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2006年12月 8日 (金)

すきなこと

Momofukuii ももは、描いたり、作ったりするのがとにかく大好きです。
画用紙や折り紙、粘土のストックは切らせません。
親ばかなんですが、2歳3歳の時につくったものや、
描いたものは、天才かも!と思った程です。
ただ、一度制作意欲が沸きまくって、頭の中につくりたいものの
イメージが沸くと、時間配分などをコントロール出来ないので、
夜中になって、へとへとに疲れても、終わりに出来ずに、
泣きながらも、つくりたいの!と言って、完成まで
毎晩のように芸術を爆発させてました。(笑)
親も、ヘトヘトです・・・・。

これは、昨日、突然「服、つくる!」といって制作したものです。
最初はスカートとして履いてたのですが、
やーめた!といってタンクトップに変更していました。
ちょっと、パターンがいまいちでしたが、
なかなか、素敵なんじゃないの!と褒めまくったら
その気になって、写真撮って!と言いましたのでパチリと撮りました。

お揃いのバックや帽子もこの後作ってました。
将来は、ももが大好きなシャーリーテンプルのお洋服みたいなの
つくれる人になれるといいねぇ。
でも、ものをつくるのをお仕事にするのは、好きなだけや、得意なだけでは
なれないから、集中や我慢や、説明や、いろんな能力をつけなきゃいけない。
好きな事を仕事にするっていうのもよし悪しで人一倍忍耐もいるのが
よくわかるし、
企業の障害者雇用に対する酷い扱いも、この目で見てきたので、
仕事をして自立するという事の困難さを漠然と想像すると、
う~んと頭を抱え込んでしまいそうになる。

ももが成人する頃には世の中の仕組みも少しは変化しているかもしれないし、
していないかもしれない。。。。

今は、まだ、失敗しても、なにしても、かわいいと思える夢のような時期なのかも
しれない。
ある意味、まだこれから迫り来る現実を知らずに、呑気にいられる時なのかも。

障害あるなし、男女関係なく、自立するっていう事は、時に大変だったりもするけど、
自立=自分で働いてお金を稼ぐって事は、心の自由にも繋がるし、
人に頼らなければ生きてゆけないというのは、常に不安が同居する。
自由を得る為には、そこに辿りつくには、乗り越えなきゃいけないものが、たくさんある。
自由ってらくちんになることだって、誰か言ってたっけ。
今から少しづつ、生活の中で教えていければなぁ。

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2006年12月 6日 (水)

ITPA

Usa1_1 ITPAをうけに、愛知県総合教育センターへ行ってきました。
ITPAは特に言語に特化した知能テストらしいです。
風邪で調子が悪いので、心配してましたが、なんとかやり終えました。

表象水準(ものの意味を伝える事象を取り扱う、複雑かつ高度な水準)と
自動水準(習慣によってあまり意識しなくても自然に行われる水準)とに
分かれた内容になっていて、
まず、表象水準の質問からはじまりました。
的確に正解を選んでいきます。高度な言い回しになると、自分の中にないので
答えられないようでした。
親も横にいてのテストだったので、ももの弱い部分を改めて再認識できて
よかったです。

結果は最初の2つくらいのテストまでは、標準よりかなり上を出していたのですが、
その後のテストは、動作の表現を除いて、標準以下のライン。。。。。
ももは療育の教室でもそうなんですが、最初の10分、もって15分が集中の限界なんですよね。。。。
ここでも、15分たつと、集中がとたんに切れて、質問者の問いかけはろくに聞いてないわ、
見て覚えるテストなのに、覚える見本を見ずに、テキトーに答える始末。
最後は、勝手にお終いお終い!と叫びながら、椅子にちゃんと座っているのも困難な状況。。。。

最初の2門と、動作の表現が上だったので、その後が平均以下でも+-ゼロで、平均と
あいなりましたが、見てて、問題を理解してるかしてないかよりも、集中がもつかもたないかの
結果をみたような気がしてしまいました。。。。。
事実「わかんない!」ってほとんど答えていなかった表象水準のことばの表現の部分も
帰りの電車の中で、言葉遊びで問いかけたら、すらすら答える、答える。。。。
「青いは、空~、空は広い、広いは海~♪」とかって永遠に歌ってる人が、バナナは?って聞かれて
果物しか答えられないわけないでしょう、アンタ、、、、、って感じで
疲れて嫌になると、頭のスイッチを切っちまう、この癖をまず治さないことには、
前には進めないなぁ~と改めて感じました。

