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2009年3月 1日 (日)

マイナスの感情

遊びの塾での つづきです。

遊びの塾では、遊んだ後に、ソーシャルスキルのような事を
みんなで話し合って考える時間があります。

ある日の話し合いの場で、なにか嫌な事されたり
暴力をふるわれた時はどうするか?という質問に、
ももは、「やり返す」と答えた事が問題だと言われました。

確かにね、暴力はいけないです。
でも、なんでもかんでも、大人のルールを押しつけて、頭ごなしに
感情を押し殺させてしまうような安易な導き方も、私はどうかと思うのです。
やられて怒れる感情を押し殺させるような教え方じゃなく、
じゃあどんな風に怒ればオッケーなのか教えてくれるといいのになぁ
と思ってしまいました。

また、ちゃんと、子供の感情も受け止めて、子供の目線に立って
丁寧に教えてくれるような、そんなのを期待していたのですがね、、、。

街中の幼稚園に通ってる友達の子供〔男の子〕は、元気でやんちゃなタイプ。
でも、周りは、とても大人しく、大人の言う事を忠実に守るそういう子が多く、
やんちゃで、活発というだけで、避けられる、、、と。

汚いもの、大人の都合で見せたくないものは見せず、
大人の都合や見栄で、子供から子供らしさを奪っていないか?と
私も自問自答する事があります。

いい子って、一体誰にとってのいい子なのか?

確かに、適度にやり返すのが難しい子達ですから、暴力は駄目という
考え方もあるでしょう。
でも、それなら、ちゃんと、感情の収め方も教えないと、バランスが
とれなくなるでしょう。

また定型の子だって、どこかで大人のエゴに気付いていて、大人の
目につかないところで、押さえつけられた感情を爆発させようと
するかもしれません。

ももは、その場では無理だけれども、家に帰ってから、自分の気持ちを
言語化出来るようになってきたと思います。
毎日の出来事を聞いてると、いろんな大人に、一方的に謝る事を
強要されたりも多いと感じます。
大人になれば、自分が悪くなくても、場を収める為に、偽りの謝罪を
簡単にしたりしますが、子供はまっすぐだから、理屈も呑みこめずに
頭ごなしに言われるのって、また辛いんですよね。

例えば、後ろの子に背中を押されてよたって、前の子を突き飛ばしてしまった。
前の子が大事にしてた工作が壊れて、罵倒された。
でも、大人はちゃんと背景まで聞いてくれずに、事実は事実なんだから
謝りなさいと言う。

ももは、後ろの子に押された事を言えずに、わざとじゃないのに、それが
言えず、あわわわわ、、、となり、

謝ってみたものの、なんだか釈然としなくて、泣けてくる、、、、。
そんな毎日の連続。

そんな風に謝って、心から反省できる?

まずは、気持ちを受け止めてから、やった事に対して謝罪をさせ、
そして、理由を話すと、謝られた子だって、言い過ぎたごめんねって
気持ちにもなるだろうし、まるく収まるのになぁ。

一見、大人から見たら困った言動の中にも、子供が育っていく上で
大事なものってたくさんあるような気がする。

療育先で音読した「気持ちの本」のことを思い出した。

怒れる気持ちも、泣けてしまう気持ちも、みんな大事なあなたの一部。

否定するんじゃなく、肯定した上で、どうつきあっていくか?

自分の事を好きな子供になってほしいな。

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