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2009年5月28日 (木)

迷走中

先週当たりから、連日のようにパニックをおこして、迷走中のももです。

思えば、入学後、毎年この時期から、不適応行動が増えていって、夏休み前に
大きなパニックをおこして、そのまま夏休みというパターンが多かったです。

今年は、大丈夫かも!と思ったとたん、連日のあれこれで、
私も正直まいってます。。。。

ひとつは、はやり体温調節が出来ないというか、体調が崩れてしまって、
授業中、眼をあけていられないくらいの激しい睡魔が襲ってきたり、
頭が割れるように痛くなったりが続いていて、
どうみても嘘じゃないので、「保健室に行かせてもらうように」教えたのですが、
にこにこ笑いながら、元気よく「調子が悪いので、、行かせてください!」
と、言っちゃうものだから、さすがの担任の先生も、勉強やりたくないから!?
嘘をついてると思ったらしく、NO!と言ったとたん、パニック。

悪い事は重なるのか、次から次へと間の悪い事が起き、収集がつかないほど
パニックは拡大して、、、、ロッカーの上に登って、寝て大騒ぎ。。。

また、最近、仲間はずれにされる事が増えていき、仲がよかった子達が
とびきりきつい口調の子達で、私が聞いても、それは酷いよなぁと思うような
言い方をされまくったのが、たまりにたまって、本日爆発。
ももにも非があるから、叱ったし、嫌な言葉に対して、嫌な言葉で応戦すると、
嫌が何倍にも増えていくから、逆にやさしい言葉で返すと、相手は戦意を
喪失して、それ以上喧嘩にならないから、と作戦を教えるものの、
無理だよなぁ。。。。今のももには。。。。
まあ、でも手も足もでなかったぶん、成長してるし、努力もしてるんだろうなぁ。

ただ、担任が、一生懸命、ももを知ろうと努力してくださって、
贔屓にならず、どう話を聞く機会を持てばいいのかいろいろ考えてくださって、
ももの気持ちを受け止めてくださっているので、
ももなりに、先生の気持ちに応えるべく頑張ろうという姿も見られます。

また、頑張って頑張って限界に来た時に、ちゃんと休ませてくれるお陰で、
勉強の入り具合が、めっちゃ!いいんです。。。。
結構ひねりの入った算数の文章題を何ページも、絵を描かずにすらすら
じゃんじゃん解いてました。
漢字も、尻文字、創作絵文字しなくとも、入っていってます。ミラクル~!
漢字テストは、私が読み上げる前に、文章全て、頭に入っているので
先に自分で言いながら、書いてしまうんですよね。
でも、クラスには、他にも、先生が読み上げる前に、全て先に書いちゃう
子がいるらしく、最近は、順番をかえて読み上げるようにしてるとの事。

2週間ほど前までは、頭が割れるほど痛くとも、思考停止になるほど睡魔に
襲われても、頑張っていた為、30点のこくごの文章題をお持ち帰りになりましたが、
すっきりした頭で、問題直しをすると、数分でちゃんと問題を解いてますから
努力とかでは、なんともならないくらい、脳の調子が悪くなるんでしょう。

最近は気をつけて9時前に寝かせてますが、夜中、眼がさめるんです。最近。
または、眠りが浅く、寝返りを打ちまくり、何度も起きるんですよね。
パパいわく、昔の自分と一緒らしいです。

そのパパも最近は、体温が猫よりも高く、睡眠障害がより酷くなり、
偏頭痛も過去に見たことがないくらい酷く、朝の3時4時に毎日起こされて
マッサージだの、頭冷やせだの、、、、散々です。
睡眠障害と、頭痛専門医を捜して、連日、電話で問い合わせるも、
学会の名簿には載ってるのに、受付は、いないというし、
たらい回しにされ、「役所と病院は大嫌いじゃ!!!!」と
頭に血が登ってます。。。。

