« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月31日 (月)

朝の番組で

三重県に住む、聴覚障害を持つ女の子のお話しでした。

担任が、クラス全員に、手話を教え、皆が、普通に手話を
使ってその女の子とコミュニケーションをとっていました。
なんというか、障碍=かわいそう、みたいな雰囲気が皆無で、
構えた部分もなく、同じ人間として、普通に、その女の子に
接している姿を見て、感動しました。

これこそ、育ちあい。だと思いました。

女の子が困っていると、自然に、皆が手話でどうしたの?
と聞いてくれる。

ある意味、山間の小さな小学校だから出来た事なのかも
しれません。

でも、やっぱり、見いていて、子供って、大人のような固定観念が
ないので、大人の導き方ひとつで、いいようにも悪いようにも
変化するんじゃないかって、そう思えました。

もも☆も、保育園時代は、そういうお友達がたくさんいました。
ももの苦手も自然とわかってくれて、助けてくれるお友達がたくさん
いました。でも、ももが出来るのに、病気だからといって、
やらなかった時、お友達はすごく怒りました。
怒って、私に、「ももちゃん、今日、病気だからできない!と言って
泣いてたで。できるくせに、できないって。。。そういうの、嫌いや!」
って教えてくれました。
診断が下りた直後で、病院=病気と思ったんでしょう。
医師の、頑張っても出来ない事があるという説明を聞いてたのでしょう。
ちゃんと、いいところ、悪いところを見分けて接してくれている事が
とてもありがたかったです。

担任の先生いわく、聴覚障害を持つ子供は、手話や、指文字といった
補助がないときちんと成長していけない。
だから、クラスの皆に教えた。当たり前の事だと、そうおっしゃってました。

女の子は、言葉も、はっきりとしゃべりますが、もも達同様、がとか
助詞の使い方に間違いがあり、発音も特有のものがありました。

療育先の先生が教えてくれましたが、10歳の壁というのは、
もともと、耳や目が不自由な子供達の概念だったそうです。
それが自閉症の子供にも昨今、使われはじめた。と。。。。

無理やり、障碍を理解してくれと相手に迫るのは、理解には
繋がりません。拒否につながってしまいます。

しかし、自然な形での理解は、互いの育ちあいにもつながりますし、
お互い、得るものも大きいのではないかと思います。

私は、あきらめたくはないと思います。

| | コメント (0)

2008年3月28日 (金)

言霊について

日本語には、言霊があるんだと、子供の頃、祖母に教わりました。

〔言霊は、戦争への集団催眠にも使われた歴史もあるのですが、
興味のある方は、本を読んでいただけばと思います。〕

日本人は、忌々しい言葉を意識的に避ける文化が少し前まで
あったように思います。

時代の変化によって、言葉が乱れたりするのは、致し方ないのかも
しれませんが、
今の子供が使う言葉は、あまりにも暴力的だとよく感じる事があります。

私は、子供には、自分がされたら嫌な事は、人にするなとよく言っています。
まして、死ねとか消えろなんていう言葉を、吐く事は絶対に許しません。
しかし、ほとんどの子供が、その言葉の深さや重要性に気付かずに
ただ言葉を使っているような気がします。

そして、悲しいかな、それが当たり前になってしまっている現実があります。

ももの通う学校でも、上靴に死ねと書いたり、机に消えろと彫ったりする
陰湿ないじめがあります。

そして、我々保護者は、なかなか、そういった事に対して、学校に
話をしに行きにくい雰囲気があります。

私は、こういう事に黙っていられない性質なので、
「学校の事に口を挟む、うるさい保護者」と思われても、言いに行きますし、
下校中、そのような酷いいじめが行われているのを見かけたら、
怖いおばちゃんになって、注意しています。

たぶん、暴力的な言葉を使う子供も、なんらかの心の問題を抱えている
ような気がします。

一年くらい前から、いろんな学校で、いじめません!とか、いじめ撲滅!
とかを記したバッチなどをつくって、いじめを失くすキャンペーンを
繰り広げているという記事をよく見かけました。
いじめられている人はバッチをはずすそうです。
いじめは、いじめているほうにも心の傷を残します。

こういった前述のニュースのような試みは、もっと全国規模で行って欲しいと
思いました。

ここから、脱線します。

引っ越して最近感じる事があるのですが、
中心部に近くなるほど、住んでいる人の意識とかスタイルが自己中心的に
なると、感じました。
以前、なにかの雑誌で、都心部ほど、親の平均年齢、年収は高いが、
子供の教育に関して、ブランド志向で、しかしながら、子育てに無関心。
レベルの高い生活を保つ為に、共働きをし、いろんな塾には入れるが
地域の活動には無関心である。そんなふうに書いてあったのを思い出しました。

一年前までは、田舎に住んでいて、保育園のママたちは、
ほとんど20代で、髪が金髪で目がブルーのママや、タトゥー〔お洒落なやつです〕
が入った元ヤンママが多かったのですが、皆、外見とは違って、
こと、子供の事に関しては、マメで、熱い、ママ達が多かった気がします。
子供が間違った事をしたら、バチコーンって張り倒したりもするけれども、
愛情を常に注いでるから、子供はそれでおかしくなったりしない。
他人の子供に対しても、いじめてたりしたら、えらい剣幕で注意するママが
多かった。

で、引っ越した先は30代後半から、40代前半のママが多くて、
教養も高そうなんだけれども、えっ???って
びっくりするような事がたくさんあるんですよね。

ママは高級ブランドに身を包んで、エステに通って、ネイルも念入り
だけれども、子供は朝ご飯、食べてないとか、、、、。
でも、習い事は、やっきになって、させるとか、、、、。

運動会は、自分の子供の出し物が終わると、皆、帰る。
運動会のお弁当がファーストフードっていうお家をたくさん見掛けた。
などなど。

ももが入っている子ども会は、高学年の子のお母さんが役員をするという

システムになっているのだけれども、
自分に番がまわってくると皆、ごっそり子ども会を辞めるらしい。
散々、高学年になるまで、自分の子供がお世話になっていて、
どうして、そんな人の道にはずれた事が平気で出来るのか!

年配~お年寄りも、一部に熱心に地域を支えてくれる方がいらっしゃる
反面、若いものへの負担とかあまり考えてもくれない雰囲気があるらしいのです。
町内会〔300世帯もある!〕の会長を、引っ越して間もない人が
やるという決まりがあるそうで、当然、誰が誰かもわからないし、
その土地の決まりごとなんかもわからないまま、役員をして、
いざ、祭りなんかになると、若者に任せると言いつつ、決まりと違う!
去年と違うと、クレームのオンパレードだそうで、、、、。

自分の実家も、前に住んでいたところも、数年してから、新人さんは
役員で、その場合、長老が一緒に役員になってサポートするっていう
パターンだったので、越して2ヶ月で町内会長をしたと聞いて、
ものすごーく驚いた。
町内会長なんて、やりたいというリタイアした年配の方が、立候補したり
して、越してすぐの新人がやるなんて、はじめて聞いた!と、
つい、同じ町内の同年代ママに漏らしてしまいましたよ。

我が家は、その2ヶ月で町内会長をしたという経験を持つ今の会長が
意識的に、遅らせようとしたらしいのですが、寄り合いの場で、お年寄りから
クレームが入ったらしく、やって下さいと、来ました。

