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2008年4月17日 (木)

天才って何だろう?

http://www.1101.com/kasoken/2004-08-20.html

以前、ワーキングメモリについて、ぐぐっていた時にみつけた記事です。

これを読むと、私は、ももの才能を潰しているともとれます。

目や耳が不自由な人は、その部分を他で補おうとする力が働く為、
脳の一部分が突出して成長するそうです。
通常と違う、脳の配線が出来上がるとも言われています。

今や、発達障碍の人も、不具合を他でカバーしようとする働きの為、
一部の能力が突出するという事は、広く知られるようになりました。

ワーキングメモリ〔短期記憶、作業記憶〕は、音韻ループと
視空間パットに大きく分かれるそうです。
ももは小さい頃、聞く力が弱い為、視覚的な力がとても発達していました。

2、3歳にかけて、夜も寝ずに、絵を描き、折り紙をおってました。
〔只今、画像アップ出来ない為、後日、画像アップします。。。〕
その頃の絵の一部ですが、2歳でこのととろを書いていました。
この折り紙と、絵のコラージュみたいなのも、3歳の頃のものです。
皆、○に目や足がくっついた絵を書いていた頃、物の形を正確に
捉えて描いていたので、びっくりしたものです。
また、折り紙を額縁みたいにして、それを壁にテープで貼り付けて
展示していました。

言葉の発達は遅れていました。しかし、手先などは、物凄く器用で
お箸も両親よりも正確に持ててましたし、細かい切り紙も上手でした。

しかし、診断が下り、療育をはじめると、その才能はだんだん普通に
なっていったように思えます。
出来る事が増え、認知力がアップした事で、興味が他に移り、
あまり絵を描いたりしなくなっていきました。

今、ももはさらに、視機能訓練や、ワーキングメモリプログラムなどに
よって、まさにレオナルドダヴィンチと同じ、不具合というか天才のもとを
薄めている最中です。

それは、凡人の私の視点から見た幸せをももに押し付け、才能を
奪っている事になるんでしょうか?

また、障碍=天才=幸せ なんでしょうか?

私は、どっちもありでいいんじゃないかと思っています。

ずっと先のなれるかどうかわからない天才を信じて、日々の不具合から
くる辛さに耐えて、気持ちが捻じ曲がっちゃうよりも、
少し楽になるようにしてあげて、特性からくるユニークさも上手く引き出して
成長していける方法は、あるんじゃないかと、そう思っています。

引き合いに出される天才は、たまたまそのバランスが上手くとれていただけで
才能ゆえに、苦しんだ、精神を病んでしまった人も多くいるのではないかとも
想像してしまいます。

親というものは、子供に幸せになってもらいたいと望みます。
天才かどうかなんて、私にはどうでもいい事で、自分の得意な事、好きな事を
持てて、それで幸せに暮らしていってくれたらと願っています。
それが持てると、生きていく上での心の拠り所になるんじゃないかと思えるからです。
今の時代、それさえも危うくて、日々を生き延びれるだけで、
御の字になりつつあるのかもしれませんが。

もものユニークさは、それでもまだまだ健在です。
先日も、空き地に大きなパオみたいな傘のテントを近所の子供達と
一緒につくってました。
ももがアイデアを出して、皆で家中の傘を持ち寄ってつくったそうです。
カラフルな、テントが空き地に建っている様は、花が咲いてるみたいで
きれいでした。
もものこういう発想は、素敵だなぁと思います。

天才は、自分で自分の得意を知り、こうなりたい!こうしたい!と
自発的に思う事で、出来ていくんじゃないかとも思います。

親は子供のやりたいを応援するだけで、
子供自身が自分に気がついて、目標を持たないと、
本当の意味での天才にはなれないような気もするのです。

私は、やる気が、一番大事だと思っていて、
このやる気を引き出す、そして支えるのが、才能を育てる事だと
そう思っています。

環境も大事ですが、まず、自分の気持ち!それが持てるかどうかが
一番大事であって、天才は、自分で勝手になりなさい!と思っています。

ニュースで東大の入学式は、子供よりも親の数のほうが多く、
安藤忠雄が、「まず、親離れしないと。。。」と苦言を呈したとありましたが、
子供は、親を踏み越えていくくらいで、丁度いいのではないかと私は考えます。
それくらいでないと、これからの動乱の時代を、生き残ってはいけないような
そんな気さえしています。

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2008年4月16日 (水)

情景を思い浮かべて読む

はじめての文章を読む時、ももは、イントネーションや
言葉の区切り方が変だったりします。

視機能訓練や、ワーキングメモリプログラムなどで、
読む、聞く、そして内容を把握する力は、飛躍的にアップしたのですが、
いかんせん、読みながら、同時進行で情景を思い浮かべるが
出来ないといいます。
どうも、タイムラグが生じるらしく、
全部読み終わって、頭の中で反芻し、定着させる。
そんな感じに思えます。

