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2006年12月 4日 (月)

お守り(病院にて)

Omamori

先週、就学前に主治医をという事でパパも同行して平田先生に診てもらいに行きました。
寮育の先生の書いた現状のレポート、春にやったWISKの結果、発達状況のメモ等を持参して。
結構、多くの部分に渡って、自閉的傾向が見られるという点では、重いと言えるんだけれども、
ひとつひとつをとってみると軽いんだよね~と言われました。
先生の言葉で心に残ったのが、「あまり、障害、障害ってならないようにね。発達障害だから、
自閉症だから、こうであるべき、みたいな親の勝手な思いこみで、子供をあちこち振り回したり
するお母さんも多いから、そうならないでね。十人十色だからね。」という言葉。
まったくもって同感というか、その通りなんですが、これは、どの先生、どこへ行ってもそうなんですが、
母親に対する無意識のプレッシャーというか偏見があるように感じるのです。
ただでさえ社会全体が、子供の問題は母親の責任みたいな暗黙の認識があって、辛い気持ちになる事が
多いのですが、子育て=母親みたいな図式を、こういった場所でさえ、繰り返し、突き付けられるのは
正直、辛いなぁ~と感じてしまいます。まあ、一般論として話しただけだとは思いますが、
どの先生も、我が子の事を真剣に考えてアドバイスしてくれているとわかっているので、
気にしないようにはしているのですが、ついつい反応してしまいがちです。
母親と限定せずに、、、ね。夫婦揃って行っているのだから・・・

カイパパ通信biog☆の中でのカイママさんの言葉が強く印象に残っているのですが、
「他人の偏見には鈍感に、他人の親切には敏感でいようと思う。」という名言。

さしずめ、「母親に対しての偏見には鈍感に、よいアドバイスだけに敏感に」と
自分に置き換えて、前向きに考えるようにしてます。
口で言うのは簡単ですが、出来るだけ、そうありたいと思っています。
また、他人に対して、カイママさんのように謙虚な心構えで接するというのも大事ですね。
多くを望みすぎない、謙虚さと感謝の心を持つ。いろんな事に対して当たり前にならない。
他には「子供の劣る部分には鈍感に、子供のよい部分には敏感に」と、いろいろ応用できそう。

私など、常に、親として、人間として、momoに育ててもらっているような情けない半人前の親で
あり、人間ですから、、、、、。

ももは、こういった場に場慣れしすぎてしまったのか、「ももちゃん、こういうお話しもう飽きちゃったらから
お絵かきしてるね~」と、診察台の上に勝手に上がり込み、先生に紙とペンを要求して、絵を描いてました。
そうして、絵とともに、パパ、ママ、けんかしないでね。というメッセージが。
それと一緒に家族がみんな仲良しでいられるお守りをつくっていた模様。。。。。。。。。。。。

平田先生には「パパとママはよく喧嘩するのか!?子供に心配させてどうする!」と

大笑いされてしまいました。

また就学前、就学後の5月にお世話になると思いますが、やはり、寮育と医療の現場がバラバラというのは
非常に非合理的だなぁと、強く感じてしまいました。
親が、それぞれの先生の意見を聞いて、それぞれの先生に伝えてみたいな、伝言ゲームをする
よりも、直接、連携して進めていけば、メリットのほうが多くなるのになぁ~。

メッセージ入りらくがきは、平田先生のところに忘れてきちゃいました。残念。

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