若い者は、皆共働き世帯がほとんどだけれども、若者を助けてやろうとか
子供を見守ろうとかいう意識が低く、すぐに損得ばかり言うらしい。。。。
そのママが、新人さん2人に任せないで、古株と新人さんの組み合わせに

したほうがいいのではないかと言ってくれていたらしいですが、
来期は、右も左もわけわからん、家と、数軒先のお家が、役員だそうです。

難儀じゃー。

なんというか、何も言わずとも、地域で子供を育てるといった雰囲気に
慣れていた為か、自分中心な雰囲気にいまいちなじめない母なのでした。

子供への啓蒙の前に、大人の意識改革も必要かもしれませんね。

今年、急に逃げた人の変わりに子供会の役員を引き受けたので、
町内会長は、来年に伸ばしてもらいました。

| | コメント (2)

メモ~ニュース記事より

表現力育て荒れた言葉なくす 「死ね」と言わせない…2小学校の取り組み

 ◇児童の表現力育て、荒れた言葉なくす

 「うざい」「死ね」を頻発する。友達に迎合しがちで自分の意見を言わない。子どもの表現力が乏しくなったといわれる。言語力の育成に乗り出した小学校から、荒れた言葉と戦う取り組みを紹介する。【山本紀子】

 ◆見つかった落書き

 「死ね」。そんな落書きが広島県呉市立昭和南小学校の教室で見つかったのは、2年前の4月末だった。2週間後、女子トイレの扉の裏側に「○○死ね」と、児童の名前と一緒に記されているのが見つかり、教室内でも「死ね」と書かれた紙片が落ちていた。

 「死ね」は日常会話でもよく飛びかっていた。これを危惧(きぐ)した曽川昇造校長は、年度目標に「『死ね』などの言葉のない学校」を掲げることにした。この言葉が人の心を深く傷つけること、落書きが器物損壊罪の犯罪であることを児童に教えた。保護者向けの通信でも、わが子が死ねと落書きされたらどんな気持ちになるかを、子に伝えてほしいと呼びかけた。

 「消えろ」も多発していた。「この世で一番消えてほしい人は?」。ある担任はそんな会話が交わされているのを耳にした。曽川校長は「ばか、あほと同じ感覚で今の子どもは軽く『死ね』と言い放つ。簡単に人が死んだり殺し合いをしたりするゲームの影響で、口にするようになったと思うが、本来は使うべき言葉ではないことを、分かってもらいたかった」と話す。

 落書きの発見から間もなく、いじめや中傷による自殺が全国で起き始めた。06年11月、昭和南小は言葉による中傷の実態を調べるアンケートを行った。相手を傷つける発言をしたことのある子は52・2%だったが、5・6年生で8割を超え、高学年ほど日常化していることが分かった=グラフ。

 「うざっ」「死ね」をどんな気持ちで言っているのか尋ねると「冗談」が最も多かった。しかし、自分が実際に言われた時は「いやだった」が「平気」の2倍近くあり、不快感を持つ子が多いことが分かった。

 ◆言葉の重み考える

 このため2学期末から、「死ね」の言葉をなくすための授業に、各学年が取り組んだ。2年生では自分が生まれた時の気持ちを親に書いてもらい、祝福されたことを実感させた。5年生では「キモイ」といわれて自殺した北海道滝川市の小学6年生の女児の遺書を読み、言葉の重みについて全員で考えた。

 それでも曽川校長は数回の授業だけでは定着しないと考え、「死ねなどのことばのない学校・宣言」と書いたステッカーを作り、各教室の正面に張った。「黒板を見ればいやでも目に飛び込んでくる。刺激の強い言葉なので渋る担任もいなくはなかったが、日々意識することが大切だと思った」。曽川校長は強調した。

 ステッカーが張られて1年以上になる。「死ね」の言葉は根絶されたわけではないが、あまり耳にすることはなくなった。5年生の高松遼さんは「肩をこづかれたりした時、むかっとして言ってしまうこともある。なるべく言わないようにしているし、自分の兄弟には使わない」と話す。同じクラスの濱田美月さんは「ふざけている時は許せるけど、陰で言われるのはイヤ。相手の気持ちを思いやることが大切だと学んだ」。

 昨年、3年生を指導した今村佐稚恵教諭は「何気ない一言が人の命をも奪うことを、わかってもらえたと思う」と振り返った。

 ◇スピーチやゲーム使って、コミュニケーション力育成

 横浜市立下野谷小は、言葉の乱れから児童の人間関係がぎくしゃくしがちなことを懸念し、今年度、言語力を培う独自の授業を始めた。新科目は「コミュニケーション科」と名づけ、年35時間を確保。朝の15分間を使って週3回、短いスピーチをしたり、学年全員で声を出して本を読んだりする。

 ある朝、3年2組では言葉を使わず、しぐさや表情を読み取るゲームを楽しんだ。互いの目を見つめてコミュニケーションしその重要性を学ぶ。担任の奈良明子教諭は、全員の背中に▽キリン▽はさみ▽バレーボール--などと書いたラベルを張った。何が書いてあるか自分ではわからない。友達のラベルを読み、身ぶり手ぶりで伝え合った。

 「はさみ」と張られた女の子は、2本の指をチョキチョキ動かす友達を見て、うれしそうにうなずいた。「のり」と書かれた子は、何かをこすりつけるしぐさをする友達の手元を見つめ、首をかしげたままだ。どの子のまなざしも真剣で、教室は不思議な熱気に包まれた。自分が何か分かった後は「文房具」「動物」など同じグループごとにまとまる。

 最後までわからず不安そうな表情の男児がいたが、女児が歩み寄り、肩を押して「楽器」のグループに導いた。終了後、迷っていた男児に奈良教諭が「友達が助けてくれましたね」と呼びかけると、拍手が自然に起きた。

 ◆語彙乏しく問題も

 「ニュアンスの伝わらない携帯電話のメールに頼りがちな今こそ、面と向かったやりとりが大切」。教務主任の高橋義成教諭は訴える。高橋教諭は児童指導コーディネーターの肩書を持ち、担任を持たずに子どもの生活指導に専念する。コーディネーターは横浜市が今年度から、市内18区に1人ずつ配置した。子どもの心身を観察し、指導ノウハウを他校に伝える。

 高橋教諭は、最近の子どもは心と言葉の崩壊が進んでいる、とみる。「語彙(ごい)や表現力が乏しいので、子ども同士でトラブルになる。人を信じることができず、自分を理解してもらおうともしない。傷つくことを恐れて『言っても無駄』と思っているのです」

 交流の楽しさを知るためのプログラムは多彩だ。たとえば低学年は自分の宝物を友達に説明したり、高学年では携帯電話を持つことの是非について論じ合う。志方英雄校長は「人前で話すことに抵抗がなくなり、気持ちを表現できるようになってきた」という。

 年度末に行ったアンケートでは、「友達のよいところを見つけられるようになったと感じますか」という問いに「はい」と答えた児童は6割強、教員は9割強に上った。「自ら話し人の話にも耳を傾けることで、相手を尊重する気持ちが育ちつつある」と教員の一人は分析する。

 課題もある。「無理」「イヤダ」などの単語で話したり、孤立を恐れて口を開かない傾向がまだある。下野谷小は来年度もコミュニケーション科を続け、安心して心を開ける場所を確保していく予定だ。

