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2008年7月15日 (火)

通級は、取り出し授業

本日、漢字ドリルをやる時間にパニックになったとの事で、
その後、終日、通級教室でみてもらったとの事。

ももに事情を聞くと、キャパを超えるページ数をやりましょうと
言われ、パニックになったそうだ。

書字障害とまではいかなくとも、視機能に困難のあるももは、
漢字ドリルや書写が苦手だ。
でも、我慢できる量を、少しづつ頑張るのは可能だ。

しかし、いくら頑張っても、しんにょうが上手く書けなかったり、
はらいが上手くできなかったりする。

担任は、几帳面らしく、厳密にとめ、はね、はらいに赤を入れてある。
このくらいは、許容範囲じゃないの?って思えるものにもきっちり赤が
入っているので、まっ赤っかだし、漢字のテストなども厳密に丸を
付けるので、だいたいあっているけど、細かい部分が出来てないももは
点数をもらえない。

人の何倍も、漢字練習してても、点数につなげられない。
でも、それも、仕方がないと、あえて、先生に何か言う事はなかった。
ももが、きちんと、書けるようになるかもしれないし、と見ないことに
していた。

が、先生に謝りにいかせた後、家で補習させたが、
午後3時から9時までかかって書き終えたくらいのページ数だった。
これは、泣きもパニックも入って当然の量。
担任は、皆にわかるように非常に丁寧に授業をやっている為、
大幅に授業が遅れている。
その為、追い込みをかけたのかもしれないが、ももにしてみれば、
律儀に、これを時間内にやり切らなくてはならないと思ったらしく、
オーバーフローをおこしてしまったのだ。

特別に小分けしなくても、ある程度の量はこなせる気力も能力も
あるが、苦手なところを注意されまくりながら、この量をこなすと
思っただけで、萎えて当然の量だ。

「発達障害関連の本は、すべて読み切りました!任せてください!」
と言ってたわりには、なーんにも配慮がなさすぎるじゃん!

一言、「出来るところまででいいんだよ」とか声賭けがあるだけでも
パニックなんかおこさなかっただろうに。。。。
別にももにだけ、特別に、プリントを用意するとか、そんな事は
お願いしていないし、必要もない。

で、結局、教室内で、出来るように、説明するとかの努力もなく、
パニックをおこしたら即、別室に連れていかれる為の、通級なら
いらん!

勉強なら、家庭で、十分、予習している。
通級では、特別、先生が苦労して教える事もなく、さっさとプリントを
やり終えて、折り紙や工作をしていると聞く。

結局のところ、通級は、決められた日時に行われるのではなく、
親の許可なしに、勝手きままに、取り出されているだけだ。
一学期で、3人も通級の担任が変わった。他のお子さんは、
日替わりで先生が変わったらしい。

あまりにもずさんすぎる。。。。。。

邪魔な子供を隔離するための通級なら、いらん!

何を言われても、頭を下げて、感謝をして、少しの事は、見ないように
してきたけど、いい加減、頭に来た!

面談では、「自己表現力があるから、そういうところを伸ばしてあげては
どうでしょうか?」と言われた。
「失礼かと思いますが、今、ほら、今いろんなタレントさんがいるでしょう?
自己表現が豊かなら、そういう方面も向いているんじゃないかと思うんです」
と言われた。
今、流行の「おバカタレント」の事を指してるのかな?と思いつつ、
聞き流したものの、いろんな事がつもりに積もってくると、一気に塞いでおいた
嫌な気持ちが、吹き出てきてしまう。

結局さ、こちらの望むような手立ては打ってもらえなくて、
手に負えなくなっからって、そんな薦めようなないと思うんだけど。

長さのテストも、0.5ミリの違いですべてペケにする先生ってどうよ?
買った条規をすぐなくしてきたので、100均で、間に合わせたら
それが0.5ミリずれてたようで、すべてペケだった。
でもさ、鉄の条規じゃない限り、規格の条規だって、温度差で簡単に
誤差が生じるもの。
0.5ミリの差で30点になってたよ。でも、ももの条規ではあっている。
勉強は理解をきちんとしていく為に必要で、厳密さを追求する先生の
趣味の世界で、子供を潰されたくないよ。

