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2008年5月27日 (火)

見通し

週末、療育先に相談した時、手立てではなく、
フリースクールや施設などの話をされて、とどめを刺されたような
なんとも言えない気持ちになってしまっていました。

療育先の先生は、先生なりに考えて、よかれと思って
こういう最終手段もあるよと善意で教えてくれているのは、
よーくわかってますが、
そういった公的な施設は、ほとんどが、そこに住民票を写すなり
引っ越さないといけなかったりで、仕事をして食っていくという
生活の大前提を考えると、最後の手段であって、
気軽に、それを試したり、決断はできないのです。
そういう現実的でない話ばかりが出てきても、余計、
気持ちは、追い込まれるだけで、困ってしまいました。
〔療育の先生を否定したくはありません。先生がいてくれたお陰で、
ここまで伸びてこられたところもあるのですから。。。。〕

同様に、頭ではわかっているけど、出来ないから苦しんでいる時に、
通常、問題とされる行動をするmomoも、愛すべきももの一部であり、
全て受け入れなさい、そのままを!と先輩方にアドバスされるのも、
傷に塩、塗りこまれているような気分になってしまうし。
理想的な素敵なお母さんでいいね、と距離だけ感じてしまうしね。
反面教師で、自分も、励ましのつもりで、塩塗りこんでた事があるかもなぁ~
ってぼんやり考えたりもしてました。

今日、ある行動療法家の先生のところに行ってきました。
お気に入りリンク先にある久野先生のところに、去年一度、そしてダメもとで
今年また電話をして、物理的に無理だとやはり断られました。
そこで、食らいついて、ダメなら、受け入れてくれるところを紹介して
下さい!本当に困っているんです!と食い下がりまくって、
紹介していただいた先生です。

迷惑をお掛けするといけないので、公言できませんが、
4月に一度相談にのっていただき、その後、メールなどでの相談を
してもらってました。
今日は、担任が書いてくれた行動観察日記を持って、先生のところに
伺いました。

一時間半くらいでしたが、非常によいお話が聞けました。
また、18歳を目処に、治していきましょう。ちゃんと療育をしていけば、
必ず、治りますからと言っていただけて、本当にほっとしました。

「どうなりたいかという目標があって、どうすればという方法がわかって、
はじめて目処がついて、人間は頑張れるものだ」とおっしゃってましたが、
まさに、私の今の心境そのものです。

スモールステップで、出来る方法を段階を得て、やっていき、
やがては、自発的に出来るようにする手立てのいろんな方法を
話していただけました。

違うなぁと思ったのは、その設定の細かさというか、
行動というものは、一本道じゃなくて、実にたくさんの枝分かれの道が
あって、その分岐点ごとの変化で、臨機応変に対応しなくてはならない
わけですが、そこに臨床経験の豊かさみたいなものを垣間見れるような
お話がチラっと、たくさん見えたんですね。

アスペルガーとか高機能自閉とかいう診断名がない頃からずっと
療育を続けていて、たくさんの人間の成長の経過を見てきているので、
お話し、ひとつひとつが、実に深いのです。

予算がない特別支援に期待しないで、自前で治していく道を模索する
ほうが現実的だし、あまりに環境に頼りすぎてもいけないしという
現実に即したお話が、ありがたかったです。

ももの日常、そして勉強面でのオン、オフも、オフの時は、勉強しない!
オンの時、やれる時に、じゃんじゃんやりなさいとアドバイスいただきました。

先生は、アスペルガーとか高機能自閉とかいう診断名がなくて、LDとか
他の診断名がついていたお子さんを、自閉症だと理解して、半世紀前から
療育をしてきた方ですので、それはそれ、これはこれの脳みその子供に
どうやって教えるかも、熟知してらっしゃるようでした。

私が持参したソーシャルスキルカードと、絵と文で、娘用につくりかえた
ソーシャルスキルカードや、ソーシャルストーリーを見て、
「そういう風な硬直的な、教え込むみたいなやり方じゃ、こういう子の脳には
入っていかないんだよなぁ。」

「楽しくなければ、浸み込まないんだよなぁ。」
「どういう風に、浸み込ませるか、まあ、今度、見せてあげるからね。」
とにこにこ顔で話されました。

先生の創り上げた療法の名前がまた、ユニークだったりして、
笑ったりしながら、楽しくお話を聞かせていただきました。
行きは、思い詰めて電車に乗りましたが、張り詰めた糸が
久しぶりに緩んで、楽になれました。