毎日新聞 2008年3月24日 東京朝刊

| | コメント (0)

2008年3月26日 (水)

就労について

ハートをつなごうの「発達障害と就労」の放送を偶然、観ました。

ちなみに、水、木は、子供の虐待について。

以前も出演されていた女性の方が、診断がおりて、ほっとした
自分が何者かわかってよかったと言っていたのが印象的でした。

発達障碍センターなどで、アセスメントをおこない、
客観的に、自分の得手、不得手を知る。

または、職業訓練などで、自信をつけたり、
出来ない事でパニックになった時に、どうすればよいか
きちんと教えてくれて、導いてくれる第三者がいるというのは、とっても
ありがたいし、社会参加が難しい特性を持った人には、
こういう所で、ほぐしてもらえるだけで、遠回りせずにすむ。

なによりも、本人を理解して、話を聞き、アドバイスしてくれるところが
あるって、とても強みになりますよね。

ももが大人になるまでに、こういった機関との繋がりも頭に置いておかねばと
そう思いました。

番組に出演の女性、とてもしっかりした、頭のよい女性に見えます。

しかし、いろんな事がそつなくこなせたりするし、きちんと自分の事も
話せるスキルもある為、えっ?こんなことができないの?という
でこぼこを受け入れてもらいにくい。

そこをどう、相手に上手く伝えられるか?

自分を知る事によって、その点も上手く伝えられることができるように
なったし、自分の出来る事、出来ない事をはっきり認識する事によって、
無理をしなくなったので、無駄に傷つくような失敗もなくなるだろうし、
自分のよい点を生かして、上手く社会参加できる基盤が
できたのは、数分のVTRからも伝わってきました。

ももには、まだ就労は先ですが、
自分の事を自分でお友達に説明するというのに一年生からチャレンジ
してもらっています。
それは、手紙だったり、口でだったりします。

自分の苦手を説明し、誤解をきちんと解く事で、一年間、
周囲のお友達に自然に理解してもらえて、救われた事も多かったように
感じます。

もっと深刻な事態になれば告知も考えますが、
わざわざ診断名を出さなくても、
耳が少し聞こえにくいとか、大きな音が苦手とか、
そんな風にひとつ、ひとつ、伝えていけば、
皆は無理でも、かなりのお友達は理解してくれるように思います。
ある意味、下手な専門家の大人よりも、子供の理解のほうが
優れているとさえ、思える時があります。
ももに対しても、診断名を出さずに、自分の苦手を理解させるほうが
今は、よいように思えています。

〔主治医には、告知をすすめられましたが、自分を受け入れるのは
ある程度、心が成長できてないと、しんどすぎて、逆効果にも思えますから〕

まず、自分を知る。そしてありのままの自分を受け入れて、
どうすればよいか考える。
これは、皆に共通して大事な事だと思いました。

| | コメント (2)

2008年3月24日 (月)

成績表

激動の一年間が終わりました。
4月から2年生になります。

成績表ももらってきました。
3学期は、2学期によくあったうっかりミスもなくなって、
テストはほとんど100点でした。

なのに、成績は下がってます。。。。

2学期も、結構、辛めの成績だと思ったのに、
そこから頑張って、何故下がる?

小学生のうちの成績なんてと思ってましたが、
頑張って、結果を出しているのに、
下がるのであれば、何を基準に子供は頑張ればいいのか?

よく挨拶しているし、ももが得意なところも
な~んも見てくれてなかったのか、、、と思わずには
いられない成績表。

いつも挨拶が元気でいいねとご近所の方に評判のももが
挨拶ができないという評価なら、
それは、担任の声が小さいとか、
担任に負不備があるんじゃないの?

ルールがわかりにくい子供にわかるような説明もせず、
放置しておいて、ルールがわからない、、、ってそりゃ、
子供の責任なんですかね?

成績表は、担任のストレス度や好き嫌いを見る為の
もんじゃないのかって気さえする、非常に嫌な感じの
成績表でした。

来年は、おそらく担任ともおさらばです。

確かに、担任なりに努力はしてもらったことに感謝はしてますが、
担任は、教師を辞めたほうがいい!
全評価C!そういう成績表を、担任に渡したい気分。

| | コメント (2)

ももとパパ

ある日の日曜日の出来事。
遠くの公園に行くと言って出掛けて行ったももとパパ。
数分後、帰宅の車の音?

泣き叫ぶももの声、怒鳴るパパの声???

玄関を開けて、
「ママのせいで、ももと喧嘩になった!
もも、どっかに走って行ったぞ!俺、知らんから!」

バタン〔扉が閉まる音〕、ブルブル、ブーン〔車の音〕。

パパとももは、似たもの親子だ。

経緯を話すと、普段、仕事ばかりで、ももと遊んであげていない
後ろめたさから、つい、ももの希望するプランに対して、オッケーを
出してしまった。
でも、本当は、疲れてて、行きたくない。
車に乗って公園に行く途中、ももにやっぱり、やめようか?
と聞いてみた。
しかーし、一度、決めたプランを、やめるというのは、ももには
一番苦手な事であり、了解できるわけがない。

そうこうしているうちに、パパのどんどん行きたくない気持ちが
膨らんで、ももの不満も膨らんで、車中で言い争いになった。

で、パパの言う事が聞けない子は、嫌いです!とパパが爆発し、
ついに、喧嘩別れとなった。

で、気持ちの治まりのつかない二人は、それぞれ、どこかへ
行ってしまい。

なぜか?ママが一緒に来てくれなかったのが悪いという
とばっちりまで受けてしまった。。。。

偏頭痛で寝てたのに、ひとしきり、ももを捜す羽目になり、
見つからずに、家で待ってると、
お花を摘んでももが帰ってきた。

大変だったね。とねぎらいつつ、
パパは、疲れているけれども、ももと遊んであげたいという
相反する気持ちで、混乱しちゃったのよ。
わかってあげてねと、ももに説明した。

ももは、すぐに呑み込んでくれて、
「ぱぱ、自分から、連れてってあげるって言っておいて
急に、ダメってなるの、わけわからないよー」と言っていたが、
パパに謝ると言って、携帯にかけた。

が、出ない。。。。子供なパパ。。。。。

しばらくすると、戻ってきて、二人は仲直りした。

が、ももがごめんねと謝っても、「ももは悪くないから謝るな」
と怖い声で言う始末。。。。。

はーーーーーーっ。

二人とも、自分の限界超えて、頑張ろうとするから破綻するのだよ。
ももは、子供だからまだ、修行中として、
40歳のおっさんが、頑張りすぎて、子供相手に、破綻してて
どうなのよ、、、とため息しつつ、

「ママが、とめなかったから、ごめんねー」とお茶出しつつ、
なだめつつ、

もし生まれ変わって、来世で逢っても、パパとは絶対結婚したくねー!
と思う、もも母なのでした。。。。

| | コメント (0)

2008年3月21日 (金)

もも、脱走する

学校から、電話をもらうのは、日常茶飯事なんですが、
今日は、ももが、学校からいなくなったとの連絡がありました。

金曜の給食の時間は、校内放送でクイズ問題が出されるらしいのですが、
放送の時に、ももが大きな声で話してたので、
スピーカーの前に集まっていた数人が、もものほうに向かって
「うるさい!」と大きな声で怒鳴ったらしいんですね。

