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2008年5月22日 (木)

通級教室

ももは、4月から通級に週2回通っています。
担当のN先生の「ももちゃんにとって、ゆとりがある環境を整えてあげたい」という
言葉と、私自身も、ももにとってそのような環境が必要だと痛感していた事も
あってお願いしました。

通級といっても、特別な知識を持たない先生が受け持つので、
ソーシャルスキルトレーニングや、特別なものを何も望めないのですが、
それでも、ももが少しでも楽に学校に通える為に、利用しています。

数日前、通級の先生ではなく、N先生より電話があり、
「学校側の致し方ない理由によって、一学期、通級担当の先生が
急遽、他のクラスを受け持つ事になってしまいました。
教頭や教務主任など、各先生方で通級を受け持つ事になりましたが、
知らない先生に急に変わるよりは、面識がある私のほうがよいかと
思いまして、ももちゃんを受け持つ事になりました。」
と、お知らせいただきました。

通級に通う子達の特性を考えると、いくら学校の致し方のない事情とは
いえ、その日ごとに、受け持つ先生が変わるというのは、
非常に乱暴な話だと、そう思いました。また、変更も急すぎるのです。
親は呑み込んでも、呑みこめない子供はたくさん出るでしょう。
なんの為の通級なのか?これでは、取り出し授業をもっと悪くした
ようなものなんじゃないのか?と正直、思いました。

しかし、一方で、このような変更をしたのは、上の人間だろうし、
予算などもあり、仕方がなかったんだろうと、学校側の大変さも
理解できます。
ももの担当を、他の先生方ではなく、N先生自身が受け持ちますと
即座に配慮していただいた、N先生自身の気持ちに今は、深く感謝
したいと思っています。

一年前、特別支援元年として、入学し、文科省や、県の特別支援の指針を
読んで、大船に乗ったつもりで、沈没した私としては、
学校側の、「普通級に行くなら特別扱いは出来ない」という裏の裏の意味も
今は、よーく呑みこめて、このくらいの事で怒れたりはしません。
現場の先生サイドとしては、いくら急に法律で決まったとはいえ、
受け入れが、物理的に出来るといえない状況なのに、大丈夫ですとは
言えなかったのかもしれません。
予算はない、先生の仕事は多い、親からは文句を言われ、教育委員会や
文科省からは、絵に描いた餅みたいな事を強要される。
どうしろっちゅうねん!みたいな気持ちなんでしょうねぇ。

通級も、ちゃんと機能するように、議論を重ね、準備をしてつくったのでは
なく、ただつくれと言われたので、あるような状態なんでしょうねぇ。

あまり過去は振り返らない私なんですが、一年ちょっと前に時間を
戻せるのならば、もっと違った選択が出来たかもなぁと思ったりします。

その子その子によって、判断が違いますので、一概に言えませんが、
例え、勉強の出来るアスペちゃんであっても、
今の公立の学校の体制は、非常に過酷なものであると、今になって
実感しています。
就学は、その子、そして親にとっても、その後の明暗を大きく分ける
大事な選択です。
じっと席に付くが難しいお子さんなら、席に座っていられるようにする
訓練や、他害が多いお子さんなら、最低限してはいけないルールを
守れるような訓練を積まないと、普通級に在籍するのは
ともすると、大きな挫折と、混乱しか残さないと思います。
物凄く優れた教師が担任になってくれて、すんなりいくかもしれませんが、
それでは博打になってしまいます。

子供にあった学び育ちの場をきちんと確保するには、またその安定の
継続を望むのであれば、希望的推測に立って、判断しるのではなく、
冷静に、選択出来うる可能性の中から、たくさん現場に行って見聞きし、
子の状態もシビアに判断して、悩やみ抜いて決断してほしいと思います。

心から信頼して、子を学校に託せない辛さと、日々の挫折感で、
親子ともに、疲労していっています。
自分を肯定できない気持ちに陥ってしまうような環境で、いくら頑張っても
どこかに限界が見えてきてしまいます。

2年生になってから、毎日毎日を乗り越えて生きていくのが
しんどい環境になってきました。
担任は、人間的にとてもいい先生なんですが、ももの日常の困り感に
気が付いたり、対応出来てなくて、その為、もろもろのトラブルが
加速度的におこって、またそれに追い込まれての状況です。