詩の朗読も、ぎこちない感じです。

私は、小学校の頃、宮沢賢治の童話が好きでした。
音読しながら、情景が、わーっと頭の中に浮かんできて、
日本語の音の心地よい響きと、美しい情景が頭の中で
ハモって、うっとりしたものです。

やまなし、雪渡り、など、今も、暗唱できるほど、
よく読みました。

ももにも、そういった楽しさを味わって欲しいな。
そう思いつつ、いつか、別々ではなく、同時の楽しさを味わえれば
いいな、とそう思っています。

療育先でやっているきくきくドリルもかなり高度な課題になってきました。
大人でも全部答えられずに間違う程の難問です。

長いお話を聞いて、質問に的確に答えるという問題では、
聞いて、頭の中でストーリーを組み立てれないと、記憶は不可能らしいので、
この問題を答えるには、聞きながら、情景を思い浮かべるが出来ないと、
答えられないそうです。

最初、問題を聞き終わって、ももは、「長っ!!!」と叫びました。〔笑〕
しかし、ひとつめの課題は全問、すらすらと答えてしまいました。
再度、長い文章を聞いて、答えたら、集中力が切れてたのか?
2問間違えてましたが、側で聞いてる私も先生も????で
記憶できてなかった問題を、ここまで答えられたら上出来です。

一年前は、この一番簡単な問題が答えられなかった事を思うと、
ほんと、訓練で、脳は活性化するもんだな!?と、つくづく感じました。

特に弱かった音韻ループの容量が増えているのを、こうやって
目の当たりにすると、なんとも感慨深いものがあります。

そういう意味で、視覚的な補助がなく聞きながら、情景を思い浮かべる
がここまで可能になったのだから、
読みながら、同時に情景を思い浮かべるも、いつか出来ていくのでは
ないか?そうなればいいなと思うのでした。

☆ワーキングメモリ〔短期記憶、作業記憶〕には、音韻ループと
視空間パットに大きく分かれるそうです。
音韻ループ+視空間パット→中央実行機能。
ももは、音韻ループが弱く、視覚的記憶は、とても強い子供でした。

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今日の小ネタ

今日、おばあちゃんが突然来て、いちごを何箱かくれました。
〔大人買いは、おばあちゃんの特技みたいです。そして、気分がいいという
証拠でもあるので、喜んでいただいておきました。〕
しかし、食べきれないので、近所のBくん家に「ちょっと助けてもらえるかな~」と
持って行きました。

連日、ももと激しいやりあいをしているBくん。
例の悪たれ坊主と組んでももを陰でいじめたり、服に落書きしたり。
ももは、ももで、やり返すべく、Bくんの鉛筆を隠したり。
まあ、連日、やっただの、やられただので、クラスはこの二人のお陰で
迷惑している事でしょう。

今日は、担任が公平に叱ったらしく、比較的、平穏な一日だったそうです。
そして、皆、先生の言い付けを守れたので、たくさん誉めたそうです。

ももが、Bくんのからかいに必要以上に過敏になって、大騒ぎし、
先生に言いつけまくっているのは、知っていますから、
「毎日、ももちゃんが、嫌な事言ったり、したりして、ごめんね~。」
とBくんに言ったとたん、
めずらしく、冷静なBくんのママが
「Bは、毎日、泣いてたんですよ!ももちゃんに嫌な事されても、僕は
やり返さずに、我慢してたって。。。」と口を開きました。

一瞬、えっ!?と思いましたが、
感情的になっている親に、塩を塗り込むべく、お宅の息子さんは、
嘘を言ってます。毎日、服に落書きされて、泣きながら、裸で
洗面所でももは服を洗っているそうですから!
とかって、言えません。。。。
親の前で、事実を言っても、返って逆効果ですしね~。

それは、先生にお任せして、行き過ぎた場合だけ、親も出て
叱るようにしようと決めてます。

なんというか、発達心理の本に書いてあったのですが、
多くの子供は産まれた時から、親や大人に対して、自然に
自分に愛情を向けるよう、自分の思惑を通せるように計算する
本能が備わっているそうです。
なので、親には、された事は言っても、した事は言わないらしいです。

ももは、この本能が、壊れ気味なので、自分に不利な、
そんな事話してくれるな、聞かせてくれるなっていう事まで
事実に基づいて、話します。
多少、記憶があいまいだったり、前後しますが、自分に有利に働く
ように考えながら、事実をつくり変えるという器用な事が出来ません。