ももは、大きな声、攻撃的な言葉が苦手ですから、
すぐに、テンぱってしまって、、、、。

何故自分がうるさいと怒鳴られたかという状況判断など
できないまま、
家に帰りたいと、半泣きになったそうです。

それなりにその場は、過ごしたらしいのですが、
給食が終わって気が付くと、ももがいなくなっていたらしく、
担任から、帰ってないですか?と電話がありました。

おそらく、このところ続いてる、心配しすぎるツボにも
嵌ってたと思われ、
後で、うるさいと言われた理由がわかって、
お友達を怒らせちゃった、もう教室に戻れない、
となったのかもしれません、、、、。

そこから、小一時間、捜索し、とある公園で
ももと追いかけっこしたっぽい、息を切らし、疲れ切った教頭先生と
教務主任にあい、ももが校長と担当の先生によって身柄を確保され、
学校に戻ったと聞かされました。

ももが、学校の下校門近くの階段にいるのを見つけた、
校長と、担当の先生が、ももに声をかけたらしいのですが、
ももは、声を掛けられて、びっくりして逃げ、
追いかければ追いかけるほど、逃げて、
なんだか大事になってしまったようでした。

これには理由があって、

怒れたり、悲しすぎたりした時は、その場を一旦離れなさいと、
私も、療育先の心理士の先生も、教えていたからだと思うんです。

ももは、怒りや悲しみがピークに達すると、
その感情が数時間に渡って、続いてしまうらしく、
自分でどうしていいかわからなくなるそうです。

気持ちの切り替えや、客観視など、出来るはずがありませんので、
とにかく、その場を離れて、気持ちをしずめる事を覚えないと、
他傷行為につながってしまいますから、
その方法を、強く刷り込んだ結果が、この脱走なんだと
思うのです。

保健室に行ったり、他の先生に助けを求めるなどがまだ出来ない為、
一生懸命に、誰もいない場所で、自分の気持ちを沈めていたのは、
とても進歩だとも思えるのですが、、、

学校から、何も言わずにいなくなるのはいけないから
逃げ方も、教えてあげないといけませんでしたね。

でも、失敗しながらも、進歩していってくれるといいなと思います。

療育先の先生には、2年生になって仲のよいお友達ができたら、
ももちゃんの苦手〔大きな声、きつい言葉など〕について話して
助けてあげてねと理解を求めるとよいと助言頂きましたが、
その方法は、すでにもうしている方法であり、
ももよりも大人っぽい子にはお願い出来ても、
トラブルの元である、同じくらい子供っぽい子にそれを言っても
なんで?って反発されるだけで、理解してくれませんからね。

ももには、人は本心とはかけ離れた強調表現をよくするんだけど、
その言葉をそのまま受け取らずに、分けて考えられるようにと
説明したんですが、まだまだ難しいようです。

まあ、一歩一歩ですな。

ももには、その場を離れて、クールダウンできたことは誉めつつ、
いけなかった行動の説明と、別の代替行動をお話しときました。

ももの為に、駈けずり回っていただいた先生方には、
申し訳なかったです。

でも、入学した時のように、ももの問題行動の表面だけを見て
責めるような対応は皆無になり、どの先生も、お忙しい中、嫌な顔せずに
対応してくださるようになりました。
保健の先生も、時々、ひとりでクールダウンしているももを見掛けて、
何も聞かずに、一緒に行こうと、さりげなく誘ってくださり、
ももの好きな話をして、気持ちを和ませてくれたりがあったそうです。

もも、いわく、気持ちが楽になれて、助かったと話してくれました。

ももを知って、静かに見守ってくれる先生方が増えるだけで、
ももはとても救われて、安心できるんだとそう思います。

2年生も、いろいろありそうですが、
去年の時よりも、環境はよくなっていると信じて頑張ろうと思います。

半年前は、保育園時代は、よかったと愚痴を言ってた私が懐かしい〔笑〕
母子、揃って、少し、成長できたのかもね。

| | コメント (0)

もも、映画を観る

どらえもんを観に行って来ました。
冬休みにたまごっちの映画を観に行こうと約束したのに、
行けなかった穴埋めです。
ももが希望したコナンは、遠くの映画館しか上映して
なかったので、どらえもんにしてもらいました。

あまり期待せずに、観たのですが、とってもよいお話でした。

自然破壊をする地球の人間達に、植物達が逆襲するという
ストーリーなんですが、
植物生物達の星での権力争いがあるんですが、
その星の長老が、姫や大臣に向かって、
「怒りに対して、怒りで返してはいけない。怒りは世界を狭くしてしまう。
だから、わしは、喧嘩はしない!」と言うんですね。

また、自分達を正当化する為に人間を皆殺しにするという
行き過ぎた大臣達の行為に対しても、
「敵は、外にはいない。災いは、内にある。」と言い、
その長老の助言を無視して、人間を皆殺しにする為に、
つくったモンスターに、自分達が追い込まれるというお話なんですが、

これは、まさに、我々人類の何世紀にも渡って繰り返されて
きている過ちについてのお話しで、
とても身近で身につまされる部分の多いストーリーでした。

もちろん、笑いあり、どきどきあり、涙もありの、面白いお話しです。

本日、レディースディにて、お安く観れましたので、
記念に、どらえもんグッズをいろいろ買ってあげれました。

ももにも、怒りや恐怖を、暴力という形で表現すると、
それは、自分にかえってくるんだよ。
っていうのが、少し、伝わったようでした。

| | コメント (0)

2008年3月20日 (木)

シングルフォーカス脳

最近、ももは、必要以上に自分を責めたりする事が多くなってきたなぁ
と感じます。
これはある意味、心の成長ともとれる部分もあります。
しかし、落ち込む必要の全くない事で落ち込むのは、とても非効率で
なによりも、もも自身にもそして周囲へもよい影響はないので、
なんとかしてあげれないものかと思ったりします。

例えば、じゃんけんを後だししたのに、その時に言わなかったとか、
実写版まる子ちゃんが最終回だったのを勘違いして
アニメのまる子ちゃんが最終回だよ。と皆に言ってしまった。
というレベルの他愛のない事を、この世の終わりのように捉えて
絶望し、もう学校に行けない、生きてゆけないと嘆き悲しむ。

「勘違いしたかも。ごめんね~!えへへ。でいいの!誰もそんな事で怒らない!
心配するな!ご飯食べちゃいなさい!」で切り替え終了。。。。

本人、まだ納得してない様子で、頭の中がぐるぐるしてそう。。。。

また、一年以上も前に、本屋で絵本を読んでいる時に過って少し
破ってしまったのを思い出して怖くなったなどなど、、、。
過去にさかのぼっての失敗を思い出しては、「ママ、聞いてくれる?」
と懺悔しに来る毎日だ。

成人のASの方のサイトを拝見させていただいてると、
「割り切りや切り替えが必要と言われても、出来ない!」という意見が多い。
確かに、シングルフォーカスな脳の特性なんだから、
無理やり、脳の特性と逆の事を無理をして行うというのは
それはそれで、ストレスも溜まるし、大変だろうと思う。