親の立場から、学校の先生に指導するような事はしちゃいけないよとは
アドバイスいただきました。
例え、それがどんなに正しくとも、ただ、主張するだけでは、
人は、理解しようと動いてはくれませんからね。
まず、相手に理解を示して、そこで、自分の主張をする、譲って、理解して
もらうようにと、アドバイスくださいました。

押し付けでなく、担任が困ったら、直接メールするように名刺もいただき、
勉強会にもさそってみてくださいと、おっしゃっていただけました。

さっそく担任に、今日の報告と、アドバイスをまとめて過剰書きしたものを
渡してお願いに行きました。

N先生にも、配慮への感謝と、見守りをお願いしてきました。

校長にもひさしぶりに、会ってお話しましたが、
「4月は大変だったけど、最近、落ち着いてきてるよー、お母さん、心配しすぎ」
といつもの激励の言葉をいただきました。。。

校長も去年とは変わって、取り入れられるものは、じゃんじゃん取り入れて
特別支援やりますという姿勢で協力くださっています。

去年の担任にも、先日、ももが困っていた時に声をかけて助けてくれた事を
お礼を言って、もも自身が、めっちゃ感謝してたと伝えました。
〔私は、、、、ですが、ももは、去年の担任が好きだったんです。。。。〕

行動療法家の先生方って、皆、個性的だなぁって思うし、
ある意味、あつくて、筋が一本通ってて、職人気質で、
でも融通が効かない部分も見えたり、一本木すぎて、不器用だったり、
なんだか共通点が見えるのですが、
年の功というか、そのアドバイスにも、今までの人生の紆余曲折が
垣間見られたような、そんないいアドバイスでした。

浸み込むのを目の当たりに出来るのは、来月か、夏休みか
わかりませんが、また、報告できればと思います。

最後に、4月の時、そして、今回、療育先などをメールで教えてくれた
方々に、深く感謝します。

そちらは、公表しないという事で教えていただきましたので、
こちらに書きませんが、予約を待って、あたってみようと思います。

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コメント

良かった良かった。
結局、そのひとに合っているかどうか。それが全てなんだと思うのよ。

私も、知識いっぱい持って学校現場の自閉ちゃんに対応しようと思ったんだけど、自閉ちゃんでもLD君でも、ADHDさんでも、当たり前のことだけど、一人一人違うのね。
知識にあわせて指導するんじゃなくて、その子の困っているところを見て、それを解決するために必要があれば知識を引っ張り出してくる。そういうやり方が現実的なんだと学びました。


最初にかかれた療育の先生が勧めてくれた道もひとつではあったろうけれど、それはmomoちゃんの置かれている状況(もちろん、これは家族の暮らし方ふくむわけです)にあわない。
あわない事をどんなに頑張っても、目的にはたどりつかないんですよね。

苦しいところに追い込まれないように、苦しい状況からはなれる人もいる。それが合う人もいる。
でも、わたしとか、momomamaさんは、越えて生きたい人間なんですよねきっと。だから、目標と、方法と、目途が欲しい。

目標は自分でつかめるけれど、方法が見えなくなって八方塞がりで、アドバイスを求めると、方法ではなく「避ける」事を薦められる。それは、方法を求め最後まで進もうとする人間にとってしんどいんですよね。

あう方に出会えて良かったですね。それも、momomamaさんが諦めずにあがき続けたからですね。

オンとオフの考えかたはすごくいいなって思います。
家で勉強を見ていても、煮詰まっているときには脳みそがそこから動かない感じになっちゃうんですよ。そのときにゴリゴリ押しても難しい。
ちょこっと意識を外したり、別の事を楽しんでからにすると、こちらの説明がすんなり入ったりする事が良くあります。
私自身を振り返ってもそうですもんね。
なのに、時々ゴリ押しをしてしまう鬼母です(苦笑)。

心配すべきところはしっかりして、オンオフで切り替えられるところはサラッと見逃すっていうテクニックが親には必要なのかもしれませんね。


投稿: sei | 2008年5月28日 (水) 08時08分

seiさん、ありがとう。

たぶんね、そのままのももでも、それなりに成長していくとは思うんですね。でも、もも自身も困っていて、頑張るから変わり方を教えて欲しいと言うのに、そのままでいいとは言えない。乗り越えたいんです私達。

>知識にあわせて指導するんじゃなくて、その子の困っているところを見て、それを解決するために必要があれば知識を引っ張り出してくる。そういうやり方が現実的なんだと学びました。