「ぼく、辛かったの。」とぶりっこして言うBくんに対して、
一瞬、この糞ガキめ!って思いましたよ。〔笑〕

でも、ももにパニックをおこされるのが怖い前の担任は、ももに原因が
ある時も、ももには優しく、一方的にBくんを叱り倒してたんです。
子供の喧嘩、特に、この二人の場合は、お互い様、どっちもどっちなので
公平に叱らなければならないのを、結果の仕返しが、どうしてもBくんは
派手なので、Bくんだけにしわ寄せが行き、連日のように担任は、
Bくんのお母さんに電話して「ももちゃん家に謝りに行ってください!」と言い、
謝りに来てました。
ももにも原因はあるので、一方的に謝らなくてもいいですよ。
気にしてないですからと言っていたものの、
その時のBくんと、お母さんの心の傷みたいなものを考えると、
ここは、謝っとけ!平謝りに謝っとけ!という天の声が聞こえた気がして
「辛かったね。ホント、ごめんね~」と、謝りつつ、
「でも、やった、やられたになるといけないから、ももがいやな事したら
ももじゃなく、先生に言おうね~」って笑ってひと言付け加えときました。

このBくん、とても頭のいいお子さんなんですが、もも同様、
ありえないくらい成績表が悪かったらしく、
おねえちゃんの時よりもテストの点数とかいいのに、
どうして!?こんなにも悪いの?って話題になってたとか。。。。

今年は、いい先生でよかったわーと、最後は、にこやかな話で
締めくくれてよかったです。

まあ、どの子も、根はいい子なんです。
大人の導き次第で、天使にも小悪魔にもなるのです。
天使が増えてくれるといいなと思います。

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2008年4月15日 (火)

メタ認知

ここ最近のももは、

不安定ですっ。sad


必要以上に過敏になって、お友達のちょっとした言葉や
動作に過剰反応して、大泣き、パニックの毎日。

去年の3学期からくんといろいろあってから、
Bくんくんのちょっとした言葉に過剰反応し、
目が怖い、にらんだと、いちゃもんを付け、
挙句、被害妄想が暴走して、泣き出す。。。。

これ、確実に悪循環に陥ってます。。。。
他にも新学期で、本人の自覚してない不安感だとか
あるのかもしれませんが。

行動療法的には、暴露法とかありますが、
素人が、下手な働きかけをすれば、余計大変な事にも
なりそうで。。。。。

なかなか見つからないです。行動支援をやってくれるところ。
もう何十件と問い合わせしていますが、国の指針が就学前のお子さんに
限定されているとかで、就学以降の受け入れをしてくれるところが少ないです。
しかも、民間のところも、1~2年待ちなどが多く、どうしたものか?と
困りに、困っています。

通級教室は、期待できそうにないし、

主治医に相談しても、某会に入ったら?だったし、

今の療育先の先生では、専門ではない事もあり、
限界だし。。。

どうしたもんか、困ってます。

救いは、新しい担任ですかね。
その担任も、想像以上のあれっぷりに手に負えなくて
困っている感じが伝わってくるし、、、。

ももいわく、新しい先生は、授業とか、話しがすっごく面白いし、
パニックになっている時に、気持ちが楽になるような
言葉掛けをしてくれたりしてくれるので助かると言っていました。


そうはいっても、去年の今頃は、学校での様子を聞いても、
「忘れたー!」 のひと言だったのが、
毎日、学校であったいろんな事を、整理して話してくれる
ようになったので、なんとか手立てはあるかなと思えるんですが、
難しいですね~。

療育の先生いわく、悲しくなりすぎたり、困りすぎたりしないで、
自分を客観視するのは、年齢的にもまだ難しいんじゃないかと、、、。
メタ認知というものが育たないと、難しいらしい。。。。

確かに、同じ年の子供でも、人の事はよくわかるが、
自分の事はわかってないもんね、みんな。
大人だってさ、自分の事は見えなくて冷静になれないけど、
他人様の事はよく見えるものねぇ。

このメタ認知力〔自分を客観視できる力〕は、通常25歳で成長が
完成されるようで、まだ7歳のももには、客観視出来る様な
脳の回路は、出来ているはずがないらしい。
相手の立場にたって考えるなんて、皆、自然には出来るはずがない。
というのであれば、それを認知させるテクニックがいるわけで。

アイドルごっこをしながら、
「暴力をふるうと、地獄へいっちゃうよぉ~♪ワンツー、イェイ♪」
とかって、はな唄を歌いつつ、
猫に向かって「怒ったら、お友達に嫌われるよっ!」と言いつつ、
自分に向けて何度も言い聞かせているももの姿を見ると、
一番、困っているのは、ももなんだよなぁ~。と
思う、私なのであった。

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2008年4月 8日 (火)

もも、2年生!

