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2007年6月 9日 (土)

おすすめの本  自閉症の僕が跳びはねる理由

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心 (単行本)
東田 直樹 (著)

http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87%E3%81%AE%E5%83%95%E3%81%8C%E8%B7%B3%E3%81%B3%E3%81%AF%E3%81%AD%E3%82%8B%E7%90%86%E7%94%B1%E2%80%95%E4%BC%9A%E8%A9%B1%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%8C%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%82%8B%E5%86%85%E3%81%AA%E3%82%8B%E5%BF%83-%E6%9D%B1%E7%94%B0-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4900851388

先週、療育の先生が貸してくれた本です。偶然、少し前、同じ東田くんが描いた
自閉というぼくの世界 (単行本) を買ったばかりでした。
こちらは自閉症の世界を理解する絵本としてだけでなく、とても芸術性の高い絵本という
風にも捉えることの出来る絵本です。
人種を越えて、いろんな垣根を越えて、人々の心を一瞬で捉える本物の
絵だと感じました。
言葉がなくても、絵だけでダイレクトかつストーレートに強いメッセージ
が届くような素晴らしい絵本です。

さて、自閉症の僕が跳びはねる理由を読んで、いくつか心に響くメッセージがありました
ので著作権の問題などありますでしょうが、少し紹介させてもらいたいと思いました。

障碍があるという事で、成長しているのに小さい子供に対するような物言いをされた時
彼はとてもみじめになると書いています。
「本当の優しさというのは、相手の自尊心を傷つけないことだと思うのです。」というフレーズ
に、人としてとても基本的で大事な事を改めて気付かされました。

また、22章の「何かをやらされることは嫌いですか?」のところで彼はこう書いています。
「ずっと、僕たちを見ていて欲しいのです。見ていてというのは、教えることをあきらめないで
下さいということです。どうして見ていてという表現を使ったかというと、
見ていてくれるだけでも、僕たちは強くなれるからです。
僕たちは見た目では、言っていることを理解しているのかいないのかも分からないし、
何度同じことを教えてもできません。
そんな僕たちですが、頑張りたい気持ちはみんなと同じなのです。
だめだとあきらめられると、とても悲しいです。」
僕たちは、自分ひとりでは、どうやればみんなのようにできるのか全くわかりません。
どうか、僕たちが努力するのを最後まで手伝ってください。」

これを読んで、校長に「普通クラスで配慮を望むのなら、特別支援クラス、
もしくは擁護学校へ行ってくれ」と言われて、凹んでた自分に渇!を入れられました。
あきらめないよぉ!絶対に!
だってさ、特別な事なんか、何も要求していないんだもん。
知ってもらうこと、そしてほんの少し配慮と工夫をしてほしい。
ただ、それだけのこと。
全国的に公立の小学校は生徒数が減って、養護学校はどこもプレハブの架設教室を
建てなきゃ受け入れられないほどのパンク寸前状態。
違うもの、面倒なものは排除とばかり、根本的な原因さえ見ようとせずに、
分離し、一カ所に押し込んでしまった今の教育の歪みを、声に出して訴えていこうと思う。

人間としての基盤である、真の社会性や思いやりというものは、いろんな子供がいる中で
養われていくのではないか?
私には、超閉鎖的な学校という組織が、閉鎖的でご都合主義な為、一番大切なものを
見失って、さらに時代に即して変わっていけずに、どんどんじり貧になっていく
日本の古い一流企業と呼ばれている企業や、世界からどんどん置いてけぼりになって
衰退していく今の日本という国が重なって見える。
私は子供の母親として、先の短いじいさん達の都合で子供の未来を奪われたくない。

先生の中にできるだけ多くの諦めない先生がいてくれることを心から願う。

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コメント

紹介してくれてありがとうございました。
私自身が、「諦めの悪い母」であり、「諦めの悪いパート先生」であり、今回ご紹介いただいた東田君のコメントは非常に力強く感じました。

学校で教えていても感じます。
どの子も、みんな学びたいのです。
わかるように、できるようになりたいのです。
だって、「じぶんでできた!」という時の彼等の表情は、「無表情」「感情がわかりにくい」と言われているのが「本当かい??」っていうくらいはっきりしてますから。

「諦めない」ということは、「かれらに諦めさせない」という事よりもむしろ、「教えるこちらが、自分の狭いやり方に固執して、勝手に諦めてしまわない。」ということなのだと思います。

うちの娘もそう。知的だからと勉強を諦めていたら、
今のあの生き生きとした表情があったかどうか。

今、娘はとても生き生きと毎日を送っています。
娘を支えているのはこれまで積み上げてきた諸々のことと、遅れがちであっても毎日自分なりの精一杯で努力している娘の事をしっかり見つめて、要所要所で「見ているよ」というサインを送ってくださる中学校の先生方のおかげです。
本当に、
「見てもらっている」
それだけで、子どもは(いえ、大人もですね)頑張れるんだと思います。


投稿: sei | 2007年6月11日 (月) 08時49分

seiさんのブログを拝見していて、発達に遅れのある子供達だけでなく、全ての子供に対して「一人でも多くの大人が諦めずに彼らの事をちゃんと見る」事がいかに大事という事を日々思いしらされています。
文部省の特別支援教育に関するガイドラインや通達とはかけ離れた対応や理解に正直、憤りも感じましたが、
発達障害を何度も病気と言った校長先生には、まず彼らの基本的な事について正しく知って頂く事をお願いしたいと思っています。
その為の企画書というか伝え方を、考えていたところに出会った本のひとつです。
昨年の就学時の面談時に、一生懸命膝を揃えて、姿勢を正して座っているももを前に頬杖をつきながらの姿勢で切り捨ての話をする前校長に対して切れそうにもなったし、力で斬ってくるなら、こちらも力でもって斬り返してやる!となる母を、ももは「お願いだから、仲良く喧嘩してね」と諭したのでした。。。。
社会には魂を悪魔に売り渡してしまったような管理職がたくさんいますし、こちらがいくら努力してもわかってもらえない場合もたくさんあると思いますが、
ももの意志を尊重して、お願いしていく形で知ってもらおうと考えています。
お願いしたいのは、ほんのちょっとした意識の持ち方ひとつ、今すぐに出来る簡単な事、なんですがねぇ。。。。

投稿: momoはは | 2007年6月11日 (月) 11時01分

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