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2008年1月31日 (木)

ワーキングメモリプログラム

ワーキングメモリプログラム終了しました。
とても過酷なものと聞いていたので、最後まで出来るかなぁと心配でしたが、
本人、もっとやりたかったのに~!と言うほど、楽しんでやれたようです。
疲れているとき、不安的なとき、主に数唱〔数字を聞いて、反対から答える〕が
困難になるのがわかりました。
やはり、数字の概念が弱いのかもしれないなぁと思いました。
目に見える効果はまだ何も感じられませんが、3学期に入ってからのテストは
全て100点で、2学期多かったうっかりミスが激減しているようには感じました。
また、人の話を聞いてないように見えて、以前は、本当に聞いてなかったのが、
最近は、聞いてないようで、「○×○○○○○○って言ったんでしょ?」ってな
具合にしっかり聞こえているようです。
忘れ物はあいかわらずですし、毎日、えんぴつやえんぴつキャツプがなくなって
いってますが、以前のように、なにからなにまで一式全部忘れてくるという感じ
ではなく、給食袋を忘れたとかって具合に度合いがマシにはなってます。
いまさっきのこと、学校で今日あったことがわからなくなるのは、まだあります。

まだ終了直後なので、効果がわかりませんが、
なにか気がついた事があれば、お知らせしたいと思います。

今回やってみて、感じたのは、他動でADHD傾向の強いお子さんには
すごく上手く励ましてくれるロボットコーチのいるこのプログラムは
よいかもしれません。
めちゃくちゃ褒め上手です。下がりつつあるモチベーションが、ロボットの
声掛けで、ぐんぐんあがっているのが目に見えてわかります。
失敗しても、よくがんばってるね!成功すれば、凄い!天才だ!とほめ殺す。〔笑〕
集中できなくなってきて、時間をかけてると、あと半分だ!と見通しを提示してくれる。
しかし、他動がないある程度集中も出来て頑張れる、お子さんであれば、他の
プログラムでもいいのかなぁとそう感じました。
あくまでも素人考えなので、あしからず。

印象としては、視機能のように、きちんとアセスメントがあり、説明があり、
科学的裏づけデータもありというものではなく、
曖昧で、効果があるのかどうかわからない感じがありました。

授業中先生の話を聞くのが大変なもも。
次の指示を聞きながら、さんすうセットがしまえずに、パニックになってたもも。
そういう日常の困難が少しでも緩和されればいいなぁと、そう思って
試してみました。

私も一度、データにつながずに、やってみたのですが、
とても難しくて、疲れました。
図形の問題など、もものほうが余程レベルが上でした。
ですので、このプログラムをやっている間は、宿題以外、一切
勉強をしていませんでした。
しかし、テストの点数は、一生懸命勉強していたときよりもよいです。

このプログラムでなるほどなぁ~!と思った事がありました。
5日間やったら必ず2日間は休むというのがきまりなんですが、
休んで再開すると、そこで能力がぐんと伸びるのです。
休まずに、継続すると伸びないようです。
つまり、勉強しすぎはよくないということなんだと思います。
ある程度集中して勉強したら、ある程度休むことで脳が上手く活性化
して、伸びていけるようです。
土日は、普段できない勉強を出来るチャンス!と思っていましたが、
認識を新たにしました。

プログラムをやる前にウィスクやKーABCなどのデータをとっておき、
終了後に再度、データを取り直してみるとよかったかもしれません。

ゲーム好きなお子さんなら、遊び感覚で楽しくトレーニングできそうでした。

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2008年1月30日 (水)

もも、パニックが続いてます。

ももは、ここのところ、突然、脈絡もなく〔本人の中では脈絡も理由もあると
思うのですが、、、〕泣き怒りだす事が続いてます。
一昨日も、数直線で、39→□→41という問題を、ママ、39の次っていくつかな?
と聞かれたので、40じゃない?と答えると、感情的に違う!と帰ってきて、
説明をしようとしたとたん!39の次は40なんかじゃないわ!馬鹿!
と叫んでぎゃあああああああ~!と泣き叫びだし、そこへ運悪く、
お友達が遊びに来て、お友達にも、いちゃもんをつけて暴言を吐いたので、
抱きかかえて、2階奥のクローゼットに、、、。
というような修羅場が続いています。
物を投げたり、蹴ったり、破壊したり、死ぬ~と叫びながら家出したり。

翌日、朝は、けろっとして、39の次は40じゃんねぇ!と言いながら、
すらすら数直線の問題をいくつも解いていましたが、、、。

何が原因かは、予想がついているのですが、、、、。
時に必要以上に、自分を責めてしまうところがあるもも、
毎日、髪の毛を後ろから引っ張られて倒されてたのに、
自分がされたことよりも、自分がした事〔他の子があだなで呼んでたのにつられて、
名前とあだ名をいい間違えてしまった事や、毎日何もしてないのに暴力をふるわれ、
くやしくて、やり返してしまった事。〕を必要以上に気にしてるのです。
また、その場で泣き叫んでたももを連れてきてくれた上級生のおねえさんにも
自分のせいで先生に呼び出されて事情をきかれた事をすごく気にして
何度も何度も大丈夫だった?ごめんね、ごめんね。と謝ってて。。。。
謝らなくても、大丈夫だよっておねえさんが言っても聞かない。。。。

自分を責めすぎるのも、記憶力がいいために、嫌な記憶ほど、何度も繰り返され、
忘れたくとも忘れられなくなって、不安定にしてるんだろうなぁと
察しはつくし、日々の学校での生活も、負荷がかかってて疲れてるんだろうし、
その辛さはわかる。

しかーし!