今日は始業式。桜は、すでに葉桜。

一緒のクラスを希望するお友達がいれば教えて下さいと
言われたので、希望したお友達は、誰も一緒ではなく、
仲がよいが、似たもの同士なので、つい大事に発展しがちな
くんと同じクラスだった。
二人とも距離を上手くとれないので、近づきすぎちゃうのよね~。
ももの事を大好きだと言ってくれたお友達も、
いつも遊んでいるお友達も、近所のお友達も、
誰も同じクラスにならなかったようで、
知らない子ばかりで、明日からどうしよう?と
少し困惑してました。

また、以前から、話した事もないのに、いつも近寄ってきて
嫌な事ばかりする他のクラスの苦手な男の子がいたと
教えてくれました。
他にも前のクラスで、問題のあった子が勢ぞろいだそうで、
こりゃ、ある意味、刺激のきつい環境になったのかも?

新しい担任は、療育先が一緒のNさんの息子さんの
担任をしてた先生でした。
支援クラスの先生を何年もされていたようで、
療育先の先生と連携がすでにとれているので、話が
早いかもしれないのが、少しだけうれしい。

去年のように、最初の印象で、ぬか喜びしすぎて、
後で、苦しい展開も嫌なので、あまりよかったと思い込み
すぎないように気をつけつつ、

先程、電話で数分、話しただけなんだけれども、
きちんと目標設定をして、計画書も作り、やっていこうと
言われ、びっくりしました。
だって、去年など、支援計画書なんて、雲の上の話で
口に出した日には、特別扱いできませんって!言われて、
険悪になりそうで、そんな事、考えもしてなかったので、
非常に、びっくりしました。

隣の小学校は、校長先生の受け入れ態勢もよく、
保護者交えての校内委員会が開かれ、常に前向きと聞いていますが、
我が校は、保護者交えての校内委員会など考えられない環境なんですよ。
と言ったら、私達で変えていきましょう!って、、、、。
前向きすぎて、私の方が、「先生、焦らず、牛歩でいきましょうね!」
「無理やり突撃はいけませんよ!」と言ってしまう始末。
ウォーリーさんの公演にも来てらしたようで、体験を学校にずっと
お願いしてるんですけれどもね、難しいんですよ。と話したら、
僕と明日、校長先生にお願いしに行きましょうって言われて、
「もう、くどいくらい、あの手この手で、人も変え、お願いしてますが、
ハードル高いので、これ以上、正面切って、ごり押しは、よけい
壁をつくりそうなので、やめたいです。」と私のほうが引き気味です。

担任は、やる気いっぱいで、発達障碍に詳しい先生ですが、
いまひとつ周囲との調整能力はどうなっているのか?ちと不安がありますし、
自分はとても勉強していると自信満々なのが、すこ~し引っかかりますので、
少し距離を置きつつ、お願いにあがろうかと考えています。

それでも、我が子を理解したいと言ってくださるのは、ありがたいです。
学校間の格差も、先生間の格差も、差がありすぎて、戸惑いますね。

前の担任は、今年も一年生の担任らしく、去年と同じクラスだったよ。
と、ももが教えてくれました。
頑張れ一年○組のみんな!

ももは、新しい担任の事をやさしそうないい先生だったと話しています。
去年は、書いてるうちに、気分が落ち込んで、ここに書けずにいたような
エピソードが満載で、気が休まる事がなかった一年でしたが、
今年は、なんとか安定した一年を過ごせるんでしょうか?

もも以上に、私のほうが、期待と不安が高まる新学期なのでした。

最後に、
私の心の支えでもある担当のN先生、どうか今年も我が校にいてね。
他の先生方だと、問題がついつい大きくなってしまいがちなのですが、
N先生は事を小さく、上手く納めるのが、とても上手。
先生がいないと、困るよぉ~!

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就労について 私の体験談より

成人の発達障害者の方、何人かが、勤めていた会社に対して、
不平不満を通り越して、かなりの恨み辛みをぶつけているのを見掛けた
ことが、度々、ありました。〔ネット上で〕

入社時は、わからない事があれば、いつでも聞いて下さいと
言うが、いざ、聞くと、そんな事は自分で考えろと、叱られる。
自分は、そういった対応のせいで、鬱になり、その後の社会生活へ
大きな悪影響を被った。

また、両親も、お前が悪いと理解してくれない。
皆、殺してしまいたい。。。。

そんなニュアンスの恨み節を、いろんなところで見掛けました。

例え、高学歴で、突出して、秀でた部分があっても、
自分でその秀でた部分を殺してしまっては、もともこもありません。

高校の教科書にあった、中島敦の山月記を思い出してしまった。
尊大なる羞恥心と臆病なる自尊心の為に、大切な部分に目がいかず、
人生を踏み外して、ついに、虎になってしまった男の話だったと、思う。


会社は、彼らの特性を知りません。
会社という組織は、利益を追求しなければいけないという大前提に
立っていますし、教えなくてもある程度のレベルまでは出来て当たり前、
として、雇用しています。