そうなんですね。担任は、知識は物凄くあって、教師仲間で特別支援の勉強会を開催したりしているほど勉強熱心なんですが、臨機応変というか、ひとりひとりを見て、その困り感にぱっと気付いて、ぱっと動くというのは苦手に見えるんですね~。
それはその先生の個性なんで、そこをどうこう言うわけにもいかないし、結局、機転の効くN先生に、見守りをお願いしてきました。

まだこれからなのでなんとも言えませんが、行動療法の先生の、枝葉脳に浸み込むやり方を模索していこうと思っています。
行動療法といっても、発達心理や、脳科学の知識も網羅している先生で、また机上の理論とか本からの知識なんかじゃなくて、実際、体験して試行錯誤して編み出してきた土台〔臨床経験〕の上に立ってるので、本物のオーラがありました。

私は、ついつい、一生懸命に、入ってけ!このヤロー状態になってしまうのですが、事例も挙げて噛み砕いて浸み込むについて話してもらうと、なるほどなーって、頭だけじゃなく、もっと深い部分でストンと理解できたような気になりました。

先生いわく、大抵がアスペルガーや高機能自閉などとLDやADHDが合併している場合がほとんどなんだそうで、
昔は、みんなLDって診断されて、先生のところに来ていたそうです。

なんというか、勉強はもちろん、日常生活でも、そこじゃなくて、こっちを優先して考えろみたいな、意識があさっての方向に向いているところがたくさんあって、
まあ脳みその融通の効かなさとか、情報処理の独特さが強く出ますよね?
そこを楽しい日常課題なんかを設定して、スモールステップで、ちゃんと情報処理が出来るようにつなげていくをするんですって、たぶんそういった浸み込む楽しい日常課題を通して、だんだん、どこに注目すべきかとか、全てのことに繋がる情報処理のコツを掴むようにしていくみたいな話だった気がします。
意識を芽生えさせて、意識を自発的に向けるようにするみたいな訓練。。。。

ももは、スイッチオフの時は、4歳の1+1=1の状態になるほど、今、その切れ方が激しくて、勉強にならないんですが、無理させると、よけい酷くなるだけだからあきらめろと言われました。
激しい混乱を無くして行く脳の浸み込むトレーニングをしつつ、調子のいい時に、何倍もやれみたいなアドバイスでした。

やらせないと、クラスでの授業でわからなくて暴れたり、余計、出来なかったという敗北感で酷くならないか?
とか食い下がって質問もしましたが、
やらせるな!ときっぱり言われました。〔笑〕

まあ、激しくスイッチ切れてる時は、押してもダメなら
引いてみるしかないですね。
ごり押しは、ちょっとやめようかと思っています。

また、先生から学んだコツをこちらに書いていければと思っています。
それと同時に、療法関係なく〔TEACCHでも行動療法でもいいので〕、意識が向かないももに、意識を向けさせるにはどうしたらいいか?とか、上手くポイントを見つけて効率よく情報処理をしていけるような回路をどうつくったらいいか?
ももにわかれ!というじゃなく、わからせる為の工夫を
再び考えてみようと思いました。

私も今回、本当にどれだけ頑張っても、追い詰められていって、いかに見通しがたたない中で、頑張らないといけないのが辛いか、身にしみました。
見通しが立たないのに、やれと言われるももの辛さも、あらためて考え直しました。

投稿: momoはは | 2008年5月28日 (水) 19時59分

こちらの記事を読んでいて、
あぁそうか。て思う事が昨日もあったんですよ。

理科の電流計の勉強をしていて、目盛りの読み方がわからなくなっているの。
300と400のちょうど真ん中がいくつになるのかで困ってる。
だから、30と40で考えればいいよって教えたんだけど、それもわからなくなって、「さんじゅってん、ご?」なんて口走る。
さすがに腹が立ってきて、
「そこに、30から順に40まで数字を書きなさい!」
「書いたら両側から指で一個ずつずらして真ん中はいくつか見なさい!」
って、怒鳴りつけて教えちゃいました。

でも、1週間ほど前にはこの課題、わたしの手助けなく取り組んでいるんです。30と40の間は、1目盛りが1だってちゃんと考えて読んでいたの。
なのに、昨夜、他にも色々な物事を勉強したら、それが見えなくなっちゃったんですね。
で、私がカリカリするから余計に・・・。

私は、こういう状況を「後退」と言うより段階を上がる時の「混乱」だと捉えているのであまり気にしてこなかったんですが、考えたらこういう事良くあります。というか、「普通に」起こってます。今も数学や英語などで、いくつか抱えてます。