しかも、私自身も、連休前から、帯状疱疹にそっくりだけど、でも違った
原因不明の激しいアレルギーが起こっていて、
全身が水疱瘡みたいなのが繋がって、火傷か、疱瘡か?みたいな
かゆ痛状態がずっと続いて困ってます。

なんとか、もものよさをわかってくれるお友達が出来て、クラスの雰囲気も
変わってくれるといいのだけれども、、、、、。
胃が痛いです。。。。。

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2009年5月22日 (金)

都道府県

こくごの単元の漢字で都道府県というのが出てきました。
今だ、自分の住所があいまいで覚えられていないもも。
何度も、日本というの中の○○の中の○の中の○という
概念を絵を描いて刷り込んでますが、再チャレンジです!

社会でも、日本各地の産業などが出てきてますし、
そろそろ覚えてもらわないといけませんね。

今は、自分家が衛生写真画像で、見れますから、
自分家のアップ画像からスタート!
だんだん引いていって、見慣れた地域が俯瞰で
見られて、もも興奮!!!!

しばらく、マウスを動かして、ズームアップしたり、ダウンしたりで
うきゃうきゃ!と楽しむ!!!

どんどん引いていくと、市の全体が見えてきます。
お隣は、昔住んでた市。
でも住んでた場所は、今住んでいるところから、
こんなに離れてるねぇ~!と驚嘆!!!

さらにズームダウンしていくと、今度は県が見えてくる。
誰々のお家は、どこで、遊びの塾はどのへんで、、、と。
また遊びの塾で連れて行ってもらったところを、
いろいろ発見して、興奮!!!

うひょ~!!!楽しい!!!

次は日本全体を見る。
ここで日本地図をプリントアウトして、
1都道2府43県の説明。

東京は都(みやこ)なんだね。
北海道は、飛び抜けて土地が広くて道。
北の海に囲まれた道(土地)なんだね~。
道は、昔、本土も道に分けられていたんだけど、
(例、東海道)ここだけ道のままになったんだよ。
で、大阪と京都は、経済の大切な拠点、場所で府
その他は、県になったわけなんだね。
かくかくしかじか、、、、、ets。

ここで、漢字テストに出てくる、北海道、東京都大田区
などの地名の違いをなんとなく呑み込む。

日本地図を見ていると、図書館で読んだ昔日本は陸続きだった
というお話を思い出して、中国が気になるもも。

そこからは、ピラミッドあり、ピサの斜塔ありの
ちょっとした世界旅行(グーグルアース)を楽しんで、
気がついたら、もう夜10時半過ぎ!!!!
9時に就寝なのに、つい説明をしていたら、
漢字練習の途中でとんだ脱線をば。。。。

翌日、授業中、先生の目の前でうつ伏せて寝てしまったらしく、
連絡帳にその旨、書かれてあり、母、深く反省。

歴史とか地理とかって、楽しいなぁ~。

週末、どらえもんの日本地図ゲームでも買って遊ぼう。

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2009年5月20日 (水)

うわさはやめてほしい。

今やっている国語の単元の発表の為のメモに
嫌なこと→うわさをやめてほしい。
と書かれてあった。

気になったので聞いてみると、去年の子供会の
回覧紛失事件の事だった。

ももに、子供会の回覧をお願いしたものの、
そのお家にはポストもなく、お家の人も不在な為、
ももは、その子の家のすぐそばの空き地で遊んでいる
家の子に手渡して帰った。

数日後、その子のお母さんが、子供会の会長の前で
「どうも、ももちゃんが回覧を持ってきて、空き地に放っていったらしく、
回覧が届いてなかった」と言っていたのを、目の前で見聞きして、
びっくりした事があった。
そのお母さんは、私が、もも母と知らずに、目の前で
話したわけで、、、、、。

とりあえず、その場は、「もし本当だったらごめんなさい。
家に帰って子供に確信します」と言って帰った。
嫌だったのが、ちゃんと事実確認もしていないのに、
はなから、もものせいと断定して話してたのがむかついた。