また、新入社員は、仕事を覚えて、即戦力になるまでは、
勉強させてもらいながら、お給料をもらっているようなものです。
新入社員の分を、他の先輩や、上司達が、頑張って働いて、
利益を出しているのです。

ましてや、仕事を覚えさせるために、自分でやれば、一時間も
かからないような仕事を、何日もかけて、何倍も時間をかけて
教官役として付き合わなければいけません。

その上、数字という誤魔化しの効かない成果もあげないと
いけませんから、まさに、時間との戦いを強いられているのです。

ですから、自分で考えれば解決できるレベルの事をいちいち
聞かれて、時間を拘束されまくったら、
そのうちに、そんなことは自分で考えろと言われるのは、
当たり前なんですね。

その当たり前がわからなかったり、出来なかったりするのが
障碍特性ならば、そこを、上手く、相手に伝えて
申し訳ないけれども、、教えてもらえるようにする心構えと、スキルが
いるのでしょう。

本当に、困っている人に対して、人間は、突き放す事は
なかなか出来ないでしょうから。

そこを、逆キレして、文句ばかり言っている人に、誰が時間を
裂いて、ボランティアするか?考えなくてはいけません。

私は、アスペや高機能、広汎性発達障碍の多くの人が、社会に出る
時に一番、ネックになるのが、この部分だと思っています。

人は、皆、誰でも、得手、不得手があるのです。

私は、小学校の時の文集にデザイナーになりたいと書いて、
その道に突き進み、今もフリーで仕事を続けていますが、
会社に所属していた時は、自分の苦手な事は、苦手です!と
はっきり言って、苦手な部分は、他の人に助けてもらってました。

苦手な事とは、ずばり!文字校正です。
タウン誌やカタログなど、ページものの校正ミスで
昔、ボーナスを飛ばしたことがありました。
編集の仕事は、いろんな仕事の中でも取り分けキツイ仕事で、
タイトな時間スケジュールで、徹夜徹夜の連続でやる事はてんこもり。
ただでさえ、注意力の欠落している自分は、必ず、見落とす
という自信がありました。

なので、どうしてもやれと言われれば、やるが、自分は
この点だけは、どう頑張っても、ミスを防げない。
その分、他の仕事をやったほうが効率がよいと思うし、
助けてもらいたい、考えて欲しいと、交渉しました。

交渉の結果、校正の作業は他のメンバーがやってくれる事になりました。

苦手な事を、何倍も時間と労力を掛けて、挙句、間違えてしまう
よりも、得意な部分でカバーしたほうが精神的に楽ですし、会社も
全体の仕事が効率的に動くので助かるでしょう。

皆も、もも母だから、仕方ないなぁーといった暗黙の了解で
いつも助けてくれました。

その分、私は、他の仕事をこなし、成果もあげれました。
win win な結果が出せたので、上司も何も言いませんでした。

仕事を上手く、まわすというのは、出来ない部分に固執せず、
時に、ぱっと切り捨てて、任せるという事も重要になってきます。

特に大きな組織では、上にいくほど、いかに頭を使って、
人を使って、仕事をまわすか?というところに集約されていくと
思います。

困難をクリアしていく事も、仕事の上での楽しみのひとつでもあります。
制約度、難易度が高いほど、アイデアが沸いてくるものです。
どうせやらなければいけない事だとしたら、楽しんだほうが得な気がします。

皆、得意、不得意はあります。どんなに頑張っても上手くできない事が
ひとつやふたつ、あると思います。

出来ないからと、諦めたりする前に、視点を変えて対策を考える癖を
つけておくと、いろんな場面で、助かると思います。
それには、まず、困り過ぎない!事ですね。

そういう事は、ももには難しいのかなとも思いますが、
出来ない、わからないで停止してしまわずに、誰かに教えて下さい。
助けてくださいと。言えるスキルを見に付けてもらいたいと思っています。

しかも、これは、生きること、全般に関る大事なスキルでもあります。

すぐに否定されたと思って、パニックにならない。
自分を閉ざす事で守るという間違いをおこさない。

ももの道のりは、遠い。。。。

☆以前、書いた記事をアップしました。
就労シリーズに後でまとめ直そうと思います。

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2008年4月 7日 (月)

犬山北小の校長先生の話

確か、犬山北小の校長先生はこの3月で定年になられたと思います。

先週、姉が、犬山北小の校長は凄いねって言うので、理由を聞いたら、

最近、テレビに出演されたようで、その時の様子を教えてくれました。

とにかく、公立の小学校の先生達は、一体なんの為?という程の

無意味に思える文科省への提出書類があるらしいのです。

それを、校長先生は、こんなものいらないと、破り捨ててたらしいですわ。

その提出書類書いている時間を、生徒と向き合う時間にまわせ!