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コメント

ありえません。定規の問題は普通プラスマイナス1ミリは許容範囲で丸付けします。
完全に先生の趣味の範囲なので、そこは気にしなくていいんだと、momoちゃんに強く言ってあげてください。


世の中には色んな基準の人間がいて、細かい人もルーズな人も居るわけで、たまたま『細かい』人にあたったんだと、そんな風に「ひとを見る幅」に繋げていけるようにしてあげたいですね。

それから、『はらう』ですが、これ家ののんびり娘も苦手でした。

平面上の動きと、空間での動きが組み合わさるので「はらう」は苦手な子が多いのだと思います。
空間の動きを意識できるようにしていくといいかなって思って、
「はらうは、書きながら鉛筆を持ち上げるんだよ。」
と、そんな風に教えるようにしたら、教室の子ども達の中に少しづつできる子が広がっています。
最初は手を添えて、鉛筆を動かしながら浮かす感じを掴んでもらってます。


あと、「タレント発言」については、全く同感。
その程度の観察力しかないのに、子どもの人生に口出すんじゃないぜ!
っていう感じでしょうか。

まとまりないコメントでごめんなさい。


投稿: sei | 2008年7月16日 (水) 07時54分

コメント & 励まし ありがとうございます。
非常にお見苦しい記事で、情けない限りです。
条規の事くらい小さな事だと自分の胸に収めてましたが、怒りに任せて書いちゃって、そんな事くらいで頭に来てどうする自分!?って感じです。

担任の言動は、全て善意から来ている分、余計、去年の担任よりもたちが悪く思えてしまっています。

担任なりに工夫はしているのですが、一番お願いしている重要ポイントを見事にはずしまくった、的を大きくはずした支援がなされていて、辛いのです。
これは、私だけの意見ではなく、夫も同じ事を同時に感じていたようです。

親の承諾なしに、所定の日時に関係なく、知らない間に通級に通わされている事に関しては、きちんと、抗議しようと思っています。

通級先では、あえて先生が苦労して教える事もなく過ごしてます。ももには、低学年のうちに、集団に慣れる事が必要だと考えているのに、じゃんじゃん取り出し〔通級〕されていては、いつまでたっても慣れる事が出来ずに、困ってしまいます。
家で勉強はフォローするので、集団に慣れる事を一番にIEPにも掲げているのに、矛盾だと思えて仕方がないのです。

頭に来てても仕方がありませんから、目をつむるところは目をつむり、頭を切り替えて、策を考えようと思います。

はらうは、プロンプトで、手を持って、習字のように練習して、少しは、マシになりました。
夏休みに習字を教えようと思っています。

タレントの件は、教師らしくない発言だと思ってしまいました。例え、ほめ言葉であっても、裏社会と繋がりも深い業界ですので、そんなやくざな世界を薦められても、複雑な気持ちになります。
また、虚構を演じるなんて高度な事が出来る子なら、こんな気苦労はしてないですよ~。

投稿: momoはは | 2008年7月16日 (水) 21時02分

いえいえ、momomamaさんは少しも見苦しくなんてないですよ。
その先生のどこがずれているかを知るのに、「0,5ミリ」はとても良く解る例だったと思います。

嫌な事はさっさと忘れる私としては珍しく、未だに根にもっている先生がいるのですけど、その方もね、何の根拠もない「進路」を提示してくる方でした。
「そういう方面」っていうのが、「具体的」にどういった仕事であり、そのためにはどういうスキルが必要なのかといった「具体的」な手だては少しも示さず、ただ親の気持ちを逸らすかのような言動をありがたく思えるほど、我々はサラッと毎日を過してはいないっていうことだと思います。