毎日、突然、このパニックが続き、私にだけ向けられるのであればまだしも、
我儘も寛容に受け止めてくれるお友達に対して、暴言を吐いたり、暴れたり
すると、冷静でいられなくなってきますし、気持ち的に受け止めきれなくなりそうな
瞬間があります。

今でこの状態。きっと4年生の壁の時期や思春期は、もっとハードルも高くなってる
だろうし、混乱も酷くなるのかもなぁと漠然と思うと、どうやってこの先、ももを
支えていけばいいのだろうかと、そう考える毎日が続いてます。

毎回、いらついてどうしようもないんだと泣くももに、いらいらを、人に向けずに、
自分でコントロールする方法をアドバイスしたり、話し合ったりしてますが、
その時になるとできなくなる~っていうのを、どう導けばいいのか?
強化子もあんまり効果ないしね~。無視〔消去〕も無視されるのが腹が立つ
といって、派手目にものに当たりますしねぇ、行き詰ってます。

行動面で強力にサポートしてくれそうな専門家を捜そうと、考えています。
学校へいけなくなるとか、2次障碍が悪化すれば、愛知小児医療へ入院っていう
選択肢もあるのが、せめてもの救いですが。

疲れているのか、酷い鏡文字状態です。こんな時は、勉強もお休みです。
DSもしようとせず、絵を描いているようです。

ワーキングメモリプログラムの最後のごほうびが早く欲しくて、プログラムを
やらせてほしというもも。
あんな酷い鏡文字状態で、数直線での数字の規則性で混乱する状況で
何倍も難しいプログラムを集中して結構な時間やるというのは、
どう考えても、いいことなんか何もないので、お休みね、楽しみは後のほうが
たのしいのが続くからいいかもよ!なんて返答しておきました。

そうそう、お友達のままから聞いた話なんですが、
どうも担任が、クラスの子にももと目をあわせるなとか言ってるそうで、
私も、ももから、ある一定の子供を先生が皆の前で幼稚園っていつも言ってる
ことや、悪い子ベスト4みたいに、順位づけして、皆の前でしかってることなんかを
聞いたりしてたので、驚きもなかったのですが、
純粋な子供に対して、配慮の欠ける言動を続けるのはやめて欲しい。
何をどう言っても、事実さえ、なかったと認めないところがあるので、
言っても無駄だと、どのお母さん方も思っていて、あと少しの我慢よね~って
話になりました。
自分の子供が皆の前で、幼稚園とか、ダメな子何番目とか言われてるのを
想像するだけで、耐え難い苦痛と悲しみが襲ってきますよね。。。。
担任も、担任なりに、ももに配慮はしてくれている部分もあるんです。
私が思うに、おそらく担任は、ももと同じ人種だと、そう思える部分も強いので
追い詰めたところで、状況はよくならないし、そのストレスは子供に向けられる
だろうことを想像すると、なす術もない状況です。
そんな担任を子供たちは実に客観的に見ているように感じるので、
言っても無駄なことを、誰も、担任に注意することもなくなってます。

話が脱線しました。

この先、環境がももにとって思わしくないことなどたくさんあるでしょう。
でも、ももにとって一番必要なのは、社会性を伸ばせれる環境。
他のお母さん達と話していて、子供同士の喧嘩に親が間に入ることはよくない。
多少、殴った殴られたがあっても、やりすごして、その中で自ら学んでいくのが大事で
大人は、遠くから見守るべきという話があったのですが、
ももの場合、深い意味や心理が理解できにくい部分もあるし、言葉のやりとりも幼稚で
上手く話せないし、ほんの少しの負荷でおかしくなっちゃうことも多い。
一学期、もも自身に託しすぎて、2次障碍になっちゃった時に、どこまで普通に
子供に任せ、どこから親が出て行って、守るべきかすごく考えた。
気心の知れたお友達同士の喧嘩であれば、やりすごしたり、相手にあわせたり
あわせてもらったり、そうやって今までも今も成長はしている。
そういう自然な形での学びは、専門の療育機関などでは得られない貴重な体験
でもあるので、やはり、いろんな子供たちをまとめてゆく先生達にいろんな子供が
上手く育つ学級運営について、学び、考えて欲しいと思う。

本来ならば、学校でおきた事は、担任が上手く間に入って、解決してくれるのが
いいのだけれども、それが望めないのは辛いもんだ。
思うに、一方的に教えるだけで、育てるという視点が学校には欠けているのでは
ないかと感じる事が多い。
保育園の保育士さんたちは、ある意味、子供というものがどういうものかという
事を熟知していて、ある程度の喧嘩も子供の成長のために必要だし、成長の個人差も
実に自然な形で捉えて、ゆったりと子供に接してくれてたように思う。
だから、ほとんど理解なんて求めることもなく、かえって保育師さんたちから、
学んだ事も多い。
保育園・幼稚園から小学校への移行で、その育てる部分に対する配慮ががくんと落ちると教える部分にも影響していくし、ついてゆけなくなる子供も出てくるのは、
納得がいくなぁと思う。

とにかく今は、2次障碍から守らなければ、、、、。

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2008年1月27日 (日)

ウォーリーさん、ありがとう!

我がまちに、ウォーリーさんが啓蒙に来てくれました。
小さな会場に、あふれかえる地元の人々。
子供達の登下校を支える地元のお年寄りや、
学校の先生、保育関係者、介護関係者、当事者の身内などなど、
たくさんの顔ぶれがそこにありました。

特に子供達の登下校を支えていらっしゃる見守り隊の方だと
思うのですが、地元のお年寄りの皆さんが、すごく真剣に
聞き入って、なるほどなぁ~と納得していただいている様子が
一番心に残りました。

数ヶ月前、見守り隊のお年寄りから、地元の親の会に
登下校時に対応をどうしていいか困る自閉ちゃんがいるので
いろいろ教えて欲しいと連絡があったとききますので、
たぶん、そうではないかと思いました。

大人向けの講演を聞くのは今回がはじめてで、
子供向けの講演とは違い、親の想いをたくさんお話しいただきました。
つい、自分の痛みと重なる部分では、目頭が自然にあつ~く
なってしまって、困りましたが、今まさに、これから受診して診断を
待つご家族なんかもいらしてたので、プラスに影響があるのでは
などと思ったりもしました。
子供の障碍を受け入れられなくて、こんなに普通に見えるのに、
どこが障碍なんだ、子供のわがままだろって言ってるお父さんの心にも
変化があるのではないかとそう感じます。
子供の障碍を受容するなんて、そうそう簡単に出来るものではありませんね。
子供が安定している時は、そんなことも忘れていられるのですが、
不安定な時なんかは、特性を個性なんて思えない時はよくあります。


