲しいものへの執着心を、自分の中から自主的に放出し放念する

あきらめることを学ぶことは、本当に苦しいことだ。

感情の発達が未成熟なままでありがちなASDの人たちには、これが本当に難しい。一般の人にも難しいが、特に難しい。なのに、人生は、諦めなければならないことが、むしろ多いかもしれないのだ。

あきらめて、その後、新しい何かとの出会いをポジティブに待つ。当ても無くただ待つ。
あるいは、何もなくても今持てるものに満足を見出す。

その健康的でしなやかな人生観を得るには、何年もかかるものだ。

let go が、うまくできるようになることが大人になるということの大きなステップのような気がする。

抜粋終わり

give up じゃなくて let go

いい言葉だなぁと感心しました。

世の中と折り合いをつけるというのは、生きていく上で、とても大事なスキルのひとつだと思います。
変に世の中を否定して、自分の考えに固執する事で自分を守るのではなく、受け入れる事で、自分を根本から自由にしていく事。

それは、整形のような安易な方法ではなく、ある意味時間もかかり、
受け入れるまでに多くの苦しみも伴うものかもしれません。

そういう私も、今だ、諦める事の難しさに苦しむ事も多々ありますし、目の前にある
当たり前の幸せが見えず、ちっぽけな不幸にばかり、目を奪われやすかったりも
します。一生、自分との戦い。
前に進む為、日々、いろんな事を乗り越えて生きているゆように感じます。

ただ、自分の納得出来ない面、悪い面を受け入れた人は、不安もなく、自由で、
幸せでいられると思います。

私は、自閉者が自分を肯定した上で、世の中と折り合いをつけてゆく為の
スキルを教えてくれるような、寮育はないものか?と、K先生のお力添えも
いただきながら、追求しようと考えているところです。

上から目線で、定型社会での正解の行動を鵜呑みさせるのではなく、
自閉者のプライドを守りつつ、彼らが、素直に、「そういう事か!」と
腑に落ちて、自分の意志で行動を変容できるようなそんなやり方を
模索していこうと考えています。

果たして、そんな事が出来るのか?わかりませんが、
気持ちは、そういった方向に向いています。






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2009年6月28日 (日)

ひとりぼっち

昨日は、ももの学校の発表会(歌や演奏、演劇等)でした。
リコーダーも頑張って上手く吹けるようになり、ちゃんと出来ていました。

発表会が終わった後は、通常の授業(テスト)を受け、
お昼は、親子でお弁当を食べました。
お弁当は、皆、仲のよいお友達と食べたりするんですが、
ももは、皆に「一緒に食べよ」と誘って、
「○ちゃんと食べるから、無理~!」と言われていて、
それを見ながら、なんだか辛くて仕方なかった母です。

我が家によく遊びに来る友達なんです。
その子いわく、「みんな塾とかで遊ぶ子がいないから、、、」
仕方なくもも家に来た感じだったのですが、
ここ一番の時に仲間はずれにするっていうのが
信じられなくて、、、、。

当然、もも自身に、そうされる理由もあるとは思いますが、
なんとも言えない気持ちになってしまいました。

逆に男の子は、「もも!」と声をかけてくれる場面も
ありましたが、
「私だけ友達弁当じゃない」と涙ぐむももを見ながら、
複雑な気持ちになった母でありました。

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2009年6月22日 (月)

雑感

このところ天気予報を信じて、大きなシーツやカーペット等を洗濯したり、
庭に除草剤を撒いたりすると、バケツをひっくり返したような集中豪雨になります。


地球温暖化→亜熱帯化?→地球温暖化キャンペーン→光熱費の基本料金があがる
または、オール電化にして、太陽光発電にすれば公的な助成金も出て、得?
のような図式が出来上がっているようです。

が、以前から、太陽の黒点に異常がみられ、地球は、このままだと再度氷河期に
突入してしまうという別の話もよく目に耳にしていました。

まったく正反対のこの情報。どちらも、事実を元に情報にバイアスがかけられている
と考えるのが我々としては賢明だと思います。

地球温暖化キャンペーンの事を、私の友人達は、「詐欺」と言ってます。
目の前の温暖化は、地球のサイクル的には、それほど異常なものではなく、
弥生時代はもっと気温が高かったとか。
まあ、私はその道の専門家ではありませんから、話の整合性を確かめる術も
ないのですが、ゴアのつくった映画といい、政治的な策略が見え隠れし、
裏には、そういったキャンペーンで儲かる企業と、政治家の癒着みたいな構図
は、はっきりと思い浮かべる事は出来ます。

地球温暖化に限らず、全ての報道には、バイアスがかかっていると思っています。
なので、情報をそのまま鵜呑みしないようにはしています。

この最たるものが、霞ヶ関の報道だと思います。

また、統計なんかも、バイアスというよりも、これは、作り替えられているような
場合があり、鵜呑みにするのは危険な場合があります。

いろんな投資をしていると、行き着くところは、自分で調べて頭を使って
五感でもって総合判断するしかないというところに行き着きます。
なんとかマネーみたいな雑誌を参考にするのではなく、自力で、データを収集し、
分析するのですが、公的な機関から出ている統計などをいろいろ集めていくと、
あれ!?おかしい?そんなわけないじゃん!っていう統計に出くわす事が
あります。

最初は、言葉は曖昧だけれども、統計は、嘘がないから、と思っていたの
ですが、それも甘かったという事を知りました。

真実と嘘を織り交ぜて、また巧妙に伝える側に有利なように事実の選択をして
洗脳するような情報が多いのだと思います。

特に日本のニュースは、我々が生きていく上で必要なニュースは流さない
ので、語学が堪能な友人や、海外に住んでいる友人の話を聞いたり、
自分の目や肌で感じた現実感を大事に物事判断するようにしています。

人間は間違うようにプログラミングされている部分があります。
そこを巧妙に突いてくるようなものが、世の中にはたくさんあります。

いかに、情報に洗脳されずに、上手く生きてゆけるか?
間違わずに生きるという事は、不可能ですが、出来るだけ
家族を守って生き残ってゆけるようにはしたいといつも思っています。

某大臣が、景気底打ち宣言をしていましたが、嘘だと思っています。
景気が世界的に本格的に悪くなるのは、これからが本番だと思っています。

福祉の質どころか、切れるところから、予算はカットされるでしょう。
福祉云々よりも、自治体が破綻しないか?という究極の状況になるかも
しれません。

学校も、高校の特別支援が整備されつつあると聞きましたが、
形だけで、機能できるかわかりませんし、
高等養護へ行って、障碍者枠で、一流企業に就職という道も
一流企業が倒産するような事態になれば、望めないと
ずっと思っています。