会長はBくんのお母さん。
私に「うちの子と一緒にしないで!」って、自分の子供が
ももにどんな事をしているかも知らないのに、
そういってのけた人。

通級に通っている頭の弱い子と思ってます!差別してます!
って言っているようなものですわ。

その後、子供達の間でも、「ももが空き地に捨てた」と噂が
広まったらしく(私は知らなかった)
その事でもも自身、深く傷付いていたらしい。

たぶん、私もmomoも人の悪意に対して無防備すぎるのかもしれない。
だから、いきなり悪意にさらされると、バリアが極度に少ない為に、
ショックが大きいのかもしれない。

あまり人に恨みを持たない私だけど、この件は根に持っている。

その後、私が責任を持って、なにがなんでも手渡しに行ったけど、
家にいるのに、出てこないんだよね、、、。
出てくるまで、インターフォンもないので、「ごめんくださーい!」
って叫んで、出てきたはいいけど、
「ポストを設置したので、ポストに入れておいてくれればいいんですけど」と言う。

居留守を使っておいて、挙げ句、一体どういう神経してるんでしょうかね。

「いえ、ポストに入れて、また無くなったとか言われたら嫌ですから!」
と言ってしまいました。

それくらい、今、思い出しても腹が立つ事件。
といっても、寝たら忘れる私は、ももに話を聞くまですっかり忘れていたのだ
けれども。

あまり井戸端会議に参加しない私は、噂され放題なのか!?

母は、ここに引っ越してから、心に壁が一枚一枚増えていくように感じる。
なのに、ももは、
「嫌な事はちゃんと言うけど、だからって、その子自身が嫌だとは思わない」
と言う。

私が受け付けないくらいの糞意地悪いAちゃんも、何度酷い意地悪されても、
やさしく接していて、つい「利用されているだけじゃん!」ってイライラしてしまう
大人げない私に「でもAちゃんだっていいところあるんだよ!」って言う。

いつも思うけど、ある意味、ももは、とても人間的に大きい、慈悲深い人だなぁと
感心してしまう。

スーパー横のお花やさんのポット花が強風で倒れてたら、
さっと走っていって、「大丈夫?」って話しかけながらなおしてあげてるし、

弱っている鳥を保護して、獣医さんに持っていったり、

小さい子が、こけて泣いてたら、おこしてあげて、涙をぬぐってあげる。

もの凄く、感受性も強くて、人一倍気がつく人でもあるもも。

いつかきっと、もものいいところを、ちゃんと理解してくれる人が表れますように。
それまで、不用意に潰されてしまわないように、守りたいと改めて思った。

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漢字~現状

最初ほぼ全滅状態の漢字読み上げテストも、
なんとか脳が適応してきてくれて、
頑張れば、そこそこクリアできるように
なってきました。

ただ、昨年の担任だったら、ほぼ確実に0点の
止めはね、バランス、出来てないレベルですが、
丸をくれてる部分に助けられています。

でも、すすみ具合が早い~!
単元に入ってすぐに漢字練習(宿題)→テストです。
それでみんな高得点、100点取れているそうですから、
凄いですよね~。
テストは2回ありますから、最初のテストはダメでもいいよと
言ってあります。
夜3時間、朝30分~1時間みっちり頑張って、やっと
なんとかついて行っています。
私なんて、小学生時代は、宿題以外、家で勉強した事なんて
なかったので、時々、ももが不憫になります。
ももなりに、よく頑張ってて、偉いなぁと感心してます。
でも、若いうちの苦労は買ってでも、、、といいますし、
良い風に考えようと思っています。

ご飯を食べてからなんて、テレビ見て、ぼーっとしたいのに、
文句言わずに真剣に勉強してますからね。
そんな頑張っても初回は惨憺たる点数ですが、、、、。
部首の理解が進んだ事もあって、意味で分解、合成が
身に付いてきているのが伺えます。

自分で部首かるたを取り出してきて
「ママ、遊ぼう~!」って誘ってくれますしね!