学校の子にも、
足し算をさんざんやって引き算に入ったら、足し算がすっかりわからなくなってしまった。
とか、
ブロックで数えていたのがおはじきになったら何をやっているかわからなくなってしまったとか。
正直、「不安」になるようなケースにも当たりましたが、
出来る事はひとつ(コツコツと何度でも同じ様に教える)ですのでそれを繰り返しているうちに、何時の間にかどの子もその段階を超えています。
(足し算引き算で1年以上かかってる子もいます。)

越えてみれば、以前身につけた事は決して無駄になってはいないのだということもわかります。丸きり一から習得するような感じとはまた違うからです。


私が学校で、子ども達の後にいて気になるのは、
こうした混乱の段階で子供が劣等感を持ってしまうこと。
出来ないのではないかと不安をもってしまうこと。

先生方の中には、心配のあまり「出来ない事」ばかりを一生懸命伝える先生もいます。
今日も若い先生が、一人の女の子に、
「このままじゃぁ、算数ができなくなっちゃうよ!」
と強い口調で話してました。
子ども達の中には、「そんなのできないの」って声に出す子もいます。
また、自分で答えを出したがっている子に、おせっかいにも答えを教えちゃう子もいます

だから、常にそれを薄める方向で声をかけます。
出来ていない事を注意するのではなくて、出来ている事を伝える。或いは、本人が何で困っているかを言葉にしてあげる。

「うん。ここまでは良く出来てるね。じゃぁここから先を一緒にやっていこう。」とか
「あぁなるほど、こういう風に思ったんだね。よく考えたね。じゃぁ次は先生と一緒にやろうか。」とか、
「大丈夫。これが出来てるから次も出来るようになっちゃうよ。」とか。
失敗を責められてる子には、
「失敗してよかったじゃない。間違えたからこの問題は忘れないね。テストでお得だよ。」って。

子ども自身の目を
「いま出来ていない自分」にではなく、
「自分の出来るところ」や
「これから出来るようになる自分」
に向けさせておきたいから。

これがね、家庭ではなかなか難しい。
基本的に同じ気持ちのつもりなのだけど、テスト直前とかに「混乱」に入られちゃうと、こっちもイライラするので最初に書いたような事になってしまうというわけです。
で、テスト的にはかえってマイナスになったと思います(反省)。

押すだけではなくて、スッと引く。
混乱している時に更に何かを突っ込まない。

それができるように、私も精一杯心がけます。


投稿: sei | 2008年5月28日 (水) 21時09分

とても、参考になりました。
日々、見失っていた事を再確認できました。
ありがとうございます。

>さすがに腹が立ってきて
同じです〔笑〕これでもかー!ってくらい噛み砕いて説明しているのに、えーっ?ていう答えを連呼されると、ね。〔笑〕
ももは低学年なので、時間的余裕がありますが、のんびりちゃんくらいになると、やる事も多くなるし、複雑で難しくなるので、想像を絶するくらい大変だと思ってしまいます。

>子ども自身の目を
>「いま出来ていない自分」にではなく、
>「自分の出来るところ」や
>「これから出来るようになる自分」
>に向けさせておきたいから。

もも自身も小さい頃から、常に、出来ない自分に焦って
傷付いてきて、その恐怖感が固定化しちゃってるところが
あるので、少しでもわからない、できないがあると、
自分で自分をどんどん追い込むのでしょうねぇ。
「これから出来るようになる自分」に向けさせようと頑張りつつ、気が付くと私自身も「いま出来ていない」に掴まってしまっているのかもしれませんね。

こういう風に噛み砕いて説明してもらえると、ひいた視点で考えられるので、気持ちに余裕が生まれます。

ついつい渦中にはまり込んでしまうので、他の生徒さんの話などを聞けて、よかったです。

このお話を読んでいて、保育園の頃のあるエピソードを想い出しました。
鏡文字がなかなか直らなくて、療育先から、視機能に問題があると言われた時、凄く深刻に受け止めちゃったんですが、それを保育士さんに言ったら、「何言ってんですか!この時期の子供のほどんどは鏡文字ですから!ももちゃんだけじゃないですよ!」と言われて、はっとしたり、
ち○こを「ち○ち○痒い!」と大声で言って公共の場で掻き掻きするという行動に対して、これはももが自閉ちゃんだからと思い込んで厳しくやめさせようとしてた時、保育師さんに「みーんなやってます。」と言われて周りを見渡したら、皆、同じ行動をして、ママが眉吊り上げて「やめなさい!」って言ってて、なーんだ!と思った事がありました。

ついつい、自分にない経験、または、昔すぎて忘れている経験に対して、大変かも!?って思っちゃうところはありますね。

投稿: momoはは | 2008年5月30日 (金) 05時57分

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