あらゆる意味において、厳しい現実をちゃんと見据えて、
自力で頭と身体を使って、生きてゆかなくてはならない時代に突入
するんだと思います。

今、海外のニュースサイトでは、下級層ではなく、裕福だった
ミドルクラスが、車で寝泊まりして、ホームレスになっている人々が
どの地域でも増加しているらしいです。

去年末、海外へ行った友人いわく、高級デパートが投げ売り状態で、
高級ブランド品がくちゃくちゃの荒れ具合で、びっくりしたとか、
ホームレスも増えて、治安が悪化している様子だったと聞きました。

明日は我が身かもしれません。

突然の失業で、最近増えている捨て犬、捨て猫も増えるでしょう。
いつの時代も弱いものから、辛い立場に追い込まれていきます。

そういう意味で、景気底入れ宣言された今、こういう事を書いてる
私は、頭の変な奴と思われるでしょうが、
なにが起きても生き残れるように、身の丈にあった出来る事を
しましょう。

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2009年6月21日 (日)

距離感

今日は、ももを遊びの塾に託して、私は、とある小学校の先生のところへ
遊びに行きました。
この方は、発達障碍児の対応を追求されている先生で、ももに関する事で
ご相談をしたかったので、お時間をとっていただきました。

本題を相談し終え、学校の中での、もも達のような普通クラスに在籍する
発達障害児の話になりました。
ほとんどの先生は、日々の業務に終われ、特別支援を前向きに考える
余裕がないとの事。
「でも、ほんのちょっとの事、そのために、多くの準備時間や、人員配置など
必要がない、簡単な事からでも意識をユニバーサルな方向へ持っていく事は
可能ではないだろうか、、、」と問いかけた時の事。

「ほとんどの学校長は、金太郎飴のような授業を望んでいます。
クラスごとに工夫があって違いが大きくなると、保護者から不満の声も
あがって、それに対応するのに、苦慮する。
だから、余計な事はしてくれるなと、先生達に指導する。」とおっしゃっていました。

「ある程度、実力も年齢もあって、校長の指導が入りにくいような自分は
じっくり教えたいところに焦点をしぼったような工夫も出来るが、
まだひよっこの先生などは、自分の考えなど切り捨てさせられる。」

また、こんな事もおっしゃっていました。
「学校の先生というのは、保護者が想像するよりも立派な人格者が少ない。
先生との折り合いが悪く、子供の状態が悪くなってという確立のほうが実は
高くて、よい先生に巡り会う確立のほうがはるかに低い」との事。

保護者には、そういった先生も育てていくような気持ちで、環境を丸ごと
受け入れて欲しいと話されましたが、「それは、無理です。場合によっては、
私達の子供は、その時の傷を一生引きずるわけですし、10まで積み上げるのに
スモールステップで積み上げてきた事が、そういった教師の対応で、一瞬の
うちに崩れてしまうのを何度も耐えろというのは、無理です」と反論させて
いただきました。

どうも、ももは、一年生の時にいろいろあった経緯から、特別に校長の
配慮で、いろんな先生に手厚く見てもらえているようです。

ほとんどの学校では、通級も通えないし、支援員もつかない、TTもない、
ひたすら放置プレーで、なにか事が起きなければ、何も配慮も支援も
してもらえないのが普通なようです。

もものように、コーディネーターの先生がつき、他の特別支援チームの
先生達がついて、チームで支援を望むなら、特別支援学級にいくしかない
そうなんですね。。。。

特別支援級に入れば、例えば、学習面は優秀で、集団行動に問題がある
ような子供でも、個別指導書を作成してもらい、チームで見てもらえるし、
算数の才能があれば、一年生でも6年生の算数の勉強をさせてもらえて、
伸ばしてもらえるというような事も可能であるとの事。

しかし、現実は、知的障害を持つ子供の保護者達からは、
「標準以上の知能があるのに、支援級に来てもらいたくない。
自分の子の支援が薄くなる。迷惑だ。」という声もあちこちで聞き、
実際陰湿なママ同士の確執というか、いじめみたいなものも聞くし、
私は、もも達のような子供の居場所がないと感じる。

また、ももは、特別支援学校の主事の心理士に関わってもいただいているが、
特別支援学校の先生のやり方考え方は、普通の学校には受け入れられない、
通用しない場合が多く、指導を受けても、ほとんどの先生は、
「いいお話だけれども、現実離れしてて、、、、」と流して終わりだそうだ。。。

つい、「それでも、なんとかしないと、先生自身も困るじゃないですか!
最初から出来ないと決めつけてしまわずに、なんとかならないか?と
考えてもらえないんでしょうか?組織のしばりの件は理解出来ますが、
あまりにも大人目線すぎて、子供にあわせろばかりでは辛すぎる。」と
食い下がりましたが、

外部との連携も、よほど、校長が意を決してやろうと思わないと難しいし、
やっても、先生個々の意識や気持ちの違いによって、やるだけで
終わってしまう事が多いとか。。。

少しづつ、特別支援は普及していると思っていましたが、現実は
私が想像するよりも、厳しいようです。

私達がよくテレビで見るようなユニバーサルな支援教育を実施出来ている
ような学校、すなわち、特別支援推進校だったりは、その時だけよい
らしいですわ、、、、。

いろいろショックでしたが、現実がわかったという事は、それだけ+になる事も
あると考えて、再度、自分たちの立ち位置を考えていかなくてはならないなぁと
感じました。

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2009年6月18日 (木)

Sちゃん

Sちゃんは、一年生の時に同じクラスで、よく遊んでいた女の子。
ももとの相性が悪く、ももの2次障碍が酷くなる原因のひとつが、
Sちゃんの悪気のない意地悪であった。
ももは、その場では我慢するものの、「遊ぶ約束をしたのに、
簡単に目の前で他の友達に乗り換える」
「3人で遊ぶと、いつもいじめのターゲットにされて、自分だけ、
何を言っても、ダメー!と否定される仲間はずれにされる」
「せっかくとったドッチボールの玉を、ももちゃんは投げないで!
下手糞だから!と奪い取られる」等々、
毎日のようにももは泣かされて帰ってきてた。

まあ、相手も幼いし、それだけならば、見て見ぬふりをしつつ、
見守るだけだったんだけど、ある日を境に、もものフラッシュバックが
酷くなって、Sちゃんを攻撃しはじめたので、致し方なく距離をとらせていた。

Sちゃんは、社会性は目立って?な部分はないが、
簡単なことばがわからない、ルールが呑み込めない様子だった。
それ故、宿題をまったくやっていかず(昔のパパみたいだ、、、)
皆の前で、先生に叱られていると、ももに聞いていた。

他のママ達が、Sちゃんの話を聞いて、宿題もやらないなんて
ありえないと話していたが、
私は、やらない、、、ではなく、やれない、どうやって勉強すればいいのか
わからないから、やらないにしちゃってるように思えていた。

3年生になり、また同じクラスになって、ももはSちゃんと遊ぶようになった。
昔のSちゃんと違って、今は、特別意地悪な事も言わないし、
目立つ幼さもなくなって、落ちついたように見える。