ももが覚えやすいように分解するのは、母の仕事なので、
私も必死です。
アイデアを捻りだすのは得意だと思っていますが、
ピッチと量が多いと、追いつきません。

集めるは、巣箱を描いて、2匹、鳥(横棒)入れて鍵をしめる
巣箱を木に置いたら、
あら不思議~♪仲間の鳥が集まってた!と
だんだん、苦し紛れの発想になりつつあります。。。。

昨年は、考えなくとも、こらしょに、これがイラスト付きでのってて、
売ってる本よりもよい完成度の高い発想だったので、
助かったのですが3年生はないじゃん!!!!

どこかにあんちょこがないか?捜している母であります。

いつまで二人三脚出来るかわかりませんが、
少しでも楽に、楽しく学べる方法を見つけて、
ももを応援したいと思います。

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2009年5月15日 (金)

ユニバーサル教育

eduの1月号の中に「かけ算ランド」という記事がありました。
習熟度別に3つのコース(現物操作、絵を描く、ひとつのお祭りの
場面の絵から問題を見つけて式を作るの3コース)に別けて
取り組み、3コース全てをクリアすると、先生お手製のポケモングッズを
ゲット出来るというもの。※画像参照(クリックすると大きくなります)。

Kekezann1

見るからに楽しそう!
現物操作から入るから、概念が希薄な子も繰り返し現物を操作すれば、
無理なく理解できそうだ。
取り出しをしなくとも、どの子も同じ教室で楽しく学べる。
どの子も達成感が味わえる。

教科書の絵はとてもわかりづらい。
ももは、かけ算を覚える前に串団子をいっぱい描かせたが、
かける数とかけられる数が曖昧なまま、九九の丸暗記と
問題をただ安易に機械的に解くように丸呑みしただけで
概念がしっかり入らずじまいだった。

わり算に入る前に、粘土で串団子をいっぱいつくり、
お店屋さんごっこをしてみた。
かけ算の式通りに団子をつくる→それをわり算に分解する。
を繰り返した。
団子以外でもままごとセットでもやってみた。
実は、このごっご遊びの前に、いきなり絵でわり算をしたが、
数字が大きくなったとたん、混乱してしまった。
概念を呑み込めていなくて、ただ数字を操作しているから
混乱するのだ。
何度も現物を操作しているうちに、かけ算とわり算のつながりが
少し呑み込めたようで、
「そうか!つながってるんだね!地球みたい!」とももは言ったのでした。
地球と同じなのか!?もも的コペルニクス風発見???と思いつつ、
お皿や串はかたまりをつくる為の道具で、それがそれが乗数
だんごやいちごのかたまりが被乗数。
かけ算はたくさんのものを簡単に数えられる方法。
わり算は、たくさんのものを簡単に分けられる方法なだけ。
主になるのは、だんごやいちご、串や皿は、それをまとめる為だけの道具。
それが、染み込んでいくのが見える。

これを現物、計算式を大きく書いた紙、また書ける紙、を用意し、
強調したい概念の部分を言葉掛けでも印象づけながら、繰り返す。
現物で問題をつくって、解くを繰り返す。
時に、好物のいちごやお菓子なんかをたくさんの数用意して、
真剣に解いて貰うのも、利益がもろに絡んでくるから真剣になれて
面白そうだ。

たぶん、出来の良い問題集をたくさん解くよりも、
ももには、この方法のほうが、負担にならず、深く理解できると
見ていて思った。

昨年、お友達になった成人当事者でもあり、数学者でもある方の
お話を聞くと、いかに学校の勉強(さん数)はわかりづらく教えているのかと
再発見する事が多い。理数系の学者の多くに「掛け算の暗唱が言えなかった」
人が多いというのもはじめて知った。
凡人脳の私には思いつかない発想がとても勉強になる。

ももは、今、わり算の単元をやっている。
教科書を見ると、わかりづらい絵と文章で仕組みを一度やったら、
いきなり大きな数のわり算になっている。
また、その下の文章題は、長さ(20㎝のテープを2㎝づつ分けたら何本に
分けられるか?)の問題は、㎝がついちゃう事でイメージしにくくなっちゃう子が
いるだろうなぁと、想像出来、
こんな風に丸暗記と機械的に解く方法を大急ぎで詰め込んでも
どうなんだろうか?と思ってしまった。