善意だとは思うんですけどね、浅いんですよね。
でもそれは仕方が無い部分でもあるだろうなって思う事は思います。私だって、口に出して言いはしないだろうけど(昔からおせっかいするのにひどく遠慮があります。結果についての責任を取れない事を口に出すのは怖いんです)、そういう風に考えていたかもしれないですから。

でも、「通級の乱用」はまた別の話ですね。
判断を下すその先生の事を100パーセント信頼できる状態ならともかく、今の状況で勝手に通級を使わせてしまうのはマイナス面が大きいだろうと私も記事を拝見して思いました。
なぜ通級なのか。
キチンとしたルールが必要のようですね。


投稿: sei | 2008年7月17日 (木) 01時28分

なんというか日常的に、ももを出来ない子と評価しているような、そんな事を無意識におっしゃる事が多かったのですが、何の根拠もない「進路」は、決定的に思えて、「一体もものどこを見てんじゃい!」とつい、怒れてしまいました。
ももが、皆についていく為に、影でたくさんの努力をしているのを親は見ていますから。

通級の件は、最初に勝手な変更はしないで欲しいとお願いしてあったにもかかわらずなので、強く念押ししておきました。
ある意味、ルールというのが、甘い世界なんでしょうか?
いろんな面でプロとしての認識というのが、甘いようについ感じてしまいます。

その他の、細かい事は、出来うる限り、流して、出来ない事をお願いするのではなく、現実的な手立てを考えようと思います。

投稿: momoはは | 2008年7月17日 (木) 17時28分

 結婚40年、古希を過ぎてやっと選択ができるようになりました。何ヶ月か前、洗濯を頼まれて洗濯機に水を張り、スイッチを入れてパソコンにむかっていますと家内の怒り声、「あなた!洗濯というんもは選択物を干すまでをいうのですよ!
 そして先日、選択物を干してパソコンをたたいていますと「あなた!洗濯をするというのは選択したものを干して取り入れてたたんで、引出に入れるまでをいうのですよ!
 昨年の3月に定年を迎え、現在家事見習い中です。
 行動療法にスモールステップでのシェイピングというのがあるのですが、書字だって、洗濯だって一機に教えることは難しいのです。基本は教師の養成過程に特殊教育の技法がふくまれていないことです。私が臨床心理士の養成大学院で体験したのは教育の専門家を養成する大学の卒業生がもっとも教育の技をもってないことでした。なぜなら、教育大の付属の生徒さん達は最初から優秀な子供さんたちばかりなので教授連にも学生さんにも教育の技を習得する機会がないからなのです。

投稿: Don | 2008年7月28日 (月) 16時44分

今は、民間企業の努力やインターネットのお母さんたちの情報網が凄いですから、そこに救いを求めています。
今や、民間の通信教育や塾などには、スモールステップは当たり前ですし、ABAの専門用語が飛び交っている時代です。

私の父は先生と同じ世代の人間ですが、ものを横に動かすにも人を呼びつけるような昭和の頑固おやじで、母亡き後も洗濯などしたことがありません。
先生は凄いですねぇ。

>教育大の付属の生徒さん達は最初から優秀な子供さんたちばかりなので教授連にも学生さんにも教育の技を習得する機会がないからなのです

的を得たお話ですね。私も小学生時代は、家で一切勉強しなくても、成績は良かったので、娘の困り感に沿うのに凄く苦労しました。特に、出来ない気持ちがまるでわからなかったです。子供たちの困り感はそれぞれ違うので、まず技の前に、気持ちを理解しないと、たぶん、いらいらしてしまって、技までいかないのかなぁと思います。
先生という立場は柔軟性が鍵なのに、システムにまるで柔軟性がないもの問題ですよね。

投稿: momoはは | 2008年7月28日 (月) 21時59分

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