ということらしいです。

侍ですわ。自分の進退かけて、腹を括らないと、出来ないですよね。

この校長先生の発言を見て、他の自治体の先生方からいっせいに

うらやましい~の声があがったそうで、大変なんですな、現場の先生は。

学校だけでなく、いろんなお役所の部署が、誰の為?という一番大事な部分が

どこかへ忘れ去られて、ひたすら業務という名の元で、誰が見ても必要に

思えない事が重要視され、血税が無駄遣いされていく。

皆、それに気付いていても、誰も、怖くて、そういった部分に踏み込んでいけない。

そこを踏み込んで行くというのは、誰にでも出来る事ではありません。

校長先生を支えた裏方さん達もさぞ、大変だったと思いますが、

犬山北小の校長先生は、たくさんのものを私達に残していって下さったと

そう思います。

一方、蒲郡にトヨタなどの企業がつくった、エリート製造学校?、

海陽中等教育学校が開校になりました。全寮制で、年間280万+α

かかるそうです。。。。

私が、もし、勉強の出来る男の子だとして、絶対、入りたくないと、見ていて

思いました。。。

この環境が子供にあっていて、伸びるお子さんもいるでしょうが、

まだ、自分の意思や、目標設定もないまま、全く、自由がなく、管理された生活で

余白のない、逃げ場のない、ぎちぎちの生活をするっていうのが、

自分には、想像できないんですよね。

なにか確固たる目的を子供が持っていて、その目的達成の為に、あえて

そういうストイックな生活をするというのは悪くないとは思うのですが。


DSも持ち込み禁止らしいです。もっとも、ゲームなどしている時間はなさそうです。

人生のある時期には、寄り道が時には必要だと、そう思っているのですが、

もし、子供が途中で、自分にはむいていないと思って進路変更したいと

なった場合、年間300万円近くかけて我が子の将来を信じ切ってる親は、

それを受け止める事は可能なのかな?とも、思いました。


地域密着型の教育改革を推進されてきた校長先生が、定年を迎えられ、

名古屋を中心として、反対側に、全くタイプの異なるエリート製造学校が出来る

というのも、何か時代の変化を示唆しているように思えました。

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2008年4月 1日 (火)

私〔親〕が気を付けなくていけない事 2

今、大阪から、姪達が遊びに来ています。
3年生と、5年生です。

姪の一人は、ももと少し似たところがあって、ついつい
注意する事が多くなってしまうんですね。

ジュースを渡すとき、落とさないように気をつけてね!と
注意を促して渡した矢先に、落としてぶちまける、

迷子になるといけないから、先に目的物に向かって
勝手に一人で走っていかない!

川はこけですべりやすくなっているから、転んで
石で怪我しないように、気をつけるんだよ!

などなど、全て、やりそうな事を事前注意し、
それでも、常に、注意を現実にしてしまいます。。。。

迷子も、怪我も、その度に、他の子供達は待たされ、
時には、遊びに来たばかりなのに、医者へ連れていく為に
全員、すぐに帰らなくてはならなくなり、
せっかくの一日をだいなしにする事が度々ありました。

一時期は、ももと、この姪が、別々にどこかへ、
飛んで行ってしまうので、大変でした。

まあ、そんな子供達も、少しづつ成長していますから
以前に比べれば、、、、なんですが、

二人して、すぐにどこかへ走って消え去る点は今も変わらずですが、
目の届く範囲で、気がついて、戻ってくるとか、立ち止まって待つ
ようになりました。

成長とともに、出来る事、飛びぬけて出来る事もたくさんあり、
たくさん誉める事ができるようにもなりましたが、ささいな
日常の連続の中では、ついつい、注意ばかりになってしまいます。

遊園地のベンチでおやつを最年長の姉に私が渡しました。
姉はお菓子を持ったまま、ももと話を続けている。
早く食べたいのに!と思った妹は、何も言わずに、
姉の手から、お菓子をむしり取った。。。。。

その瞬間、欲しい時は、黙って奪い取るはいけません!
言葉で伝えましょう!と言ってしまう私。

気に入らないと、すぐに、手が出る度に、
暴力反対!言葉で伝えましょう!と言ってしまう私。

その度に、固まる姪を見て、
しまったと、後になって気付く私。

ひと言、気持ちを受け止めてから、注意してあげないと、
注意された嫌な気持ちしか残らずに、
どうすればいいかが、彼女に伝わらないと。。。。

子供の自尊心を守りつつ、いけないを伝えられる為に、
子供の目線に立って、考え、話をするという事を
つい忘れないように、強く心に留めておかないといけない。

そう自覚した一日でありました。

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私〔親〕が気を付けなくていけない事 1

ももが小さい頃に、私に対して言った言葉。
「ママは強い人間だけれど、私とおばあちゃんは弱い人間だから
できない事があるの。」は、いつも私の心の中にあります。

つい自分の尺度で、ももをはかってしまい、追い詰め、パニックに
陥らせてしまった時、私は、この言葉を思い出します。

つい先日も、スーパーに、お一人様一個の特売品をゲットしに、
ももを連れて、買い物に行きました。
いろいろ安くて、予定よりもたくさん買い込んでしまい、
自転車のかごに入らなくなってしまったので、ももの自転車のかごに
入れてねと言って、卵が1ケース入った小さい袋をももに渡しました。
ももは、受け取ってみたものの、急に、持てない!とパニックになって
そのまま袋を手から離しました。。
当然、卵は割れ、いちごなんかもぐちゃぐちゃになりました。