ただでさえ概念理解が希薄で、実生活で、算数の概念につながる体験も
さらに希薄になっている子供に、こういった教育をして
出来ないからLDとレッテルを貼る前に、子供達目線で
やり方を工夫する事で、LDのレッテルなんていらなくなる子供も
実は多いのではないかと思う。

ps 画像では、絵のパチリスコースは現物のおもちゃとは違うりんごの絵に
なってましたが、私なら、現物と同じものに揃えますね。
それのほうが、つながりが、よりわかりやすくなるだろうから。
もも達の中には、ものが、いちごからりんごに変わっただけで、
認識が薄くなる子もいるだろうし。

それにしても、この先生、この学校、素敵です~。

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2009年5月12日 (火)

似ているのに違うという恐怖感?

[ソーシャルブレインズ]を読んでいて、本文とは全く関係がないけど、
「そうだなぁ」と再認識した事があった。

人間に限りなく近づけたアンドロイドのロボットと握手するのを
皆、避けたが、
見るからにロボットに見えるロボットは、むしろ人気があって
皆こぞって、握手をしたがった、、、、という下り。。。。

一見普通に見えれば見えるほど、
本能的に、定型の人たちの自動危険回避センサーは
嫌でも反応しちゃうんだろうなぁ。
そこにもも達の難しさがあるわけで、
いくらみんなに告知をして理解をお願いしても、
その人自身の中で、「見た目と違う」がすんなり呑み込めなければ、
いくら「この人は、実はロボットなんです。大丈夫ですよー」と言っても
進んで握手は出来ないだろうなぁという事を考えてしまいました。

逆説的に考えれば、定型の人達の中で、
手動で見た目とは「違う」ことを、呑み込むように工夫しなければ
呑み込めていかないものは多いはずだという事です。

更に、手動で呑み込むように工夫しても、それは往々にして、
実像とはかけ離れた歪んだ理解だったりも多いです。

自閉者が無意識にやってしまう行為を意識してコントロールするのが
難しいように、定型者にとっても、無意識に避けたくなる気持ちを
どこまで理性でコントロール出来るのだろうか?という事であります。

【ある意味、全面的に受け入れますと言いつつ、危険生物扱いされたり、
上から目線で差別されたりが多い時、子供目線の母は、この野郎~!!と
暴言吐きたくなりますが、上記の事などを冷静に自分に言い聞かせて
冷静に微笑みつつ、嫌みを言う程度に抑える事にしています。】

ももを育てていて、ももは、いくら療育しても、根本は
変わりようがなく、
どこかで、そのままでは社会に受け入れてもらいにくい部分を
上手く「ロボット」のように形を変えて受け入れてもらえるようにする
工夫をしなければいけなくなるのだろうと思う。

言い換えれば、自分の核の部分はそのまま、
見せ方を変えるというか、、、。

それが出来れば、ももは無理矢理自分を別人に作り替えるなんて
不毛で、無理な事をしようとしなくても、
ももらしく楽に生きてゆけるようなそんな気がするのです。

でも、それは、もも自身が自分で捜していかなくてはいけない
種類の問題で、私は、立ち入る事は出来ないのかもしれません。

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2009年5月 6日 (水)

オードリーヘップバーン

先程、テレビで特集されていて、久しぶりにヘップバーンの名作を
観て、うっとりしていました。

ローマの休日のかわいらしい王女様。
ジバンシーなどの洋服や小物をオードリー風に着こなしたファッショナブルな作品。
この頃のファッションが大好きで、バービー人形に嵌った事もあるのですが、
いつ見ても、オードリーは素敵だなぁと思いました。