無理やり自分を変える必要はない。
無理なく、納得して、変化してもらえないだろうか?と思う。
それは、生きていく上で著しく自分にとって不利な事
〔しかも優先順位上位な事〕限定でいいと思う。
それ以外は、周囲に上手くあわせてもらえるように工夫するとか
なにがなんでも全て、自分が頑張らなくても済むようにすればいい。

momoも、精一杯、頑張っていて、その結果、頑張りすぎて
破綻しちゃってる事がよくある。
頑張りすぎて破綻しなくてもいいように、世の中の人にある程度
受け入れてもらえる土壌を作っていくのが自分達親の役目だとも思ってる。

本来ならば、自分の特性を知り、受け止めた上で、
どうすればいいのかを知り、判断できればいいのかな?と思う。
悩んだら、特性を熟知している第三者に相談が出来て、
丁寧にほぐしてくれるといいのかな?とも思う。
そうすれば、思い込みや勘違いが、とんでもない方向へ暴走する事も
なく、心穏やかに暮らせるのではないかと、思うのだが。

自分を知るという作業は生きていく上でとても重要だと感じる。

ニキリンコさんなど、自分の優れた部分を十二分に生かして成功し、
出来ない部分をカバー出来ていて、凄いなぁと思う。

自分ひとりで出来ない事を誰かにサポートしてもらえれば、道は開けて
ゆく秀でた人はたくさんいるのかもしれない。
それには、全く他者を遮断して生きていては、その才能に着目して
ひろいあげてくれる協力者にも出会えないだろうし、
自分の世界だけに生きていては、成熟していけない部分もあるだろう。
自分で自分の可能性を狭めるような部分は、必要最小限に抑えて
上手く適応していく、生きてゆくほうが、得だと思う。

自分自身に誇りを持って、自分の弱点も肯定して、強く生きて欲しい。
人を責める事で自分は守れない。
自分を受け入れれないと、他者も受け入れられない。
自分を守りたかったら、詰まるところ、自分と戦うしかないのだ。
これは、皆、同じだろう。

これは全て私の視点で書かれている為に、
そうじゃないという批判もあるかもしれない。

私は、基本的にももを見守るしか出来ない。
ももの人生は、もも自身が、痛い思いをたくさんして
自分で獲得していくしかないんだと思う。
私も大人からいろいろ言われた多くの事を理解できたのは、
随分、年をとってからだったと思う。

もも自身がももにあった生きていく為の方程式を
見つけていってくれますように。

| | コメント (0)

2008年3月15日 (土)

二人のおばあちゃん

ももの二人のおばあちゃん、お義母さんと私の実の母の話を
したいと思います。

ももは、おばあちゃん〔お義母さん〕似です。
そして、おばあちゃんが大好きです。
半年ほど前に、お義母さんは、ももと同じかもしれないと告白してくれました。

今回は、お義母さんの話をしたいと思います。

小さい頃、周囲が自分の事を理解してくれず、責め立てるので辛かった。
皆には聞こえない音が聞こえて怖くて、耳塞ぎをしたり、この世界で
生きているのが辛くて仕方なかったと、そう結婚当初話してくれた事が
ありました。
が、その時の私は、お義母さんが一体、何を言っているのか
さっぱりわからず、ただ奇異な話をたくさん聞いてしまった、、、と
思った記憶があります。

私は、このお義母さんと自分の母親の葬儀以降、長い間、絶縁状態に
ありました。
きっかけは、「気分が乗らないから、母の葬儀に出ない」と言われた事です。
先週、電車で遠出出来て、もっと近くの私の実家には来れないの?
お父さんの葬儀のとき、両親は、悪い足をひきずって、出かけて行ったのに?
なんだか悲しくて、くやしくて、感情が抑えられなくなってしまいました。
いくら俺流なお義母さんといえども、嫌とか嫌じゃないとかで決めるべきでない
事も存在します。
例え、気分が乗らないとしても、体調が悪いので、と濁して、電報や電話で
ひと言、不義理を断るなどするべきです。

まあ、下手なんでしょう。出来ないんでしょうと、今なら思える。

でも、その当時は、許せなかった。
自分が馬鹿にされるのは流せるが、自分の身内が馬鹿にされるのは
どうしても許せないし、腹も立つ。
以前から、年賀状は、もらっても出さない主義と言って、年賀状を出しても
返ってこないので、実家の父が、不審に思ってた時期もありました。
一事が万事そんな感じなので、自分のきょうだいからも絶縁され、孤立してます。
パパを除く他の子供達は、東京と大阪に、それぞれ義母を避けて暮らしてます。
我が家には義母の親戚から義母の事で何度も怒りの電話もかかってきていました。

根は正直で善人なんです。悪い人じゃない。
でも、いつもいつも、人への憎しみや恨みつらみで心がいっぱいに
なってる。それは、自分も苦しいし、周囲も苦しいだろう。
今となっては、持病も抱え、歳もとって、自分を変える努力を
するなどという気力も体力もないと思うので、
出来るだけ、心やすらかに過ごしてくださいと祈るばかりです。

それほど、追い詰められて、辛い想いをしてきたんでしょう。
だから、人を憎む事で、自分が壊れてしまわないように精一杯
自己防衛しているのかもしれない。

または、思い込みの激しさからくる、勘違いが、違う方向へ暴走
してしまって、よけい視野を狭くさせて、自分で自分を追い込んでいる。

義母の事を心配して、いろいろ助けてくれている人に対しても、してもらった
ことは棚に上げて、恨みつらみを言っていました。
全体を見渡して、総合判断が出来ずに、そのひと事だけを切り取ってしまう。
全て否定されたと思い込んでしまい、怒ったり、傷付いたりして、
ずっと引きずっているように私には見えました。

人間誰しも、聖人じゃありませんがら、時に感情に任せて、酷い事を
言ったりして、人を傷付けたりもします。
でも、その一部分だけを、強く記憶し、他を見ないのは、
自分も他人も不幸にします。

それも特性なんでしょうが、私は、ももには、おばあちゃんのそんなところは
例え産まれもっての特性だろうが、似てくれるな!
変えるべき、克服すべきだと思っています。
自分の感情を否定しろという事ではありません。
自分の感情を受け止めつつ、感情を切り離して事実を考えるという事、
即ち、客観性を持ちなさいという事です。

このお義母さん、突然、早朝4時に、我が家に来て、どんどん!とドアを
叩いて訪問するとか、突然、夜中に泊まりに来るとかありました。
パパしか、自分の気持ちを受け入れてくれるところがないので、
必然的にそうなってたんでしょう。
まあ、最初は、ひとしきり話して、お茶飲んだら、気持ちも少し晴れて
帰るので、よかった、よかったと思ってました。
ある時、その頻度がとても高くなって、夜中突然、泊まりに来たいと電話が
ありました。しかし、その日は、自分が熱があって体調も悪いし、
部屋も片付けてないので、ごめんなさいと断った。
そうしたら、パパが、俺の母親に来るな!というのか!と感情的に
怒り出した。丁度、お義父さんが突然、亡くなったばかりで、
お義母さんは超、不安定になり、パパは心配してお義母さんべったりになってた。
その辺から、なんだか、おかしくなっていきました。

パパは、トトロのお母さんが入院してて、めいとさつきが不安になるシーンで
泣いてた奴です。〔トトロで号泣する人、はじめて見たし、引いたっけ。。。〕
子供の頃、お義母のさんの眼の手術の為に、おばあちゃん家に長く
預けられていた時の不安な気持ちが重なって泣いてしまったと言ってました。