毎日、頑張りたい気持ちはあるけど、失敗を重ねてしまうもも。
そして、毎日挫折し、酷くなっていく。
じわじわと包囲網のように、負の連鎖が広がって、身動きが
とれなくなり、ついに、昨日、自分はダメな人間だから死にたいと
泣いたももを励ます事も出来ず、一緒に死のうか?と
抱き合って泣き崩れてしまいました。

もも自身は、とっても素直で、人を思いやる深い心も持ついい子なんです。
でも、学校に行くと、毎日、もうやりませんと誓約書を書いても、
毎日、お友達を叩いたり、嫌な事をしてしまいます。
皆、気がついて自然に出来る行動も、気がつけず、ももだけ出来ていません。
焦れば焦るほど、それは酷くなり、周囲の悪い評価も固定化していきます。
どうしても大人の目が必要なんです。
ほんの少し気がついて、声賭けや、出来るようになる工夫をしてもらう。
それがお願い出来ないと、本当に辛いのです。
私も、何度も学校に出向いていますが、不安定なももは私に依存してきますし、
クラスの皆も「ももちゃんは、ママが来てくれていいね。ずるいね。」と言いますし、
張り付いてもいられません。

思いつく工夫はしていますし、いろいろ奔走していますが、
毎日がびっくりするようなハプニングが続くと、正直、親も追い込まれてしまいます。
ももの行動が悪いのであって、もも自身は悪くはないのに、
感情的に叱ったり、追い込んだりもしてしまいます。

二人無人島で、静かに勉強し、遊んで暮らせたら、こんなにももを叱る
事も追い詰めることもなく、穏やかに暮らせるのになぁと現実離れした
事も考えたりもしました。

教科書がひとつなくなった時に対応を考えてくれず、その後の2週間くらいで
4つも教科書やワークがなくなり、連絡帳やメモではらちがあかなくて、学校へ
捜しに行き、直接担任に話したのに、通じない事や、

服にらくがきをされるという事が続いた時に、担任に報告をしたのに、
対処がなく、特定の子供によるいじめが加速して「死ね、消えろ」と言われている事。
その事を、もも自身が担任に相談したのに、聞いてないのか忘れているのか
親揃っての懇談の時に、話したら「そうですかぁ?」という返事をされ、
側にいたコーディネーターが見かねて、「ももちゃん、先日言ってましたよね?」と
言い、「あれ?そうでしたか?」と間の抜けた返事をされた事、
そのお陰で特定の子供の行動がエスカレートしている事、

それに対する怒りが〔自分の中で〕爆発してしまったのですが、
先生に直接ぶつける事は避け、この担任が出来る手立て、お願いして
やっていただくのが可能なシステムを考えるほうが合理的だと冷静に
なれるのに2日くらいかかりました。

1つ言って10わかってくれる先生もいれば、10言っても伝わらない先生もいます。
それに対して怒るのは、ももに対して、怒るくらい理不尽な事です。

親がシステムを考えなくとも、そういったバラつきを平均化できる
システムの構築がない限り、親子の挫折と疲労はたまっていきそうです。

担任のせいにしたくはありません。しかし、対応すべき時に対応が遅れ、
それによる弊害が大きくなってきている今、そうも言ってられなくなっています。

ももに死ねと言っている子のお母さんに、「うちの子はももちゃんに
何もしていなのに、一方的に虐められて、泣いてます」と言われます。
確かに、もももやり返してますから、言い訳は無用です。謝るしかありません。
私の立場で、その場で、お宅のお子さんもももを虐めてますよと言えば、
感情的な喧嘩になるのは目に見えますし、何の得にもならない。
お母さんの前では叱られるから嘘をより巧妙について、隠れていじめるだけに
なるでしょう。
だからこそ、その場で、その日に、担任が、人のものを壊したり、傷付けたり、
または暴力を奮うなど、きつく叱る必要のある場合は、指導してほしいのです。
お母さんに言いつけても、問題は解決しません。
私が、その親子の前で、ももの悪いところだけに対して謝ったので、
行動がエスカレートしているのです。

しかも、このところ、教科書が毎日、ひとつづつなくなるという、
いくらなんでも、これはおかしいという現象がおきて、
ももちゃんは、なくし物が酷いらしいと評判になっているみたいです。