一年生の時のように、絶えず、Sちゃんの悪気ない意地悪に
誰かが泣いて、帰るような事もなく、平和に遊んでいる。

今日は、Sちゃんが、塾の宿題を持って来ていた。
一年生の漢字から、復習しているそうだ。
Sちゃんいわく、「ママが、私が0点ばっかりとってくるから、塾に
入りなさいって言ったの」
と教えてくれた。
一年生用のノートに漢字のお手本が書かれている。
書き順はめちゃくちゃ、自信がないので、小さな字、バランスがばらばらで、
ひとつの漢字が3つくらいに分離している。とめ、はねがわからない、、、等々、
少し前のももそっくり。

「それ繰り返し書くの?」
「うん、いっぱい書くんだけど、ちっとも頭に入っていかないの」
と言うSちゃん。

入っていかないのに、さらに、学校と同じやり方で、遅くまで塾で
勉強なんて、辛いよなぁ。

今の小学校の学習は、丸呑みさせるだけだから、
ももやSちゃんみたいな子は自然と、落ちこぼれてしまう。

しかも、脱ゆとり教育が追い打ちをかけている。
リットルの単元、一週間で修了しちって、次の次の単元を
今やっている。

チャレンジの今月号の単元(リットル)は一週間で終わって、
まだ届いていない来月の単元をやっているのだから、
事前学習もへったくれもないような進度だ。

なんだか、擬似的に学習障害をつくりだしているようにも
思えて仕方がない。
立場的に、私は、どうにも力になれないけど、
Sちゃんの今後が、気になってしまっている。。。

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2009年6月16日 (火)

音が合わせられない。。。

入学以来、これでも一番落ち着いて学校生活を送っているもも。
担任に感謝、見守ってくれているいろんな先生に感謝!
と、思っていたところ、「音楽の時間、リコーダーが皆とあわせてふけない!」
と言って、音楽の授業をボイコットしていた模様。。。
別の先生のところで、個別レッスンしていたらしいが、今日は、一度
頑張ってみると、皆と一緒にチャレンジしたと連絡帳に書かれてあった。

受け止めてくださっている先生方に、感謝。

さっそく、ももに、「ママと一緒に練習しようか?頑張れば、出来るようになるよ!」
と言ってみた。
ももいわく、「もう、頑張ってるんだけどね。授業が嫌とかじゃなく、どう頑張っても
皆の音と自分の音がずれて、なんていうか、、、聞こえなくなっちゃって、
どう頑張ればいいのかわからないだけなの。」という。

うーむ。。。。。

自分ひとりでだと吹けるらしいが、皆と一緒は無理とな。。。

平田先生に、ひとつひとつの状態は軽いが、多くの自閉的項目に当てはまると
いう点では、自閉症が重いと言われたもも。

一年生の時に、いきなり慣れない体育館での大きなマイクの反響音に
耐えきれず、脱走するか、問題行動をおこすかしていたもも。

K先生は、耳を慣らす訓練をしなさいと言ったが、
先輩ママさんの多くが高学年にいくにつれて、軽くなっていくから
と言っていたので、無理に訓練などさせていなかった。

ただ、同じ学年の他の自閉くん達は、大丈夫そうなところをみると、
ももは、やっぱり、聴覚過敏が酷いのだろうか、、、?

今の、ももは、めいっぱい頑張っている。
これ以上、聴覚過敏の克服まで頑張らせないといけないのか?
という想いを持ちつつも、
とりあえず、頑張ってみて、ダメなら、やり過ごす事も考えようかと思う。

それにしても、ももは、いろんな面で損だなぁ。

またクラスのみんなに、ももちゃんだけ、授業さぼったとか
思われているのだろうなぁ。

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6月16日の朝ご飯

Asatei 昨日は、くるみパンとヨーグルトの朝食。
パン、一口しか食べない。。。
なので、和食にしてみた。
ももの好きな、しょうゆごまのおにぎり。
味噌汁。(汁はなんでも好きみたい)
甘くない出し入りの卵焼き。
昨日の夕食の残りのれんこん、ごうぼう、水菜の
甘酢あえ。

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2009年6月14日 (日)

6月13日の朝ご飯

Asaasa パイ(中に穴が開いている)に、バナナとパイナップルを
入れて、生クリーム。昨日の残りの抹茶シフォン。
メロンの産地が近いせいか、最近、メロンが激安。なので、メロン。
写真にないが、野菜ジュースと、ヨーグルト。
甘いものだと、よく食べてくれる。。。。

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6月12日金曜日の朝ご飯

Asa162 もも、朝おきぬけにパン、ご飯類は一口も食べなくなりつつある。
暑さのせいもあるのか?なので、食べやすそうなものにしてみた。
抹茶シフォンケーキに、ももの大好きなとうもろこし、写真にないけど、
ヨーグルト、野菜ジュース(カゴメのマンゴー野菜ジュース、うまし!)。

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2009年6月12日 (金)

心が、ざわざわ…

心がざわざわ…いっている。

同じお仲間ちゃんのママの話を聞いていたら、
なんだか無性に悲しくなって
なんとも言えない気持ちになってしまった。。。

そのママは、自分の子供が好きな子には、好意的だが、
少しでも、自分の子供に嫌な事をする子は、悪とばかりに
悪口を言う。

悪口を言っている子は、話を聞く限り、ももと似た感じの
お子さんで、おとなしいその子とは対照的に、
頭に浮かんだ事をすぐに行動に移す、積極奇異型の子。

確かに相性というものはあるかもしれないが、
基本的に、どの子の個性も大事にしたいと思うし、
例え、ももに暴力をふるってしまう子であっても、
表面だけで、悪いとか、いいとか思わずに、
どの子も心も大事にしたいと思う。

同じ積極奇異な子供を持った親だからこそ、
ももの服にマジックで落書きされても、殴られても、
私は、Bくんの事を心配こそしても、
心底悪くは思えないかもしれない。
大人しいお子さんの親は、普段、元気な子に
接し慣れていないからかもしれないけど、、、。

Bくんのやんちゃは、今年に入ってさらに、バージョンアップ
しているらしいが、それも、今のうちだけで、
大人になっても続くわけでもなし、、、と私は思っている。

しかし、彼の周囲の先生や、子供達は、
困っている様子。

行動が派手な子は、どうしてもその子の悪い面ばかりに、
周囲の意識が向いてしまいがちだけれども、
やさしい面や、律儀な面もたくさんあって、
それを認めてくれる人の話は、よく聞けるのも
私は、知っている。

自分の子供じゃなくても、ある程度、同じ子供として
自分の子のような気持ちで接してあげて欲しい。

そう思う私が、変なのか?