たぶん、受け取った後に、「そうだ!卵って割れやすいんだっけ?
怖い!」と思ったんだと思います。
でも、受け取る前の拒否なり、受け取った後に無理!と思っても
理由を話して、私に戻すなり、他の割れないものに変えてと言えないの!
そんなことくらいできるでしょ!!!って、
私も頭に来て、キツイ口調で、責めてしまって、ひと波乱起こして
しまいました。

こういう時のももは、冷静な判断が出来なくなって、悪いほうへ、
加速度的に流れていってしまうんですね。

ママの馬鹿!と叫んで、信号無視をして、自転車で横断報道を横切ろうと
したので、また、怒鳴り、、、、といった感じになりました。

でもね、冷静になってみれば、ももが割れる=怖いに気付けなかった自分
を反省しなければなりません。
今度は割らないように、どうすればいいかを教えてあげる前に、
ももの気持ちを受け止めて、怖いのを気付けなくてごめんねとひと言
言ってから、話せば、もも も、すんなり聞き入れられたはずなんですね。

でも、私の中には、卵は割れるから怖い!という方程式がないので、
つい、目の前の事実にびっくりしてしまい、気付くのが後回しになってしまいます。
今まで大丈夫だったから、今日も大丈夫ではないのですね、ももは。

これと同様に、電話がかかってきて、受話器をとってみたものの、
電話の相手が知らない人だったら怖い!という恐怖感が頭に浮かんで、
受話器をとった瞬間パニックになり、受話器を力いっぱい投げつけて
壊すという事がありました。

ももは、携帯など、相手がわかる電話は、普通に話しが出来るのですが、
相手がわからない電話の音が鳴るだけで、ママ~!!!助けて~!
と耳塞ぎしてパニックになります。

ももにしてみれば、怖い卵も、電話も平気なママは強い、いろんなものが
怖い自分は、弱い、なのかもしれません。

しかも、それは、怖くないという事を上手くももに説明できず、
かえって、恐怖感に加えて、自己否定感を受け付けてしまった私の責任
でもあるのでしょう。

自分の中の方程式は、ももには当てはまらない事。
ももにあった道順とやり方で、ももに接しなければいけない事。

いつも、私が思っている以上に、ももは、自分のできるよりも、
できないに悩んでいる事を、よくよく自覚しなければと、改めて思いました。

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もうひとりのおばあちゃん

もものもう一人のおばあちゃん、
私の母は、もうこの世にはいません。

私が、お義母さんの俺流を最初、なんともおもわなかったのは、
実は、ある意味、自分の母親と似ていたからです。

母は、私が産まれる前に腎臓を悪くしました。
私を産む時は、どちらが死ぬかもしれない状態で、
運よく母子共に助かり、この世に産まれてきました。

ですので、産まれてから、死ぬまで、かなりの期間、
病院で過ごしていました。
私の面倒は、長い間、父方の祖父母がみてくれてました。

母は、人づきあいが下手、家事も苦手で、浮世離れしてました。
何事もエンジンが掛かって動き出すまでに凄く時間がかかって
しまい、料理など、待ちに待たされて、出てきたものが、
これですかぁあ~!???っていうものが多く、父はよく
マジ切れしながら食べてました。
母が小さい時に、母の母と、すぐ下の弟が相次いで亡くなり、
母の父は、末っ子の母を不憫に想い、
猫可愛がりしたそうです。
辛い事はなにもさせなかった為に、、、、こんな浮世離れした
母になったんだと、ずっと思ってました。
結婚当初、母の爪が獣のように伸びているのにびっくりした父が
爪を切れと言ったら、自分で切った事がないから切れないと言い、
かなりの間、父が母の爪を切ってやってたそうです。
また、姉が母のお腹の中にいて、臨月をかなりすぎてるのに、
のほほ~んと家にいるのを見た伯母がびっくりして病院へ連れて行き、
陣痛促進剤か何かを打って出産したとか、、、、。
そういう、驚きのエピソードいっぱいの母でした。

