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2008年3月31日 (月)

朝の番組で

三重県に住む、聴覚障害を持つ女の子のお話しでした。

担任が、クラス全員に、手話を教え、皆が、普通に手話を
使ってその女の子とコミュニケーションをとっていました。
なんというか、障碍=かわいそう、みたいな雰囲気が皆無で、
構えた部分もなく、同じ人間として、普通に、その女の子に
接している姿を見て、感動しました。

これこそ、育ちあい。だと思いました。

女の子が困っていると、自然に、皆が手話でどうしたの?
と聞いてくれる。

ある意味、山間の小さな小学校だから出来た事なのかも
しれません。

でも、やっぱり、見いていて、子供って、大人のような固定観念が
ないので、大人の導き方ひとつで、いいようにも悪いようにも
変化するんじゃないかって、そう思えました。

もも☆も、保育園時代は、そういうお友達がたくさんいました。
ももの苦手も自然とわかってくれて、助けてくれるお友達がたくさん
いました。でも、ももが出来るのに、病気だからといって、
やらなかった時、お友達はすごく怒りました。
怒って、私に、「ももちゃん、今日、病気だからできない!と言って
泣いてたで。できるくせに、できないって。。。そういうの、嫌いや!」
って教えてくれました。
診断が下りた直後で、病院=病気と思ったんでしょう。
医師の、頑張っても出来ない事があるという説明を聞いてたのでしょう。
ちゃんと、いいところ、悪いところを見分けて接してくれている事が
とてもありがたかったです。

担任の先生いわく、聴覚障害を持つ子供は、手話や、指文字といった
補助がないときちんと成長していけない。
だから、クラスの皆に教えた。当たり前の事だと、そうおっしゃってました。

女の子は、言葉も、はっきりとしゃべりますが、もも達同様、がとか
助詞の使い方に間違いがあり、発音も特有のものがありました。

療育先の先生が教えてくれましたが、10歳の壁というのは、
もともと、耳や目が不自由な子供達の概念だったそうです。
それが自閉症の子供にも昨今、使われはじめた。と。。。。

無理やり、障碍を理解してくれと相手に迫るのは、理解には
繋がりません。拒否につながってしまいます。

しかし、自然な形での理解は、互いの育ちあいにもつながりますし、
お互い、得るものも大きいのではないかと思います。

私は、あきらめたくはないと思います。

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