自動水準は、テープを聴いて、回転数を遅くしてある部分を答えるのは、確かに苦手そうでした。
以前、療育の教室に通いはじめた最初の頃に、同じテストをしたのですが、
聞こえるままに、「ほにゃらら~」と忠実に答えてましたから、、、、、。
表象水準が高かったのは療育の教室へ通ってたり、こぐま会のプリントなどをやってた成果が
出ていたのだと思います。
本来なら、簡単なはずの自動水準が悪かったのは、ほとんど電池切れて、テスト放棄してたのと
自閉ならではの、当たり前の事が自然に身に付いていかないという事の表れなんでしょう。
これは日常の中で、丁寧に習得させていくしか道はありませんね。

良いところを伸ばすにしても、将来、どんな仕事につくにしても、集中力って凄く大事だと思うんです。
嫌な事でも集中できるように、少しづつ、楽しいことから、苦手な事に広げつつ、訓練していこうと
考えています。


ここは、親が話しあっている間、保育者がついて、いろんな遊びをさせてくれます。
お部屋の中にお砂場もあり~の、鉄棒にとらんぽりんに、ストラックアウトに。。。。
トランポリンで跳ねた後に、ボールプールに飛び込むというのが、楽しかったらしく、
また来た~い!!!!めちゃ、楽しかった!!!と満足そうでした。

テスト中と表情が全然違いますね~と、言われました。
ハイ、げんきんな奴なんです。

帰りは、三越に寄って、取りよせしてたブーツを取りにいきました。
そうしたら、フェアーをやっていて、こんなうさぎのぬいぐるみいただいちゃいました。
かなり大きく、しっぽに鈴が入ってて、もふもふしてます。
今日からまたベット周りが賑やかになるというか、もものファミリーがどんどん増えて
いきます。。。

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2006年12月 4日 (月)

親の努力

というめめさんの投稿をみて、考えるところがあったので、少し書いてみようと思います。

ももは、私が、療育の初期段階で、頑張りすぎて、無理をさせてしまった為に、
ママ+勉強(たしざん)=いやぁ~!!!!という図式が出来上がってしまい、
それを改善して、振り出しに戻るまで半年かかりました。

ひらがなの時もそうでしたが、普通の子供がすんなりできるところで、つまったり、
覚えるのに時間もかかります。

親はやがて死んでこの世にいなくなる、ももはひとりっこなので天涯孤独だ。
そうなっても生きているだけの最低限のものを教えなきゃ、、、、。
そういう気持ちからでした。決して、親のエゴや、見栄ではないと自分では思っていました。

実際、私も小さい頃から、親戚の家に行くと騙されて、いろんな習い事や塾に
ぶち込まれ、嫌で仕方がなかったので、親の夢をあれこれ子供にごり押しするのは
よくないと、思っていたのですが、結果、同じ事してるのかもしれないと少し反省しました。

ももは、やりたくないと、最初から考える事を放棄して、適当に答えたりするんですよね。
それが、むかつくんですな。。。。
仕事の合間に、時間をつくって、教えているのに、この親不孝もの~って!!!(笑)
そうして、互いに感情的になったら、もう親子パニック合戦(笑)
その影響が、療育の教室まで影響して、先生に激しく叱られましたので
親が教えるという事はあきらめて、お互い冷静さを保てる他人様にお願いしている状況です。

ももも辛かったでしょうが、私も辛かった。(笑)
確かに障害から日々くるストレスなど考えると、無理をさせるのはももにとってマイナスだとか
そういう配慮がたりなかったのかもしれないけど、
障害関係なく、人を見て、態度を変えるっていうのは許せないし、
最初から、ハードルを跳ばなくてもいいとか、低くしてもらって当たり前みたいに
思われたら大変だという気持ちは今も変わらない。
実際、ももは、人をみるというか、そういう状況を上手く読んで利用するのが
上手に思う。
寮育の教室でも、上手く質問して、考えずに、答えを導き出す事がよくある。

ももの診断が下った後、ももの事に集中したいから、仕事をしたくないとパパに言ったが
わかってもらえなかった。
不器用な人間なので、あれもこれも集中する事が出来ないのは自分が一番わかっている。
仕事をしながら、ももの事に集中できないジレンマ、
仕事もいまひとつ集中出来なくて、思うように出来ないストレスで薬の量も増える。
全てが、余裕がない状況。
こいうのは、どの家庭にもある問題なのかもしれない。

実の親でさえ、ももはそのうち治るからと言い張って、理解するどころか、
もっと精一杯頑張れ!と言う。

人間、どんな極限状況でも、凛として、冷静でいられる出来た人間もいれば、
無理解な爺ちゃんに、「このくそじじぃ~!くたばれ!」と悪態ついてしまう出来てない私もいる。
でも、いいよ、いいよ、こんな自分でと思う。