ダメもとで我が校の先生方にも、、、とチラシをお持ちして、
おそらく校長の判断で、全面的に断ると、うるさいから、貴方行って来てください。
みたいな感じで校務主任の先生が来ていただくことになりました。
最初の門前払い状態からすると、これも進歩なのかもしれません。
ただ、やんわりと、「5年生の福祉の授業も、車椅子体験や目の見えない体験も
させてあげたいし、自閉症体験を取り入れるかどうかは確約できないのよね」と
子供目線の先生でさえ、学校を背負っての意見がこうですから、ね。
身近にたくさんいる発達障碍のお友達の困り感を体験するほうが学級運営
にも影響あるように思えるんだけどね。
ただ、先生自身が今回感じていただいた事を、今すぐでなくとも
なにかに繋げていただければいいかなとそう思います。
来ていただいて、ありがとうございました。

最後に、ウォーリーさんが、先生に後押しというかアピールもしてくださって、
ありがとうございました!

もも達、一年生は7人の診断のついた子供が普通科に入ったと聞いていましたが、
障碍ゆえ、どこの誰が??という事は知りませんでしたが、
偶然、以前出席したセミナーで私を見かけた人が声をかけてくれたのですが、
なんと同じ一年生のお母さんで、一年生の他の2人のお母さんと一緒に来ていて
今度、ご一緒しようということにあいなりました。

これもウォーリーさんが運んできてくれた縁、ありがとうございました。

肩の力、抜いてとやさしくアドバイスいただきました。
同じことを他の方からもアドバイスしていただいたなぁと思い返し、
ももの為にも、少し自分自身を冷静に振り返らなければなぁと反省しました。

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2008年1月25日 (金)

見てわからないということ

とあるセミナーに出席してきた。
低、中、高学年ごとに分かれて、情報交換というか話をさせてもらった。
低学年は、おそらく、ももを除いて、他傷行為をするようなお子さんは
おらず、普通科在籍で、問題は、ももよりも多くても、
他傷行為がないということで、学校側から学級や学校を変わるように
指導されることもなく、
担任も、お友達も一丸となって、子供を支えてくれると、皆、口を揃えて
言っていた。
こうやってセミナーに出席して、他の親さんのお話をきく度に、
ひとくちに発達障害、自閉症といえども、ホント千差万別だと痛感する。
ひとり絶対音感の優れた天才タイプのお子さんがいて、
あまりにも秀でた部分が強いと、へこんだ部分もまた激しいのかなぁと
感じた。
それはそれで上手くその天才的な特性を守りつつ、苦手な部分も
克服していければ素敵だなぁと、そう思った。
幸い、恵まれた環境にあって、特別支援学校の先生なり、
外部の専門家が入って、構造化ができれば、すごく伸びてゆけるのでは
ないかと思えて、うらやましかった。

そうかと思えば、ももと違って、外では一切、他傷行為もトラブルもなく
優等生だけれども、家でたまったストレスを爆発させる為に、
家族崩壊の危機に瀕していると嘆くお母さんがいらした。
どうも、お父さんが、その子を切り捨てる事を言ったりしたりしていて、
同居の親も、その子と母親に対して冷たいらしい。
お父さんが息子を認められず、叱責し、追い詰めて困るというお家は
た~くさん見聞きしてきているのだが、
それがどんなに彼を追い詰め、人間不信にし、傷つけているのか
お父さんは一日も早く気づかないと、
お母さんや、他の家族にお父さんの間違った対応のつけがくるので
なんとか、そういった家族を支えるシステムもきちんと整備してほしいなぁ。
周りがみえなくなって、外ではじけてきちゃうももと違って、
ちゃんと社会を意識し、我慢できるというのは、ある意味能力的に
優れているのだろう。
ただ、優れているからこそ、周囲に誤解される度合いも強くなる。
理解されない苦しさ、親からもお前の人生はもうダメだからって言われたら
暴れてでもいなければ、心が壊れてしまうのだと思う。

この子達を生かすも殺すも全て環境しだい。
見てわかりやすい度合いが強ければ強いほど、他者の支援はうけやすいが、
見てわからない度合いが強ければ強いほど、誰にも気づいてもらえず、
後回しにされ、誤解されてしまうし、本人も他人の気持ちがある程度読める分、
苦しみも強くなる。

大丈夫だよ、安心していいよ。って誰かに言ってもらいたいんだよね。
なんだかその子の張り詰めた心を想像したら、心が痛くなった。

おそらく、環境に満足しているお母さん達は、自らもっと知ってもらおうと
動くこともないのだろう。
だが、理解されにくい子供を持った親としては、自分ひとりでも、
声をあげつづけ、理解をお願いしてゆかなくてはと、そう感じた。

ももは、割とストレスが表に出やすい分、気付けるが、内に秘めて、
溜め込むタイプで、一見優等生にも見える子供は、とても辛いと思う。

ももでさえ、できることが多いという事で、他のお子さんと比較して
問題がない、もっと大変な子供がいるからと、よく先生からも言われるが、
頑張れば、出来るので、ついつい自分の限界以上に頑張りすぎて
パンクしてしまう。いろんな感覚過敏や、その根本の不具合は、
自閉症児の問題点を広範囲にほぼ網羅しているのに。

ましてや、人前で自分を抑える事が出来てしまうし勉強も出来る子供は
気付いてさえももらえない、診断が下っていても。

種類が違うだけ、質が違うだけで、苦しみの数や度合いは、それぞれの
子供なりに大変で、支援は必要なのに、そこがどうしてもわかってもらえない。
わかろうとしてもらえる時は、おそらく、それが二次障害なり、パニックなりに
なって形として表面化した時に、その表面だけを見て、対応されるという
のだろう。

