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2008年4月17日 (木)

天才って何だろう?

http://www.1101.com/kasoken/2004-08-20.html

以前、ワーキングメモリについて、ぐぐっていた時にみつけた記事です。

これを読むと、私は、ももの才能を潰しているともとれます。

目や耳が不自由な人は、その部分を他で補おうとする力が働く為、
脳の一部分が突出して成長するそうです。
通常と違う、脳の配線が出来上がるとも言われています。

今や、発達障碍の人も、不具合を他でカバーしようとする働きの為、
一部の能力が突出するという事は、広く知られるようになりました。

ワーキングメモリ〔短期記憶、作業記憶〕は、音韻ループと
視空間パットに大きく分かれるそうです。
ももは小さい頃、聞く力が弱い為、視覚的な力がとても発達していました。

2、3歳にかけて、夜も寝ずに、絵を描き、折り紙をおってました。
〔只今、画像アップ出来ない為、後日、画像アップします。。。〕
その頃の絵の一部ですが、2歳でこのととろを書いていました。
この折り紙と、絵のコラージュみたいなのも、3歳の頃のものです。
皆、○に目や足がくっついた絵を書いていた頃、物の形を正確に
捉えて描いていたので、びっくりしたものです。
また、折り紙を額縁みたいにして、それを壁にテープで貼り付けて
展示していました。

言葉の発達は遅れていました。しかし、手先などは、物凄く器用で
お箸も両親よりも正確に持ててましたし、細かい切り紙も上手でした。

しかし、診断が下り、療育をはじめると、その才能はだんだん普通に
なっていったように思えます。
出来る事が増え、認知力がアップした事で、興味が他に移り、
あまり絵を描いたりしなくなっていきました。

今、ももはさらに、視機能訓練や、ワーキングメモリプログラムなどに
よって、まさにレオナルドダヴィンチと同じ、不具合というか天才のもとを
薄めている最中です。

それは、凡人の私の視点から見た幸せをももに押し付け、才能を
奪っている事になるんでしょうか?

また、障碍=天才=幸せ なんでしょうか?

私は、どっちもありでいいんじゃないかと思っています。

ずっと先のなれるかどうかわからない天才を信じて、日々の不具合から
くる辛さに耐えて、気持ちが捻じ曲がっちゃうよりも、
少し楽になるようにしてあげて、特性からくるユニークさも上手く引き出して
成長していける方法は、あるんじゃないかと、そう思っています。

引き合いに出される天才は、たまたまそのバランスが上手くとれていただけで
才能ゆえに、苦しんだ、精神を病んでしまった人も多くいるのではないかとも
想像してしまいます。

親というものは、子供に幸せになってもらいたいと望みます。
天才かどうかなんて、私にはどうでもいい事で、自分の得意な事、好きな事を
持てて、それで幸せに暮らしていってくれたらと願っています。
それが持てると、生きていく上での心の拠り所になるんじゃないかと思えるからです。
今の時代、それさえも危うくて、日々を生き延びれるだけで、
御の字になりつつあるのかもしれませんが。

もものユニークさは、それでもまだまだ健在です。
先日も、空き地に大きなパオみたいな傘のテントを近所の子供達と
一緒につくってました。
ももがアイデアを出して、皆で家中の傘を持ち寄ってつくったそうです。
カラフルな、テントが空き地に建っている様は、花が咲いてるみたいで
きれいでした。
もものこういう発想は、素敵だなぁと思います。

天才は、自分で自分の得意を知り、こうなりたい!こうしたい!と
自発的に思う事で、出来ていくんじゃないかとも思います。

親は子供のやりたいを応援するだけで、
子供自身が自分に気がついて、目標を持たないと、
本当の意味での天才にはなれないような気もするのです。

私は、やる気が、一番大事だと思っていて、
このやる気を引き出す、そして支えるのが、才能を育てる事だと
そう思っています。

環境も大事ですが、まず、自分の気持ち!それが持てるかどうかが
一番大事であって、天才は、自分で勝手になりなさい!と思っています。

ニュースで東大の入学式は、子供よりも親の数のほうが多く、
安藤忠雄が、「まず、親離れしないと。。。」と苦言を呈したとありましたが、
子供は、親を踏み越えていくくらいで、丁度いいのではないかと私は考えます。
それくらいでないと、これからの動乱の時代を、生き残ってはいけないような
そんな気さえしています。

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