何かなくなった時に、その現場にももが関与してただけで、
そのお母さんや他のお母さんに「どうせ、ももちゃんじゃないの」みたいに
言われているのです。

また、その一連を、ももの管理能力の欠落や、誤解されるような事を
するのが悪いと言われると、もういてもたってもいられなくなるのです。

確かに、ももがきちんと管理できてないのが悪いし、いじめられていますが、
やり返したりしているのが悪いのです。
でも、それを理由にするという事は、人格を否定するという事なんです。

確かにそうだが、それを踏まえて、お願いをしてきているのに、
どうして、こうなっちゃうんだろうというストレスと、
誤解を解くために、奔走したりしていたら、へとへとに疲れてしまいました。

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コメント

死にたいのなら死んでもいいけど、今死んじゃうと一番嫌な気持ちをあの世に持っていかなきゃならなくなるからね。もう少し、いい感じになってから死んだほうがいいよ。
あと、ママは死んだことが無いからわからないけど、色んな宗教では大概「自殺は地獄」になってるよね。
死んだ後でいやな思いをしても引き返さないんだから、どうしてもっていう時まで死ぬのはとっておくほうがいいんじゃないの。
のんびり娘4年生の時にかけた言葉です。

同時に、なかなか危機感をもってくれない先生には、
「子どもがこんな事を言っています。助けてください。」
と、危機意識を刺激する伝え方で連絡帳を書きました。
もしも担任の先生が鈍感すぎて動かないなら、
「おろおろうろたえる親」を装って、
「どうしましょう。どうしましょう。」と、
校長先生にでも泣きつきに行こうと思ってました。

理論で動かない人たちは感情で動かす。
「お母さんがヒステリックになっているから、お子さんにちょっと気をつけて上げましょう。」
でも構わないから、動かしたかったんですよね。娘は限界まで頑張ってたから。

それでもどうにもならなければ転校だって考えました。子どもには言いませんけどね、死なれちゃうより「リセット」です。

だけど、実はそのときの私は、
最初のうち娘に対処の仕方を学んでもらう事で何とかしようと考えてたんですね。
学校であった事を聞き出し、想像し、見にいって、
そういう時はどうしたらいいかって教えてました。
でも、それが出来ないから苦しいんですよね。
だから、動いてもらいました。先生にクラスメイトのお母さん達に、クラスメイトの方に働きかけてもらいました。

それは、図々しい事でしょうか?
自分の娘ばかり甘やかす行為でしょうか。

そうじゃないと思います。
別に娘ではなくても、苦しんでいる人間がいたら、
そこから抜け出せなくなっているとしたら、
その時点で余裕のある方が手を差し伸べるのは、人として自然なことだと思います。

そうして、助けてもらった側だって、いつまでもそのままでいる訳じゃぁない。次の山は一人で越えられる力をつけているかもしれないし、逆に助ける側に育っていくかもしれない。

momoちゃんも、momomamaさんも、生きて育っていく必要のある、大事な大事な人材なんです。
今苦しいからって、未来をあきらめる事はない。
私は本気でそう思ってます。


投稿: sei | 2008年5月23日 (金) 15時52分

sei さん、ありがとうございます。
そうですね、あきらめずに、まだ残っている道を模索していこうと思いなおしています。
担任は、子供目線の気持ちのある先生なんですね。カームダウンスペースもすぐ対応してくれたり、一生懸命対応していただいているのですが、穴が多いんです。
今回も、何度も、それこそ、パパも学校へ行って、お願いしていますが、それが伝わらないのが、また辛いんですね。
超多忙を極めるN先生の手を煩わせるのはと思っていましたが、相談できそうな先生はN先生しかいないので、相談しにいこうと思っています。
学校の対応も、去年の秋以降、手厚く対応していただいてますし、校長も外部の人間の受け入れも、今年は、勝手にじゃんじゃんやってくださいと言ってくださり、前面的に協力していただいています。
しかし、TTなどをつける予算など、ないものはないので、
通級の先生が変わるという異例な状況で、子供を見守ってくれる目が減ってしまうという、どうしようもない状況です。
主治医は、状況次第で、入院しようか?と言ってくれています。〔入院しながら、行動面、認知面を修正し、隣接した養護学校へ通って勉強もできます。退院後は、養護学校と、病院の先生がこまめに学校に入って指導してくれます。〕それもひとつの選択肢だと思っています。
ただ、ももの混乱の酷さ、その振れ方の激しさを考えると、もとの環境に戻ったら、すぐに同じ状態になるようにも思えます。

