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2009年4月29日 (水)

共同注視

今、「ソーシャルブレインズ」という本を読んでいる。
人(や動物)は、どのように社会性を獲得していくかを、いろんな角度から
実験を通して、解き明かす、、、というような内容で、
発達障碍関連本ではないが、ももを育てていく上で、一番知りたい内容と
深く関係する内容だったので、飛びついた。

一度、読んだが、慣れない単語なども多く、頭に上手く入っていかなかったので、
今、2度読みしている。
ゆっくりゆっくり読んでいるので、気がついた事を忘れない為にも、
途中だが、メモしておこうと思う。

人が社会的生き物として成長していくのに、必要なものは、たくさんあるのだが、
その中で、改めて再認識させられたのが、この共同注視の部分だった。

人は、産まれた瞬間から、母親の目に注目し、一歳頃には、母親の視線の
追う先を自然と見るようになり、二歳で、遠くの視線を追う事が出来るように
なるそうだ。

産まれた瞬間から、母親の目を素通りして、別のところを見ていたもも、
今も共同注視には、困難をきたす。
ももが、目線をしっかりあわせるようになったのは、四歳頃。
この頃、飛躍的に成長したように感じた記憶がある。
分離不安ではじめて泣いたのもこの頃だった。

ただ、今だ、少し距離の離れたところにあるものを、指さしして、
「あそこの○○をとって」と指さすと、見当違いのところを捜しはじめる。
指の先も、視線の先も、読もうとしても読めない。
また、目の前のものを「そこの○○をとって」というと、すぐに探せるが、
遠くの時同様、母のほうは見ずに探し始める。
遠くの場合、聞いてすぐに見当違いのところを捜し、わからなくて、
はじめて母の目を見るし、指の先を、自分で指さしなおしながら
辿ろうとするが、探せないのである。

こくごの、ここ、そこ、あそこなども、完全には理解出来てないように
思える。「距離感が曖昧」

通常、人は、二歳で、この「あそこにある○○をとって」が出来る
そうだが、その時、母親の目線を見て、指の先を見て、そして、
ものを探し当てるという「人→私→もの」の三項関係が成立するそうだが
ももは、今だ二項関係で完結してしまう。

この影響は言語にも顕著に表れていて、「今日の給食、何食べた?」
と聞いているのに「給食」と言ったり、「今、(スイミング)で何やってるの?」
と聞くと「水泳」と答えたりする。
質問者の意図が瞬時にわからないというか、反応出来ない様子なのだ。
こくごのプリントなどでは、意識的に脳が考えるモードになっているので、
ちゃんと答えられるが、無意識で正確に反応するが出来ない感じだ。

この章「目はこころの窓」の冒頭で、「エース同士の1オン1.ゆっくりと
ボールを弾ませながら流川を見つめ続ける沢北。次の瞬間、沢北の
視線が左にそれる。と同時に沢北は流川の右サイドを一陣の風の
ごとく駆け抜けて、、、」というバスケット漫画スラムダンクの一場面が
引用されている。

つまり、人は、産まれた時から、無意識に人の視線を追ってしまうように
プログラミングされているという事なのだ。

他の子供達が一斉に担任の目を見て一体感を醸し出している中で、
ひとり視線があさってのほうを向いているももを思い出してしまった。

また紙芝居をしている時、他の子供達は、絵だけでなく、お話をしている
人の顔が見えている場合は、お話をしている人の表情なんかも
交互に見たりするが、たぶん、ももは、絵だけしか見てない、
視線が動いていないと記憶している。

ももとあっち向いてホイをすると、やたら強いのは、
ここに起因しているのかもしれない。。。。

心の理論課題に出てくる箱の話も、よく考えて見れば、視線の移動に
関連している。

自分を客観視出来るようになるには、いかに視線の移動が大事なのかが
よくわかる内容になっている。

また、推測だけでなく、この本は、裏付ける実験データのオンパレードで、
丁寧に読めば読むほど、発見もありそうに思える。

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