障碍じゃなく、個性として、互いを認め合おうと
いうけれども、
実際、同じ障碍を持つママ同士が、自分の子供以外の
タイプや障碍を否定する事が多く、
いたたまれない気持ちになってしまう事が多い。

また、自閉ちゃんは、男の子に多いので、
女の子の母親とは、子供に対する気持ちも
違うのかなぁとは思う。

無条件に子供と同化して、息子かわいや、よその子は敵と
なっているママ達に対して、
自然と、心理的距離をとってしまう自分がいる。

「人は人、自分は自分。」育ての祖母がよく言っていた言葉。
私は、そのママ達を非難しようとは思わない。
そういう考え方の人もいると捉えて、でも、自分の信念は
貫くしかないのかも。

ももは、約束していないお友達が突然来ても、仲間に迎え入れる、
でも、そうして迎え入れた友達に、「2人で遊ぶから、帰って」と
約束を反故にされて、しょげて帰ってくる。

もしかしたら、この話のママのように、お友達のママは、否定的に
ももを捉えているのかもしれない。
自分の子供の事は横に置いておいて。

今のももに、相手に自分と同じ価値観を求めない。
でも、自分は、みんな分け隔てなく遊ぶのがいいと思うなら、
それはそれで、貫けばいい。
きっと、いつかは、そんなももの姿勢に共感してくれる人が
いるから。。。
そう、伝えるのが精一杯。

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2009年6月10日 (水)

馬鹿丁寧

日曜日の午前中、買い出しに行って戻ってくると、
ももとパパが大喧嘩していた。
ももいわく、やっていたこくごの文章題がどうしても
わからなくて、イラついて、パパに当たったらしい。

いつも、ちょっとやそっとの事では、ももには怒らない
大甘のパパが、ここまで怒っているのをはじめて見た。

一体、どんな暴言を吐いて、パパの心の地雷を
爆発させたのか???

パパに聞いても、怒りマックス状態で、
「今すぐ、出て行け!こんな奴、捨ててこい!」
と、近づけない。。。。

ももを冷静にさせて、謝りにいかせても、
パパの怒りは収まらず。。。

午後から大学祭に行く時も「二度と帰ってくるな!」
としつこいくらに、ももに暴言を浴びせる大人げなさ。

まあ、時間が解決するさと、二人で出かけたものの、
行き帰りの電車の中では、不安の局地で泣きつづけながらも、
そこは、冷静に、「おばあちゃん家と、おじいちゃん家と
どっちがいいかな?」と考えたりもしていて、笑えた。

案の定、帰ってから、再度、謝らせたら、
(もの凄く後悔しています。悲しいですという感じを前面に出して
謝りなさいとアドバイス)
二人抱き合って、無事に仲直り~。

ももには、言葉通りに受け止めるなと、
あれは一時の感情が爆発して、言っているだけの上辺の言葉で
本当に帰ってこなかったら、パパは泣いちゃうから大丈夫よ。
と、言ったけど、
相当、堪えたらしく、昨日は、ちょっとした事、あたり前の事にも
過敏に反応して、感謝の言葉の連続。

「ママ、いつもご飯作ってくれて、ありがとうございます。」
「ママ、お風呂わかしてくれてありがとうごさいます。」
「パパ、働いて、お金稼いでくれて、ありがとうございます。」
一挙一動、全て、感謝、感謝で、、、、。

そ、それは行き過ぎてます。。。。

この過敏さ、
いつもは、ご飯時に、「ママ、お茶!」「○○とって!」
と命令口調だったりなのに、この振れ幅の極端さが、ももなんだよね。

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ゆっくり成長する脳

週末に大学祭でお会いした只今一浪中の青年のママの話が
先を見通すのにとても参考になった。

現在浪人中で予備校と家庭教師で勉強しているようだが、
ママいわく、予備校の先生が首を傾げるような不思議な間違いを
する事があって、
そこは、長年、彼を見続けているママ。

問題文のイラストの車の絵の向きを見て、
同じ方向にしか車は進まないと思いこんで問題を解いていると
すぐにわかった、、、という話をしてくれた。

普通は、そんなところに描いてあるイラストなどに
そこまで深い意味を感じず、文章から柔軟に発想を
して問題を解くだろうに、
そういう絵に捕らわれたり、同じ方向にしか進まない
なんてどこにも書いてないのに、
そう思いこんでしまう脳みそなんだよね~。

もの凄くよくわかるわ。
予備校の先生では、彼の謎は解けないよね。

私は、この話を聞いて、「やっぱりある段階で、思い込み脳が
自然に改善される事はないのか。。。。」と思い知った。

また、脳の調子の悪い時と、いい時の差が、同じ人間とは
思えないくらい激しいという点も、ももそっくりだったので、
「それは、今もそうなんですか?」と聞いたら、返事は「そう」
であった。。。。。

ただ、浪人中の今、そういう自分の思い込み部分が少し改善
されつつあり、今までバラバラに蓄積された知識が、急にポンと
繋がったら、飛躍的に偏差値があがったという話だった。

この、知識がバラバラで、概念把握までに時間がかかるけど、
ある日、突然、繋がって、ポンと成長するという感じは、
ももにも共通しているような気がした。
ただ、ポンと繋がるまでが、えら~く長いので、側で
見守っている母は、根比べですよねっていう話になった。

読み書き障碍の程度もよく似ているので、
現国は、文体によって、理解の差が激しく出るし、ひとつの
言葉にいろんな意味が含まれていて、いろんな解釈が
出来てしまうものは、とても苦手という事であった。
ただ、好きな作家のものは、完璧に読込みも出来てしまうらしい。

この話を聞いていて、有名な豊川の高校教師の話を思い出した。
ずっと学校の成績は地を這うような成績で、ぱっとしなかった人が
成人後、アインシュタインに感化され、そこから猛烈に勉強し
大学に受かって、高校の教師をされている、有名なあの方。

たぶん、彼も、もも達と同じ、ゆっくり成長する脳の持ち主なのかも
しれないなぁと思う。

実際、最近の脳科学では、子供時代は知能指数が低くても
他の子供が10歳くらいで脳の原型が完成してしまって、成長が
とまるのとは違って、ゆっくり20歳くらいまでかかって成長していく
脳タイプの人の中から、とても知能が伸びて高くなる天才タイプが
多く見受けられたというデータがあるそうで、
(半信半疑ではありますが、、、)ゆっくりさんは、ある日、
大化けする可能性を秘めているのかもしれませんね。

アインシュタインも子供時代は、周囲の大人達から「知恵遅れ」と
言われたくらい勉強もできなくて、発達も遅れていたと自ら話しています。
でも、普通ならば、10歳で大人脳になって、子供のような興味や空想を
しなくなるところ、自分は、長く、子供のような興味と空想を続けられた
事によって、その後、あのような発想が産まれたんだと話しています。

今の教育は、のんびりさんを追い詰め、追い立てるような教育で、
彼らの興味やゆっくり空想?妄想する特性を無理矢理つぶしてしまう
ところもあるのかなぁと、思ったりします。

欲張りで、平凡な脳みその私は、ある程度、公教育にもついていきつつ、
よいところも潰れないような方法はないのかなぁと思うのですが、
今の段階でさえ、遊びやゆったりした時間と、やらなければいけない事の
時間配分に、四苦八苦しているのですから、情けないですわ。