根本の環境を変えるしかないし、もも自身も根本に効くアプローチをしないと、難しいと思っています。
しかし、それがまた大変で、どうしていいのか頭がまわらない状況なんです。

自閉ちゃん率の高い我が校の中でも、パニックの激しさ、派手さは、ももはベスト3くらいに入るのかもしれません。

行動面に問題の少ないお子さんは、受け入れられやすいのですが、もものような行動面が派手な子は、どんどん孤立するのだと思います。

一年生の時のお友達が、家に遊びに行きたいと言いましたが、ママがダメって言ったそうで、それっきり来なくなりました。

お母さん同士の集まりの時に「最近、よくニュースで聞く、アスペルガーとか広汎性なんとかっていう病気は、犯罪おこすから怖いよねぇ」という話にもなりました。
上の学級にも、問題行動が激しくて、告知して、皆に理解と協力を仰いだ子もいますが、あまりよい結果が出ていません。障碍だから許されるのか?授業を中断させたり、人に怪我させて、障碍だからって許せないという事らしいです。

同じ自閉ちゃんのお母さん同士でも、「ももちゃんって、学校変わるんでしょ?噂になってたよ」とか、根も葉もない噂が立てられてたり、今の主治医にアスペと言われたと話した時も、「アスペなら、もっと頭いいんじゃないのぉ」と言われたり、まあ、日々、いろいろあります。

一時期、親の会のサポーターとして参加してくださっていたお母さんも、去年の秋の事があって以来、距離を置かれています。
以前、ももがおばあちゃんをかばった話をした時も、「えーっ、普通は母親につくもんじゃないの?やっぱり変なんだね。」と言われてしまいました。
なんというか、理解を求めるとか、考え方のズレや違いを埋めて伝えていく事の大変さを感じた一年でした。
なので、seiさんが、ももの公平性を認めてくださった時は、物凄くうれしかったんです。

今は、なにかあると、メールでわーっと噂が広がる時代ですから、知らない間に誤解と偏見が広まっていっていそうで、、、。
先週も、私がももの母だと知らないお母さんが、子供会の回覧をももが空き地に捨てたと話していて、びっくりしました。帰ってすぐに、ももに確認しましたが、ちゃんとそのお家の子供に手渡して帰ってきたと言っていて、帰ってきてすぐに私も確認しているので、間違いはないと思います。
子供の言うことですので、渡し方などに不備があった事も考えられますし、これは親の責任でもあるので、謝りましたが、なくしものが多いももちゃんだからももちゃんじゃないの?みたいに言われて、やり切れなくなりました。
ただでさえ、言葉で説明するのが苦手なももは、誤解され、標的になっているのに、さらに、お母さん達まで、そういう見方が固定してしまうのかなぁと思う辛さと、
そう思われても仕方のない行動の多いももとの間で、
困り果てました。

やんちゃが加速している○○くんを学校で指導できないのなら、俺が言いに行くとパパが言っていますが、
そのお母さんは、例えそれが事実とわかってその場は謝っても、かえって我が家に対する恨みみたいな気持ちが増すように感じるのです。
それは過去の○○くんのお姉ちゃんのトラブルの話をそのお母さんから聞いた時に、そう感じました。
人を憎まず、行動を憎むが出来ないように思えます。

○○くん家族とは、係る度合いが高いので、こじれると影響も多く、頭を悩ませています。

どうにも立ち行かなくなったら、学校に行かないとか、学校を変わるという選択肢もあると考えていますが、ももには今の学校とクラスに執着があり、それを変える場合、大きな失敗体験として、ももに傷を残してしまうかもという恐怖感が私の中にあります。

一方で、いろんな方がいろんな療育先など、お知らせしてくださって、一人じゃないという気持ちもあります。
でも、そこでさえ、どこも待機が酷く、今すぐこの状況を変えたいというのに間に合わない辛さがあります。

