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2007年12月 6日 (木)

セミナー

久々に発達障碍関連のセミナーに行ってきました。

本当は、日曜日にあった発達障害児支援エキスポに行きたかったけど、
存在を知ったのも遅かったし、すでに旅行の申し込みもしてあったので
断念したんですが。。。。

今回のテーマは医療の役割でして、来年からリタリンの処方ができなくなり、
代替のお薬は、まだ処方できる体勢が十分でないらしく、
注意してくださいとのことでした。ももは薬は使った事がないので
遠い話として聞いてましたが、ももの学校でも何人か、リタリンを
服用している子供はいると聞くので、混乱がおきないといいなと
思いました。まあ、大丈夫でしょうが。

医療に過度の期待を抱くのではなく、上手に利用してくださいね。
というようなお話しがとてもわかりやすかったです。
普通、医療というと、治してくれるのが医者という思い込みがありますから
診断だけくだされて、療育は別なんですという事を飲み込めるまで
私も時間がかかりました。
ですが、やはり、お薬など、医療の助けが必要な場合もあるかもしれません。
幅広い年齢、数の人間を見ているのですから、ある程度のおおまかな
予測もつくでしょうし、対応も望めるかもしれません。

私が医療の現場に望むのは、やはり連携です。
学校や、療育先や、当事者を支えているところとの連携。
これが、もう少し広がっていってくれないかと考えています。
お互い、へんな縄張り意識や、プライドなどを横に置いといて、
連携すれば、プラスになることはとても多いように感じます。
まあ、そんな余裕なんてない!と言われそうですが、、、。

最後にABAを取り入れた、接し方、対応の仕方のレクチャーがありました。
その中でわかりやすかった例えが
「公園でお母さんがかばんを持って帰り支度をはじめた。健常の子供は遊びながら
その様子に気付き、心の準備をする。しかし、自閉の子供は、その変化に気付けない
から、お母さんがもう帰るよーというと、急に帰るなんて!とびっくりしてパニックになる」
という例えでした。
気付けないんですな。見てないわけではないのかもしれないけど、意識できない。
そういう小さなパニックの連続の中で小さい頃から育ってきたんだよね。

まあ、知っている事ばかりでしたが、知らないうちに、つい自分の感覚で
ももに接してしまってたなと、よい反省ができました。

最後に質問コーナーがありましたが、
ABAを取り入れた、接し方のレクチャーへの質問というか、文句みたいなものが
多かったのが気になりました。
そういう接し方が出来てなかったので子供が不安定になったみたいな捉え方を
されて、責められているようだと言ったお母さんがいました。
私も、余裕がなかった時は、対応のまずさを療育先の先生に指摘され、
同じようにこんなに一生懸命やっているのに、なぜ責められなきゃいけないの?
って気持ちになったことがあるので、人事じゃなくわかるのですが、
その状態を通り越して、冷静に、自分と子供を見れるようになるといいなと
思いました。
子供が最優先ですが、はやり当事者の家族、特にお母さんへの支援も必要なんだと
再認識しました。
これでは、共倒れになっちゃいますから。。。
また、この状況が悪化すると、自分を犠牲にして一生懸命頑張ってる私→
なのに、逆に状況が悪化していく、または変わらない→周囲は母親のせいだと言う
→もう我慢の限界→子供なんていらない→子供なんていらないと思った自分自身を
責める。。。とならないように。

子供を自分の付属物として親が安心できる、親がはずかしくない、子供でいられるか?
ではなく、
子供自身が、将来、きちんと生きていける為という視点で、接していかないと
どんなよい療法も、効果どころか、逆効果もありえますしね。

自戒も含めて、そう思いました。

当事者の見えていない部分を気付かせてくれて、辛さを受けとてめて
アドバイスしてくれるようなところがもっと欲しいですね。

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