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2008年7月17日 (木)

困り感に気づく

担任は、自腹を切って、障害児教育について、学びに行くほど、
熱心な先生です。
授業も、そういった自腹学習から得た技術を取り入れて運営されています。

長時間椅子に座っているのが困難な子供や集中が続かない子供の為に
授業の前に散歩に出掛けてから、授業を集中してやったり、
七田式のフラッシュカードを使って、ゲーム感覚で子供たちを引き付けて
上手く授業を行っています。
指導要領をきっちり抑えて、ただ、こなすだけの授業ではないので、
どうしても、授業が遅れがちのところがありました。
私は、それは、それで素晴らしい授業なので、遅れなど気にしていませんでした。

しかし、そういった工夫はあるが、ももの困り感は、昨年よりも
酷くなっているように見えました。

フラッシュカードも、ルールが呑み込めないまま参加して、周囲の楽しそうな
様子を上目で眺めつつ、どうしていいか困りはてて、俯いたまま、
ゴムを噛み続け、イライラしている様子のももの姿がありました。

ほんの少し、ルールを噛み砕いて、説明するだけで、困らずに楽しく参加
できたのになぁと思いながら、切ない気持ちになりました。
学校でそれを補う事が不可能ならば、家にふってくださいと、再三再度
お願いしてきたはずです。

一昨日のパニックの件も、ももの説明だけを信じるのは危険なので、
きちんと担任に状況を説明してもらいました。
担任いわく、「学期末で、この2週間ほど、追い込みで、かつかつの授業を
行っていた。いつもよりも多い量を、倍速でこなすような授業が続いていた。
それで、漢字ドリルも、最後までやれる人はやるように言い、ももちゃんには
出来るところまででいいよと言った。
数人の先生最後まで出来たよ!の声の中、自分は全然ページが進まず
最後までやらなくてはならないと、勘違いしたのかもしれない。
その授業の後、パニックになっていた。」と話を伺いました。

漢字ドリル、最後までやらせるのに、6時間半ほどかかったんです。
決して、書くのが遅いほうでもありませんが、苦手なはらいなどを書き直し
しつつ、きれいに書くを意識してやったら、このくらいかかりました。
家では、泣き言いわずに、でもへとへとになりながら、やってました。
少しの無理は、あえてさせるし、学校で無理を強いられたほうが、かえって
ラッキーぐらいに考えてますが、これは、いくら、なんでもな量です。

ももは、プリントの最初に難しい問題があると、それを一旦おいておいて、
出来るところからやるという発想が出来にくい脳みそをしています。
それは、一ヶ月程、ももと付き合っていれば、気づけるような特性です。
律儀に最初から順番にやらないといけないと、思い込むのです。

担任は、特学を何年も受け持って、自閉症の特性は、知り尽くしていると
豪語していました。
見通しをつけてやる事が大事ですよねぇって最初に私に話してくれました。
でも、実際は、些細な困り感にも気づけずに、見通しをつけられずに
困る事が続いています。
たまたま表面化している部分だけでも、これだけあるのなら、さぞ、
日常的に困っているのではないかと、思わずにはいられません。

ももいわく、最初に言われた最後までという言葉しか覚えてないと
言っていました。
強い印象のものに引っ張られて、他が見えなくなっているというのは
よくある事です。

担任の見通しをつける配慮は、朝、時間割を視覚的に提示するという
ものです。
いわば、教科書通りの、見通しの一例ですね。
でも、本当は、そういった知識なんてなくても、その子供自身をきちんと
見ている中で、あれ?って気づくような、小さな困り感への対応というか
見通しが一番、欲しいのですよね。

それは忙しい学期末だから、気づけなかったとか、そういうレベルのものではなく、
呼吸をするように、自然に、気がついて、支援という意識もなく
行われていいような、そんなレベルの話にも思えるのですが、
そういった気付きが、自然に出来にくいんだろうなぁと推測されます。

なんというか、そういった基本がないと、いくら知識があっても、もものような
ほんの少しの無理を乗り越える力の弱い子供は、辛いです。

いっそ、知識などなくとも、子供をきちんと見て、自然に対応できる先生が
一番、ありがたいのかもしれないと、考えるようになりました。

まあ、そんな事をいっても、仕方がありませんので、打てる作戦を
考えています。

昨年の県のセミナーの講師をしていた先生は、
「いろんな先生がいますが、それもひとつの環境要因と割り切って、その中で
出来る手立てを考えるように」とおっしゃっていましたが、
まさに、そういう事だと、思います。

去年の学年主任の先生など、あまり進んで障碍理解をしようとする姿は
見受けられませんでしたが、バランスのとれた先生で、
皆に迷惑かけるようなパニックをおこすももに、時にはびしっと叱りつける
こともありました。
まあ、大声で叱るのは、もものような子供には禁じ手とされていますが、
私は、かえって、いけないを適切に教えてくれて、泣き止んだら、笑顔で
受け止めて、送ってくださるこの先生をありがたく思ったものです。

ある意味、なんでもかんでも障碍だから、特性だからといって、配慮を望む
つもりはさらさらありません。

子供を見て、臨機応変に対応してくださればいいだけなんですが、
それが一番難しいようです。

どうしようもないところをごり押しして無駄なエネルギーを消費して
怒るよりも、視点を変えて、どう工夫すれば、困り感を緩和させられるか
その手立てを考えようと思います。

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