自分の母親を大事にするパパを私は尊敬します。
だけれども、著しく、自分達の生活がおかしくなってしまうのは困る。
バランスが必要なんですね。傾きすぎるのは、困る。
また、一緒にいる時間が長い人に、影響を受けやすいのもパパの特徴なのですが、
この時は、自分の世間一般では多数派と思われる意見と、パパとお義母さん達の
意見が激しく対立して、お義母さんの理不尽と思えるような意見が通り、その結果
私は、精神的にかなり参ってしまいました。

その当時、自分の母親も末期癌で入院してたり、パパの職業も不安定で
もものパニックや睡眠障害も出始め、いろんな大変が重なりまくってました。
そんな時、私達の貯金から、お義母さん家の電話代が引かれ続けて
いる事がわかって、
「お金がない時は、お義母さんを助ける。でも、知らない間に、電話代が
ずっと引き落としされてるのは、おかしい。筋道が違う。自分達も
質素に暮らしてる。返して欲しい。」とお願いしました。
結局、返してもらいましたが、まあ、どれほど罵倒された事か!

お義母さんの全てを否定してしまわないように言ったつもりでも、
0か10か、受け取り方が極端で、話し合いにならない。
とにかく少しでも否定する=敵!となる。

そんな嵐のような日々の中、いきなり、そして執拗に、電話がかかってきて、
怒鳴りちらされる事も続きました。
私も余裕はないは、いろんなものが積もり積もって頭に来てたので
電話で、怒鳴り返してた。

その時、幼いももがこう言った。
「おばあちゃんは悪い。でも、おばあちゃんは出来ないの。
おばあちゃんは弱いから。ママは強い。
おばあちゃんを怒らないであげて。許してあげて。」

私はハッとした。いつも何を言ってるか訳わからんような会話が
多いももが、なんという鋭い事を言うのだ!

ママだって、踏ん張りながら生きてる。
強くないから、強くなろうとしてるだけで、本当は弱い。
なのに、ももは、おばあちゃんの味方をするのか!という気持ちと
〔人間が小っせぇ~な、自分〕

でも、ももの言う事は確信をついている。
という想いがないまぜになって、座り込んでしまった。

ももが軽度の自閉症にみえると一歳の頃言ったのは
このお義母さんだった。
ももの障碍がわかる前、法事などの席で、親戚のおばさん達が
もものしつけをうるさく言う中で、
ももはこのままでいいの!と、いつもそのままのももを
受け入れてたのは、お義母さんだけだった。
たぶん、ももは、そんなお義母さんに救われていたんだろう。
自分をわかってくれる唯一の人として大切に思ってたんだろう。

「ごめんね。もも。
ママは、おばあちゃんと仲良くできないかもしれないけど、
ももはおばあちゃん、大事にしてあげてね。」
そう、私は、ももに謝った。

ももは、自分の事も愛してくれているのは、よくわかる。

ある意味、ママの言う事が自分の全てじゃなく、
自分の考えや想いで、物事を判断したももを誇りに思った。


それからしばらくは、お義母さんから電話があると、
私に受話器を貸してと言って、別の部屋に言って、おばあちゃんと
話をして切るようになった。
たぶん、ももなりに、喧嘩にならないように、間に入って
くれてたんだろうと思う。
受話器を置いた後は、「ママ、大好き」といって私を抱きしめて
私の気持ちも受け止めてくれた。

そんなへんてこな成熟した部分を持つ、ももに
私は、母親として、今も育ててもらっている。

フラッシュバックなど特性からくる混乱がどんなに辛いかわかる。
でも感情と、事実をあまりに混同してしまい、自ら深くて、小さな穴に
自分を陥れるのは、自分も周りも不幸にする。
怒れても、自分の感情を切り離して考えないといけない事はたくさんある。
自分と違う意見でも、ちゃんと聞いて、考える事によって、視野は広がる。
でも、感情的になって切り捨ててしまうと、狭い自分の価値観の中でしか
生きられず、成長できない。

人は、誰でも、いい面、悪い面、いろんな顔を持っていると思う。
ほんの一部分だけで、相手を決め付けてしまうと、誰とも信頼関係を
築いていけない。
嫌な上司だと思っていた人が、何年か仕事をするうちに、
その人のいろんな部分が見えてきて、お互いに受け入れられるようになり、
信頼関係ができると、仕事も上手くいったというようなケースは
いくらでもあるだろう。

自分を守る事でせいいっぱいだと、外に目を向ける力が阻害されて
しまうのは、定型の人間だって同じだ。

いろんな失敗をして、少しづつ、物事を冷静に多面的に見られるのが
大人なんだろうと思う。

物事には、いろんな側面がある。一見、間違いに見える事も、
別の視点からみると、間違いではない事なんていくらでもある。
人もしかり。

感情という自分の中の猛獣、虎に人格を食われてしまうな!守れ!

そう言いつつ、日々、自分も自分の感情と戦っていて、
負けて感情に走って、後悔しての、繰り返しである。


※いろいろあったが、お義母さんの事、憎んだりしてない。
そもそも、私は、怒りや憎しみを長く、抱え込むのが苦手なので、
適度に距離を保ちつつ、間にももを入れつつ、
仲良くやっています。

| | コメント (2)

2008年3月12日 (水)

きくきくドリル

療育先での様子をメモします。

今回のきくきくドリルは、一回目と2回目の文章を聞き分けて、
文章中の違いを答えるというものです。
違いは必ずしもひとつではなく、違いがない場合、
違いがいくつもある場合があります。

先回のドリルは、長い文章をそのまま一字一句正確に
再現するというものでした。

今回は、答える部分が、単語だったり、短いセンテンスの文章
だったせいもあり、驚く程、よく答えてました。

たぶん、定型のお子さんや大人でも、難しいと思えるテストです。
私も、側で一緒に問題に挑戦してましたが、
仕事で頭が疲れ気味のせいか、ぜんぜんわからなかったです。
すらすら答えていく、ももに唖然としてました。

おそらく、聞く事は、定型のお子さんと比べると苦手なんだろうと
思います。
でも、この半年、そしてワーキングメモリ終了後、
飛躍的に、集中力や、聞く力は、伸びている気がします。
だって、半年、一年前は、もっと簡単な課題が、全く出来ず、
お手上げ状態でしたから。。。。

受身の文章変換〔やりもらい言葉っていうんですねぇ〕も、
今日はぬいぐるみなしでやるといい、
自分で想像してやっていました。

家庭でも、ゲームみたいにして、
ママがドーナツをももにあげた。
ももは、ママにドーナツをもらった。
という感じで、
遊び感覚で、経験として定着させていってあげたいなと
思っています。プリントだけでなく。
ももは、ゲームするよ!というだけで、喜びますから〔笑〕

春休みは、ゲーム感覚で、いろんな弱い部分を
補足する!を実行したいと思います。

ここからは、たわいもない話です。。。。

療育の教室終了後、ももの洋服を買いに行きました。
一番の目的は、ジルスチュアートの限定Tシャツを買う!だったのですが、
金曜日の朝一で、大きいサイズは完売との事で、
ジルのうさぎのTシャツと、バービーの名古屋限定Tシャツを買いました。
松坂屋、三越、高島屋と梯子しましたが、
な~んにも残ってなくて、残念でした。
朝一で、並んで、走って買いに来ないと、買えなかったようです。