1か100かの白黒思考であり、エネルギーも少なめな人達ですから、
心と身体が潰れてしまわないように、最低限、守るのが、親の最低限の
役目なのかもしれません。

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読めない

先週、ももに算数の単元で、リットル、デシリットル、ミリリットルの単位に
入ったと聞いて、日曜日、その先のデシリットル、ミリリットルのところまで
先取り勉強したが、なんと、今日の算数のノートは、この3つの単位の混合計算が
書いてあり、宿題も仕上げ?かといようなドリル。。。。。

春休みから、休みごとに、時間をつくって、お菓子作りをやってたが、
まだまだ、本格的に単位を教えてはいなかったので、当然、こんなに飛ばして
やったら、こんがらがるし、出来るわけないよなぁ。

明日の朝、目で見てわかるように、1リットル『牛乳パック、野菜ジュースのペットボトル』、
100ミリリットル=1デシリットル『母のコラーゲンドリンクのボトル』、1ミリリットル
『しょうゆ入れ』を用意して、現物を見ながら計算を、、、と考えている。
明日の朝は、漢字テストも、他のテストもあるので、見せるだけで、
やれないかもしれないが、、、、。

社会のテストの予習は、地図記号は、ほぼ覚えていたが、意味のわからない
(広葉樹林と、針葉樹林)は覚えられていなかったので、絵を描いて
説明する。。。

でも、いざ問題を解く段になると、疲れているせいもあるのか、
問題文が読めないというか、頭に入って行かない様子。

あ~えの記号を選んで()に書きなさいと書いてあるのに、
○印を書き出すから、

「いつも、いつも言ってるでしょ?問題文3回読みなさいと。。。
どういう答えを書きなさいと書いてある?」と聞くも、

「わかった」と言って、また○をつけはじめる。。。。

3度目に口頭で確認し、「あ~えの記号を書くのよね?」と
念押しして、さらに○を書いた瞬間、母ぶち切れて怒鳴ってしまい、
もも、絶叫あんどパニック。。。。

今、思えば、わかっているけど、間違いを繰り返してしまうつぼに
入り込んでしまっている状態で、ももの特性のひとつなのに、、、、と
反省しつつ、普通なら、1分もかからない問題に、1時間もかけて
大泣きしながらじゃないと、終われない状況に疲れてしまいました。

ノートも、担任の文字が多くなってきて、
ももに「頑張ったけど出来なかった?のか?わざとやらなかったのか?」
と聞いたら、
「黒板の文字を写すのが遅くて、頑張って書いていたが、担任の先生が
書いてくれた」と答えました。

やっぱり、板書きも苦手なんだなぁ。。。。

「夏休みに写す練習しようね」と言うと、素直に「うん」と頷くももなので
ありました。

実は、今日は、スイミングから帰ったら疲れてしまって、
すぐに寝てしまったので、9時すぎに起こして、宿題と、テスト勉強を
させたのですが、こうも疲れていると、読み書きに困難のある
ももは、簡単な問題文さえ、まともに読めないのを見ると、
今のままでよいのか?という気持ちになってしまうのでした。

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2009年6月 9日 (火)

今日の朝ご飯

Asa1 4日ぶりに焼いたパン(中はベーコン、チーズ)
おやつ用に作ってあまった、もちもちドーナツ(ポンデリング風)
半切れ150円だったメロン、目玉焼き、野菜ジュース(トマトベース)
ももは、味付けは、なんでも塩とこしょう。
サーモンのおさしみなんかも、塩。天ぷらも、塩。
家族で、なんでも塩派は、ももだけ。

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2009年6月 8日 (月)

特別な宇宙の意志

Kanngaruu この週末、お知り合いになって、親しくしていただいている
当事者でもあり、大学の先生をしてらっしゃる方からのお誘いで
大学祭に行ってきました。
ももと同じお仲間のお子さんもたくさん来ていました。
ももと違って、見るからに天才の卵みたいな少年や青年達に
生で、こんなに風にあうのははじめてだったのですが、
誰に教わるでもなく、中3で大学生レベルの数式を解いてしまう少年とかを
見ていると、この子達を無理矢理、公教育の枠の中に入れ込んで
潰してしまうよりも、この突出した才能を守って伸ばすほうが、良いのでは
ないかという想いを抱きました。

私は、ももを一生懸命、枠の中に入れ込もうとしているわけですが、
振り切れてるような天才の卵君達を生で見ると、確かにある程度の
集団への適応能力があったほうが、いいとは思うが、
本人の意志とは無関係に、遺伝子レベルで、何か、一点集中で、
本来備わっている才能を伸ばせ!他の事に時間を使うな!と細胞が
命令しているかのような……、
なんと言えばいいんでしょうか?
宇宙の意志というか?神の意志みたいなものを感じてしまったのでした。

この子達は、ほとんどが、不登校や2次障碍を経験していています。
現在進行形の子供達もたくさんいました。
我が県は、高校進学など、内申重視らしく、成績はよくても
不登校で苦しんでいる児童などには、受験は、とても不利らしいです。

形式をあまりにも優先するあまりに、こんな才能あふれた、
素敵な子達をスポイルしてしまう教育のあり方って何だろう?と
思ってしまったのでした。

写真は、折り紙天才少年が折ったカンガルーの親子です。
もも も折り紙大好きですが、なんというか次元が違うのですよね。

いろんな実験や、講義も聴けて、とっても、楽しかったです!!!
ももは、水晶をつくるというのに、凄く興味を持ちました。
お仲間ちゃん達、みんな揃って鉱石好きで、もも同様、磨いた宝石ではなく
そのままの原石が好きという点も共通してて、笑えました。

大学生のお兄さん達の講義を遮るように、先にマニアックに説明してしまう
自閉君達。(爆)マニアックな質問の嵐(爆)
なんなんだ!この子達は!と言われていて、笑えました。
また、裸眼では見えないであろうものを、皆揃って、「あ!見える~!」とか
言い出して、ママ達も、この子達なら見えないものも見えてるのかもと
思うので、揃って、「見えてるかもね~」とか言って、びっくりさせて
しまったようでした。

また、お知り合いの先生が、子供達にわかるように、100均のおもちゃ
なんかを使って、波動を説明してくれたり、とても楽しかったです。
こういう風に目に見えるように、楽しく説明してくださったり、実験
してくれると、子供達の興味の持ち方が違うのですね。

普段は、話しても全く理解されない事でも、こういった場所では、
「そうそう、そうよね~」となるのが面白かったです。
皆、こだわりというか、共通する部分が実にたくさんあるんですね。