ももも、出来の悪い母をもって苦労させる事もあるかもしれないが、
それも運命と思って諦めろ!って思ってる。

それそれの環境、それぞれのやり方で、生きていければいいかなって。

めめさんは、いつも凄いなぁ、見習いたいなぁと思ってみてるけど、
私は、めめさんにも、どのお母さんにもなれないし、
それでいいやって思ってる。

ひと筋縄でいかない子供のやる気を、根気よく引き出す。
口で言うのはたやすいが、なかなか大変だ。
とても母親ひとりで打破なんか出来ない。人様の力を借りれるだけ
借りて、知恵やらヒントやらたくんさんもらって、
少しづつ、試行錯誤。

でも、あきらめない。

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お守り(病院にて)

Omamori

先週、就学前に主治医をという事でパパも同行して平田先生に診てもらいに行きました。
寮育の先生の書いた現状のレポート、春にやったWISKの結果、発達状況のメモ等を持参して。
結構、多くの部分に渡って、自閉的傾向が見られるという点では、重いと言えるんだけれども、
ひとつひとつをとってみると軽いんだよね~と言われました。
先生の言葉で心に残ったのが、「あまり、障害、障害ってならないようにね。発達障害だから、
自閉症だから、こうであるべき、みたいな親の勝手な思いこみで、子供をあちこち振り回したり
するお母さんも多いから、そうならないでね。十人十色だからね。」という言葉。
まったくもって同感というか、その通りなんですが、これは、どの先生、どこへ行ってもそうなんですが、
母親に対する無意識のプレッシャーというか偏見があるように感じるのです。
ただでさえ社会全体が、子供の問題は母親の責任みたいな暗黙の認識があって、辛い気持ちになる事が
多いのですが、子育て=母親みたいな図式を、こういった場所でさえ、繰り返し、突き付けられるのは
正直、辛いなぁ~と感じてしまいます。まあ、一般論として話しただけだとは思いますが、
どの先生も、我が子の事を真剣に考えてアドバイスしてくれているとわかっているので、
気にしないようにはしているのですが、ついつい反応してしまいがちです。
母親と限定せずに、、、ね。夫婦揃って行っているのだから・・・

カイパパ通信biog☆の中でのカイママさんの言葉が強く印象に残っているのですが、
「他人の偏見には鈍感に、他人の親切には敏感でいようと思う。」という名言。

さしずめ、「母親に対しての偏見には鈍感に、よいアドバイスだけに敏感に」と
自分に置き換えて、前向きに考えるようにしてます。
口で言うのは簡単ですが、出来るだけ、そうありたいと思っています。
また、他人に対して、カイママさんのように謙虚な心構えで接するというのも大事ですね。
多くを望みすぎない、謙虚さと感謝の心を持つ。いろんな事に対して当たり前にならない。
他には「子供の劣る部分には鈍感に、子供のよい部分には敏感に」と、いろいろ応用できそう。

私など、常に、親として、人間として、momoに育ててもらっているような情けない半人前の親で
あり、人間ですから、、、、、。

ももは、こういった場に場慣れしすぎてしまったのか、「ももちゃん、こういうお話しもう飽きちゃったらから
お絵かきしてるね~」と、診察台の上に勝手に上がり込み、先生に紙とペンを要求して、絵を描いてました。
そうして、絵とともに、パパ、ママ、けんかしないでね。というメッセージが。
それと一緒に家族がみんな仲良しでいられるお守りをつくっていた模様。。。。。。。。。。。。

平田先生には「パパとママはよく喧嘩するのか!?子供に心配させてどうする!」と

大笑いされてしまいました。

また就学前、就学後の5月にお世話になると思いますが、やはり、寮育と医療の現場がバラバラというのは
非常に非合理的だなぁと、強く感じてしまいました。
親が、それぞれの先生の意見を聞いて、それぞれの先生に伝えてみたいな、伝言ゲームをする
よりも、直接、連携して進めていけば、メリットのほうが多くなるのになぁ~。

メッセージ入りらくがきは、平田先生のところに忘れてきちゃいました。残念。

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2006年12月 3日 (日)

学校

Gk_4

ももが先日描いた小学校の絵です。
彼女なりに小学生になるという事に夢と希望を持っているのかもしれません。
ももがこの絵を描いて私にくれた数日後に、教務主任がももの園に突然
訪問に来て、様子を見ていったらしいです。
「ももちゃん、ちゃんと先生に こんにちわ 言えたよ」と教えてくれました。
ももだけでなく、全ての子供にとって、小学校が居心地のよい場所になる事を
願い、そうなるように自分の出来る事を考えていきたいと思います。

やっぱり理想はT小学校の5年生でしょうか?
学校の雰囲気とかクラスの雰囲気ってとても大事ですよね。
今、頭の偏ったお偉いさん達が、現場とは離れたところで議論してますが、
問題行動のある子供をターゲットにして、その子を排除なり、変えるという
臭い物には蓋を的な、やり方ではなにも解決しないと確信しています。
全ては、いろんな子供、いろんな先生、いろんな親、いろんな環境が
複雑に関係して、負の連鎖でもって、問題が起きるのだから。。。。。

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