なんというか、バーゲンとか、並んで買うとか、人混みが苦手な
我が親子は、こういう競争を強いられるものは無理みたい。

親子で趣味も似ているので、ももがこれかわいい!と好みのものを
見つけると、二人して、大盛り上がり〔笑〕
こういう時は、女の子って、でら、楽しいぃ~!!!って心の底から
思いますね。

それにしても、ここ半年です。
こんな風に、二人して、買い物☆をうきうきしながら楽しむのって。
私の買い物時は、DSをしながらどれだけでも待っていてくれますしね。
ふと、気付くと、同じような子供が集まって、通信してたりしてます。

スーパーへの買い物は、「留守番してる」と同行してくれませんが、
おいしいものを食べて、服やおもちゃを買う買い物は大好きな
ももなのでした。

| | コメント (2)

2008年3月10日 (月)

実行機能に効く!?サプリメント

以前、成人のアスペの方と、ADHDの方が、このサプリを
飲んでいて、調子がよいと書いていたのが気になっていて、
ももに試してみることにしました。

そのサプリは、PG〔ピクノジェノール〕です。
http://www.dhc.co.jp/goods/goodsdetail.jsp?gCode=2182

近くの薬局へ行ったのですが、この商品は置いてなかったので、
ネットで注文しました。

今なら割引価格なので、まとめ買いしてしまいました。

婦人病などにも有効なので、もし、ももがダメでも私が飲もうかと。。。。

他には小林製薬や、いろんなところから出てるようです。

http://www2.plala.or.jp/h-clinic/pycno.htm


以下のような効果が報告されています。

血栓予防
心筋梗塞や脳梗塞の原因となる血栓予防する作用が認められ、アメリカでは特許を得ています。U.S.PATENT NO.5720956

ADHD(注意欠陥多動性障害)への効果が、アメリカで認められ、特許を得ています。U.S.PAT.5719178            
これは現在、私が最も興味を持ち取り組んでいるテーマです。平成15年1月15日現在、約100名のADHDの児童が使用中で、ADHDに多用される薬剤リタリンからの切り替えに約25名がチャレンジしています。今までのところ有効率は70%で,特に多動については2週間以内に効果が現れています。 体重1キログラムあたり1.5-2.0ミリグラム                                    今までピクノジェノールは合併症の無い純粋のADHDにのみ有効と考えていましたが、他の障害、例えば学習障害、チック性障害、広汎性発達障害(いわゆる自閉症)などを合併しているADHDの方三十数名が試験的に試された結果,意外にも半数以上の例で明らかな効果が認められました。

その他、アレルギーや睡眠障害にも効果があるそうです。鎮痛効果もあり。

美肌効果、子宮内膜症、整理痛、 慢性疲労、などなど

ももは、心臓の不整脈もあるので、よさそうです。


実は、疲れやすいももと、パパの為に、違うDHCのものを服用してましたが、
こちらに乗り換えようと、大人買いしました。

ついでにじんじんジュースもおいしそうなので注文して、10%割引にしました。

通常よりも900円安く、まとめ買いで10%割引になります。

今どきは、お店に買いに行くよりも、ネットのほうがお得ですねぇ。

他には、PSが入った、頭がさえざえする、頭の疲労にファイトー!いっぱつな
サプリも少し買ってみました。

サプリは、あくまでも、補助で、ちゃんとした食品から栄養をバランスよく
摂取するのが基本です。

| | コメント (0)

2008年3月 5日 (水)

相手の立場に立って考える

昨日、かなり落ち込む事件がありました。
事件といっても、ももとお友達のBくん、そして両方の親しか
知らない事実です。
担任は、年中、仲良くなったり、激しく喧嘩したりの二人に
手を焼いてますし、またいつもの、くらいにしか見てなくて、
「ずっと喧嘩してなさい」と切り捨てたそうで、、、、。

毎日、ももが帰宅すると、私はすぐに連絡帳を確認します。
その日は、担任からの連絡は何もありませんでした。
そこで、ももが、「あれ!?何にも書いてない?」と言ったのを
私は見逃しませんでした。

もも母「何?何かあったの?」
もも  「えーっと、えーっと、、、」

ももいわく、図工の時間、紙をもらう為に列に並んでいるももに
Bくんがちょっかいを出して来た。
のりを服につけたり、ももちゃんに順番が回ってくるまでに授業
終わっちゃうよねと不安を煽ったり、、、、。
で、自分は、持ってた鉛筆でBくんを指そうとした。。。。。。。。

ここでもも母の顔色が変わりました。

何があっても暴力〔叩く、蹴る、殴る、物で襲うなど〕は
絶対にいけないと、ひとつひとつ絵に描いて、
何度も説明し、言い聞かせしてきたつもりです。

衝動性についても、すぐに怒れてしまったら、
ママの書いた絵を思い出して、ちょっと我慢してみよう。
そうすると、怒れる感情が、その間に少し納まる。
その間に保健室へ行きなさい。

そう言ってありました。

これは彼女の特性、実行機能の問題。
それはよーーーく、わかっています。

でも、絶対守らなければいけないお約束を守れないと
いくら特性がと言っても、それは受け入れてもらえなくなります。

今回は幸い、Bくんがももの手にもった鉛筆を奪って
投げたので、事なきを得たらしいのですが、
もし、その鉛筆がへんなところにでも刺さって、取り返しが
つかなくなったら、、、、

ごめんなさい で誰も許してはくれません。
Bくんの人生も自分の人生も大きくよくないほうに
変わってしまい、元に戻れなくなります。

もものやった行為がどんなに大変でいけない事か
わからせるために、鉛筆でママを刺しなさい!
と声を荒げて言いました。

そこで、ももは
「ママが怪我しちゃう、血が出て、えーん」と大泣きし、
泣き崩れました。

そこから2時間ほど、話しあいというかバトルがあり、

夕方、Bくん家へ、謝りに行きました。

Bくんは、もう忘れてたようで、
全然気にしてないよ。仲良くしようね~。
とももを許してくれました。
Bくんのお母さんもお互い様よね~と言ってはくれました。

が、私は、気にしないわけにはいかない。

Bくんは、たぶん、ももと同じアスペだと確信してますが、
同じだからこそ、仲良くもなり、激しくやりあったりもします、
二人とも、興奮すると、度が過ぎてしまう。
度が過ぎて、とんでもない事が起きてしまう。

これは、ぜったいに、矯正しないといけない。

ももは、自ら反省しますと言って、テレビもつけず、
静かに座ってました。

そこで、反省するって、どういう事かわかってる?
と、聞くと、
わかりません。。。。。と返事が返ってくる。

そこで、スケッチブックを持って説明。。。。

この一連の事を夜中に帰ってきたパパに報告したら。
「そんな危険な奴は、外に出せない。明日から
学校、休ませろ!」って大激怒。

朝も、ももを怒鳴りつけて、学校に行かないように
言って出かけました。

ももは、もうしないから、学校へ行かせて欲しいと
泣いて訴えます。

言葉が通じないのならば、身体でわからせるしかないだろ!
と鬼のように怒るパパ。

パパの気持ちも、ももの気持ちもわかる私。

パパに、怒鳴っても叩いても、ももには伝わらない。
かえって、怒られた、叩かれた恐怖感だけが
残ってしまうようなやり方もいけない。
と言うと、パパは「お前ら、死んでしまえ!」と怒鳴って
出ていっちゃいました。

今週末、療育の先生に相談してみようと思います。

受身の言い換えが出来ないももに、
頭に血がのぼっている状態で、相手の立場に立って
考えろと、いくら言い聞かせしても、すぐには理解できません。

問題点が明確になった事を前向きに捉えて
出来る事をしなければと思います。

| | コメント (0)

2008年3月 2日 (日)

momo家の危機?