ももは、この中でも、一見、普通の青年に、とても似ているなぁと
思いました。
外見に無頓着な他の自閉君とは違って、お洒落で、雰囲気のある青年です。
頭のスイッチが切れてしまう事、出来る時と出来ない時の差が激しい、
簡単な概念がわからないのに、難しい問題を解いたりする。
唐突に、答えだけがわかってしまう。読み書き障碍あり。
人の気持ちに敏感で、鋭い洞察力を持っているし、霊感みたいな
ものがある等々。。。

ももは、この集団の中では、一際、陰が薄くなってしまいますが、
それでも、ももなりの個性を大事にしたいなぁと、思うのでした。

たぶん、宇宙の意志のようなものが感じられるような子達は、
それに引っ張られて、他に意識がいかない分、
犯罪等、大きな不都合に巻き込まれてしまう事も少ないのかな?
とも思いますし、その才能を守ろうと思う人によって、その人の
生活も守られていくようにも感じました。

(アインシュタインのように純粋な研究が、政府の大きな悪意に乱用
されてしまうような事はあるかもしれませんが、、、、。)

逆に宇宙の意志のようなものがあまり感じられないももは、
やっぱり、最低限、大きく道をはずして、暗い一生を送らない為にも
母は、いろいろと考えなくてはならないのなかぁと思いました。

ももは、昨年から、仲良くしてもらっている、未来の物理学者?の
少年と久々に遊べて、満足していました。
分かれ際、涙ぐむお友達にもらい泣きしちゃって、かわいかったです。

学校では、自ら、浮いてきた~!私。と言っているももですが、
変に気を張らずに遊べて、楽しいし、ほっとするんでしょうね。お互いに。

学校以外に、いろんな居場所が出来ていくのは、とてもありがたい。

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2009年6月 6日 (土)

見えている

ももが診断を受けた4歳の時、傍らで医師と両親が話している事を
理解し、保育園で「ももちゃん病気だから出来ないの~」と言った出来事は
以前も書いたが、

さらに、少し前、遊びの塾(発達障害児の為の遊びを通して社会性を学ぶサークル)
について、「私が悪い事ばかりするから、あそこにママは、私を入れたの?」
と聞きました。

唐突で、直球な質問に、正直 ぎょっ!としました。

まあ、当たらずとも遠からずなんですが、確かに最初は、人づてに聞いて
見学に行き、でも思っていたところと違っていたのでやめようかなと母は思っていた。
でも、ももが気に入って、「どーしても入りたい!」と言ったから、
学校以外の居場所として、入ったというのが正解。

問題なのは、密かに、親や周囲が自分の事をどう捉え、考えているかを
いつも的確に捉え、それを話さずに、自分の中で溜め込んでいるかもしれないと
いう事。

確信に振れるような事を言いながらも、まだ物事をミスリードせずに、上手く理解
する力は、備わっていないだろうという事。

なので、本人に面と向かって、告知するという事は、するつもりはない。

それに私自身、障碍という枠にももをはめ込んで説明するのが嫌なので、
話すとしても、告知みたいな事はしたくないなぁと思っている。
たぶん、私が話さなくとも、自分で知りたいと思ったら、主治医に聞くかもしれないし、
自分で調べるようになるかもしれない。

でも事実を知ったとしても、障碍のせいにして逃げるのではなく、
障碍関係なく、自分を知って、肯定し、そこから自分の出来ること、
いいところを広げていってくれるようにと、願う。

ももは最近、いろんな事をたくさん話してくれるようになった。
遊びの塾の子達は、学校のクラスメイトよりも幼く、なんだか違和感を感じる
という事も率直に話すし、
逆に自分も今、周囲から少し浮いていて、クラスのみんなとしては
受け入れられても、個人としてはいまいち受け入れられてないと話す。

とてもよく他者も自分も理解しているようで、でも、理解にもでこぼこがあり、
すぽっと理解が抜けている部分もたさくさんある。

正直に話してくれるももに対して、私も、正直に直球で話す事もある。

どういう風にしていけばいいのか?どう考え、どう行動したほうが得なのか?
それに対して、素直に耳を傾けるもも。
そして、あまりにも言葉通りにそれを実行したりする、、、(苦笑)
言葉通りすぎて、不自然で逆効果とか、気付け~!と、、、思うけど仕方ない。

たぶん、彼女の中で、何かがひとつ成長出来て、いろんな人のお陰で
少しだけ自信も持てて、安心もできているからこそなんだろうなぁと思う。


K先生のところにももを連れていった帰り、
「ママ、こんな私を産んで育ててくれてありがとう。」と言われた時は、
心の中を見透かされているような罪悪感と、せつなさで、
泣いてしまった事もあった。
そんな言葉をももに言わせてしまった自分が嫌になった。
と、同時に、どんな事でもして、この子を守らなければと思った。

この先、もものこのアンバランスさ(人一倍、他者の気持ちが見えるのに、
自分自身が見えてない)は、彼女を苦しめる事になるだろう。
いっそ、いろんなものが見えないのなら、すっぱり見えなくて、他者を
求めずに、一人でいるのが好きなほうが楽だったのではないか?
とも考えてしまうのだが、そんな事は、考えるだけ損で、
どうしていけばいいか?前だけを向いて歩いていくしかないのだろうな。

今は、先生に恵まれているが、一人だけでもいいから、
ありのままのももを好きで受け入れてくれるお友達が現れてくれますように。

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逆さま

入学以来、不安定が続いて、ここに来て、少し落ち着いているせいか
勉強のほうも、想像以上に伸びている。(多分、成績には反映されないであろうが)
漢字も昨年のなんにも書けない、バランスめちゃくちゃで、覚えられないのを
思えば、別人のように伸びて、ディスレクシアじゃなくなったように思える日も
あったが、疲れが出ている日は、全部の漢字が鏡文字になっているは、
音読も、目で行を追うのが出来なくて、勝手読み、飛ばし読みで、聞くに堪えない
程、酷くなる。

担任も言っていたが、出来ること出来ないことの差だけでなく、出来る日と
出来ない日の差が、大きすぎるのよね~。

ダメな日は、いくら頑張ってもダメなので、休ませるけど、
この先の事を考えると、本人の調子関係なく、頑張らないといけなくなるんだろうなぁ。

毎日同じペースでいられるには、どうしたらいいのだろうねぇ。

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2009年6月 5日 (金)

不適応行動

ももの2次障碍が酷かった時、どれだけソーシャルスキルや
ソーシャルストーリーでもって諭しても、効果がありませんでした。

原因を探り(問題行動が起きる前後の出来事について観察し、メモする)、
手だてを考えていく方法という事で、
行動療法のK先生の所に押しかけました。

ももの生育歴、認知の程度など、事前にお話しし、
対策を…となったのですが、個人情報などの諸問題から、
学校で観察をとって外部と連携をとるという事が難しくなり、
結局、丁寧に原因を探るというところまでいきませんでした。

ただ、混乱が酷い時に、状態を改善するのは、どんな腕のいい専門家でも
難しく、一旦、環境を変えるなりして、正常な状態に戻さないと、
効き目がないという事も思い知りました。