見た目のかわいらしさ、素敵さもあるのですが、
オードリーの人間性もまた素晴らしい。
往年のユニセフの活動は有名ですが、
彼女が日本のテレビCMに出演する時に
かつてのローマの休日でのスチール写真を前に
年老いたオードリーが自身を語るという設定に、
「私は、過去に浸って生きている人間ではない。
常に、今、未来を見据えて生きている。
過去の自分に寄りかかって生きていると誤解されたくない」と
設定を断った事や、

「私の人生での一番の成功は、今の自分をありのまま受け止めて好きでいられる事」
「若くてきれいで、人気の絶頂だった時の自分は不安だったけれども、
年老いた今、生きることに不安がない。年をとることもありのまま自然に受け入れられる
今の自分が好きだ」というようなメッセージを残しているオードリー。

女優である前に、ひとりの人間であり、母であり、
自分という核を持った強い女性だったんだなぁと改めて思った。
ナチスドイツに迫害を受けた過去とも常に向き合いながら、
全てをプラスに転化していったその姿に、
改めて多くの事を学んだような気になりました。

自分を含めた家族のありのままを受け止めて、好きでいられるようにする
という事は、簡単なようで、実は難しいものだったりします。
人間、欲深く、つい、あるものよりも、ないものに気持ちがいってしまいがちです。
小さい不幸に気をとられていると、大きな今ある幸せを感じられずに
どんどん不幸な人になってしまいます。

自分の暗い悲惨な過去も受け止めて、丸ごと自分を愛する事が出来るからこそ、
他人もこんなに愛する事が出来るんだろうなぁと、
子供や動物に対する愛情があふれ出ているオードリーの日常の写真を見ながら、
自分を反省しました。

どう産まれるではなく、どう生きるかという事のほうが数倍大事なのよ。
っていうメッセージを受け取ったような気分になりました。

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2009年5月 5日 (火)

小旅行

momo父は、正月もお盆も連休も関係ない仕事内容な為、
ゴールデンなお休みは期待していなかったのですが、
「土日は休むから、2日くらいで行って帰ってこれる範囲で少し遠出しよう!」と
連休前日に言われ、思いつきで「上高地」に決定しました。
とはいえ、何の下調べも予約もなく、朝晩は、3度からマイナスに冷え込むのに、
丁度コート類はクリーニングに出したまま、残っているコートを引きつりだし、
夜中出掛けました。

Keshiki1 朝4時に現地に着いて、仮眠、5時に朝食、専用バスに乗って上高地に。
上高地はマイカー規制がある為、専用バスかタクシーで行きます。
バス停で待っている間に目蓋を虫に刺され、目が開けれない程、
腫れるというハプニングもあり。

最初は、「山歩きなんて嫌~!歩くの面倒!」と言っていたももですが、
目の前の景色の美しさに、「凄い~!きれい!」と絶叫。
東山魁偉の絵のような景色。
うぐいすや、きつつきの鳴き声、かも鹿や、さるを動物園以外で見るのは
はじめてのももは、見るもの全てがびっくりの連続。
青緑に光る湖と白い砂浜のコントラストの美しさ、小石をのけると、
たくさんのいわな?の稚魚がいたり、美しいかわせみが、近づいてきたり。

工作に使うからと、流木を拾ったりもしました。

Sansai ふきのとうや、たらの芽などの春の幸もたくさん生えていて、
ももは、はじめて見るので、さわって、匂いをかいで、
「はるの匂いがする~!!!」とまた感動。

私も子供の頃は、ふきのとうやたらの芽、うどや、ぜんまいなど
春の山で摘んで、天ぷらやおひたしで食べたなぁと思い出して
懐かしくなりました。

子供の頃、遊んだ小さな山は、今はもう切り開かれて新興住宅地に
なってありませんしね。。。

ふきのとうと、うどをドライブインの市場で買って、
ふきのとうはてんぷら、うどは、みそ汁と、酢みそ和え
きんぴらで食べました。
ももは、うどを気に入ったようでした。

途中、お茶した帝国ホテルの近くに、ふきのとうも、たらの芽もたくさん生えてました。

Omoide2 朝は3度だった気温も、日中は、ぐんぐんあがって、
最初はダウンジャケットを着ていたももは、最後、Tシャツ一枚に
なって、川に入って遊んでいました。