ももに引きづられて混乱してしまう私は、ほんと、情けない親だと思います。

アドバイス、心より、感謝します。

投稿: momoはは | 2008年5月24日 (土) 10時38分

あのね。今5年生になったU君。
2年生の時には、かなり問題視されてしまっていたの。
元気のいい、ファイトのある若い担任の先生は、
なんでもテキパキ、揃って行動するように子ども達をしつけていったのだけど、いつも他の子を見てその動きについていっていたU君は、1テンポ、2テンポずれていく。
ストップウォッチ持った担任の先生に、いっつも注意されるようになっちゃった。
先生の物言いを子ども達は真似るから、2年のときには無かった、
「U君がどうした。U君はまだこうしている。」
っていう責める言葉がたくさん出るようになって、
そうして、彼はお隣の女の子の顔に唾を吐いたりするようになったの。
そうして、ニコニコ笑顔の自閉ちゃんU君は「問題児」扱いされ始めた。
何とか助けたくてね。そのクラスに入っている限りサポートしたけど、辛かった。
だって、ちゃんとやりたい子なんだもの。
個別でフォローすればちょっと時間がかかっても出来る自信を持てる子なんだもの。

その先生はその後、自分のやり方のまずい点に気付いて(子供同士が批難しあったり言いつけばかりする様になる)、徐々にやり方を替え、最後にはまぁまぁのクラス運営に落ち着いたんですけど、あの間、彼は辛かったろうと思います。

でも、3年になり担任が変り、彼はずっと落ち着きました。
いたずら坊主の側面は残してますが、攻撃的なところは無くなりました。周囲の子ども達が攻撃しなくなったから。
3年4年と算数のフォローに入りましたが、その後唾を吐く彼を見た事がありません。
5年になった今も、担任を和ます笑顔の可愛い少年です。

去年の1年生にも、授業中髪をかきむしる男の子がいました。苦虫先生と私が呼んだ、皮肉屋の先生のクラスで、彼は授業になかなか参加せず、声をかける私を邪魔にし、そうして髪の毛を大量に抜いてました。

2年になって、こちらも担任が変りました。
今度の先生は、彼の不注意に声がけはします。怒りもします。でも、彼の頑張りもちゃんと認めてくれる先生です。
今彼は、わからないところがあると、自分から「わからない」と声を出します。
やっぱり、みんなより1テンポ遅れてですが、やるべき事は全て丁寧にやっています。
苦虫先生が気にした(でも自分の対応のせいだとは思っていない)、髪むしりは影をひそめました。

私は別に先生方の悪口を言いたくてかいているんじゃないんですよ。
ただ、子どもと先生、或いは子供とクラスのメンバーには、やはり相性があるのだということを言いたいんです。

momoちゃんが学校でも3本の指に入る乱暴者だったとしても、それは環境(先生やクラスとの相性)のによる面がかなりあるように思うのです。
彼女にあった、相性のいいクラスにあたったとき、嘘のようにそれが消える事も十分考えられると思うんです。
私はそれを見てきました。

ただ、難しいのは、その子にあった先生やクラスを私達は選ぶ術が無いという事。
選んだつもりでも、先生が代わる。或いは一人の転校生がクラスの雰囲気を変えるなんていうこともあるわけで、そこが本当に難しいとは思います。

でも、momomamaさんが感じているように、
なんでもかんでもmomoちゃんが悪いとする空気が、momoちゃんやmomomamaさんを追い詰めている現状は、なんとかしないとかなり苦しいですね。

最後に言っていいかな。
仕様もない噂話を広めたり、自分の子供が友人関係を広めたいと思っているのに、それをわざわざ邪魔するようなつまらん親とは、別に仲良く出来なくても結構。
大人だから、顔には出さないけど、こっちから願い下げよ。
位の気持ちでいいと思うよ。
ちゃんと見てる人はいるもんです。
例え、意地悪な大声に押されて、その姿が見えないような気持になったとしても、必ず見ている人はいるもんです。
momoチャンの成長を、後で、一緒に喜んでくれるママさんもきっといますよ。ただそういう方は普通控えめだから、わざわざ大声をあげないだけです。

投稿: sei | 2008年5月24日 (土) 18時46分

seiさんありがとう。のんびりちゃんを今まで育てて来た、また日々、学校で困っているたくさんの子供達を支えて来たseiさんだからこその重みのある言葉、とても励みになりました。