薬で、興奮を抑える事も出来ますが、その効果は?で、
効き目がある程の量を呑むという事は、本質を無理矢理押し殺す事でも
あり、時間をやり過ごす事は出来ても、それで解決するのは
難しいように感じました。
実際、ももは、「自分が自分でなくなるようで、とても嫌な感じ」だと
言いましたし、本来の元気で子供らしいももらしさと引き替えの
生気を失ったおとなしさは、見ていてとても辛いものでした。

幸い、ももは、通級の担任がよい先生で、しっかりももの気持ちを
受け止めて下さったお陰で、学校に安心できる場所が出来ました。
安心出来る居場所が出来たお陰で、ももは、酷い事をされても、暴言でもって
言い返す事はしますが、暴力を暴力でもって返す事もなくなりました。

他害がある子供は、同じお仲間の親達からも嫌われます。
それは、不登校という問題を抱えた子供と同じように苦しんでいるにも
かかわらず、理解されない苦しさが、本人と、親を追い込みます。

どんなに相手が酷い事を先にしても、暴力を先にふるっても、
それに挑発されてしまったら、謝るしかなくなります。

その事で、周囲の目は固定化され、どんどんと負の連鎖がおき、
勉強や、日常生活まで、荒れていきます。

子供のせいにするのは簡単です。
でも、子供だけの力では、どうしようもない時、はやり、問題行動を
起こさせないように周囲の大人が気を配り、子供をよい方向へ
導いてやらないと、その子は為す術もなく、追いつめられてしまいます。

ともすれば、その時の不信感や傷が一生、その子を追いつめる
ことになるかもしれません。

親の立場で、周囲(同じ立場の親)に、お願いをしても、周囲からは
「縄でつないで、部屋にでも閉じこめておけ!親だったら、そのくらいの事を
して責任を全うしろ」みたいな事も言われ、
まさに生き地獄のような気持ちに陥りました。

逆に、あまりに強く、善悪を刷り込んで、やってしまった行動に対して
厳しく言及しすぎて、かえって脅迫観念をつくってしまったり、、、。

でも、一番大事なのは、まずは、安心させてあげて、落ち着かせて
あげる事なんだと、今は思います。

また、不適応行動をやらせて叱るのは、よけいその行動を強化してしまいます。
早め早めに、不適応行動をさせないようにしなければなりません。

そして、叱るよりも、望ましい行動のほうに、上手く導いてあげて欲しいのです。

人は、叱られるよりも、はやり、誉められたり、認められたりしたほうが、
早く行動が身に付くように思います。

その子その子によって原因は違いますし、いくつも原因が重なっている
場合もあるでしょう。
でも、どんな子でも、ダメな子なんていうのは、ひとりもいないのだと
思います。
周囲の人の関わり方で、人は変化します、成長します。

momoも、日々少しづつ成長はしていってますし、彼女自身も変わろうと
前向きに思う気持ちも芽生えつつあります。
そういう時は、話をしっかり聞けますし、自分の頭と心で咀嚼して
身につけようとします。

どうか、子供のよいところを引き出してくださる大人や友達が
ひとりでも多くいてくれますように。

K先生と、孫弟子の先生の本が出版されました。
http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87%E5%85%90%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%98%8E%E3%82%8B%E3%81%84%E7%99%82%E8%82%B2%E7%9B%B8%E8%AB%87%E5%AE%A4%E3%83%BC%E8%A6%AA%E3%81%A8%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%84ABA%E8%AC%9B%E5%BA%A7-%E5%A5%A5%E7%94%B0%E5%81%A5%E6%AC%A1/dp/4761407212/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1244208409&sr=1-1

問題解決の為のヒントがたくさん詰まっています。

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お守り!?

Baku 今日は、主治医の検診日。
朝早くから、出勤ラッシュにもみくちゃにされながら、
病院まで行ってきました。

最近、よく眠れないというももに
主治医のS先生が、メモ帳にこれを描いて
くれて、「よく眠れるお守りね♪」って
下さいました。

「枕の下に入れてね」と渡してくださいました。

悪い夢を食べてくれる貘の絵。

今日のS先生、ちょっと、素敵!?

微量の睡眠薬を処方されました。
試しに飲ませてみますが、
母的には、西洋医学のお薬は
あまり常用させたくはないのが
本音です。

なので、環境や、食べ物なんかに
気を配っているわけなんですが、
難しいですね。。。。

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料理好き?

Kyuri ももは料理好き。
というよりも、単純に切るのが好きな様子。

きゅうりと鳥のささみの三杯酢。
きゅうりをももに切ってもらう。
3年生でこのくらい薄く切れれば、
合格~♪

でも、母としては、最後まで
作って欲しい。

でもって、夕食全部、お任せ~♪
とかが理想。

思惑通りには、すんなりいきませんね。

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今朝の朝食

Muusu 今朝は、安く買ったいちごで
ムースを作ってみた。
が、ももは、シンプルなゼリーの
ほうがいいと、不評。。。

毎日アップしようと思いつつ、
作るのは作っても、朝の忙しい
時間に写真を撮るのを
忘れてしまう~。

パパの帰宅が遅いので、
ももが寝てから、待っている間に
パンやら、焼き菓子やら、
いろいろ作っている。

冬は、スープだったけど、
最近は、冷たい喉越しのよい
ものをという事で、
プリンやゼリー。

マフィンは、食べてくれなかった。

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2009年6月 2日 (火)

今朝の朝食

Asa1 ☆今朝の朝食☆

もものリクエストで、ゼラチンではなくアガーを
使ったフルーツゼリー、
チーズとベーコンのホットサンド、野菜ジュース

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獣の奏者エリン

ももが今、一番嵌っているアニメ番組。
文庫本も出ていて、ももの読む本にしては、文字量が多めだが、
どうしても読みたいというので、
これはチャンスだと思い、買ってあげた。

本を読み慣れていないので、ひとつひとつ確かめるように
丁寧に読んでいる。

母は子供の時から、興味を持ったら、ご飯も食べずに、最後まで
一気に読み込むタイプだったけど、ももは、じっくり派のようだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

エリンは闘蛇という竜のような生き物を操れる術を持った
流浪の民、霧の民の血を引く娘。
エリンの母親である獣ノ医術師のソヨンは無実の罪をきせられ
エリンの目の前で、どう猛な闘蛇がうじゃうじゃいる湖に落とされ
処刑されてしまう。
母を助けようと、思わず、飛び込んでしまったエリンを
ソヨンは、封印されていた操者ノ技を使って、闘蛇を
コントロールし、エリンを闘蛇の背に乗せて逃がす。
逃がした後、ソヨンは、エリンの目の前で闘蛇に食い殺されてしまう。

そして、蜂界のジョウンに偶然助けられたエリンは、
生き延びて、ジョウンに育てられる。
森の中の生活で、偶然、顔は狼、身体は巨大な鷲のような
生き物である野生の王獣を見つけ、王獣に惹かれていく。

年月が経ち、成長したエリンは王獣使いになる為に、
カザムル王獣保護場へと入舎する。
ひょんな事から、保護された王獣の子供の世話を任される事になった
エリンは、王獣の命を救う為に、王獣規範を無視した独自の関わり方により、
王獣の子の命を取り留め、決して人に懐かないと言われる王獣を飼い慣らしてしまう。
しかし、その事によって、エリンの人生が大きく変化してしまう事になる。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

と、ここまでが、現在までの番組のあらすじです。

ももは、生き物が大好きです。
エリンもまた心やさしく、生き物が大好きな女の子であるので、ももには
入りやすかったのかもしれません。
が、物語は、残酷で、淡々とした現実のシーンを突きつけてくるような場面が
たくさんあって、子供向けのアニメにしては、シリアスな印象でした。

エリンがせっかく助けた闘蛇の赤ちゃんを、人に懐いた闘蛇は処分
しなければいけないという掟の為に、目の前で殺されてしまうシーンや、


エリンの目の前で、母親がどう猛なのうじゃうじゃいる池の中に落とされて
処刑されるシーンは、これが子供向けアニメなの???という感じ。

でも、毒にも薬にもならないアニメよりも、ジャングルの奥地の原住民の
ように、生きる為には、残酷な掟も受け入れなければいけないという
生きる事のすさまじさ、今、自分が死なずにここに存在している事の奇跡を
実感するようないい場面でもあるように思える。


竜に似た闘蛇や狼に似た王獣。
古代神話にも出てくるような獣の設定が、面白い。
獣は、獣であり、人に慣れさせてはいけないという教えと掟。
飼い慣らされたペットよりも、そのままの生き生きとした野生動物に
魅力を感じるエリン。

動物好きな、ももは、王獣にあいたいと夢中になっている。
フィクションの中の真実みたいなものがあるとしたら、
このアニメーションには、そのエッセンスがいっぱい散りばめられているような
気がする。

子供向けというには、あまりにも生々しく厳しい場面が多く、
政治や、人の持つ逃れがたい負の本能みたいなものを露わに書いていて
それに夢中になっているももは、やっぱりある意味、大物な部分を
持っているのかな?なんて、親バカな深読みをしてしまうのでありました。

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ありがたや

いろんな事が重なって、毎日パニックを起こして、
このままパニックが強化され、坂道を転げるように、、、、と
悪夢を連想して、どうしようかと思っていたら、

担任が陰で動いて下さったらしく、
仲間はずれがなくなり、一緒に遊ぶようになった。

陰で時間をつくっては、ももの話を聞いてくれたり、
なにかあると、すぐに家まで来て話をしに来てくれたり、
電話もくれる。
不安要素を長く引きずる事もなく、また何ヶ月も前の話を
突然出される事もなく、その場その場で解決してくださる。

本当にありがたい。

昨年3学期の担任も、そうした集団で責める場面で、
子供達を真剣に諭してくださった。
普段、やさしくて、面白い先生が、急に怖い声で、
真剣に話すと、やっぱり心に響くんだと思う。
諭した後は、後腐れなく、いいところを誉めて誉めて
伸ばしてくれる。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ももは、他の子供と大きな差があるか?といえば、
そこまで大きな差はないように見える。
他の子もまだまだ幼く、自己中心的だし、大きくは変わらない。
にもかかわらず、ほんの少しの違いが、より大きく響く
年齢になってきているのだろうなぁと思う。

ももが相手に嫌な事をしたとかではなくとも、
空気を読めない、察してもらえない、間が悪い等で、
「存在がむかつく」と言われてしまう。

ももいわく、困った顔で、「そんな風に言わないで、
悪いところは直すから、やさしく言って」と言っても
相手は、頭に来ているのだから、
やさしくは言ってもらえないのよね。

最近、ももなりに少しづつ周囲が見えてきていているようだ。
同じお仲間のグループである遊びの塾の子達は、
「自分勝手で、譲り合うとか、一緒にが出来ない子が多くて、
時々、嫌な気持ちになる」と言っていた。
私にしてみれば、ももちゃんも、あまり変わらないよと
思うのだが、自分はもう少し、集団で何かを決める時、
相手の意見も聞くし、譲ったりすると言うのだ。
でも、客観的に他者を観察して、自分なりに考える事が
多くなってきたなとは思う。

今回、喧嘩になった子達は、一年生の時のよく遊んでいた
お友達で、皆、自己主張が強く、言いたい事をずばずば言い、
いつも、誰かが泣いて帰るなどが多かった。

ある意味、ももには、刺激の強い集団だ。

ももに「もう少し、私が私がと言うのはやめようね」と言うと、
「そうだね。Aちゃんがすぐに自分は自分はと、言うけど、いらっとするもんね。」
と、意外とわかっているようである。

また、友達を作るのを頑張りたい。と言い、自分ひとりで好きな事に
没頭したい時も、少し我慢して、誰かと遊ぶ努力をしているらしいが、
上手くいったり、いかなかったりで、どこがいけないのか?日々、ももなりに
考えているらしい。

週末、Sちゃんが好きな「めちゃモテ委員長を見て、話をあわせるんだ」と
意気込んでいたり。。。。
健気に努力はしているが、やっぱりどこか努力するピントが
ずれているんだろうなぁ。

ももは、他の女の子のように、特定のお友達に執着がない。
遊ぼうと言われれば、誰でも喜んで遊ぶし、好き嫌いがない。
その執着のなさが、また異質なんだろう。
お気に入りの子を贔屓するようにやさしくして、相手を引きつけると
いう欲求がないのだよね。
そんなももを、いいと思ってくれる子が、ひとりくらいいてくれても
いいじゃんと、母は思うのだけれども、難しい。

ももが、自分を知りたい、変わりたいと思っている今は、
別の角度から見ると、チャンスの時なのかもしれない。

感情が高ぶった時に、どう動けばいいか?
同じ場面でも、ほんの少しの言い方の違いや、対応の仕方の違いで
物事は大きく変わる。
相手を怒らせても、理不尽な事を言われても、とりあえずは、
やさしい物言いが出来ると、いいのかなと思う。

でも、ももの空気読めないよりも、他の子達の言葉遣いのほうが、
問題に思えたりするのだけれどもね。
仲間入れてと言うと、「無理無理無理~。」
どうしてそんな風に言うの?と言えば、「別にぃ~!ウザッ!ムカツク!」
「消えろー!」
あまりのきつい言葉の応酬に泣けば、
「チョー!キモッ!ウザッ!」

おばさんだって、そんな言葉で返されたら、ももじゃないけど、
怒れてくるさ!と思うのだけどね。
そんなコミュニケーションの取り方、おかしくない?

そうは言っても、ももの立場のほうが不利であるのは自明なのだから、
もう少し、突っ込まれないように、自分の守り方を教えてあげればいいのかな?

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