ある意味、見てわからない度合いの強い子供達の心の傷と、家族の状況は
とても深刻だとそう感じるケースが多い。
他のお母さん方は、きちんと支援も受けれていて、安定していて、取り立てて
深刻に悩む事はなさそうだったが、このアスペの子のお母さんは、お話しされている
途中に思わず、声がつまって震えていた。
いろんな事が出来て優秀だからこそ、親にさえ、子供自身がダメなのだと
誤解させるし、優秀な部分が強いから、どこが障碍なんだ、ただのわがままに
きまってるだろ!とお父さんもなかなか事実を受け入れられない。
お母さんが外部にどれだけ声をあげて、訴えても、問題がないと言われる辛さ。
主治医もお母さん次第と言うだけで、なにか具体的に対応してくれない。
そんな中で、受け止め切れない辛さを、兄弟や母親に向ける子供。
どんどん激しくなる暴力に耐えかねて、守るべき自分の子供でありながら、
心が離れていきそうになる、でも、それではいけないと思う心の葛藤の中で
一人で苦しむお母さん。

余計なお世話だけれども、専門家の手をかりましょうよ。
抱え込まずに、助けてもらえる専門家に理解を求めて助けてもらってね。
なにかあったら、力になれるかどうかわからないけれども、連絡してね。
と声掛けして、名刺を渡してきました。

周囲が子供をほんの少し理解して、受け入れてくれるだけで、子供は安心できる。
安心できると、障碍の部分も、なんとか持てる力で乗り越えようという
気持ちも生まれる。

とてもシンプルなことなのに、なかなかそれが上手くいかない。

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2008年1月24日 (木)

お友達とのトラブル

2学期のはじめに、日本名だけれどもポルトガル語しか話せないという
女の子が引っ越して来ました。
お母さん、お父さんはブラジル人で、どういう経緯で日本国籍で日本名なのか
詳しくわかりませんが、その女の子は日本国籍で日本名です。
ももはその子を気に入って、お友達になりたい!と言っていましたが、
言葉の壁もあり、なかなかお友達になれませんでした。

しばらくして、ももが毎日上級生に付き添われて、泣きながら帰ってくる日が
続きました。
どうも、その引っ越してきた女の子が、ももの背後からいきなり髪の毛を
ひっぱって、引き倒すらしいのです。
きっかけは、もも達、一年生の間でその時、流行ってた、あだ名で呼び合う
というのがきっかけだったようで、
あだなというのがわからない、日本語もわからないその女の子は、
「○んこ!とか馬鹿!」とかって言われていると思い込んで、
そのあだなで呼んだ中で一番やり返しやすそうなももを選んで逆襲したらしいのです。

言葉がわからないという辛さもわかるのですが、背後から髪の毛を
引っ張って引き倒すというのは、ももが一番、パニックになりやすい
一番苦手とするパターンだし、下校途中で引き倒されて、車でも来たら危ないし、
で、担任に言って、数ヶ月前に通訳交えて、指導してもらったんですね。

お互いに、相手の嫌がることはしないように謝って仲直りしたという事だったんですが、
その後も、すぐに、その女の子のももに対するいじめは復活し、
毎日のように、何も言ってないし、していないのに、突き飛ばされたとか、
どつかれたとか、何て言ってるかわからないけど罵倒され、笑われたとか
状況がよくなるどころか悪化してるようにも見える感じでした。

そして、ここ2週間くらい、帰る時間に、学校のほうから、ももの
「やめてー!」とか「痛いー!」と言うけたたましい叫び声や泣き声が聞こえて
くるようになり、髪の毛をぼさぼさにして、泣きじゃくりながら帰ってくるももを
見て、またその状況を目撃して、助けて送ってくれた上級生の女の子の
話も聞いて、これは、もう、直接、そのブラジル人のお母さんに言いに行くしか
ないなぁと思いました。

ただ、日本語は一切話せず、母国語だけらしいので、
これはネットの翻訳機で訳した手紙なので、変な文章ですがお許しくださいと
前置きして、
うちの娘も、悪気がなくとも、いやだと感じることを言ったのは悪かったが、
暴力でやり返すのはいけないし、背後から髪の毛を引っ張って倒すのは
危ないのでやめて欲しい。お互い、改めて
二人が仲良くなれるように、娘さんに話してほしいと書いて、渡した。

渡した瞬間から、そのお母さん、激怒!
「ニホンジン、ブランジルジン、キライ、ネ。ブラジルジン、ニホンジン、キライ!」と言ったかと思うと
母国語でなにやらまくし立て、とにかく、うちの子供はなにもやってない。
お前の子供が一方的に、うちの子供をいじめていると、いった感じの
事実と違うことを叫び、間に知り合いの通訳の人間を入れても、
とにかく悪くないと、一方的に話を聞こうとしない感じだった。

誰がよくて悪いかじゃなく、どの子供も皆大事で、いけない事はいけないと
互いに子供に教え、仲良くならなくてはいけない。という事を伝えてもらった
はずですが、
どうも全面的に事実も認めず、怒っているようで、
今日、学校から、相手の両親と、我が家と、あだなを言ってた子供の両親を
集めて、通訳まじえて話し合いをするから来てくださいという電話があった。

同じく呼ばれたお家のママは、「非を認めない国民性なんじゃないのかしらね」
って言ってたけど、
いろんな目撃者もいるのに、事実を認めようとせず、呼び出されるのは
はっきり言って腹立たしい!
事実を直視して、子供を叱るのではなく、いけない事はいけないと教え
ましょうね、お互いに、というシンプルな事なのに、
どうして、こんな白黒つけようとするのか?????

