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2008年12月 4日 (木)

時間の概念

ももは、時計も読めるし、
教えれば、2時10分の1時間半後は何時何分?も
答えられる。
しかし、時間の概念は、まったくと言っていいほど、理解できてない。

しまじろうの絵本やビデオや時計、くもんの時計。
いろんな教材でもって、小さい時から、教えてきた。

しかし、それから、4年経つというのに、
概念は、彼女の中に入っていかない。

その証拠に、、2時10分の1時間半後は何時何分?は
答えられても、
なぜか、一時間は何分?が今だ答えられない。
(現物の時計や、タイムタイマーでも、?だ。)
数量という観念がないのだろう。

これは、一日とか、週とか、月とか年とかの単位や、
季節の行事なんかも同じで、
教えれば、丸暗記するが、ももには、全く興味のない事で、
脳が、じぇんじぇん、知りたいと思っていないので、
教えても教え続けても、その側から、どんどこ抜けていって、
何年たっても、定着しないんだろう。

母は、その度に、絵や図を描きまくり、
ダンボールで視覚化した教材をつくり、説明してきた。

行事ごとに、ももの頭や心に残るように、丁寧に年中行事を
やってきた。
お正月は、着物も着せて、初詣も行く。
節分は、地域の行事や、家族で鬼のお面をかぶって、豆まきもする。
ひな祭りも着物を着せて、おひな様をかざって、お友達を呼んで
お祝いもしてきた。

なのに、じぇんじぇん、ももの中に残っていかない。

教えれば、その場は理解したっぽくなる。
でも、すぐに抜けてしまうの繰り返し。

まずは、脳に、知りたい!やりたい!と思わせないと、
どうにもこうにも、ならんのだよね。

親や周囲がどんなに頑張っても、本人がその気にならないと、
全く、無駄に終わる事って、とっても多いのではないかと、
そんな風に、思う。

時間も、生きていくのに、とても大事な概念のひとつだ。
その場を取り繕う事は、出来ても、根本の概念がわからないままだと、
いろんな場面で、ももは、困るんじゃないかと心配になる。

ももの知覚している範囲の狭さみたいなものを、つくづく思い知る。

それは、ももの年齢が高くなるごとに、危機感みたいなものになって、
私を追いつめることもある。

期が熟すのを待つという作戦もあるが、
熟さないままの可能性も高そうだ。

18歳を目途に、どこまでやれるかわからないけど、
その、脳に知りたい!と思わせるような、方法を、まだまだ諦めずに
模索しようという野望は捨てられないでいる。

でも、ある時期になったら、たぶん、現実を受け入れて
切り捨てないといけない部分も出てくるのかもしれない。

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