昨年、担任の事をよく知る友達の友達である元校長に、話を聞いてもらった時に、「担任が変われば、皆、よくなったから、あと少しの我慢だ」とアドバイスしてもらいました。
そして、学校側も精一杯の配慮として、今の担任にしていただいたのだと思っています。指導力はある先生だと思っていますし、自己肯定感を育てる為に、どの子もたくさん誉めて伸ばしてくれる先生です。

しかし、難しいもので、予想に反して、ももは、自分でつけたテレビのスイッチの消し方がわからなくなるほど、酷く混乱する日々が続いています。

おっしゃる通り、攻撃されるというか刺激されるから反応して攻撃し返しています。が、もも自身の過敏さの問題も大きくて、低学年の少人数クラスでこうだとこの先彼女はやっていけるのだろうかという不安もあります。
困りすぎて、自分でどんどん混乱を深めていってしまう度合が、極端すぎて、訓練によってそこを改善していく前に、潰れてしまうんじゃないかと思えています。
手立てはあると想像できるのですが、その支援をすぐにやってくれるところがないというのが、困るところなんですね。
支援クラスに移っても、そこはもっと刺激しあう子供がいて、問題は解決しないでしょう。

ももを守ってあげられるのか?ももの居場所を見つけてあげられるのか?いろいろ調べて動いても、動いても、行き止まりが続いて、状況も悪化していくばかりで、混乱しているのだと思います。

自分自身の事であれば、人は人と割り切れるのですが、
そういった悪口や、対応に、実に素直に反応して、激しく落ち込んで泣く我が子を見続けていたら、我が子を救えない自分の無力感みたいなものにまた、追い込まれていってしまいました。
どーんと構えて、長い目でみれば、どうってことない!
くらい言って、安心させてあげたいのですがね。。。

仕事では、一年かけて身を削って仕上げたプロジェクトが
クライアントの「やっぱ、やーめた!」のひと言でおじゃんになっても、めげずにいられたのに、母親としての自分は器が小さくて嫌になります。

プロジェクトが、おじゃんになった時に、同僚が言ってたのですが、「中世の囚人の刑罰の中で一番陰湿な刑は、苦労して深い穴を掘らせたら、また苦労してその穴を埋めるという作業を延々とさせる罰で、それをしていると、かなりの人が最後発狂してしまう刑なんだ」という話をその時にしていました。人間、頑張ったら、頑張ったなりの報酬というかなにかしら結果がないと、それを続ける事が難しいんだと思います。
私はももの母親で、私がやらなかったら、誰がやるんだというその想いが、進むどころか退行しても、まだ尚、走ろうと、自分を突き動かして走らせているのかもしれません。10歳までに脳の基本が完成するので、それまでに出来る事をやっておかないと、その後の人生を左右するという定説にも影響されているのかもしれません。

信じていたゴールが見えなくなって、頭の整理ができなくて、どうやって走ったらいいのか困って、疲れちゃって思考停止で、抱き合って泣いてしまったのでした。
仕事で忙しいパパも時間をつくって、私達を気分転換に連れ出してくれたり、危ないなと思ったら、学校も休ませたりしてたんですが、それでも、気がついたら、追い込まれちゃってました。
学校が好きで頑張りたいというももを、彼女の気持ちを尊重しつつも、上手く後押しし出来たらいいのですが、凄く難しいです。

ももだけでなく自分自身も場面の切り替えが必要なのかもしれないと実感しています。
本当は、心から信頼できる専門家にサポートしてほしい、
ちゃんと相談を受け止めてくれるところがあればというところがネックなんだろうと思います。

ある意味、死ぬくらいなら、そういった専門家や機関のあるところに引っ越すくらいの覚悟や頭の切り替えが必要なのかもしれません。

そうですね。あのひと言だけを切り取ってしまうと、悲しい気持ちだけしか残らないのですが、人なんて、皆、悪意なく、知らずに誰かを傷付けたり、自分もまた傷付いたりするもんなんだと、深く考えずにいようと思います。
〔普段は、それが出来ているのに、情けないですわ〕

なんというか、高熱が出ようが、母親業は、年中無休だし、子供の成長もまったなしの部分もあるので、休みたいけど、今休んだら損みたいな計算も働きつつ、動いてしまうのですが。。。。少し冷静な自分を取り戻す余裕を意識的に作ろうと思います。

ありがとうございました。

投稿: momoはは | 2008年5月26日 (月) 11時13分

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