コミュニケーションに困難があるのが、どれほど辛いかは、自閉っこの親として
身にしみてわかっているので、ももに対しても、他のお子さんに対しても、
公平に、この女の子の立場にたって、なにげなく言った言葉がどういう風に
感じられたか想像し、決してあだなで呼ぶことは今後しないようにと話したのに。

こんな風な態度で返されると、素直に話を聞いて、反省し、仲良くしようと
しているこっちの子供達の心に傷がつくではないか!と腹が立つ。

そもそも、その子にわかる形で指導できなかった学校側のつけが
こっちにまわっているように思えるのに、
学校は警察じゃないんだから、子供をいちいち呼び出して、
事実を、不用意な言葉で何度も聞き出すことが、子供にとってどんなに
負担になるのか?

お陰でももは、超、不安定。
特性として記憶が前後してしまうもも、上手く返答できないもも、
その事で必要以上にナーバスになり、
自分はダメな人間だ。なにもかもじぶんのせいで、もう、いいじゃん。
だから、もう誰にも謝りたくない!
と支離滅裂になり、挙句は死にたいと泣き叫んで、、、、。

常に、子供の事は冷静に対応しようと、そう言い聞かせている私も
時には、たまりにたまって爆発しそうになる時もある。

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momo 7歳になりました!

数日前にももは7歳になりました。
昨年は、保育園で誕生日のお祝いや、家で用意をする時に
はじめて、私、誕生日なんだって、認識していたようですが、
日にちの感覚が育った今年は、秋頃から自分の誕生日を意識しはじめ、
来月ね、とか、あと何日で、などと口にするようになり、
前日、明日は誕生日ね!ととてもうれしそうにしていました。

さて、誕生日はパパも出張で、2人でこじんまりとお祝いするつもりでした。
当日、学校から帰ってきて、今日は3人のいつものメンバーのお友達が
家に来ると告げられました。
が、実際は、約10人程のお友達が次々と家に来て、しかもみんな
プレゼントを持って、もものお誕生日をお祝いしに来てくれたので
何も用意してなかった私は、急いで、食べ物やらジュースを買いに走って
あわてました。。。。

どうも、学校で、今日は自分の誕生日と言いふらしてきたようで、
誰かが、じゃあ私、プレゼントあげるねって言ったら、それじゃあ、ぼくも私も
ってなったらしいのですが、、、、
恐るべし!奇異積極型!って感じですわ。

もものお友達は、皆、誕生日会というのを誰一人ひらいてなかったので
我が家も誕生日会はしないつもりだったのに、
いきなり誕生日会になってしまいました。

行動面でいろいろ問題の多いももですが、
それでもこんなにたくさんのお友達が来てくれるなんてありがたいですね。

いつまでもこの恵まれた状況が続くように、
ももには自分で自分をコントロール出来てゆけるように
少しづつ成長していってもらいたいと思います。

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2008年1月18日 (金)

頭の大きさ

スキーで伯母からもらったかわいいニット帽をかぶったのですが
どんなに深くかぶせても、にょ~ん!とはずれてきて、とれちゃうんですよね。
年齢よりもやや大きめのサイズなんですが、、、、ね。

ももが赤ちゃん服を卒業して、服らしい服を着始めた時、
ことごとく、さざえさんちのカツオくんのように頭で服がつかえて
脱ぎ着できませんでした。
姪たちと比べても、頭の大きさが異常に大きく感じました。
また、胴に比べて足が短く、祖母〔私の母〕も姑もまるでダックスちゃんだねぇ
とか、足毎日ひっぱりなさいとか言われてましたっけ。
それでも親ばかと言われるかもしれませんが、よく笑う、とてもかわいい
赤ちゃんだったんで、そういった欠点も気になりませんでした。
ただ、胴と足のバランスが?なせいか、座り方がずっと変でした。
腰で座らずに、背中で座るというか猫背気味に座るんですよね。

さて、なぜ、今、赤ちゃん当時の話を書くか?というと、頭の大きさは自閉症の
赤ちゃんの特徴だと知ったからです。
少し前になると思いますが、自閉症の赤ちゃんの脳は、生後数ヶ月で
総重量が急激に増えるという結果がわかったとどこかで出ていました。
ですので、この部分を乳幼児健診時のチェック項目に加えると早期発見でき
やすくなるのではないか思います。

早期発見しても、今の日本の環境は、まだまだ不十分な環境ですが、
そのうちに欧米なみに、早期発見、早期療育がきちんと施されれば、
楽になれる親子がたくさんいると考えます。

今の段階だと早期発見に力を注いでもその後の受け入れ態勢が整っていなくて
診断がついたことによるマイナス面だけが残ってしまって辛いケースもたくさん
あるように感じます。

ももは今も、体育の着替え時、お風呂に入るときなど、頭がつっかえて
苦労していますが、まあそれも、ももらしさとほほえましく思えるもも母でした。

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2008年1月15日 (火)

イメージする力

出来ることも多いもも、時にびっくりするような大人びた事を言うもも、
しかし、はやりイメージする力が弱いんですよねぇ。
言葉の通り解釈しすぎるというのも、ごくごくたま~にあるのですが、
そんなに極端ではありません。
しかし、こう働きかけると、こうなるという想像力はやはり弱いようです。

こんな事が最近ありました。
また、ゲームをやっている時の話なんですが、
お友達がゲーム上で拾ってきた幸せを呼ぶ陶器のぶたの貯金箱を
なにを考えたのが、投げて、壊してしまいました。
「幸せを呼ぶ大事な貯金箱だったのにぃ~」と怒られていました。
今度は、高価な壺をなにを思ってか、投げて、
高いやつなのに壊れた~と大泣きしていたのです。

そこでいくつかももに質問してみました。
壺ってなにするものだと思う?何でできていると思う?
できているっていうのは、、、と実物を持ってきて例を説明。
それに対してのももの答えは、、、
壺は、飾るもので、時には、はくしょん大魔王など、魔法使いが
入っていたりする。
ガラスで出来ている。

うーん、近いんだけど、違ってるな。。。。

また質問、壺は、ここにあるもものおちゃわんと同じで土を火で焼いて
つくった陶器というもので出来ています。
おちゃわん、投げてみる?投げるとどうなるかな?