少し前から、
「俺は、結婚には向いていない人間なんだ」とか、
言い出したあたりから、嫌な予感はしていた。。。

そして、週末、訳も分からずいきなり不機嫌の絶頂に達していたパパ。
なにかにつけ、文句を言い、暴言を吐く。

仕舞いには、「俺はいないと思ってくれ」とわけわかめ?な
事を言い残して、ふて寝してしまった、、、、。

なんとなく、理由は察しがつくけれども、ここまで荒れていると
怖くて、聞くに聞けない。

翌朝、出勤前、「俺、会社辞めるかもしれない」とポツリと言い残して、
出て行った。。。。

うぉぉぉぉぉ~。マジっすか~!

ももが産まれてからといもの、2年、3年おきに、繰り返されてきた転職。
転職の前後半年は、えらく荒れるので、うんざりだった。
今回は、一年半前に、友達に半ば脅されるような形で、引き抜かれて
入った会社だったけど、ここに来て、パパの限界が来てるらしい。

結論からすると、この時期に、また自営に戻るのは、家族が路頭に迷う
確立大なので、やめて欲しい。
が、パパは、私とは全く違う人種で、このまま根性で頑張らせたら、
鬱にでもなるように思えるし、正論をぶつけるのも難しい。

社長は、私と似たタイプの人で、逆境であればあるほど、頑張ろうと思うような
根性の人。だから、他人にも根性を求めるのだろうが、
パパは、真逆だから、根性を求められると、自滅するタイプなのだ。

正論を言えば、自分の意志で、子供を持ち、家庭を持っているのなら、
そんな逃げの台詞ばっか言ってないで、自分の決めた事に対して、
もっと根性据えて、やり通さんかい!甘えてんじゃないよ!
てな事を思うのだけれども、
これを求めても、平行線なので、こっちが折れてきた。

が、こんな仕事のない時期に、パパが辞めたら、私が稼ぐしかなくなる。
少し前なら、それも出来たけど、このご時世、年金も保険も払いながら
ももにかかるお金も捻出するだけ、働くのは至難の業っぽい。
ももを見ながら、片手間に仕事とは、いかなくなるから、
ももの事は切り捨てるしかなくなる。

私も若くはないので、以前みたいに過集中気味に仕事をしつづける事が
可能なのか?自分でも不安。

なるようにしかならないのだけれども、
昨日は、考えはじめたら、酷く落ち込んで、何もする気になれなかった。

ももの小さい時に、一生分くらい稼いだと思ってたけど、神様は
許してくれないのね。

今年は、もろもろの役員もあるし、困った~。

昨日は、労いつつ、もう少し違う方法(交渉する等)を遠回しに進めたり
したけど、、、嗚呼!もう勘弁して欲しい。

| | コメント (2)

2008年3月 1日 (土)

課題いろいろ

今日は療育の日でした。
きくきくテスト、レベルがアップしたら、いきなりできなくなってました。
答えも、まるで空耳アワーのような、、、そんな回答具合でした。
私が想像してたよりも、耳で聞くというのは、ももにとって困難な事なんだと
いう事がよ~くわかりました。
これは、大事な事は、文字でメモを書いて渡すとかしないと
ちゃんと伝わらないわな~と思いました。

音読も今日は飛ばし読み、勝手読みが多かったかな。

受身の文章も、〔する→してもらった に変換する。〕
いつも登場するくまちゃんず〔シルバニアのうさぎの時もあり〕を使って、
先生が会話をさせてみせてやっと呑み込めて出来る感じ。
一旦呑み込めると、後は、すらすら書いてましたが、
いかに相手の立場に立って考える、想像するのが苦手か
このへんからもよく見えますね。
いかに会話だけで、あれこれ言っても何も伝わってないか
再確認できましたので、
伝える為の方法を常に、頭に入れて対応しなければと
そう感じることができました。

今日は、めずらしく、積み木〔タングラムの立体みたいなの?〕
を強化子なのか息抜きなのか?挟んでプリントをしました。
おそらく、疲れているのを感じての対応だと思うのですが、
ありがたいですね。

学校での様子もさりげなく聞いてくれます。
本人、まだ自分の気持ちを正確に知るという事も難しいので
きっと少ない情報からいろんな事を感じとって判断してくれてるの
かもしれないなぁ。

ももは、最近、学校では、皆と校庭に出て遊ばず、
教室で工作や絵を描いてるようです。
先生 「何をつくってるの?」
もも  「かばんとか、、、、」
先生 「じゃあ、どんなデザインにするか下絵を描くといいね」
もも  「えーっ、いやだ、作りながら考えたいー」

継時処理、苦手なんですよね。
順番を追って、処理するという方法も生きていく上では
ある程度は獲得しておかないと不便かもしれません。

こうやって、きちんと問題点がわかり、打つ手も教えてもらえるというのは
本当に、ありがたい。

やることはたくさんあるので、優先順位を決めて少しづつですね。

以前、別のママさんに療育費が高いから、心理士の先生が至福をこやしている
みたいなニュアンスのことを言われた事がありますが、
本来プロというのは、プロになるまでに莫大な事前投資をしてます。
また、ひとりひとりのニーズにあわせて教材を選択し、揃え、アセスメントもし、
学会などに出る為の会費に交通費に宿泊費、高額な専門書の数々と
考えていくと、妥当だし、もしかしたら、維持をしていくのは大変なのかも
しれません。一ヶ月数千円のくもんなんかと比べるのは無理がありますよね。

人それぞれでいいと思いますが、私は、こうやってプロにある程度
お任せできるほうが楽で安心でいられます。
私がどんなに専門書を読んでも、体系的にきちんと学んで、全てをバランスよく
網羅できてないと、全体も見えませんし、思い込みで間違えてしまう危険性も
多いと思っています。

家庭ですべきこと、学校にお願いしなくてはいけないこと、療育にお願いすること、
これらが上手くバランスしてくれると、親子は安定できやすのかなと思います。

話は変わりますが、

書店で、小学一年生を買おうとしたら、
ももに、「ママ、これは4月に一年生になる子のだよ」と注意されました。
でもその横に、新一年生用というのが並んでいます。
うーん、これでいいんじゃないのかなぁと思いつつ、書店の人に
訊ねたら、ももの言う事が正解でした。
「ママー、テレビで言ってたでしょ!もう!」と叱られてしまいました。
私、こくごの読解力、問題ありですな。。。。とほほ。。。。
で、結局、小学2年生なんかいらないからと、、、
ちゃおを買わされました。。。。
ママは、あの養成ギブスみたいな付録が欲しかったのにぃー。

| | コメント (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »