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2009年5月 1日 (金)

模倣の重要性

ソーシャルブレイン   第3章「自己認知の発達」
の部分のメモ

この章では、鏡を用いた、人以外の猿や、鳥、ぞうなどの動物や、人の幼児の
実験を通して、自己の認知の謎を解き明かすという内容になっている。

この章を読んでいて、すぐに思い出したのは、自閉症児に良いとされている
「鏡」の療育と、
行動療法での言葉を教える前に、教える人に注目させ、模倣から言語へと
つなげていくやり方を、思い出した。

そして、いかにこの模倣が、人の社会的発達に影響しているかを読むと、
「PECSのカードを使った言語の獲得」は、それはそれでありだとは思うが、
発達の順路からすると、注視→模倣なのかな?と考えたりもした。

私が、はじめて、行動療法の言語獲得方法を知った時に、模倣に対して
「なるほどなぁ」と深く関心した記憶がある。
私的には、絵カードの現物のマッチング、文字と現物のマッチングから
興味が外に開かれて、人とのコミュニケーションに目覚めるという径路よりも
行動療法による人への注視→模倣→言語獲得のほうが、同じ言語を覚える
にしてもより深く概念が理解できるような、そんな気がしてならない。
只の、素人考えなので、間違いはあると思いますが、、、。

さて、自己認知は、限られたほ乳類にしかないそうだが、
人は、鏡に映った自分を認識できるが、動物が鏡に映った自分を見て
吠える「童話にもありますね」とか、鏡の裏側に誰かいるのか捜すなどは
よく聞く話ではあります。

ちなみに、昔飼っていた、天才猫(普通の猫では出来得ない様々な事が出来た猫)
は、鏡が好きで、よく自分を映してじーっと見とれてました。いたずらして、顔に眉毛を
書いた時、鏡の前に行って、手でぬぐってましたから、、、、。
たぶん、あの猫は、鏡に映った自分を認知出来てたのかもしれません。

ももは、自己については、早くから認知していたように思います。
おつむてんてんなどの模倣は、まったくやってくれませんでしたが、
保育園でのお遊戯や、子供番組のお遊戯は楽しんでやっていたように
記憶しています。
ただ、今だ、疲れると右左が混乱するや、やりもらいが自然に理解できなかった
などは、正確に鏡の中に映る自分を認知出来てない事とつながる
ように思えます。

話が脱線しましたが、本題に戻すと、鏡に映った自己を認知出来るのは、
一部のさる、イルカ、ぞうがしか出来ないそうです。
それぞれの顔に落書きをして、鏡を見せると、急いで、自分の顔の
落書きを落とそうとするという実験に基づいて結果が出されています。

ただ、鏡を見て、身繕いをするなどの社会的、自己指向行動は、
ぞうなどでは見られないらしい。

また別の実験では、生得的に持ち得ない自己認知力を学習によって
獲得させるべく、鳩に学習させ、学習によって自己認知が可能になる
事を証明していました。

ただ、ビデオなどを使った、時間差のある自己認知の実験において、
鳩は、学習させても、5秒までは弁別できるが、7秒になると出来なくなると
いう結果もあり、鳩の短期記憶では5秒が限界なんだそうです。

人の場合、鏡の自己を正確に認知出来るようになるのは、一歳~2歳の間で、
チンパンジーの場合、産まれた時から鏡を側に置いて、刺激した個体で
2歳から2歳半、自然な状態では、5歳~8歳で認知できるという結果が出て
いました。

ただ、時間のずれを用いた実験になると、生得的に時間のずれた自分を
理解出来るのは、人間特有のものらしい。
また、人間に育てられたチンパンジーは、時間差の自己を認知出来るものが
多いという結果が出ている。

過去の自分、今の自分、未来の自分と、時間軸の積み重なった認知が
出来る事は、自己の経験を積み上げて、他者に対する視点を育てる
為に重要であるということらしい。

ももも、おおまかな時間の経過は理解できていると思うが、
時間感覚がずれている状態、身体と脳が時間に支配されてない感じを
見ると、やっぱり、ここも重要なんだと思い知りました。



次に自己認知における、身体感覚と時間についてメモする予定です。

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コメント

ずれているかもしれませんが、「鏡」に関しては、
のんびり娘を育てながらずっと気になっていました。
彼女は、鏡を殆ど見ません。

私は、かなり小さい頃から鏡を眺めて遊ぶ子でした(それも、寂しい??)。
妹ちゃんも、寝室に篭っては、鏡の前で一人ファッションショーをしています。
でも、のんびり娘はまず鏡を見ない。
彼女が自主的に鏡を見るようになったのは、
それこそ中学に入って1年近くたった頃からではないかと思います。
それも、何年もの間
「鏡で見なさい!」
を繰り返したあげくのことです。

「自分の状態を見たい」
という欲求が、娘には弱かったのか、
「鏡」が映し出すものが、今ひとつすんなりと
意識に上らないのか(全然わからないとは思いません。プリクラなどをとるときには「鏡」と意識して覗きますから)。

今回の記事を読んで、ちょっとつながりを感じて書いてしまいました。

投稿: sei | 2009年5月 1日 (金) 15時57分

鏡を見て、身繕いをしたり、自分に見入るという自己指向行動は、人間だけが生得的に持ち得るものらしです。
自然界には、水など、姿が映る物質はありますが、鏡は存在しませんから、人間特有のものなんだと思います。

まずは、自己を認識できないと、他者も認識できないし、自分との比較も育ちませんから、鏡を見るという行為は、社会性の成長に深く関係があるそうです。
他人に興味を持つには、自分に興味を持たないといけないという事なのでしょうかね?
のんびりちゃんの中で、一気に何かが繋がったのかもしれませんね。

人間の子供は、乳幼児期にすでに鏡を見て、自己を理解出来るそうです。赤ちゃん用のおもちゃに、アルミ製の鏡がついてましたから、乳幼児は鏡が好きなのだと思います。発達的視点から、こうやって人という生物を見せられると、改めて、自分の娘は、独自の発達をしているんだなぁと気付かされる部分も多く、得るものが多かったです。

ももは鏡は赤ちゃんの時から好きでしたが、視点の移動や、人の目を見ないで話を聞く等、人から情報を読みとる部分が弱いなぁと気付かされました。

投稿: momo はは | 2009年5月 2日 (土) 08時42分

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