ももいわく、
われちゃうから、投げないでー。

うーん、、、、、。
わかってんじゃん、、、、。

あきらかに、持ち物は、各フォルダごとに、目的によって
分けられていて、フリスビーやボールなどは投げても
他の通常投げないものの項目にあるものを投げてしまう
というのが理解できない。

どこでつまづいているのか?

結果が想像できないというのは時に危ういことにも
つながるのではないかと思うので、
徹底的になおしてゆかないと、、、、と思う。

それ以外でも、例えば、ももの片づけを手伝っていて、
ももは、自ら元の場所に戻そうとせずに、床から拾って
ほいと私に渡すというような不可解な行動をとる。
自分で戻すの!って言うと、あっ、そうか!って行動するが
そこの思考スイッチが壊れている感じがする。

テーブルの上のおかずやデザートなどをとってほしいと言われ、
とって渡そうとすると、手じゃなくて、あーんと口が突き出てきて
びっくりするのが常である。

おそらく、片付ける=拾うで、思考の幅がシングルフォーカスに
なっているんだと思われる。

やはり自作、絵カードで教えるしかないのか?
でもなぁ、自分で想像できるようにならないと、危ういなぁ。

このような、こうしたら、こうなるっていう想像する課題は結構
やってきたのになぁ。
応用が効かないから、全部網羅するか、はたまた、思考のつながり
〔脳の変化を待つ〕しかないのか?

一見しっかりしているように見えたりして、実はこうだというのは
とても危うい。周囲に気づいてもらえない、例え告知しても
はやり目に見えてわかりやすいというのではない事は、
受け入れられにくいだろう。

課題が山積みだよ~ん。

ある程度、登ったと思ったら、また目の前に高い山があるのに
気がついたような感じでしょうか?

タフさがないと、息切れしそう。

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2008年1月10日 (木)

いじめについて

自分自身の過去の体験を踏まえて少し書いてみたいと思います。
いじめというのは人間の根源的な欲望のひとつの形なのかもしれません。
なので、完全になくすというのは出来ないでしょうが、
陰湿ないじめについては、環境による働きかけでなんとかなるのではないかと
そう考えています。

いじめに加担しないから、いじめられるという事を昔経験しました。
いじめの標的にあっていた友達は、勉強のよく出来る
学級員タイプの女の子でした。
それは突然、ゲームのようにはじまりました。
その子の机や持ち物を、その子の菌がついているから触らないとか、
投げて遊ぶとか、そういう事が突然はじまりました。
誰も、そのゲームの中核の人物に対して注意もしません。
ある日、いじめの輪に入ってと言われましたが、私はどうしても嫌で
拒否しました。
と、同時に、それまで心の中で溜めておいた想いがあふれて、
その卑怯ないじめに対して抗議しました。
クラスをまとめる役目で、先生にもいじめられている子を助けてあげるように
言われていましたので、誰も注意できないのなら、自分がと思ったのです。

しかし、その行動は裏目に出ました。
次の日、自分の持ち物がぐちゃぐちゃにされていて、その日から
自分がいじめゲームの標的にかわったのでした。
一番、ショックだったのは、自分がかばった子が、いじめの中心人物に
命じられて、率先していじめをしてきたことです。
それは数ヶ月、執拗に続きました。
助けるようにと言っていた先生も、その中心人物に仕返しをされるのが
怖くて、助けるどころか、その生徒のご機嫌をとっていました。
なにをされても極力無視を通し、動じないように必死に自分に言い聞かせ
ました。
そのうちに、クラスの何人かが「自分は、標的になるのが怖くて、嫌と言え
なかったけれども、ずっと辛かった」と心のうちを話して、助けてくれる
友達が増えていき、そのうちにいじめは収まりました。
まあ、それ以外にも、中心人物と共通の知り合いの先輩に相談して
先輩がその子にいじめるな!と忠告してくれたとか、
カッターで切りつけられた時の傷やその他の証拠物を持って警察に駆け込む
と中心人物に言ったりした事が、収まるきっかけのひとつになったと思います。
今のいじめは、当時よりもずっと陰湿なものと伝え聞いていますので、
自分で解決の手段が考えられなければ、死に逃げるというのも容易に理解できます。

後になって、父親にその時の事と、先生の対応を話したら、
「学校に殴りこんでいくぞ!いじめた奴は俺が…」と怒り狂ってましたが、、、。
強いものに巻かれ、弱いものに対して冷淡な、その時の担任の事は
今でもよく覚えていて、大人のずるさを嫌というほど、学習させて
もらいました。
のちに、その担任は、二枚舌、好かれようと子供にこびる先生とみんなに
嫌われていました。

ある意味、いじめをかばって自分がいじめにあうというのは、
自分の不器用さが招いた結果なんですが、
大人になった今であれば、もう少し、助けてくれそうな大人を見つけて
密告するとか、いろいろ方法も思いつくんですが、ね。
というか、今でも、不器用にまっすぐ体当たりしてしまう癖は
完全になおってないのですが、
いじめの中心人物が抱える心の闇と、それに加担している子供達の
心の傷も考えると、はやり、たくさんの大人で見守ることなんだと思います。

いじめ自殺があった中学では、休み時間も先生が教室にいて、次の教科
の先生に教室で引継ぎして、子供だけの時間をつくらない努力をしていましたし、
地域全体で子供達を見守り、気になる子供には注意をうながしたり、
助けになるように積極的に活動している様子をテレビでみました。

いじめじゃないけど、仲良しならいつも手をつないでいるとか、
持ち物をおそろいにするとか、トイレも自分がしたくなくても
「行ってくれる?」と聞いて、どこへでも一緒に行動するというのを
暗黙の了解で強要された女子校時代も、つらかったなぁ。
ある意味、そういう友達関係というかグループみたいなものが凄く苦手でした。
男に産まれてきたかった!と何度おもったことか!
ですので、大人になって、そういったことから開放されて、すごく楽に
なったんですが、あれも必然だったんでしょうか?