鉱石好きなももは、鉱石を捜したいと言い出したのですが、
それは、まだ今度ね!という事にあいなりました。

「こんなところに住んで、放課後、森の中で
毎日遊びたいなぁ~!」というももに、
深く共感した私なのでありました。

やっぱり、ゲームよりも自然のほうが、面白いよね~。

水芭蕉の葉はたくさん出ていましたが、
まだ花は咲いていませんでした。
今度は、植物図鑑片手に、観光コースとは違うところも散策してみたいな。

ひさしぶりに温泉にもゆっくりつかって、家族でよい休日を過ごせました。

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2009年5月 1日 (金)

授業参観 家庭訪問

4月末にかけて、授業参観と家庭訪問がありました。
授業参観は3年生は、皆こくごです。
教室に入って、まず、係決めなどの表が、さすが女性の先生と
いった感じでとてもきれいにつくられていましたし、
学級目標も色塗りされたイラストと一緒に黒板の上に貼ってありましたが、
ももには刺激が多いのではないかと少し心配になりました。
が、授業中は気がそれることもなく、よく授業に参加出来ていました。
事前に文字や絵を視覚化した教材を用意していて、
見やすいなどの工夫が見られました。
また、その日の時間割が黒板前に書かれていました。
お客様じゃない授業を観れたのは、ひさしぶりだったので、うれしかったです。

途中、違うページを開いていたり、机がずれてきそうになる度に、
自然に授業をしながら、無言でささっと正してくれて、
上手く気がそれるのを修正してくれている様子でした。

4月なのに、真夏のような暑い日々が続き、慣れない6時間授業で
どの子も少し疲れた様子でしたが、去年廊下で授業中遊んでいた
お仲間ちゃんもちゃんと席に着いて、集中して授業に参加していて、
特別目立つ子はいませんでした。

学年懇談会の後、先生に声をかけていただいたので
漢字のことについてお話することが出来ました。
読み上げ式漢字テストは、学年の会議で決まったそうで、
脱ゆとりで教育で先生達も何かと時間がない為なんでしょう。

ただ、宿題ひとつとっても無理な場合は相談してくれれば
いいし、臨機応変に対応しますから心配しないで下さいねと
おっしゃっていただきました。

家庭訪問では、お友達関係の相談をさせていただきました。
人数が多いし、どうしても目が届かない部分はあるかもしれないとの
事ですが、少しでも気にかけてもらえるよう、何か気になる事が
あったら些細なことでも教えて欲しいことなどお願いさせて
いただきました。

勉強も、今のところ順調のようですが、先生曰く、
その日の調子で変化が大きい事、時間内にが難しく
出来ない時は、放課後や通級で、やるなど対応して
くれていることなどを教えてもらいました。
出来た所までで良いよと言っても、ももが最後までやりたいと
言うことが多いそうです。

漢字も、その子の能力を見極めながら、丸付けしているとの事で
出来る子にはとめもはねも厳しく採点、指導していて、
点数ではなく、どれだけ努力しているかを見ている様子。

やることがたくさんあっても、出来るだけ流さずに、ひとりひとり
取りこぼしなく、理解できるように丁寧にやりたいと思っていますと
おっしゃっていました。

心配の種はいろいろありますが、今年度は今のところ
大きな問題もなく、ももなりによく頑張れているそうでありがたい事だと、
深く感謝しています。

変な汗をかかずに、授業参観を観れたのは、はじめてですし、
勉強が楽しいなんて言うのを聞くのもはじめてで、これも担任はじめ
いろんな先生方のお陰です!!!!
と、たくさんお礼を言えました。