母が退院してくると、その周りはいつもトラブルであふれかえってました。
小学校時代から母が死ぬまで、何度、母のまいた火種を
消すべく、謝りにまわったことか。
自分が結婚する事になって、母のお姉さん〔私の伯母さん〕に
挨拶に行った時も、ずっと、母の文句で、
すいませんでしたと謝りつつ、どうして子供にこんな文句を言うのか、
血の繋がった自分の妹なら、何故、その時に注意してあげないのか
とさえ、思ってしまった事もありました。
まあ、皆、とにかく行き場のない気持ちをぶつけて、すっきり
したかっただけなんでしょうが。

母は、料理も片付けも苦手でした。
昔の人なので、物を勿体無いと捨てられない。
冷蔵庫の掃除にはじまって、年中、大掃除状態。
それを母の留守中に、片付けてあげるね~って言って、
上手く捨てて、きれいにするのが私の役目でした。

母に求めてイライラするよりも自分で何でもやったほうが
精神衛生上いいと思ってましたし、祖母が寝込んでしまってからは
必然的に姉妹で家事を分担しあっていたので、
料理も家事も、姉妹でこなしてました。
そのせいか家事を効率よくこなすのは得意になれました。

結婚した後も、実家に帰ると、
「今日は、何をつくってくれる?」とうれしそう言う子供みたいな
母でした。

姉に、母はアスペじゃないかと聞いた時、姉達は、私が産まれる前の
健康な時の母は、きちんとしてたので、違うと思うと言われました。
姉が小さい頃は、片付けも料理もきちんと出来ていたそうです。
今となっては確かめようがないのですが、、、、。

母は感覚過敏とかフラッシュバックなどは全くなかったと思います。
しかし、こだわりはありましたし、とにかく、ひとつの事に
取り掛かるのが遅いし、何事も凄く時間がかかる。
一日48時間くらい必要な感じでした。
こだわりは、絆創膏なんですが、とにかく、絆創膏を貼ると
安心のようで、過剰に貼っていたように思えます。
エンジンがかかりにくいのも、こだわりも、もしかしたら、
長年の病気が原因かもしれませんし、
本当のところは、今となってはわかりませんが、
痛みには鈍感なのに、少しでも血が出ると、大騒ぎして
絆創膏を貼りまくる、ももを見ていると、
母が乗り移っているのか!?とぎょっとする事があります。
また思い込みが激しく、勘違いで人を責め立てる事がありました。
姉など、そのターゲットになっていて、物がなくなると、
母はよく姉に向かって、とっただの、隠しただの大騒ぎして
攻め立てていたせいで、二人の関係は最悪でした。

私は、思春期の頃、この母が嫌で嫌で、
どうしてこの人が母親なんだと悩んだ時期がありました。

でも、母は、母なんだ。
他のお母さんと比べるものではない。
変てこで、いつも迷惑かけられるけど、自分の事を一番、
愛してくれるのは、母だという事を、家を出て距離を置いて、
はじめて受け入れられるようになりました。

母は、最後、末期癌で亡くなりました。
姉と母とは犬猿の仲なので、私が病室に行くと、寂しがって
帰るな、今度はいつ来る?と泣かれました。

私にとって母は母ですが、普通の親子関係と違っていて
子供のように思えてました。

私は育ててくれた祖母の看護もしてたことがあるのですが、
明治産まれで、芯の通ったしっかりした祖母が
死期が近くなるにつれ、お母さんに逢いたい、
お母さんといる幼い頃の夢を見たと言うようになりました。
そして、どんどん子供に戻っていきました。

母も例外でなく、自分を可愛がってくれた、お父さんに
逢いたいといって、楽しかった子供の頃の思い出話ばかり
するようになり、やがて、亡くなりました。

それは、人が老いて、亡くなるという事を実感する瞬間でした。

私は母が亡くなっても、泣きませんでした。
末期癌の痛みは想像を絶する痛みのようで、殺して欲しいと
泣いて泣いて可哀想だったので、
早く、お父さんのところへ行かせてあげたいと思ってました。

病院生活が長く、ひとりで寂しかっただろうこととか、
母には厳しすぎる家に嫁いで、辛かったんだろうなとか。
いろんなことを考えたりしました。
母の苦労とか気持ちは、自分が人の親になってはじめて
わかったような気がしました。

ももはこのおばあちゃんと同じ日に産まれてきました。
ある意味、運命を感じます。

俺流でもかまいません、それは特性?それも認めます。
しかし、周りの人に迷惑はかけてはいけない。
周りの人の気持ちも守られなくてはなりません。
どちらも大切。
win win を目指したいと思います。

私は、この二人のおばあちゃんのいいところはそのまま。
直すべきところは、皆が幸せになれる方向へ変化していって欲しい。
そう強く思っています。

特に、人を憎んだり、嫉んだりする人間にはなるな!
皆と同じように出来る必要はない。
でも、出来ないことを、手伝ってあげたい!と人に思わせるような
人間になりなさい!

そう、ももに対して、願っています。

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