日本社会は村社会なんですよね。
村という集団でその村のならわしに従わないものを村八分にしたわけですから
今でもそういった同じが安心という記憶がDNAレベルで受け継がれているのかも
しれませんね。
昔は、村長なりが村をまとめ管理するかわりに、仲裁に入ったり、村全体で
支えあう機能もあったのでしょうが、
今は、他人に対してある意味無関心ですので、問題が表面化、深刻化
しているのかもしれません。
小さい子供でも、産まれながらに、違いを敏感に察知して、差別するのを
何度も見ましたが、育て方というよりも本能みたいなものに映りました。

脳ある鷹は爪を隠すじゃないですが、日本で上手く生きてゆくには
お金持ちであっても、それを隠して生きないと足を引っ張られる。
というのは、いろんな有名な企業家が語り継いでますが、
それだけ、日本人のねたみそねみは激しいということなんだと思います。
よくも悪くも、同じじゃないものを差別しようとするんだと思います。
我が家はお金持ちではありませんが、母が不器用が故にあってきた
いろんな痛い目にあわない術も、学んでいって欲しいと思うのですが、
本人の特性もあるし、母譲りの頑固さもあるかと思うと、
波の多い人生なのかもなぁと思ったりしています。
私は、自分は自分を通してきましたが、それには痛みも伴いますので
上手に、痛むことなく、自分を通せる術を見つけて生きてほしいですね。
ある意味、上手くが出来なくても、そういう自分を受け入れて
開き直ることで強くなれる場合もありますし、常に否定を肯定に変えて
ゆけるような言葉かけなりをしてあげたいですね。

また、人には強要しないけれども、自分なりに、地域の子供達を守って
いきたいとは考えています。
電車で席をぶんどって宴会しているような高校生にも、感情を煽るような
言い方をしなければ、皆、すいませーんって聞いてくれますがねぇ。
話して理解してくれて、ありがとうねって言えば皆、いい笑顔を返してくれます。
大人が自分の保身ばかり気にして、注意してくれないのを彼らはよく
わかってやっているのかな?と思う時もあります。

なんだか言いたい事がまとまらない文になってしまいました。

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2008年1月 8日 (火)

ひとごとではない

横浜の男児、見つかったそうで、ほんと、よかった。
momoも小さい頃から、飛び出し癖があり、夏前の混乱していた時期に
「もう嫌だ!出て行く!」と夜、飛び出して行き、追いかけたものの、間に合わず、
3時間あまり捜し続けて、家に戻ったら、玄関に、、、ってことがありました。
ひとごとではないこの件、ずっと気になっていたので、本当によかったと
ほっとしました。
3歳くらいの時によくパニックを起こして、出てく!と言って玄関先で
大泣きしているので、近所の人が心配して出てきて、大騒動って事もありました。
虐待でもしているかのように思われていたのかもしれません。。。。
理由は、折り紙がおもうように折れないとか、足りないとか、ささいな事で
暴れだし、いい加減にしなさいねとなだめたつもりが、火に油を注ぐ結果となり
家出につながるんですがね。
小さい頃は、玄関先ですみましたが、今は遠くまでいけますので、
うかつに家出されると、大変になってきました。
家出という形もあるし、部屋や押入れに篭るっていうのもあります。

いずれにせよ、こうなるまで追い詰めない。
その前に手を打てたらいいのですが、なかなか難しい課題であります。
マイクロチップみたいなものを常に身につけさせるとか、
位置確認できる携帯を家出の時も持って出るように、日頃から刷り込んでおく
など、なにか考えないといけないのかなぁ。

まだ今の時期は皆、幼さが残っていますので、ももの極端さがそこまで
目立たずにいますが、もう少し成長すると、仲間はずれみたいなことも
ありうるのかなぁと感じます。
気長に、泣いて怒って表現するのではなく、言葉で解決しようねと諭していますが、
なかなか頭でかわっても、その場になると出来なくなると、言っています。

お友達の中には、落ち着くまでそっとしておいてあげるのが一番だよって
言ってくれるお友達や、心配してなだめてくれるお友達もいますが、
わがままと切り捨てるお友達もいます。
本来なら、理解できないと切り捨てるお友達のほうが普通なんでしょう。

例のトレーニング続けてますが、横で見ていて、凄いじゃんっていう時も
あるのですが、まだやり始めて日が浅いせいか、日々の行動には
効果があらわれてないように感じます。
療育先で、いそっぷ物語の中の一話を読んで意味をとるという課題がありますが、
言い回しが日常であまり使わない言い回しだったり、話の構造が少し
複雑な為、読み終わって、どういう話だったか?質問されると
まったくどういう話かわからないと答えます。
音読もたどたどしさがあり、つまづいたり、行を飛ばしたり、勝手読みしたり
でした。
この辺の一度読んだり、聞いたりして、すぐに意味がとれるようになれば、
少しづつ、言い聞かせが浸透していくのではないか?と考えていますが、
まだまだといったところです。

このへんをクリアしないと、勘違いで喧嘩になったり、すぐに泣いたり怒ったり
するのを自分でコントロールできるようになるのは難しいと思うので、
一歩一歩、あせらず土台をつくっていきたいと思います。

今日は、教育委員会主催のセミナーがあり、特別支援の現状と今後について
のお話なので行きたかったのですが、
ももたちは昼前に帰ってきますので、30分だけ聞いてもなぁと、、、思い
あきらめました。。。。
この辺、もう少し配慮が欲しいなぁと思ってしまいました。
今度の懇談会には行きたいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今週末、急にパパがももをスキーに連れてくと言い出しました。
年末年始のパパとは別人のように機嫌がよいので、
なんだか狐につままれたような感じです。
ももの初スキーの夢がかなうんでしょうか?


