追記
【岩田さん】
まぁでも、
ただしいことをいう人が
いっぱいいまして、
それでいっぱい衝突するわけです。
おたがい善意だからタチが悪いんですよね。だって善意の自分には
後ろめたいことがないんですから。
相手を認めることが
自分の価値基準の否定になる以上、
主張を曲げられなくなるんです。
でもそのとき
「なぜ相手は自分のメッセージを
受けとらないんだろう」という気持ちは、
ただしいことをいう人たちにはないんですね。【糸井さん】
「神の意志にそえ!」と
両方がいっているようなもんですよね。【岩田さん】
はい、宗教がちがうのに。カイぱぱさんのところから抜粋させていただきました。
他にもう~んとうなってしまう名言ばっかりなんですが、
まさに、子供を取り巻く専門家の同様な状況の渦中にいた私は、
「そうなの、そうなのよ~」と頷いたのでした。さて、前述の記事について、もう少し詳しく書くと、
例えば、就学前、いろんなところに出向いて、いろんな専門家に
相談しました。
そして、受け入れの先の学校以外、全ての専門家に
「普通学級です」と言われました。
長く関ってもらっている療育先の心理士も同じ意見でした。さて、入学し、一年の時に問題行動が爆発的にふくらんで、
2次障碍になりました。
その時、「やっぱり、他の選択もあったのかな」と言うと、
「お母さん、そう思ったら、負けですよ。」と言われました。その後、今の主治医であるS医師に出会い、
「こういう子供は、知的に高くても、いきなり集団で学ばせるよりも
別の少人数クラスで、集団生活のやり方を訓練してから、普通クラスに
行くというほうがよかったね」と言われました。「就学前、前の主治医をはじめ、皆、別の結論だった」と話すと、
「みんな、わかってないのよ。」とおっしゃっていました。S先生の一番新しい本には、そのあたりがわかりやすく書いてありますので、
就学前のお子さんをお持ちの方にはおすすめします。
全てを網羅してあって、一部、ミスリードしやすい危険箇所?もありますが、
とてもわかりやすいよい本だと思います。その日限りの人ならともかく、継続してみてもらっていた専門家の
判断が、いとも簡単に否定された瞬間でした。普通クラスから支援クラスに行く場合、子供いかんでは、その事が
失敗体験として胸に刻まれる場合があるとのことでした。
集団でパニックになるとか、あきらかに集団でだと勉強についていけなくて
不利益が大きい場合は先に支援級に行ったほうが長い目で考えると
いい場合もあるということなんですね。まあ、S先生だからこそ、見えているものなのかもしれません。
しかし、現実というのは、そんなに単純なものではなく、実際問題
ももの場合、養護学校からは、「ただでさえ、満員御礼なのに、そんな高機能の子供を受け入れる余裕がない」と言われ、支援級は、今のクラスよりも
ももにとって負担になる刺激の多さがあり、ぴったりと理想に叶う受け入れ場所はないというのが現実です。まあ、それはそれで置いておいて、問題なのは、例えば、医療の現場の
専門医とひと口に言っても、先生で、こんなに意見が違うという事。
その場その場で、それぞれが、お互いに、いかに自分が正しいか、
当事者に語られても、よけい困惑するから止めて欲しいと思いつつ、
聞いているというのが現状です。また、これが、医療や心理と相反する、行動療法の世界の先生だと、
S先生はわからんちんだ!くらいの勢いで否定されます。まあ、それは、ある意味、正論だったりもするのですが、
S先生はS先生なりの真実があり、全てを否定するような言い方は
まがりなりにも、主治医なのだしなぁと思いながら聞いていました。当事者にしてみれば、そんなもん、うちらに言うてどうするねん!
そちらで、上手く議論なりして、かみ合わないところもあるだろうが
落としどころをつくって、上手く連携してくれないだろうか?そう思いながら、黙って聞いてたので、余計、この言葉を聞いて
「そうそう!それそれ!」と思ったのでした。どの現場の先生も、その先生なりに、自分が正しいと思った道を
正義感でもって歩んでこられて、私達の為に尽力を尽くしていただいて
いるのだから、否定して、主張するじゃなく、別の視点でもっての
話し合いなんかは無理なんだろうか?とふと、素人考えで考えたのでした。確かにね、本を読むと、すごくわかりやすいんですが、
実際リアルS先生を目の前にして、いきなり、物凄くびっくりするような
結論だけを、断定的な言い方でズバッと言われると、
それを理解しようと思う前に、うっ!と心がなってしまい、
誤解してしまうんですよね。。。。。
だから、苦手なんですが、、、、、S先生。療育先の心理士も、危険な行為は、物凄くきつく叱るという
行動療法の中でも難しいやり方をアドバイスされた事に関して、
激しくそれは止めてくださいと言う、、、、。
まあ、視野の狭い、物事をその通りに受け取りやすい子供に
きつく叱るのは、やり方を間違えれば、積み木崩し〔古い?〕に
繋がるのは用意に想像できますが、
まあ、行動療法の基本をやって、ダメなら、難しいやり方しか
効かないでしょという行動療法家の先生の意見は、正論に
思えますし、一方で、心理士の先生のいわんとするところも
理解は出来る。決めるのは、親なんですが、結論としては、今までの方法が
ダメなら、ダメな方法は切り捨てて、合理的な行動療法を
やっていくという結論には、随分前から達しています。私には、曖昧な事を言わない、行動療法が凄く信じられるものだと
感じられるし、理解しやすいからなんですが、
また、行動療法家は問題行動を治します!と断言するんですね。
受ける以上、責任持って、治すと断言する。今まで医療で診断を受けて、「障碍ですから一生治りません。病院では
薬は処方しますが、療育などはしていません。」と言われた時の事を
考えると、「治します!」と断言する行動療法家が侍に見える私。心理の世界だと、ひとつの見えている問題に対して、理論づけで
もって、複雑にしていくようにも思えるんですよね。
素人にしてみれば、なんだかわからん難しい理由を話されて、
わかったようなわからんような感じで納得させられているような
気もしてしまう。
それよりも、厳しいけど、筋道がはっきりしてて、理解しやすい
現実的かつ合理的な行動療法の世界のほうがあっている。
そう感じる昨今です。本来ならば、他の療法も含め、いろんないいところ取りをした
療法を、対象者にあわせて臨機応変に施術する、
そして、連携する、そういう形が理想にも思えるんですが、
道のりは、遠いんでしょうか?
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