毎回、困った事や、出来ない事を聞くことが多かったので、
頑張っているところ、出来ているところを聞くのは、とっても気が楽で
ありがたかったです。

このまま伸びていって欲しいものです。



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模倣の重要性

ソーシャルブレイン   第3章「自己認知の発達」
の部分のメモ

この章では、鏡を用いた、人以外の猿や、鳥、ぞうなどの動物や、人の幼児の
実験を通して、自己の認知の謎を解き明かすという内容になっている。

この章を読んでいて、すぐに思い出したのは、自閉症児に良いとされている
「鏡」の療育と、
行動療法での言葉を教える前に、教える人に注目させ、模倣から言語へと
つなげていくやり方を、思い出した。

そして、いかにこの模倣が、人の社会的発達に影響しているかを読むと、
「PECSのカードを使った言語の獲得」は、それはそれでありだとは思うが、
発達の順路からすると、注視→模倣なのかな?と考えたりもした。

私が、はじめて、行動療法の言語獲得方法を知った時に、模倣に対して
「なるほどなぁ」と深く関心した記憶がある。
私的には、絵カードの現物のマッチング、文字と現物のマッチングから
興味が外に開かれて、人とのコミュニケーションに目覚めるという径路よりも
行動療法による人への注視→模倣→言語獲得のほうが、同じ言語を覚える
にしてもより深く概念が理解できるような、そんな気がしてならない。
只の、素人考えなので、間違いはあると思いますが、、、。

さて、自己認知は、限られたほ乳類にしかないそうだが、
人は、鏡に映った自分を認識できるが、動物が鏡に映った自分を見て
吠える「童話にもありますね」とか、鏡の裏側に誰かいるのか捜すなどは
よく聞く話ではあります。

ちなみに、昔飼っていた、天才猫(普通の猫では出来得ない様々な事が出来た猫)
は、鏡が好きで、よく自分を映してじーっと見とれてました。いたずらして、顔に眉毛を
書いた時、鏡の前に行って、手でぬぐってましたから、、、、。
たぶん、あの猫は、鏡に映った自分を認知出来てたのかもしれません。

ももは、自己については、早くから認知していたように思います。
おつむてんてんなどの模倣は、まったくやってくれませんでしたが、
保育園でのお遊戯や、子供番組のお遊戯は楽しんでやっていたように
記憶しています。
ただ、今だ、疲れると右左が混乱するや、やりもらいが自然に理解できなかった
などは、正確に鏡の中に映る自分を認知出来てない事とつながる
ように思えます。

話が脱線しましたが、本題に戻すと、鏡に映った自己を認知出来るのは、
一部のさる、イルカ、ぞうがしか出来ないそうです。
それぞれの顔に落書きをして、鏡を見せると、急いで、自分の顔の
落書きを落とそうとするという実験に基づいて結果が出されています。

ただ、鏡を見て、身繕いをするなどの社会的、自己指向行動は、
ぞうなどでは見られないらしい。

また別の実験では、生得的に持ち得ない自己認知力を学習によって
獲得させるべく、鳩に学習させ、学習によって自己認知が可能になる
事を証明していました。

ただ、ビデオなどを使った、時間差のある自己認知の実験において、
鳩は、学習させても、5秒までは弁別できるが、7秒になると出来なくなると
いう結果もあり、鳩の短期記憶では5秒が限界なんだそうです。

人の場合、鏡の自己を正確に認知出来るようになるのは、一歳~2歳の間で、
チンパンジーの場合、産まれた時から鏡を側に置いて、刺激した個体で
2歳から2歳半、自然な状態では、5歳~8歳で認知できるという結果が出て
いました。

ただ、時間のずれを用いた実験になると、生得的に時間のずれた自分を
理解出来るのは、人間特有のものらしい。
また、人間に育てられたチンパンジーは、時間差の自己を認知出来るものが
多いという結果が出ている。

過去の自分、今の自分、未来の自分と、時間軸の積み重なった認知が
出来る事は、自己の経験を積み上げて、他者に対する視点を育てる
為に重要であるということらしい。

ももも、おおまかな時間の経過は理解できていると思うが、
時間感覚がずれている状態、身体と脳が時間に支配されてない感じを
見ると、やっぱり、ここも重要なんだと思い知りました。



次に自己認知における、身体感覚と時間についてメモする予定です。

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