それから、以前、住んでいたところの大家さんから
ももにお年玉が届きました。
ももが産まれた時にもお祝いを頂き、
ことあるごとにお祝いをいただいてきました。
田舎ならではなのかもしれないですが、
引っ越した後も、縁が続いているというのは
なんだか、ありがたいですね。
前、住んでいた所では、地主さんが多くて、
皆、いろんなところに田畑をたくさん持っていたので
よくいろんな野菜をたくさんいただきました。
というか、野菜は買わずに済んだというか。。。
畑に行って、欲しいの抜いて、、、みたいな。
今住んでいるところにも市民農園みたいなのが
ありますが、住宅地ですので、
皆、野菜がどんな風になっているか?
知らない子供がほとんどで、わざわざ、遠くまで
芋ほりや、野菜を、有料で収穫させてもらいにいくと
聞きました。
ももが小さい頃の田舎暮らしは、ももにとっても
私にとっても思いで深いものになりつつあります。
人の繋がりに感謝したいと思います。

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2008年1月 7日 (月)

あけましておめでとうございます。

2007年末に大喧嘩~2008年元旦に、もも母、初家出。
で幕開けの我が家でした。。。。

夏に急に転職宣言をされ、それ以降、ほとんど休みらしい休みはなく、
日々、夜遅く帰宅、朝早く出勤で、夜もご飯食べて3分で寝てしまう為、
会話らしい会話もできぬまま半年…。
そんなこんなで30日に明日から休みと聞いて、買い物の予約を入れるも、
31日当日の昼、床屋へ行きたいからとキャンセルされ、挙句、
正月は家で仕事するし、4日から仕事あるから、実家へは勝手に帰れと。。。
??????
急な勝手に正月を迎えろ宣言に唖然とし、「あまりに勝手で酷いんじゃないか?」
といった途端、パパ逆キレで、、、
次の瞬間、私も溜まった怒りが爆発してしまいました。。。。

それならそうと事前に話してくれるとか、言い方っていうものが
もう少しあるんじゃないかって思ってね。

そう言ったら、「食わせてやってるんだからつべこべ言うな!」といわれ、
私も働いて、共にここまで歩いてきたつもりだったけど、
そんな風に思ってたのか?と思ったら、もうがっくりきてしまって、

ひとしきり言い合った挙句、どんどん最悪に殻に閉じこもって悪態をつく旦那と
一緒にいるのが限界になり、儀姉家族が来るのを待って、家を出ました。

転職先の社長さんは私も知った人なので、電話でこの件を相談したところ、
年末、ミスがありその事で頭がいっぱいいっぱいな事。会社の今後を決定する
くらいの大事な時期であり、チャンスの時なので、大変な事などを聞かされました。
普段から、会話があれば、少しはパパの状態も理解して、受け流せもしたが、
わからない状態で突然、切羽詰ってわけのわからぬ爆発の仕方をされても
困るじゃんねぇという話なんですが、
その後ホテルで元旦を向かえてる私のもとへパパから謝りの電話があったのですが、
帰った後も、いらいらしてて、ずっと緊張して、腫れ物に触るように、、、気を使って、
すご~く疲れました。。。。

突然、一人で追い込まれてて、いきなり爆発は、今にはじまった事じゃないですが、
今年は、新年の爆発で終わりにしてほしいです。
家のじいさんも凄く短気で、短気な男だけは嫌だと思って、仏さんのようににこにこ
笑ってる旦那と結婚しましたが、じいちゃんを超える短気だった事が結婚後、
しばらくして発覚。

年末年始、芸能界でも離婚が続出ですが、やはり子供がいると、そう簡単に
離婚なんて出来ません。つーか、しちゃいかんと思います。
じいちゃんいわく、好きで結婚したんだから、子供にはなにも罪はない。
子供への責任が先だ。

新年のお願い事も、パパとママが喧嘩しないように。が何年も続いてて、
今年もそんなお願い事をももにさせなくてはならない私達親は、情けないですねぇ。

うちのじいちゃん〔父〕も昔は、理不尽の塊のような父親で、一切家庭を顧みなかった
というか、会社の経営に力を注いで、そんな余裕がなかった人なんですが、
今は、随分穏やかになって、話もできるようになりましたから、
パパが年取って、血の気が抜けるまで我慢????なのかなぁ???

ほんのちょっとの言葉、ほんのちょっとの気遣い。
夫婦も親子も必要なんじゃないかって思うのですがね。
相手に求めるよりも、お前が努力したほうが楽だろうってじいさんに言われました。
まあ、できるだけパパが溜め込まないように、私が引き出さないといけないですね。

喧嘩してると、ももが悪いと思うほうへ、まず、「お願いだから誤って」と仲裁に
入ります。
が、パパはそれにも逆きれして、「親に謝れって言うな!お前も出てけ!」とももに
当たるもんだから、もも母も売られた喧嘩を買ってしまうのだよ。
じいちゃんに電話して、「パパもママもじぶんのことがわかってないんだよ。困ったねぇ」
と話してたとか。。。。

ももに被害が及びそうな時は、積極的な家出で、パパの頭を冷やしてあげるのも
やさしさなのかも~って思いつつ、
なんとか今年も家族円満に何事もなく過ごせますようにと神だのみの年はじめでした。

実家に戻っても、じいさんの一人暮らし、大掃除&お三度、本家故、親戚の接待と
今年もゆっくりすることなく過ぎてゆきました。

私の母は、お嬢さん育ちで病弱だった為に、家事はほどんと放棄して一生過ごしました。
ですので、幼い時から家事はやってきたので苦にはならないんですが、
さすがに、自分の家+パパの実家+自分の実家の掃除をすると疲れます~。
実家の台所は、姉がダスキンさんを頼んでくれたので、助かりましたが。
儀母も、心臓に重い疾患があるのと、年々、足腰や他の臓器も不具合が出てきて
ほとんど掃除など出来ない有様です。もともと掃除は苦手なのも手伝って、
ゴミ屋敷状態ですので、普通の大掃除以上に大変だったりしますが。。。。。
まあ、これも自分の運命と思って、身体の動くうちは頑張りたいなと思います。

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